オズエンデンドより愛をこめて(8)
その日の午前中はずっと公務だった。
午後になってからはマダマさま相手に事業の説明をした。
昨日レポートを受け取ったグアノの埋蔵量について報告をし、試掘の認可を受けなければならない。
「で、こっちがグアノ採掘免許の期間限定認定の書類。これが今回の事業計画での試掘の許可書。こっちがグアノ持ち出しの認可書類ね。サインをお願い」
執務室の机に置かれた書類たちを前に、マダマさまは目を丸くした。
もちろんそんなものが必要な法律やルールなんて今まであったはずもないので、私が適当に様式を決めたものばかりだ。
「海鳥のフンを集めるのに、こんなに書類が必要だなんて初めて知りました」
「これから必要なことにしたのよ。領主様って素晴らしいわね、議会も委員会もなしに法律作れるんだもの。独裁万歳だわ」
「はぁ」
次回からは採掘と運搬のたびにこれらの公式書類が必要ということにするつもりだ。
もちろん無許可で掘り出したり、領外へ運び出そうとする不届きな鳥のウンコ密売人はその場で摘発して厳罰に処する。
幸い刑務所はすぐそこにあることだし。
「こんなに書類ばかりで、煩雑じゃないですか?」
「わざと面倒くさくしてるのよ。もちろん様子を見て、非効率だと思ったら一部は省略しても良いことにするけれどね」
「どうしてそんなことを?」
「最初は厳しくルールで締め付けておいた方が良いのよ。それで途中から緩和したら感謝されるけれど、その逆で後から引き締めたら面倒になって手続きをすっ飛ばそうとするやつが必ず出てくるわ」
人間の心理的抵抗というやつだ。
最初から面倒くさくて手間のかかるもの、という印象を植え付けておかなくては甘く見られてしまう。
「はぁ……。レセディは色々と考えているんですねぇ」
感嘆の声をあげながらマダマさまはペンを手に取った。
達者な字で、書類に領主のサインを加えていく。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。すぐに技術者たちに渡すわ。みんな早くグアノを掘り出したくて血気ムンムンで、今にも鼻血が出そうにしてるわよ」
「ムンムンって……」
これまで絶海の孤島で細々とグアノを採取していた彼らにとっては、この北の果ての広い海岸で見つかった莫大な量のグアノは宝の山そのものだろう。
血が騒いで仕方ないようで、早く掘らせてやらなければ騒ぎ出しそうな勢いである。
「その前に、ちょっと時間が取れますか?」
「? もちろん良いけれど、何か他に御用かしら?」
「見せたいものがあるんです」
そう言ってマダマさまは得意げに笑みを作った。
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「見せたいものって?」
「えへへ……。見ててくださいね?」
マダマさまは私を連れ出すと、厩舎の前までやってきた。
厩舎の外扉だけを開けると、少年は口元に手を当てて中に向かって呼びかけた。
「エレミア!」
中から金属がきしむような鳴き声が返ってくる。
無理矢理字を当てはめるなら『イ"~~~~~~ッ』というところだ。
「出ていらっしゃい!」
少年に言われるまま、中から声の主が小走りで出てきた。
もう少しで食卓に並ぶ運命だったところを間一髪回避した、例のメスのロバである。
短い脚をパカパカと鳴らしながら、まるで犬のように細く長い尻尾を振り回していた。
「よしよし、よくできました」
すぐそばまでやってきたロバの大きな顔を撫でて、指示通りに動いたことを褒めるマダマさま。
「中でつないでないの?」
「自由に動けるようにしたんですよ。エレミアは他の子に噛みついたり、悪さしたりしませんから」
「ずいぶん懐いたわねぇ」
「もうボクのことが大好きみたいです」
マダマさまの言葉通り、エレミアは長い耳を振り回しながら顔を少年にこすり付けている。ロバ流の親愛をあらわす仕草なのだろう。
「素直だし、言うことをなんでも聞いてくれるし、とってもいい子ですよ!」
満面の笑みを浮かべて、マダマさまはロバの首筋をぎゅうっと抱きしめた。
最近ストレスの多い日々を浮かべていた少年が見せる心からの笑顔に、私もほっと息をついてしまう。
思わぬ形で手に入った大きなペットだが、マダマさまが気に入ったのなら何よりだ。
「……ボクの周りの女の人もみんなこうだと良いんですけれど」
「ちょっと待った。その『周りの女の人』の中に私も入ってる? もしかして?」
12歳の少年の心の闇が垣間見えた気がして一瞬焦ってしまう。
「殿下ぁ!」
「うっ!?」
いきなり領主館の玄関から声をかけられて、マダマさまはロバに抱き着いた格好のままびくりと肩を震わせた。
まさかこぼした愚痴が聞こえたわけでもあるまいが、中からモルガナ王女が出てくるのが見えた。
「あれ? タヌタヌ?」
明るい笑顔を浮かべて近づいてくるモルガナ王女は片手に手綱を持ってて、その先には首輪をつけたタヌタヌがついてきていた。
「な、なんですか? ボクは何も言っていませんよ?」
「何のこと? それより、そろそろこの子のお散歩の時間でしょう」
確かに昼下がりはタヌタヌを散歩に連れ出すのがマダマさまの日課だった。
半ば思いつきで私が頼んだタヌキの世話係という職務を、あれからずっとこの少年は律儀に守り続けている。
「あ、ああ。そうでした。もうそんな時間でしたか」
「それで、私もご一緒して良いかしら?」
ずいっ、とマダマさまの至近距離までモルガナ王女は顔を近づけた。
相変わらず積極的なことだ。
ロバをプレゼントする作戦でしくじったばかりなのに、王女は全くくじけるつもりがないらしい。
「一緒に?」
「そうよ。私たちの仲が良いところを領地中に見せつけちゃいましょ!」
「ええ、そんな……!」
「それに私もペットは好きよ。……こんな珍しい生き物は初めて見るけれど。おかしいわね、目の周りに模様なんかあって!」
《悪かったな》
会話ができないと承知で、タヌタヌがモルガナ王女に向かってつぶやいた。
「そ、そうなんですか? どんな生き物を飼われてたんです?」
「スターファの宮殿には、私設の動物園もあってね。国中から色々な生き物を集めてたのよ」
「動物園?」
「飼ってるのは鳥が多かったわね。殿下、赤と青の羽をしたインコをご覧になったことある? こんなに大きくて、100年以上生きてるのよ」
「へぇ……」
「それでね、その子ったら人間の言葉をしゃべるのよ!」
「! 本当ですか、そういう頭の良い鳥がいるって話は本で読んだことがありますけれど……」
マダマさまは南国の珍鳥に食いついた。
モルガナ王女ときたら今度はマダマさまが動物好きなのに付け込んで、ペットの話題から攻め入るつもりのようだ。
趣味のことでは人はついついおしゃべりになるから、なかなか良い目の付け所だ。
《おい、そんなことよりさっさと行こうぜ》
頭上で盛り上がる二人に向かって、タヌタヌは早く散歩に行こうと足を鳴らして急かした。
(あなたって、そんなに散歩好きだったかしら?)
《愚民どもに、王族のシンボル入り超高級品である、この首輪を見せびらかすのが最近の日課だ》
(最低の発想だわ)
首で輝いている黄金の首輪はこいつにはもったいないのでないか?
「そういうことなら一緒に散歩に……」
マダマさまが散歩に行こうとしたところで、エレミアが切なそうに小さく声を上げた。
まだ別れたくない、と言いたげに服の袖を甘噛みする。
体は大きくてもこういうところは子供のようで、まだまだ甘えたいらしい。
「あはは……。じゃあエレミアも一緒に行きましょうか」
そういうことになって、マダマさまは厩舎にあった一番小さな鞍を取り出してくると手際よく据え付けた。
流石子供のころから乗馬が当たり前の上流階級のお子さんだけあって、この辺も手慣れたものだ。
「モルガナ王女、どうぞ。せっかくですからエレミアに乗ってください」
マダマさまが笑顔で勧めるが、モルガナ王女は慌てて手を振った。
「だ、ダメよそんなの」
「え? どうして?」
「だって、それじゃ私が殿下をないがしろにしてるみたいに見られるじゃない」
ファセット王国ではレディファーストは紳士のたしなみとされているが、スターファでは事情が違うようだ。
「殿下こそロバに乗られたら良いわ」
「そ、そんなことできません!」
マダマさまも声を上げた。
「女性を歩かせて自分だけロバに乗るなんて、紳士の道に反します!」
「まあ! 殿下ってお優しいのね!」
「これくらい王家の男子として当たり前です。……というか、ちょっと、あまりくっつかないでください!」
大げさに褒めたたえてぴったりと身を寄せようとする王女様を、マダマさまは腕を入れてやんわりと拒絶した。
「でも困ったわね」
諦めずに少年の肩に手を置きながら、モルガナ王女は小さく眉をひそめた。
「せっかくロバを連れているのに、誰も乗せてないとバカみたいに見られるわ」
「そういうものですか?」
「そういうものよ。王家の人間なら、常に人の目を意識しなきゃ」
「じゃあ……」
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解決策を見つけた一行は、散歩に出かける準備を整えた。
《こりゃ楽でいいわ》
「なんでそうなるのよ」
王子と王女が譲り合って空いたロバの鞍の上には、今はタヌタヌがちょこんと鎮座している。
ブレーメンの音楽隊じゃあるまいし。……なんだかかえって間抜けだ。
《フハハハハ! ひれふしたまえ、君はこの国の王子と隣国の王女を従える、最高存在の前にいるのだ!》
「王族の威を借るタヌキじゃないの」
気を良くしたのか、タヌキは偉そうにふんぞり返っていた。
が、急にその体を硬直させた。
《あっ、でもなんだか怖っ……! しまった、タヌキは高いところダメなんだった!》
浮かれ過ぎてタヌキが高所恐怖症だということも忘れていたらしい。
無意識の体の反応でブルブルと震え始める。
《やっぱ下ろして! 怖い! ここけっこう揺れるし、捕まるところもない!》
ロバが歩き始めた途端に、タヌタヌが悲痛な声で訴えてきた。
恐怖に体がこちこちになって自分で降りることもできないらしい。
「何かこの子震えてない?」
モルガナ王女が目ざとく気付いたが、さっと肩越しに声をかける。
「タヌキちゃんは、一番嬉しいときはそうするんですよ」
《ちょ! おまっ!》
「あら、そうなの?」
「タヌタヌもエレミアと一緒にお出かけできて嬉しいんですね」
私が補足すると、二人は特に疑問も持たずに受け入れた。
《ちげーって!》
「それじゃあ行きましょうか」
「そうしましょう。あ、殿下は体の色が変わるトカゲのこと知ってる? こう、目が大きくていつも木の枝を掴んでてね……」
《ひぃっ! あっ、やばっ! 下り道……!》
「行ってらっしゃい」
和気あいあいと散歩に出かけた王子様たちを見送ってから、私は領主館の中に戻った。




