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オズエンデンドより愛をこめて(5)

「……まさかこんなに怒るとは思わなかったわ」



 モルガナ王女はまるで他人事のように言った。

叩き壊された馬車の荷台に、割られた領主館の雨戸、まだ怯えて震えている女中たち。

自分がきっかけで惨状を前にしても平然と言い切るあたり本当に大したタマである。

誰もケガをした人間が出なかったのは奇跡と断言していいくらいだ。

サンキュー神様。



「殿下って、そんなにロバ肉がお嫌いなのかしら?」

(ズレてる、ズレてるってば!)



 大声で突っ込んでやりたいのをぐっとこらえた。

うかつなことをやって彼女に決定的に嫌われると、私のお仕事上とても困ったことになってしまう。

辛いなぁ、この役割。



「……殿下があのような激しいご気性をお持ちとは、ついぞ知りませんでした」



 ベリルが呆然としていた。

たまたま増築工事用に積んであった角材を振り回してものを壊す王子様は、私よりも付き合いが長い警護官にとっても初めて見る姿だったらしい。



「普段優等生な子ほどキレると怖いってやつかしら……」

「この目で見ても、まだ信じられない思いです」

「男の子だもの。あれくらい元気があった方がいいわよ」



 あっけらかんとした顔でモルガナ王女が口を挟んでくる。



「何かに本気で怒れない人って、根っこのところでは信用できないし?」

「そ、そういうものですか……?」

「それはともかく。 ……どうするのよアレ。出てこないわよ」



 王女は館に併設された厩舎を指さした。

顔中を真っ赤にして奇声を発しながら散々暴れまわったマダマさまは、食肉用として連れてこられたロバと一緒に厩舎の中へ飛び込んでいったっきりだ。



「タヌタヌも一緒に連れてっちゃったのよねぇ」



 あまりの怒りに我を忘れた結果なのか、何故か逃げ遅れたタヌキも小脇に抱えて行ってしまった。

今現在もそのまま中で立てこもっている。



 時間が経てば冷静さを取り戻して出てくるかと思ったのだが、一向にその気配はない。

意固地になって粘っているのか、しでかしたことを後悔して出てこられないのか。

もうそろそろ日が傾いてきた。



「このまま夜になったら大変よ。最近冷え込むようになったし、厩舎の中にずっといたんじゃ風邪ひいちゃうわ」



 そうなったら一大事だ。

何せこのオズエンデンド公爵領には医者といえる人間が一人もいないし、いたところでこの世界には細菌やウイルスの概念すらないのだ。

『病気にならない』ことが最善の処方なのである。



「誰かが頭下げに行って出てきてもらいましょう」


 

 こっちから手を差し伸べて出てきてもらうべきだろう。

で、問題は誰がやるかだった。



『…………』



 その場の全員の視線がこっちに向かって集まってきた。



「えっ? 私?」



 あまりに露骨な態度についついムッとしてしまうが、考えてみれば当然のなりゆきだった。


 万一のことを考えるとモルガナ王女を行かせる訳にはいかないし。

ベリルはマダマさまには身近過ぎて、何か言ったらますます火に油を注ぐことになるかもしれない。

その他の者はマダマさまにはっきりものを言うのは難しいだろう。

……つまりみんなの思う通り、私が適任という訳だ。



「……分かった分かった。私がなんとかするわ」


 

 小さくため息をついてから、怒れる少年をなだめるべく厩舎の方に歩いて行った。



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 厩舎の表側の窓には、他の馬たちが何事が起きたのかと首を伸ばしていた。

普段ベリルが乗馬にしている黒馬のグロシュラリアや、馬車を走らせるのが仕事の四頭の白馬たちだ。

流石に訓練が行き届いている彼らはちょっとやそっとで暴れたりはしないが、不安らしくしきりに自分たちのスペースでうろついていた。



「大丈夫、何でもないわ。ちょっとしたトラブルよ」



 タヌタヌと違って私が喋っている言葉の意味が通じるとも思えないが、一応なだめるように呼びかけてから厩舎に入った。



「マダマさま。聞こえてる?」



 厩舎の最奥の暗がりに向かって呼びかける。



「私ひとりよ。誰も聞いてないわ。ちょっとだけお話させて」

「……」



 返事はなかったが、みじろぎする気配が返ってきた。

許可と受け取って更に奥へ進む。

ようやく目が慣れてきて、厩舎の奥の様子がうかがえてきた。



 厩舎に常備されている麦わらをいくつも積み上げてバリケードにしているようだ。

その向こうで目をいからせた少年が、拾った角材を握りしめているのが見える。

どこに転がっていたのか、頭には古びた鉄兜まで被っていた。ほとんど学生運動である。



《レセディか。おーい、早くなんとかしてくれ。腹減ってきた》



 少年の背後にはエレミアと名付けられたロバが大人しく寝そべり、その横でタヌタヌがだらけた声を上げた。

何故かタヌキまでマダマさまとおそろいのサビの浮いた鉄兜をかぶらされている。



「もう終わりにしましょう。 ここは暗いし寒いし環境が良くないわ。そんな危ないものなんて捨てちゃいなさい」


 

 しゃべりながら『昔見た映画でこんな場面があったなー』などと思い返していた。

確か町全体をひっくり返す騒ぎをしでかした凄腕の元特殊部隊の隊員を将軍が説得に行くラストシーンだ。

確か映画の最後で奥さんと再会して名前を連呼するやつ。



「狙撃兵が狙って……、じゃなかった。 外でみんな心配してるわよ」

「そんなこと言って、ボクをだまして連れ出してから、エレミアを食べるつもりなんでしょう!」



 どうやらまだ興奮が冷めきっていないらしい。

角材を振り上げてマダマさまはいきりたった。

普段は持ち合わせない『怒り』という感情そのものをコントロールできておらず、処し方が自分でも良く分かっていないようだ。



「レセディまでこんな残酷なことに加担するだなんて! がっかりしました!」

「ちょっと落ちついて。話を聞いてちょうだい」

「こっ、こっ、この……! ロバごろし!!」



 感情がたかぶるあまりに口どもってから出てきた言葉がそれだった。

どうやら少年が思いつく悪意のこもった罵声はそれが背一杯らしい。



「エレミアはもうボクのロバです! 殺させたりしません!」

「お願い、聞いてよ。これじゃ会話にならないわ」

「ボクとタヌタヌは、エレミアを守るために最後まで戦いますよ!」

《俺は食ってみたいけどな。ロバ肉》



 幸運にも相棒の裏切りに気付かないで、マダマさまはフーフーと息を荒げている。

興奮しきっていてこのままでは体にも良くない。

なんとかなだめなければ。



「ロバは食べさせないわ。私が保証する」

「モルガナ王女にも同じことが言えますか!」

「王女様もそんなこと無理強いして、マダマさまを怒らせても得なんかしないのは分かってるわよ。冷静に話せばいいの」



 なるべく理詰めで落ち着かせようとする。

賢い子だから私が言っている理屈くらいすぐに飲み込めるはずだと思ったのだが、意外と強情にこちらをにらみつけてきた。

というより振り上げた拳の収め方が分からないのかもしれない。



「スターファの人たちが何を食べようとしてるか分かったもんじゃありません!」



 段々ロバから話が脱線してきたぞ。



「例えばの話、タヌタヌが食べられたらレセディはどんな気持ちになりますか!?」

《ゲッ、それは困る!》



 いきなり話を向けられたタヌキが泡を食った。



《王女に言っておいてくれ! 俺はオスだからクソマズイって! ドブみたいな臭いがするって!!》

「誤解しないで。私はマダマさまが言うことも良く分かるのよ」



 タヌキの懇願は無視して、なるべくおだやかな声色で言った。



「……え?」

「世の中には色んな人がいるから、違う考えとぶつかるとカッとなっちゃうわよね。特に自分が大切にしてるものに関しては」



 現代人だった前世の感覚が残っている私も、近世ヨーロッパをベースにしたこの世界に蔓延する通念には何度イライラさせられたか分からない。

ド田舎のオズエンドではまだしも、王都の上流階級の間では伝統と男尊女卑の空気が蔓延してやりづらいったらない。

うかつなことをしては理不尽に親に叱られて、不快な思いをしたのも一度や二度ではないのだ。



「特に食べ物が絡むと感情的になっちゃうわよね。ほら鯨とか犬とかあと踊り食いとかも、色々怒ったり怒り返したり世の中ギスギスしちゃうじゃない?」

「クジラ? オドリクイ?」

「別に私は鯨も生け作りも特にどうしても食べたいとは思わないんだけれど、『人から言われたらムカつく』って気持ちは分かるのよね。 でも流石にロバはちょっと引くわ」

「え? ええ? ちょっと待ってください、何の話ですか?」

「でもね。本当に怒ったら負けよ。どんな時でも、自分が正しいと信じてても、相手がどんなに間違っててもね」



 頭上に疑問符を浮かべた少年が聞く気になったのを見計らって、自戒を込めて諭す。



「『怒ったフリ』にとどめておかなければならないの。そうじゃないとただの乱暴者にされて弾かれておしまい」

「……そうなんですか?」

「大人の世界ではね、足を踏みつけられても痛いと声を上げずに、理路整然と毒を吐ける人間が一番偉くなるの」

「……」



 マダマさまは自分が握りしめていた角材に視線を落とした。

そしてちょっとバツが悪そうにワラの上に放り出した。

うむ、やはりこの王子様にはそんな無粋なものは似合わない。



「……軽率でした」



 しゅん、とマダマさまはうつむく。

本気で反省して落ち込んでいるようだ。



「立場を忘れて、やってはいけないことをしました」

「……ま、たまにはそういうこともあるわよ」



 こういう適当ななぐさめというのはあまり役に立ちはしないが、気休めにはなるだろう。

今更こんなことくらいで少年の評価が変わったりはしない。

被害は荷台と雨戸くらいだし、人にケガをさせなかっただけ上出来だ。



「……はぁ」



 怒りで暴れた後の虚脱感と疲労が押し寄せてきたらしく、マダマさまが深々とため息をついた。

本気で落ち込んで肩を落としている王子様のために、そのそばまで近づく。

ワラ束を積み上げたバリケードを乗り越えようとしたところで、ちょっと気になることがあった。



「このワラ、馬のオシッコとかかかってないわよね?」

「え。ええ。新品のはずです」



 一応確認してからその横に膝を下ろす。

昔の名作アニメだとワラを積んだだけでベッドになっていたからフカフカのイメージがあったワラだが、実際は思ったより弾力はないしチクチクとしてくる。



「……なんだか秘密基地みたいね」

「秘密基地?」

「ほら。こうやってあるもの使って隠れて、スペース作って仲間だけの場所にするのよ」


 

 一般的には立地で選ばれるのは空き地とか屋根裏とかで、厩舎の中に作るのは珍しいだろうが。



「子供って狭いところとか好きでしょ? ほら、野良ネコとか連れてきてペットにしたりして。後はオモチャとかおかしとか持ち込んだり」

《誰がペットだ》

「……ボクそういう遊びをしたことはありません」



 マダマさまはちょっと寂しそうな顔になった。



「まあ王族の王子様にはなじみはないでしょうね。庶民の子供の遊びってやつよ」

「……? レセディだって伯爵家の生まれじゃなかったんですか?」

「うっ!?」



 しまった。

ついつい現代日本に産まれたころの感覚で話をしてしまった。



「そ、そうね。私の体験談じゃないわよ、トパースから庶民の子供はそうやって遊ぶって聞いたの」

「楽しそうですね……」



 マダマさまが羨望をこめて声を漏らした。



「マダマさまだって好きに作ればいいじゃない。ベニさんに言えば手伝ってくれるかもよ?」

「いえ、ボクは一緒にそういう遊びをしてくれる相手がいたことないです」

「あ」



 言わずもがなのことだった。

大公夫人に庇護されてずっと大事に育てられてきたのだ。

野山を駆けまわって一緒に秘密基地を作る同世代の友人など、持つ機会さえ与えられなかったのだろう。



「こ、これから楽しい遊びに付き合ってくれる友達が増えるわよ。マダマさまの環境は何もかも変わってるところじゃない」

「本当ですか?」

「そうよ。きっと良い方向に行くって」



 自分が甘く考えていたことを思い知らされた気分だった。

まだまだこの少年には、大切なものがたくさん足りていない。

死の病から一命をとりとめ、領地もお金もなんとかなったが、この子の人生を豊かにするために必要なのはそんなものではないのだ。



「……なんとかするわ」



 やらなければならないことはいくらでもある。

差し当っての問題として、モルガナ王女をどうにかしなければならない。

それはマダマさまに本当に必要なものが手に入るまで、解決しなければならない問題の単なるひとつだ。手間取っている暇はない。



 決意も兼ねて安請け合いしてみせる。

……が。

その方法については正直言って、全く見当もつかないままだった。


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