オズエンデンドより愛をこめて(7)
翌朝。
朝食を取りに食堂へ向かう途中で、モルガナ王女に待ち伏せをされてしまった。
「おはようございます、王女様」
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけれど」
とりあえず型通りの挨拶をしたら、いきなり詰問されてしまった。
「貴女、昨晩もしかして私の部屋に入った?」
げっ、バレてる。
やはり毛布なんかかけずに黙って出て行った方が良かったか、と小さく悔やんだが、やってしまったことは仕方がない。
今の問題は、王女様の態度がとても私への感謝を示そうとしているようには見えないことだ。
私は一番無難かつ自然に行える対処法で切り抜けることにした。
言い方を替えれば、すっとぼけた。
「何のお話でしょう?」
「良いわ、一から説明してあげる」
全く目力を緩ませずに王女は言った。追及を緩めるつもりはないらしい。
流石は王族。威厳を伴った眼光は鋭く、気の弱い人間ならば視線で貫かれただけで洗いざらい白状してしまいたくなってしまうことだろう。
「昨日の夜、私は机に向かっている途中で、不覚にも小一時間ほど居眠りしてしまったの」
「根を詰めると体に毒ですよ」
「そうね、忠告ありがとう。で、居眠りしているその間に誰かが勝手にこっそり私の部屋に入って、わざわざ風邪を引かないように親切に毛布をかけていったのよ」
「……何故その話を私に?」
「昨日この領主館にいた中で、そんなことをするのは貴女しか考えられないから」
なかなか勘の良い子だ。
だがしかし、説明過剰気味なのは自分の推理に自信がないからとも受け取れた。
まだまだ尻尾を掴ませるつもりはないので、小首をかしげて見せた。
「昨晩は他にも人がおりましたわ」
「公爵殿下が返事もなしに女性の部屋に勝手に入るとはとても思えないし、あの警護官はそういう気遣いができるタイプには見えないわ」
なかなかの観察眼だ。この数日で周囲の人となりをあらかた見抜いているらしい。
「使用人のしたことでは?」
「私の侍女たちは夜には宿舎に戻ってたわよ。あなたの侍女がしたことかと思って真っ先に聞いてみたけれど、『違う』って」
トパースのことだ。
「ウソをつく理由はないし、何か悪いことをしようとして隠れて忍び込んだなら毛布をかけて証拠を残すような真似なんかしないわ」
「寒そうに見えて気を使ったのでは?」
「わざわざ毛布なんかかけなくても声をかけて起こす方が自然よね? これで私が風邪を引いたりしたらその方が問題じゃないの」
これは質問ではなく追及だな、と私は察した。
王女の中ではもう犯人は私以外いない、と確信ができている。
証拠はないが、無理に否定しても話がこじれるだけだ。
「……その通りです。私です」
「認めるのね?」
「ドアが開いていたので、隙間から王女様が机で居眠りをされているのが見えたんです」
「……確かにカギはかけてなかったわ」
「それでそのままではお風邪を召されると思って。失礼ですが立ち入って毛布をおかけしました」
部屋に立ち入ったことは責められまい、とあたりをつけて説明する。
鍵をかけ忘れていたのは単なる王女のミスだからだ。
「どうして声をかけて起こさなかったの?」
「良くお休みになられていたので、起こすのは遠慮致しました」
「部屋に入った時、何か余計なことをしなかったでしょうね?」
「していませんとも。お邪魔にならないように手早く済ませましたし、何も見ていません」
疑り深くなっている相手に無理に否定しても余計感情的にするだけだ。
途中まで相手の言い分を認めて、自分に非がないように少しずつ脚色を加えるのが場を収めるのに一番手っ取り早い。
そうすれば相手は一人で納得してくれる。
……と思ったのだが。
王女は軽蔑をこめた冷たい目できっとにらみつけてきた。
「ウソおっしゃい。便箋を10枚も持っていったでしょう?」
「……は?」
「人の手紙を盗むなんて最低よ。このことは殿下にお話するわ。覚悟しておきなさいよ」
「――――――していませんよ! そんなこと! 毛布はかけましたけれど、机の上のものには一切触ってません!」
慌てて弁解する。
全く身に覚えがないことを言い出されて、混乱する頭が警鐘を最大音量で鳴らしてきた。
しまった、あっさり認めたのはうかつだったかもしれない。
まさかこの娘、これを機に私に冤罪をなすりつけるつもりか?
そこまで悪辣なことを企むような性質の持ち主には見えなかったが、私のことを恋敵だと思って敵視しているのをつい忘れていた。
思い余って行き過ぎたやり方を選んでも無理はないかもしれない。
「あら? 何も見なかった人が、どうして『机の上に』便箋が散らばってたのは知ってるのかしら?」
王女の目が、軽蔑をこめた演技をやめて勝ち誇った色を帯びる。
……やられた。
ハメられた。
「えーっと、すみません。その、手紙を書かれているのは見ちゃいました」
私は全面降伏の白旗をかかげた。
流石は海千山千の大人を相手にしてきた王族、といったところだろうか。
言いがかりをつけるふりをして、相手の動揺を誘って平常心と判断力を奪う鮮やかなやり口。
15歳の小娘とはとても思えない。
「やっぱり」
王女が頬をふくらませた。
こういう感情的な仕草は年頃の少女と変わりなかった。
「絶対に秘密にしなさいよ! 手紙の中身を喋ったりしたらタダじゃおかないから」
この王女がわざわざ人がいないところで私を待ち伏せた理由はこれか。
この年頃特有の、内心を第三者に知られるのを極端に恐れる敏感さで私に口止めをしに来たのか。
「……特に! これは大事よ、余計なことを殿下に話したりしないでよ!」
「何が書いてあるかは分かりませんでした。私は南方言語は読めませんから」
そういえば王女は安心するかと思ったが、疑わしそうな眼を向けてくる。
なんて猜疑心の強い子だ。
「本当に?」
「本当ですよ」
うむ、嘘はついていないぞ。
少なくとも『私』は読めないのは本当だ。
悪役令嬢の転生先であるレセディ・ラ=ロナの体が無意識に自動翻訳するだけで。
追及されたら苦しいのは確かだが、これは事実だ。
「『ヴェルム・エスト・クォード・プロ・サルーテ・フィト・メンダーシウム』」
「いま何っておっしゃいました?」
『安全のためにつく嘘は真実である』という警句の意味が分かったことを悟られないように、表情筋を総動員するのにちょっとした努力が必要だった。
カマかけが不首尾に終わったと思ってくれたのか、王女はようやく肩の力を緩めた。
「……信じてあげるわ」
「どうも」
「でも、誰かが私の手紙の中身のことを知っていたら、貴女から漏れたと判断させてもらいますからね」
大胆で破天荒な行動をとりたがるように見えて、意外と慎重な面もあるのだろうか?
王女は念押ししてからその場を立ち去ろうとした。
「……忘れてた」
一度完全に背を向けてから、不承不承といった具合に振り返ってくる。
「まだ何か?」
「……一応お礼を言っとくわ」
「へ?」
「毛布をかけてくれてありがとう。 昨日は肌寒さで目が覚めたの。毛布がなかったら風邪引いてたかも」
少し恥ずかしそうに目を伏せながら王女は言った。
そりゃあそんなヘソ出し脇丸出しの寒そうな格好をしていれば寒いだろう。
と思ったが口には出さないでおく。
「一応お礼を言っておくわ」
「ど、どういたしまして」
恋敵相手でも礼を述べる辺り、こういうところはフェアにやらないと気分が悪いんだろう。根っこでは育ちの良いお嬢さんのようだ。
妙な感心を覚える反面、何を言って良いか戸惑った。
こういうときに下手に馴れ馴れしくしては逆に反感を買いそうなので、通り一編の忠告をすることにした。
「あまり根を詰めない方が良いですよ」
「……そうね。気を付けるわ」
胡散臭げに目を細めたが、礼を言った手前王女は素直に聞き届ける素振りはしてみせた。
それで話はおしまいだった。




