王女が馬車でやってくる(6)
夕食後。
部屋に戻った私はベッドの端に座りながら、ちょっと悩んだがやはりタヌタヌに相談してみることにした。
「なんだかモルガナ王女様から敵視されてる気がするのよね」
《えっ》
古いバスケットを改造した自分用のベッドに寝そべっていたタヌタヌはきょとんとした。
……そんなに意外だったろうか?
《……そんなの当たり前じゃん》
「えっ」
《えっ、ってあの王女様からしたら一番目障りなのはアンタに決まってるだろ》
「えぇっ?」
《自覚なかったのかよ!》
思わぬ指摘に眉をひそめた私に対して、タヌタヌは途端に呆れ顔になった。
《あの王女様は、ボウヤと結婚するって言ってるんだぞ》
「まさかぁ……。マダマさまはまだ子どもよ? 本気?」
《王女が本気かどうかは知らんが、そのために一番ジャマなのは誰だと思う?》
「まさか私が?」
ようやく理解できたのか、と言わんばかりにタヌタヌは黒い鼻を鳴らした。
「えぇ? 恋敵だとでも思われてんの?」
《自分を客観視しろよ。血縁でも夫婦でもない赤の他人の若い女を領主が同じ屋敷に住まわせてたら、普通は何って言われる?》
「……愛人?」
《正解!》
そう言われると確かに、そう見られても仕方ないのかと頭の理解が追い付いてきた。
しかし、気持ちではとても受け入れられない。
(私が愛人? 8歳も年下の、二次性徴もまだみたいな男の子の?)
背中がむずかゆい気持ちになってくる。
マダマさまを見ていて私の心に浮かぶのは『かわいい』とか『愛らしい』とかいう種類の感情ばかりで、とても恋とか慕情だなんて色っぽいものではないのに。
しかもジェラシーを感じているのは15歳になったばかりの異国の女の子で、これまた私にとってはまだまだ子供にしか見えない。
はっきり言ってそんな三角関係、冗談ではないのだ。
《おいおい、老婆心で言うけどもうちょっと危機感持った方が良いんじゃねえの?》
なんとも説明しづらい気分で呆然としてしまった私に、タヌタヌはぴくぴくとヒゲを揺らしてみせた。
《このままじゃこの屋敷から追い出されかねんぜ》
「なんでよ?」
<<そりゃあ正面玄関からピカピカで高性能な新製品がやってきたら、古い型落ちの方は裏口から出て行かなきゃならないのが世の常だし>>
「家電みたいな言い方やめなさいよ。あと古くないわよ、ピチピチの二十歳よ私は」
しかも未婚の優良物件である。縁談を破談にさせたりコケさせたりした経験が2回ほどありはするが。
《ま、それは冗談として。王女様が本気で追い出しにかかったらヤバいんじゃない?》
「うっ……。確かにそれはあるかも」
何せ相手は南方の大国スターファのお姫様だし、3,000万ディナールという大金を出資してきた大株主でもある。
いくら経営権は領主であるマダマさまがしっかり確保する体制を築いているとは言っても、運転資金を持っているというのはそれだけで大きな顔ができるということなのだ。
オズエンデンド側が出す資本金は将来の取り分から捻出する仕組みになっているから、同額を稼げるようになるまでの間はモルガナ王女が影の最大権力者ということになってしまった。
「で、でも、マダマさまはまさかそんなことしないでしょう」
《本人がそう思ってても、周りの意向には逆らえないってこともあるだろ。『王女という相手がいるのに愛人を同じ屋敷に住まわせてるのは外聞が悪い』とか言ってこの館から追い出されるとか》
「ちょっと待ってよ! イヤよ私そんなの、こんなところまで来て追いだされるなんて!」
遅まきながら私の中でも徐々に危機感が高まってきた。
カリナンとの婚約を破棄するよう仕向けて自由の身になろうとしたら結婚で家に縛られそうになって。
その家を飛び出してまでマダマさまを守るためにこんなド田舎にやってきたら、今度また追放されそうになるとは!
思い通りにならない人生にも程度というものがあるだろ!?
《そんなことになったら、俺も困るよ!》
「タヌタヌ……」
タヌキの真摯なまなざしは、ただの気休めかもしれないが私に勇気をくれる気がした。
《俺と話ができるのは今のところアンタだけなんだぜ! 一人ぼっちの時にどんな寂しい思いをしたか……》
「ええ、大丈夫。一人にはしないわ」
《もう人間には戻れないだろうけれど、こうやって会話ができるってだけで俺は大分気が楽になるんだ》
「そう、どんな逆境でも二人で力を合わせればやっていけるはずよ」
《だから。王女様に追い出されて出て行くことになっても、たまにはこの館に遊びに来てくれよな?》
「……ちょっと待って」
私はようやく、目の前のタヌキと自分との現状認識のギャップに気付いた。
「あなたまさか、私が追い出されることになっても図々しく今のままここに居残る気!?」
《だって追放されるやつについていくより、お金持ちのペットのままの方が良い暮らしをさせてもらえそうだし……》
「待ちなさいよ、そりゃないわ! 私たち相棒でしょ!?」
そもそもいつから心の中までペットに成り下がったんだ。野生のプライドとやらはどこに行った。
《……分かった。じゃあ王女様の方に出て行ってもらおう》
「えぇ? そこまですることは……」
《何を言ってるんだ! これは生きるか死ぬかの勝負だと思え!》
タヌタヌの声の調子があんまりにも真剣なので、私もついつい聞き入ってしまった。
「何か良い方法でも思いついた?」
《大きな声でする話じゃない。もっとひそひそ声で話せ》
「わ、分かったわ」
タヌタヌの体を抱きかかえると、私はベッドの上まで引き上げた。
ドアの向こうに人の気配がないことを確認しながら、その口元に耳を近づける。
「……それで。どんなやり方?」
《この世界の技術じゃ死体からは検出できない、インド象でも殺せる強力な毒の作り方を教えてやる》
「…………」
《それで王女には退場願え。メモは取るなよ、証拠になる! 頭の中に書き込め!》
「やめなさいってそういうの」
ぱしっ、とタヌキの大きな頭をはたいた。
真面目に聞こうとしたのがバカみたいだ。
《絶対証拠は残らないって!》
「そういう問題じゃないわよ。 王女が死んだら出資金が引き上げられちゃうし、最悪スターファとの提携自体がおじゃんじゃない。そんなことできるわけないでしょ」
《なるほど、毒殺はまずいか。じゃあ代わりに殺さずに意思のない操り人形にする薬を作って盛ろう》
「やめなさいっつってんでしょ。 ……というか、あなたが思いつくやり方って本当にそういうレベルなのね」
タヌタヌの科学知識が本物であることは今までの経験で身に染みている。
はっきり口にした以上は本当に作れるのだろう。ある意味で王女よりずっとこいつの方がアブない気がした。
「……」
《何? もしかしてエサの残りが顔についてる?》
ついつい黒い模様で両目が覆われた間抜けな顔立ちをじっと見てしまった。
もし彼が転生した姿がタヌキでなかったら、自分のアイディアをどんどん実現してこの世界には不相応なテクノロジーで好き放題していたのだろうか。
毒殺という発想がすぐさま出てくるあたり、ひょっとして人間として日本に住んでいたころから相当な危険人物だったのじゃあるまいか?
……などと物思いにふけっていると。
「ん?」
ドアの向こうから、スリッパでばたばたと廊下を走る物音がした。
「……レセディ、助けて! 助けてください!」
顔を上げた私の耳に、マダマさまの震える声が飛び込んできた。




