王女が馬車でやってくる(5)
その日の夕食は、モルガナ王女の歓迎の会食ということになった。
食卓に着いたのはマダマさまと私、それからもちろんモルガナ王女本人とお目付け役の参事官のドム・ペドロ。
ついでにオーソクレース村長と、ベリルとベニさんまで招待された。
基本的に部下や使用人とは同席しないのがこの国では普通だが、南方のスターファではそのあたり大らかでこだわらないらしい。
「さあ、どうぞ! 遠慮なくめしあがれ!」
食堂のテーブルにずらっと並んだのは、目にも鮮やかな南方の料理ばかりだった。
もちろんモルガナ王女が取り仕切って用意させたものである。
王女が大量に持ち込んだ珍しい食材と連れてきた使用人たちが台所を占有してしまったので、私の侍女であるトパースは自分の職場から締め出されてしまったくらいだ。
(セルフプロデュースの、自分の歓迎会ってのも何だかね……)
そう思わないでもないがこの程度もう好きにさせるしかあるまい。
何せ彼女は国賓並みのお客様な上に、このオズエンデンドの産業にとって必須なお金を出してくれる大口の出資者でもあるのだ。
<<あ、やっぱり俺ダメだこの料理。 香辛料が多いものは刺激が強いわ、この身体には>>
おこぼれを狙って早速テーブルに近づいてきたタヌタヌも、料理の匂いには耐えられずすごすごと退散していった。
確かに料理にはふんだんにスパイスが使われていて複雑極まる香りが漂ってくる。
クミンやサフランといったこの国では輸入品として高値で取引される貴重な香辛料の数々だが、王女にとってはごく日常の食材らしい。
「野菜や果物はどうしても痛んじゃうものもあるから種類が足りないものもあるけれど……これがスターファの料理よ!」
「す、すごい匂いと見た目ですね……」
マダマさまたちは手を付ける前から軽く汗をかいている始末だ。
お上品なファセットの料理とは全く異文化の南方の料理に初めから腰が引けている。
「これを私たちの家庭の味にしましょうね、殿下」
「か、家庭の味って……!?」
「さぁさぁ、冷めないうちに早く食べて! スターファの会食では自分が好きなものを好きな順番で食べていいのよ」
わざわざくっつくように隣の席に座ったモルガナ王女が、マダマさまにあれこれと料理を奨めだした。
それを横目に見て気付かれないようにため息をつく。
マダマさまがご苦労だが、しばらく付き合ってもらうしかあるまい。
私は役得の食事を楽しむことにしよう。
(ま、いっか。エスニック料理は嫌いじゃないし)
初めて見る珍しい料理の数々には食指をそそられる。
まずは穀物の粉末を練り合わせたような、くにゃくにゃしたペースト状の主食らしい料理が気になった。
ちょうど一口分に並べられたそれをつまむ。小皿に入ったバターでも、すり下ろした豆でも、好きなものをつけていいらしい。
(……ほう、これはなかなか)
柔らかく弾力のある歯ごたえで意外と美味しいぞ?
食感といい食べ応えといい、まるでおモチではないか。
手に入るのならば醤油が欲しくなる味だ。
(どれどれ、他の料理も……)
これは期待できそうだ。
私は食卓に置かれたハシを手に取った。
羊肉の串焼きは肉汁がたっぷりしたたって、噛めば噛むほど味が出てくるようだった。
スパイシーな煮込み料理は牛肉がたっぷり入ってて、まるでビーフカレーだ。
とろみのついたスープも同じく刺激的な味かと思えば、一点トマトと豆がたっぷり入って優しい味だ。
「ふほっ、こりゃごちそうだわ。 ……あれ?」
次々ハシを伸ばして舌鼓を打っていると、妙な視線に気づいた。
マダマさまたちオズエンド側の出席者が、信じられないものを見る目で私の方へ視線を固定していた。
「ん? みんな食べないの、美味しいわよ?」
「―――どうして?」
「どうかした?」
「なぜレセディは、その木の棒で普通に食べられるんですか……?」
「えっ?」
みんなの目は私の右手に集中していることに気付く。
そこでようやく私は自分の失敗に気付いた。
「あっ」
思わずハシを自然に使ってしまっていたのだ。
中世近世ヨーロッパがモデルの少女漫画【ダイヤモンド・ホープ】の舞台であるファセット王国は当然ナイフとフォークの文化圏である。
ハシで食事をすることに慣れた人間などいるはずがない。
しまった。日本で産まれた時の習慣でついやってしまった。
「こ、これはね。中央海の東方諸国で使う『ハシ』っていう食器よ。今私の国で大流行りなの」
一瞬気勢をそがれたらしいモルガナ王女だが、気を取り直して解説を始めた。
「手を汚さずに食べられるし、ナイフやフォークなんかよりもずっと優雅でしょう?」
どうやら使い慣れない食器を持ち込んで、うまく使えない相手に教えることで精神的に優勢に立とうとしていたようだ。
「そんな遠い国の食器も使えるなんて、レセディの博識ぶりにはいつも驚かされます!」
「い、いえ。見様見真似というか思いついて使っただけというか……」
「それにしてはものすごくきれいな食べ方ですよ! あ、分かりました。王女の前だから謙遜してるんですね?」
「そ、そうかしら……? あはは……!」
笑ってごまかそうとしたが、マダマさまは驚嘆の形に目を見開いたままほっぺたを緩めた。
「すごいなぁ……。レセディって何でもできるんですね……!」
いかん。すっかり感心されてしまった。
なんだかいたいけな少年をだましているようで胸が痛む。
「まさか自然にハシで食事できるファセット人がいるとは……」
「くっ……! やるわね!」
ドム・ペドロ参事官は意味深にうなずき、モルガナ王女はキッと目元を吊り上げた。
どうやら私は何も意識しないまま、彼らの目論見を打ち砕いてしまったらしい。
……どうしよう。
「そもそもこれは本当に食事に使うものなのですか……?」
「うまくつまめ……、あっ! 落としてしまいました!」
「あ、俺ダメですわ。すみませーん、ナイフとフォークください」
ベリルたちも手に手にハシを取って食事しようとするが、みんな珍妙な持ち方で苦戦していた。
「ようしボクも……」
「その鶏肉の炒め物は私も大好きな料理よ、殿下」
つたない手つきでマダマさまは頑張って料理を口に運び始めたが、次第にその表情はどんどん引きつっていった。
額から脂汗を流して顔中を真っ赤にしている。
見ると、色からして激辛そうな上級者向けの皿と格闘していた。
何度もグラスの水を口に運んではその度にかえって舌を刺激され、ひぃひぃと熱い息を吐いている。
「……っ! こ、この赤い木の実は、本当に口に入れて良いものなのですか……!?」
辛いのも当然だった。
皿に乗っていた姿そのままのトウガラシを、マダマさまは信じられないという目で見ていた。
おそらくは初めて見るトウガラシが何か知らずに直接丸かじりして飲み込んでしまったようだ。
「殿下は辛い料理の食べ方をご存じないのね!」
「えっ?」
それを見てクスクス笑い出したモルガナ王女は、マダマさまの皿に自分のハシを突っ込んだ。
「ほら貸してみて。こうやって唐辛子をハシでよけて……」
そう言って王女はハシを器用に動かして、たっぷり脂のついた鶏肉を露出させた。
「その赤い木の実は食べないんですか?」
「食べないわよ、辛い味を移すだけ」
「で、でも、お皿に乗ったものは残さずに食べるのがマナーで……」
「それはこの国のマナーでしょ? 私の国じゃ違うの」
出されたものは全て食べるという王族らしいしつけを受けたマダマさまの抗弁を無視して、モルガナ王女はブツ切りの鶏肉を差し出してみせた。
「はい、アーンして」
「えっ?」
口の前の鶏肉を前に、マダマさまは目をぱちくりとさせた。
「そ、そんなの恥ずかしいです! 赤ちゃんじゃあるまいし!」
「良いのよ。殿下はまだハシに慣れてないんだから。私が食べさせてあげるわ」
「じゃ、じゃあボクもナイフとフォークを……」
「はい、アーン♪」
「……」
「アーン♪」
短いやり取りの間に王子様は抵抗の無意味さを悟ったらしい。
何故かちらちら私の方を見つつ、本当に恥ずかしそうに口を開けた。
ヒナに餌をやる親鳥のような俊敏さで、モルガナ王女がさっと鶏肉を放り込む。
「どう?」
「……美味しいです」
「じゃあ次の料理ね! 私のおすすめはね……」
モルガナ王女は喜色を浮かべながら、マダマさまに食べさせるための料理を小皿にとりわけ始めた。
一瞬だけ、その視線がこちらに向く。
「――――――っ」
思わずたじろいでしまいそうな眼力だった。
茶褐色の大きな綺麗な眼に宿っていたのは、優越感と嫉妬、そして敵意の色だった。
(……な、なんで?)
どうしてほとんど接点がないままそんな目を向けられなくてはならないのか、ハシを止めて考えてしまう。
何か嫌なことをしただろうか。
「あっ、殿下。口元が汚れてるわ♪」
「じ、自分で拭けますってば」
べたべたとまるで見せつけるようにマダマさまの世話を焼こうとするモルガナ王女を見ていて、はたと思いついた。
……もしかして私、ライバル視されてる?




