王女が馬車でやってくる(3)
その8頭立ての巨大な馬車は、目抜き通りをゆっくりと徐行してきた。
「道を開けよ!」
御者の声に追われるようにして、住人たちが慌てて左右に避けようとするそのど真ん中を突っ切ってくる。
「……何あれ。いったいどこの誰よ?」
迷惑なその様子を見ながら、私は思わずつぶやいていた。
この世界では馬車はごく一般的な乗り物だが、8頭立てや10頭立ての馬車はめったにお目にかかれない代物である。
車体が重過ぎて引く馬ばかり多くても速度は出ないし、大きな車輪は小回りは効かないしで、実用的な車両とは言えないからだ。
無理を押して使う意味があるとすれば、その派手な見た目で衆目を引き付けるという一点に尽きる。
例えば王侯貴族が絢爛なパレードに使うとか……。
「今日は来客の予定はないはずですが」
「あっても、あんな乗り物で来るような客なんていないはずよ」
とてもこんな北の果てのド田舎で使うような車両ではない。
私とベニさんは並んで首をかしげた。
「もしかして出し物か何か? 芸人呼んだとか?」
「いえ、自分は聞いていませんが」
「ということは無届? 困ったわねぇ……」
どこかの劇団か大道芸の一座が用意した、客寄せの演出用の巨大な馬車かもしれない。
最近はどこも不況だし、うちで祭りをやるという噂を聞きつけて芸の押し売りに来たのだろうか。
はた迷惑なことだし怒らなければならないのだが、祭りの賑やかしになる興行を追い返すのも無粋な気がした。
「……とりあえずみんな道を開けて! 危ないわよ!」
「馬車の前から離れてください! ほら、おばあちゃん急いで! ひかれちゃうよ!」
ベニさんが野太い声を張り上げて交通整理を始めた。
出店の前で列を作ったり買い食いをしていた人たちも、おっかなびっくりという様子で道の両端に飛んでいく。
「全くどこの芸人一座かしら。 責任者にひとこと言っとかないといけないわね!」
「……あれ、スターファの国章じゃないです?」
「えっ」
ベニさんが指さす先、馬車の側面にでかでかと描かれていたのは馬車の持ち主を示す紋章だった。
馬の上半身と魚の下半身を持つ伝説上の生き物と、波に洗われる白い十字模様が配置されたデザインには覚えがある。
事業提携の話をつけるために王都のスターファ大使館に乗り込んだ時、あちこちで目にしたものだ。
間違いなくスターファの国章である『海馬と白十字』だ。
とても他国芸人が勝手に使って良いものではない。
「――――――――――――っ」
軽い怒りが瞬時に引っ込んで、代わりに怖気と不安が背中をはいあがってくる。
何故そう思うのかは自分でも良く分からない。
が、猛烈に嫌な予感がした。
「スターファの馬車? レセディ、何かあったんですか?」
「うわー! おっきな馬車!」
「良いなー、オレあれ欲しい!」
「しょみんのぜいきんはこういうところにきえる」
射的で遊んでいたマダマさまとクォーツ三姉妹がやってきて、不思議そうな顔で説明を求めてきた。
「さ、さぁ? 私は何も…………?」
『?』
目を合わせられずに、言い訳がましく口ごもってしまう。
そうこうしている間に馬車は目抜き通りの最奥……お祭りのメイン会場へと乗り付けてきた。
巨大馬車の後ろについてきた荷客車の客室からエプロンをつけた女中姿のふたりがバタバタと降りてくる。
「……花?」
何をするのかと思ったら、二人は手にしたバスケットから巨大馬車のタラップに向けて花びらを巻き始めた。
あらかじめ用意してあったらしい山盛りの花片を手に取って、タラップを挟んで惜しげもなく周囲にまき散らす。
一部は風にまかれて私の方まで飛んできた。
まるでお芝居の演出でやる花吹雪だった。
「……何よこれ」
いきなり芝居がかった演出が始まって見守る一同がぽかんとする中。
バッ、と勢いよく巨大馬車の扉が開け放たれた。
「――――――ッ!」
中から身軽な動きでタラップの最上段に出てきたのは、薄褐色の肌を持った黒髪の少女だった。
ミドルティーンのしなやかな体つきを、民族衣装らしい原色の服に服に包んでいる。
肌や髪の色といい、目鼻の造形といい、ひと目で異国の出身と分かる外見をしていた。
「…………」
少女はタラップの最上段に立ったまま、じっと辺りを見渡した。
会場にいた者は何事かと、その一挙手一投足を目を吸い寄せられる。
それは奇妙な光景だった。
全員が 固唾を飲んで無言のままの少女から目が離せないでいた。
確かに美形で目立つ見た目をしているが、それだけでは説明がつかない。
その場にいるだけでまるで砂鉄が磁石に吸い寄せるように、注目を集める才能が彼女にはあるようだった。
「……どうもありがとうッ!」
開口一番、曇りのない声色で少女はあいさつした。
まるでアイドルが満員のライブ会場の冒頭でするように、自分が注目されるのをごく当たり前に受け止めている声だった。
「お祭りまでして歓迎されるだなんて思わなかったわ! こんな心遣いを頂けるなんて!」
『えっ?』
「みんな大好きよ!」
顔中に満面の笑みを浮かべて、少女は謝辞を述べた。
口ぶりから察するにどうもこの住民の収穫祭を、自分のために行われた歓迎の祭か何かだと思っているらしい。
「モルガナ・ロカイユ=サンタマリア・ジ・イタビラです!」
舌を噛みそうな長い名前を一息に言い切ると、少女は優雅な仕草で深々と頭を下げた。
破天荒な口上とは打って変わって、生まれた時から上流階級のマナーを叩き込まれてきたものにしかできない完全なお辞儀だ。
片足を斜め後ろに引き膝を曲げて服の裾をつまみあげる。
一連の動作は計算されつくしていて、全く無駄もよどみも感じさせない。
『……ほぅ』
住民たちが見惚れる息遣いが私の耳にも確かに聞こえてきたほどだった。
その心理がまるで目で見えるかのように、ぱっと小気味良く少女は顔を上げた。
「気軽にモルガナって呼んでね!」
再び弾けるような笑顔を振りまいて見せる。
その鮮明なコントラストに『わっ』と群衆が沸いた。中にはぱちぱちと拍手を始めるものまで現れだした。
たったのお辞儀一つで、彼女は住民全ての心をつかんでみせたようだった。
「……今彼女、ロカイユと言いましたか?」
うっかり私も見とれそうになってしまった時、となりのマダマさまが額に汗を浮かべながらつぶやいた。
「ロカイユ家ということは、スターファの王族の方ですか……?」
「モルガナ王女でしたら、確か第4王女にあらせられたかと……。な、何故このようなところに突然……?」
マダマさまとベリルが青い顔をしていた。
何せ王族とその専属の護衛である。諸外国の王家のファミリーネームと主要な人物くらい頭に叩き込まれていて当然なのだろう。
「モルガナって……え? まさか?」
頭の中にある人名録を必死に手繰ろうとした瞬間、馬車を降りてモルガナ王女の背後に出てきた若いハンサムな男の姿が目に入る。
「げっ! 確か……ドム・ペドロ参事官!」
「お知り合いですか?」
私がぎょっとした瞬間、愛想を振りまく王女の背後のペドロ参事官と目があった。
向こうも私に気付いたらしい。
芝居がかった動作で、若いエリート外交官は軽く肩をすくめて見せた。
「…………」
嫌な予感が確信に変わった。
この事態の引き金を引いたのは、おそらくは私で。
裏で火に油を注いだのは、間違いなくあの男だ。
「ぼ、ボクもあいさつをしないとまずいんじゃ……」
「どこに滞在頂きましょう? 何の準備もしておりません!」
「それで、オズエンデンド公爵殿下はどちらかしら?」
慌てる王子さまとその警護官など知らぬ様子で、モルガナ王女はタラップの上から周囲を見回した。
住民たちの視線がさっとこちらに集中する。
「ああ、そちらにおられたのね!」
先刻女中がばらまいた花びらでできた道を踏みしめながら、王女はタラップを降り地面を踏みしめる。
奇跡で海が割れた時のように、さっと住民たちは左右に避けて彼女のために進路を開けた。
モルガナ王女を邪魔するものは何もなく、まるでファッションショーのモデルのごとく大股に一直線に向けてこちらに歩み寄ってくる。
「そちらで間違いないかしら?」
「そ、そうです! ボクがこのオズエンデンドの領主のマダマで……」
「キャー! かわいい!! ウッソ、本当に男の子なの!?」
「……は?」
王族らしく精一杯胸を張ってあいさつしようとしたマダマさまだが、その声は王女の黄色い歓声に塗りつぶされてしまった。
たったっと歩み寄ってきた王女にむんずと小さな手を握られ、マダマさまはますます目を白黒させる。
「もしかしたら私よりカワイイんじゃない? やだー、もー! 信じられない!」
「は、は? えぇ?」
「でも良かった、いけすかない相手だったり粗野な見た目をしてたらどうしようかと思ってた!」
「えと、その、あのですね。一体何を……?」
「はーい、みんな! 注目! 聞いてね!」
混乱の極みにあるマダマさまを無視して、その手を取ったままモルガナ王女は群衆の方へ向き直った。
「私、モルガナ・ロカイユ=サンタマリア・ジ・イタビラは、公爵殿下のところへおヨメに来ました!」
「え」
「これからよろしくね!!」
「えっ」
手を握られたままのマダマさまが、口をぽかんと大きく開けた。
まるで時間が止まったかのように完全な静寂が祭りの会場全てを支配する。
『えぇ――――――ッ!!?』
次の瞬間。領主以下、その場にいたオズエンデンド全ての領民は一斉に絶叫した。




