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2_5 王族


「ちょ、ちょ、ちょ!?」

 

 訳も分からず、うろたえて奇声を上げてしまう。


「何がどうなってるの!?」

「うろたえるな、見苦しい!!」



 父親に吐き捨てられてしまった。

隣のトパースはというと、こちらも事態が理解できないようで目を丸くするばかりだ。

そりゃあそうか。

直接会った私でも何が起きてるのか分からないのに、一切接点がないこの二人が事情をつかめるわけがない。



(王族の馬車ってことは……つまり王子様ってこと!?)



 なんでそんなロイヤルでセレブリティなお方が、一人で祭りの屋台で綿あめを買おうとしていたのだ!?

だとしたら私は王族相手にめちゃくちゃ失礼な態度を取っていなかったか?

……まさか警官隊を引き連れて不敬罪で逮捕しにきたということはないだろうな?



 いきなり不安が胸のうちに湧き出してきて、首筋がうすら寒くなる思いがした。

そっとタヌキがこちらに鼻先を向けてくる。



<<どういうこと?>>

(私にだって分かんないわよ!)

<<知り合いなのか?>>

(昼間に綿あめ買ってあげただけよ!)

<<なんでパーティーに来てんの?>>

(知らずに招待しちゃったのよ!)



 こっそりタヌキと問答する私に向かって、父親は早口で言ってきた。



「とにかく出迎えるぞ! 王家の方を待たせるような不調法はできん!」

「えっ、待って、まだ心の準備が……!」



 思わず気後れした私の心情などお構いなしに、父親は腕を引いて玄関へ無理矢理連れていこうとする。

仕方なくそれについていきながら、私は必死に思い出そうとしていた。



(【ダイヤモンド・ホープ】の中で王族なんて出てきたっけ!?)



 脳内で覚えている漫画の原作のコマや、設定資料集のキャラクター紹介のページをめくって思い出そうとする。

が、何度思い返そうとしても全く心当たりがない。

もしあの男の子が漫画の中のレセディ・ラ=ロナと会話していたり、同じページに描かれていたりしたら、愛読者の私が直接会って何も気付かないはずがなかった。



(……ってことは、漫画には出てこない人物ってこと!?)

<<何をそんなに慌ててるんだ?>>



 初めての事態に愕然とする私に、横をついてくるタヌキが不思議そうな顔をしていた。



(漫画で見たことない人と、どんな話したら良いかなんて分かんないの!)

<<マジかよ、おい>>



 悪役令嬢としての自覚に目覚めて以来、私の人間観というか人を見る目は原作漫画の描写が柱となっていた。

例えば学園で女学生と新しく接点を持つようなときは、



(この子は主人公フランシスと仲良くなるイベントがあったはずだから恩を売っておこう)



とあらかじめ用意しておくといった具合に。


 そうやって重要度にあたりをつけておくことをずっと習慣としてきた。

今までそれで失敗をしたことはない。何せこの世界は主人公フランシス・ホープのために用意されたといって過言ではない少女漫画の劇中だ。

名無しのモブキャラに大それた事件が起こせるはずはないし、熱心なフリークであった私がその判別を誤ることもない。



(でもファセット王国って国名は出てきてるし、国王とか王族がいるのは当たり前か……意識したことはないけど)



 そういえば世間話や噂話として耳に入ってくる情報の中に、王族のスキャンダルやら結婚の話題やらも混じっていた気がする。

私は【ダイヤモンド・ホープ】劇中に関係する要素、つまりは自分の破滅を回避する以外のことにはとんと興味がなかったからほとんど聞き流していたが。



(漫画にはあんな男の子出てこなかったし……どうしよう!?)



 敵なのか味方なのか、どう扱えば良いのか全く見当がつかない。

しかしよく考えたら、もう原作漫画の時間軸では悪役令嬢レセディ・ラ=ロナは家を追い出されてみじめな生活をしているはずなのだ。

結婚相手にあぶれた男たちを集めて婚活パーティーを開いてるなんて展開を原作者が考えていたはずもない。



(ってことはまさか……私が知ってる原作の展開とは違う方向に世の中が動いている可能性もある!?)

 


 今までの自分の人生の指標が全く役に立たなくなっている可能性があるという事実に、私は自分の顔が青ざめていくのを感じた。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


 

 他の男性陣たちはとりあえず玄関の前で待たせて、王子様とそのお供だけを家の中に招き入れることにした。

使用人たちも一時手を止めて、やたら広い玄関から続くホールにずらっと並んだ。

ここがパーティーのメイン会場である。その真ん中に私と父親が立った。


 執事に案内されて、少年が玄関ホールに足を踏み入れる。

父親と私を見てから軽く会釈した。

目上の人間がそう認めてから目下の側から名乗り出て挨拶するのがこの国の正式なマナーだ。ああ面倒くさい。



「よ、ようこそ我が家へ。私が当主のロナでございます」

「お招きに預かりました。伯爵。マダマ=ラトナラジュまかりこしました」



 エントランスの中央で必要以上にぺこぺことする父親に対して、正装の男の子は礼儀正しく挨拶をした。

油断なくそのかたわらにいるのは、昼間の祭りで屋台の間を男の子を捜し歩いていた、背の高い軍装姿の女性だ。

昼間と同じ帽子をかぶっている。制服なのだろう。



「あの、これ、招待状です」

「これはこれは! ご丁寧に痛み入ります」



 男の子がおそるおそるメモに走り書きされた招待状を差し出すのを、父親はうやうやしく両手で受け取った。



「この度は娘めの誕生を祝う会に殿下をお招きすることができ、全く恐悦至極。我が家が始まって以来の名誉で……」



 父親がペラペラと良く回る舌でおべっかを述べる様子を、隣の私は白い目で見ていた。

頭の中は後悔と不安でいっぱいで、その姿を軽蔑するどころではない。



(どうしよう。どんな風に接したら良いのかしら)



 昼間の縁日ではてっきり気安く付き合ってしまったが、思い返してみれば世が世なら無礼打ちにされてもおかしくない態度だった。

気安く付き合った相手が後から高貴なお方だと分かるなんて時代劇ではお約束の流れだが、まさか自分が村娘の立場になって体験することになるとは思わなかった。



(とりあえず平謝りしとこうかしら……)



これがドラマの水戸黄門だったら印籠を合図に土下座すればなんとなく笑って許してもらえるはずだが、この男の子が黄門様並みにフランクなお方だという保証はどこにもない。

どっちかというとうちは父親が悪代官の方だし。



「まだ開場までは時間がかかりますので、恐れ入りますがそれまで応接室でおくつろぎください」

「はあ、お気遣いどうも」

「では後程、パーティーで」

 


 逆に感心してしまうくらい腰の低い態度に終始していた父親が会話を打ち切る。

控えていた執事が男の子とお連れを奥の応接室へと案内していった。

その姿を父親は直立不動のままじっと見送っていた。



「……レセディ」



 廊下の向こうへ消えるのを見計らってから、ぽつりと私を呼んできた。



「何かしら、お父様」



 つい先刻まで娘に対して余裕なく当たり散らしていたのによくもこう見事に変わり身ができるものだ、と感心しながら返事をする。



「でかしたぞ!」

「はぁ?」

「どういう接点があったか知らんが、よくぞ招待状を渡した! 見事な機転だ! んーーーん!」



 げ。マジか。男の子が手渡してきた招待状にキスまで始めたよこの人。

先刻までプリプリ怒っていたくせに、もみ手すり手で王子様のご機嫌を取って、そしていきなりこの上機嫌である。

『レセディ・ラ=ロナの父親は躁鬱のケがあって情緒不安定』なんて設定が原作漫画にあっただろうか?



「良いの? こんな特別扱いして。 他のお客が気を悪くしない?」

「大きな声では言えんが、もう他の招待客などどうでもいいくらいだ」

「はぁ?」

「思わぬことについつい動転してしまったが……。よく考えればこれはチャンスだ! でかしたぞ!」



 何が言いたいのか分からない私の表情を見て取って、父親はほくそ笑みながら説明を始めた。



「考えてみろ。今日来た中で一番家柄が良いのはどのお方だ」

「そりゃ、あの王子様でしょうけど」



 あの少年と現国王の関係は知らないが、王家の一員というからにはもちろん家格はトップクラスの中のトップクラスだろう。



「そうだろう! しかもあのお方は先の皇太子殿下のご長男……言ってみれば王族の嫡流の血を引いておられる」

「はあ」



 今一つこの世界の世情にうとい私はあいまいに聞き流した。

どうやら一口に王家と言っても込み入った事情があるらしい。



「そんな方を我が家の系図に書き加えられたら、こんな名誉はあるまい」

「えぇ?」



 父親が何を言いたいのか分からず顔をしかめたが、もしかしてと思いついた発想をおそるおそる口にしてみる。



「……まさかあの王子様を結婚相手にしろってことかしら?」

「フフフ」

「あはは、そんな訳ないわよね? なんせあの子ときたらまだ10歳か11歳かそこそこ……」



 父親はにんまりと唇をゆがめて見せた。

この因業親父め。



「えぇ? 本気!?」



 ついつい『正気?』と尋ねなかった私の自制心はなかなか大したものだと思う。



「冗談でこんなことが言えるか。 ……良いか、どんな手を使っても構わんから王子をお前に夢中にさせろ!」

「うえぇ……?」

「分かったな! 何をしている、応接室で殿下のお相手をせんか!」



 親父の声に追い立てられるようにして、私は慌てて客間へすっ飛んでいった。



<<良く分からんが、面白いことになってきたじゃないか>>

(面白くないわよ!)



 小さくタヌキに悪態をつきながら、私はうっかりヒールで裾を踏まないよう必死にドレスのスカートを持ち上げていた。


続きは明日朝8時ごろ追加します。

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