王女が馬車でやってくる(4)
もう収穫祭どころではなかった。
スターファからの王女の突然の来訪。
そして突然のマダマさまの結婚宣言。
……この訳の分からない非常事態を受けて、オズエンデンド公爵領の首脳部(といってもいつものメンバーとオーソクレース村長だけだが)は、緊急会議を招集した。
「いったい何が起こってるというのですか!?」
領主館の会議室。
顔を真っ赤にしたベリルが口火を切った。
「スターファからは、採掘の技術者と事業経営に参加する役員が来るという話だったはずでは!?」
「そのはずよ。それも到着は明日って知らせだった」
じりじりとした気分をこらえながら、私は努めて感情を押し殺した声で答えた。
ベリルのように声を張り上げたいのは私だって同じだったが、そんなことをすれば隣の席でおろおろとしているマダマさまがますます不安になってしまう。
「では突然、王女が来訪された理由は何だというのですか!?」
「知らないし、もし知ってたら王女様が来る前に教えてるわよ」
言外で落ち着くように諭すと、ベリルは浮かしかけていた腰をようやく椅子に下ろした。
『…………』
気まずい沈黙が会議室に流れる。
警護官に引き継いで意見を述べようというものは誰もいなかった。
というより、『何を言って良いのか分からない』というのが全員の共通見解だった。
「……どうも。お待たせして申し訳ないっス」
不毛な時間にみんながしびれを切らしそうになっていると、ベニさんが会議室に入ってきた。
スターファから来た王女様とその連れの一行を宿舎に案内するよう頼んでいたのだ。
宿舎はもともとスターファから来る予定のグアノ採掘事業に必要な人員が滞在するために用意しておいたものだ。
もともとは村の公会堂だった建物だが、ろくに使われることはないし適当な広さもあったのでリフォームして宿舎にしたのだ。
改装しておいて本当に良かった、と心から思う。
何せこの村にはホテルどころかろくな宿屋すらない。宿泊先を手配するところから混乱していては目も当てられない。
「スターファのご一行は?」
「とりあえず宿舎に入って頂けたッス。ぶーぶー文句言われましたけど。『長旅でお疲れでしょうから』で押し通したッス」
「ありがとう。良くやってくれたわ。 ……今のうちに状況を整理しましょう」
ベニさんが席に着くのを待ってから切り出した。
「とりあえず目下の問題は、あの王女様をどうするかよ」
「そもそもなぜ王女様が来られたんです? 私にはその理由が分かりません」
相変わらず感情の読み取りにくい顔のまま、オーソクレース村長がぼそぼそと意見を述べた。
「確かに。どう見ても肥料採掘の技術者ではないですし、事業の役員なら代理の人間を送れば済むはず……」
「どうして王女自身がわざわざ来たのかしら?」
「あっ、あのっ! ボクから一言良いですか!?」
一番上座に座ったこの会議の名目上の座長にして、領主のマダマさまが今にも泣きだしそうな顔で発言の機会を求めた。
「……どうぞ、殿下」
「モルガナ王女が言ってた『おヨメに来た』ってどういうことですか!? ボクは何も聞いていません!」
耳まで真っ赤になりながら少年は訴えた。
そうだ、そのことも問題だった。
「殿下、お気を鎮めてください」
「確かに言うにことかいて、お嫁に来られたというのはちょっと突然過ぎますね」
「そもそも結婚なんて話がいつ出てきたんです?」
不思議そうな顔をした全員の視線が、こちらに向かって集中してきた。
「え? 私?」
思わずきょとんとしてしまう。
「……スターファのトップと直接やりとりされたのはレセディ嬢だけです」
「向こうの大使や王妃とお話されたんでしょ?」
「その時、そういう話は出てこなかったのですか?」
……もしかして、私が王女様を手引きしたと疑われているのか?
し、心外な!
「ちょっと待ってよ! 私のせいだって言うの!?」
「そこまでは言ってはいませんが……」
「私だって何がなんだか分からな……!」
メンバーを叱りつけようとしたところで、脳裏に浮かんで来たのは先刻のドム・ペドロ参事官のキザったらしい笑みだった。
そういえば。
スターファ大使館で事業の話を取りまとめた時、あのいけ好かない男が何か言ってた気がする。
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「ええ。近いうちにまたお会いすることになるでしょう。必ずね」
「?」
妙に自信たっぷりに腕を組んで、ハンサムな参事官は断言した。
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別れ際、確かにそう言っていた。
……まさかこのことか?
ペドロ参事官はこうなることをあの段階で知っていたというのか?
『…………』
げっ、しまった。
記憶の糸をたぐっている間に、居並ぶみんなの顔がちょっと険しくなっていた。
このままでは疑惑を深められてしまう。
「ち、違うわ! 私はみんなにも説明済みの採掘事業の条件以外は、何も約束したり引き受けたりはしていないわよ!」
「ひょっとして向こうにかつがれたんじゃないです?」
「かつがれる?」
「ほら、例えば色んな意味に取れるあいまいな言葉を言質に取られたとか……。 外交官ならいかにもやりそうなことでしょ?」
「えー、そんなこと言ったかしら……?」
身に覚えがないことを言われても困るではないか。
《あのさあ》
それまでじっと私の足元で静かにしていたタヌタヌが、やおら口を開いてきた。
(なに?)
《アンタたしか、あのおばさんに約束してなかったっけ?》
(おばさんって、王妃のミナスさまのこと?)
《そうそう。そんな名前。大使館であった時の退席間際にさ》
(うぅん……?)
首を捻って、あの日の夜の会話をなるべく詳細に思い出そうとする。
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「ひとつだけ条件を聞いていただきたいの」
「ど、どのような条件でしょう?」
「私からオズエンデンドへ、人をやります」
「人?」
「ええ。好きに使って良いから、公爵殿下のおそばへ置いて欲しいの」
拍子抜けする内容に、思わず肩透かしをくらった気がした。
スターファから役員を送ることができるのは最初から契約に入っているし、わざわざ条件に付けくわえなくても。
……『我が国』でも『こちら』でもなく、『私』という言葉で国の方針を語るのがちょっと引っかかったが。
「異存はありません。受け入れます」
「それは結構。実りのある交渉でした」
最後まで優雅な動作で、ご婦人は立ち上がった。
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《確か『人をやる』って言ったよな?》
「あっ!」
タヌタヌの指摘に、思わず声に出してしまっていた。
会議室のメンバー全員がぎょっと肩を震わせる。
「どうされました?」
「あ、ごめん。 私、言ったわ」
『えっ』
みんな目が丸くした。
「何を言ったんです!?」
「ぼ、ボクの結婚を勝手に約束してきたんですか!?」
「そんなことしないわよ!? 信じて!」
今にも崩れ落ちそうな少年の悲痛な声が耐えられず、慌てて手のひらを見せてなだめようと試みる。
「……向こうの国王第一夫人のミナス様から『人をやりたい』って言われて、『いいですよ』って答えただけ」
「え、それだけ?」
「…………でもこの『人をやる』の意味が、『国として働く人を送る』っていうことなのか『王妃が個人で娘をやる』なのかは……。解釈の別れるところよね?」
「なんてことを!」
会議机に肘をついたベリルが頭を抱えた。
「まさかそれが結婚の約束だと向こうは思ってると?」
「まさか。いくら何でも非常識でしょ、そんなの。 ……非常識よね、ねぇ!?」
『……』
向こうの思惑をはっきりと答えられる人間などいない。
無言の糾弾の目にさらされて、針のムシロに座らされた気分になった。
「私は事業の役員が来ると思ってたのよ、本気で! 信じてちょうだい!」
「そうよ。私は役員としてきたの」
弁解めいて揺れる私の言葉に、思わぬ方向から返事が返ってきた。
『!?』
全員の視線が会議室の入り口へ集中する。
そこにいつの間に入り込んだのか、褐色の肌を持つ少女が立っている。
「も、モルガナ王女!?」
「チャオ♪」
とっさに立ち上がった私たち全員に向けて、モルガナ王女はいたずらっぽく南方諸国家で広く使われる挨拶をしてきた。
「どうしてここに!」
「この子たちに案内してもらったわ」
見ると王女の背後から3つの小さな人影が出てきた。
シトリン、フューメ、モリオンの3姉妹だ。
「ダメでしょ、知らない人中まで連れてきちゃ!」
「『領主様の屋敷に案内して欲しい』って言われたから……」
シトリンちゃんが少し言い訳がましく言った。
王女の自信に満ちた態度に気圧されてそのまま従わされてしまったに違いない。
「みんなとってもかわいいわね! あなたたち、私の側仕えになりなさいな! おこづかいもちゃんとあげるから」
「まえむきにけんとうする」
ぎゅっと肩を抱きしめてくる王女に対して、一番小さなモリオンちゃんが相変わらず年に似合わない返事をしていた。
先刻王女を宿舎まで案内したベニさんが珍しく泡を食った。
「今日は宿舎でお待ち頂くようお願いしたはずです!」
「えー、何言ってんの? まだこんなに明るいのに宿でじっとしてろなんて、拷問よ」
「し、しかし。長旅でお疲れでしょうし……」
「疲れるわけないでしょ? 自分の足で走ってきたのと違うわ、馬車に乗ってただけじゃない」
言葉通り若々しい活力に満ちた足取りで、モルガナ王女は会議室のテーブルを半周して私たちの方まで近づいてきた。
「そ、それはともかくとして……。役員として来たというのは?」
「言葉通りの意味よ。はい、お父様からの委任状」
まるで手紙か何かを届けるように、モルガナ王女は手にしていた金縁の装飾がされた紙をこちらに手渡してきた。
慌てて目を通すと、
『スターファとロカイユ王家は、この者にオズエンデンド公爵領での事業に関する全権および全株式を委任するものとする』
という短い文面の下に、複雑な形をした印判とサインがしたためられていた。
スターファの国璽と国王直筆の署名だ。これだけで正式なスターファの正式な公文書として通用するシロモノである。
「というわけで、新事業の権利のうち約束の49%は私のものよ。お分かりいただけた?」
再び委任状をつまみあげながらモルガナ王女は簡単に言ってのけた。
「は、はぁ……。確かに……!」
「ついでだから早速役員会に提議ね。私をこの会社の役員にしてちょうだい。49%も権利を持ってるんだから、経営に参加するのは当たり前よね?」
『……』
子猫のように無邪気に微笑むモルガナ王女に反論できる者など誰もいなかったし、反論する理屈もなかった。
「……異議はありません」
「決まりね! あと経営の省力化のために私もこの屋敷に住んだ方がいいと思うの」
「えっ?」
ぽかんと口を開けたマダマさまの肩を、回り込んだモルガナ王女の繊細そうな手がぎゅっと握りしめた。
「だっていちいち何かを決定するたびに宿舎から呼ばれてこっちに来るんじゃ、手間も時間もかかるじゃない?」
「で、でも! ここは狭くて古くて不便ですし、十分なおもてなしもできません!」
「あはは、気にしないわよそんなこと。こういうところに住むのもキャンプみたいで面白いわ」
「きゃ、キャンプ……?」
この村で一番大きな敷地面積の領主館も、この王女様にとってはログハウスのロッジか何かと変わりないらしい。
「そう言われても! 未婚の男女が一つ屋根の下で一緒に住むなんて……不健全では……」
「あら? こちらの方は公爵殿下の奥様だったかしら?」
「うっ!?」
モルガナ王女がじろりと私の方を見てきて、マダマさまは自分の論理のつまずきを認めざるをえなかった。
「それから殿下に大事なお知らせ。スターファから事業に出資する金額が決まったの。 3,000万ディナールよ」
「えっ?」
『……サンゼンマン!?』
モルガナ王女とクォーツ三姉妹以外の、その場にいる全員が一斉に叫んだ。
その辺の領邦の年間予算を軽く上回る金額である。
「明日ペドロに正式な証書を持ってこさせるわ。嫁入りの持参金代わりだと思ってちょうだい」
「よ、嫁入りの持参金って……!?」
「まあお金の話は後にして。 私、これから殿下のことをもっと良く知りたいし、殿下にももっともっと私のことを知って欲しいと思うの。そのためにもやっぱりここに住みたいわぁ」
「……!」
ぷっくりとした唇をマダマさまの耳元にそっと近づけて、モルガナ王女はささやいた。
華奢な肩を握られただけなのに、まるで心臓をワシづかみされているかのように少年は硬直している。
マダマさまだけではない、もはや会議室の中は完全に王女のペースだった。
その言葉に異を唱えられる者などいない。
「――――――それで。私の部屋、どこかしら?」
にっこりと上品にモルガナ王女は笑った。




