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2_4 招かれた客


 善行をして心は軽くなったが、山積する問題は何一つ解決していなかった。

重い足取りを引きずるようにして家へ歩いて帰る。

ついでにやらかしたことの責任は自分で負わなければならない。

家で私を待っていたのは、トパースのお説教だった。



「旦那様や奥様がどんなに心配されたかと……」

「分かった、分かったから。パーティーにはちゃんと出るわよ」



 ちくちくした小言にうんざりしながら、ドレスルームでコルセットを体に巻き付ける。

ドレスの下にこんな不便で重くて痛いものを付けることを強要されるとは。

何故この世界の女たちは革命を起こさないのだろう?



「パーティーが嫌で逃げたんじゃないって……うわぉ!」

「我慢してください」

「ちょ、おま、そこまで締め上げなくても……いだだだだ!」



 少しでも細く見せるためコルセットはきつく締めると知ってはいるが、見聞きするのと体験するのとではまるで意味が違った。

すでに肋骨が軋む音を上げそうなくらいのきつさだというのに、トパースはまだ渾身の力を込めて強く結び紐を引っ張ってくる。



「いきますよお嬢様!」

「えっ、そこまでやるの……ひぎぃ!?」



 トパースはとうとう私の背中に片足をついて、踏ん張ってまでぎりぎりとコルセットを締め上げ始めた。

話には聞いていたがここまでやるか。

まさか日頃の恨みのあてつけではない、と思いたい。



「はい、結構です」

「うー、あちちち……」



 思わず腰をさすってしまう。

痩せているよう見せかけるためだけにこんな苦労をしなければならないとは令嬢も楽ではない。 



「ドレスをお召しになってください」

「分かった分かった。言う通りにするわよ」



 こうなってはまな板の上の鯉である。

侍女に言われるがまま、私はやたら胸元の大きく開いた煽情的なデザインの新品のドレスに袖を通した。

趣味ではないがどうせ親父の意向だろう。

あきらめて言われる通りにするしかない。



「ねえ、トパース」

「はい?」

「私がもし結婚相手が見つけられなくて修道院に入ったら、あなたはどうすんの?」


 

 修道院に侍女を連れていける訳はないよな、と気付いたのでなんとなく聞いてみた。

ぴたり、とトパースが飾り紐を結ぶ手を止める。



「私は12歳の時から10年間、お嬢様付きとしてお仕事を頂いてきました」

「そうだっけ。もうそんなに経つんだ」

「今更もう他の方にお仕えする気にはなれません。お嬢様が修道院に入られるならトパースもお供いたします」

「げっ」



 見るとトパースは、非常に真面目な芯の強そうな目をしていた。

自分の言葉を実行すると固く決めている目だ。



「いや、別にトパースが付き合う必要ないんじゃない?」

「いいえ。こうなればお嬢様とは一蓮托生。お暇を頂き、トパースも神に仕える道を共に歩みます」

「おおぅ……気持ちはありがたいけど、重いわぁ」



 そこまでの覚悟で私に仕えていたとはついぞ思わなかった。

原作漫画を読んでいたときは、

『この後ろにいるキャラろくに喋らないし、悪役令嬢の金魚のウ●コだし、名前ついてる意味ある?』

とか失礼なことを思ってて申し訳ない。



「じゃあトパースが失業しないためには、私が頑張らなきゃいけないわけだ」

「お嬢様が良縁に恵まれてお幸せになることが私の望みです」

「そっかそっか。じゃあ今日は気合入れていかなきゃね」



 どうにか今日のパーティーで結婚相手を見つけ出さなければ、この子も不幸になるのだ。

なんとなく責任を任されたようで、心に軽く力がみなぎるのを感じた。

自分の運命を嘆いてばかりではいられないと思い直す。



「ありがとうね、トパース」

「お褒め頂くようなことは何もしておりません。できました、どうぞ」



 びしっとクシを通した金色の髪を軽く振って、私はドレスルームを後にした。



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 開場まであと30分ほど。すでに玄関前の車止め周囲ではパーティーの招待客がごった返していた。

一昨年までの誕生パーティーはきらびやかな着飾った若い男女の学友ばかりだったのに、今年はかなり毛色が違う面々ばかりだ。


はげ頭。

太っちょ。

にきび面。

やたら肌の青白い陰気そうな眼鏡。


 屋敷の二階に張り出したバルコニーからこっそり顔を出して、居並ぶ男たちの顔ぶれを検分する。

思わずため息をついてしまった。



「……いやー、よくもまあこうも冴えない男ばっか集めたもんだわ」

「お言葉が過ぎますよお嬢様」



 となりで一緒に男どもを観察するトパースはそうたしなめたものの、否定はしなかった。 

入場待ちをしているのはみんながみんな、両親が声をかけまくって呼ばれてきた結婚相手を見つけられないでいる貴族の子弟ばかりである。

そりゃあ不良債権ばかりに決まっていた。

まともな相手が見つけられるような男なら、評判最悪の悪役令嬢が開いた実質花婿選びの誕生パーティーなどに顔を出すはずもない。



「しかし意外と貴族出身でも独身って多いのね。あのバーコードハゲのおっさんなんてどう見ても50代じゃない」

「バーコード? ……再婚相手を探しておられる方だっておられるでしょう」

「男は得よねえ。未婚でもお咎めなしだなんて」



 こっちは独身のまま二十歳を過ぎたら修道院に押し込められ、カビと経典とを友達にして余生を過ごさなくてはならないというのに。



<<なんでみんな外で待ってるんだ?>>

「ん?」


 おっと。いるのを忘れかけるところだった。

バルコニーの手すりに前足をひっかけるようにして、外の様子を眺めていたタヌキがたずねてくる。



「ああ、こういう舞踏会じゃドレスルームに入るのは女性陣が先って決まってるの。それが終わるまで入場しないのが紳士のたしなみって訳よ」



 数は少ないが、来てくれた私の学友やら母の知己たちがドレスルームで支度を整えるまでたむろして時間を潰しているのだ。



<<ふーん。面倒くさいんだな>>

「面倒くさいのよ。今日はホームパーティーの延長みたいなもんだからまだ良いけど、公式の舞踏会なんてもう大変。何せ300人以上集まることだってザラなんだから」

<<そんなに>>

「……誰とお話されてるんです?」



 つい気がゆるんでタヌキと受け答えしていたら、隣のトパースが不思議そうな顔をした。



「あ、えーと。このタヌキちゃんに説明してあげてたの」

「実は前からお聞きしたかったのですが、どこで見つけられたんですか。その変な生き物」

「先週のパーティーの出し物で偶然ね、売りに出されてたの。今は私のペットよ」

「はぁ……。お嬢様は動物がお好きだったでしょうか?」


 

 う。流石10年世話をしているだけあって鋭い。

原作のレセディ・ラ=ロナはどうみてもペットを愛玩するタイプではない。

どちらかというと蹴飛ばしているのが似合ってそうだ。



「ほら、最近目覚めたの。この子って珍しいし、モコモコしてるし、一緒に写ったらインスタ映えしそうじゃない?」

「インスタって何ですか……?」

「何でもないわ、とにかく動物をかわいがる女子を男どもは好きなのよ! これは結婚のための戦略よ戦略」

「はぁ……」



 トパースの追及をかわすために慌ててごまかした。



「それで? この中でまともそうなのはいた?」

「あの方なんてどうです? 確か子爵家の次男で、爵位を継承する予定こそないものの相当なお金持ちだとか」

「げ。嫌よ私。脂ぎったデブは生理的に無理なの」



 などと一緒に品定めをしていると。



「レセディ!」



 いきなり背後のバルコニーの入り口から父親がどなりつけてきた。

突然のことに、トパースとタヌキと同時に一瞬飛び上がってしまう。



「あ、お父様。いや何、ちょっとね? 良いお相手がいるか探してただけ……」

「お前は一体何てことをしたんだ!」

「へ?」



 私の言い訳にも耳を貸さず、血相を変えてずかずかと父親は近づいてくる。

額に脂汗を浮かべ、全く余裕がない様子だ。

何をそんなに慌てているのだろう。



「馬車だけ先に帰して一人で歩いて帰ってきたこと? それならもうさんざんぐちぐち小言を言われたじゃない」

「違う、そうじゃない! 私に相談もなく客を招いただろう!」

「うん?」



 何のことかと一瞬思ったが、そういえばと思い直す。

昼間の祭りの縁日で、招待状を渡した綿あめの男の子のことだ。

門前で客に挨拶をしていたら、その姿を見て驚いて怒鳴り込んできたというところだろうか。

確かに婚活パーティーに参加するにはちょっと年齢的にアウトかもしれないが。



「あー、あの男の子ね!」

「男の子ってお前……」

「良いじゃないですか、お父様。良い子なんだけれど家が厳しいみたいなの。今日くらい楽しませてあげて」

「なんてことを言うんだ!」



 父親は目を丸くした。

確かに今日は私の人生を左右する婚活パーティーかもしれないが、関係ない客を一人呼んだからといってここまで怒ることはないだろう。

我が父親ながらなんて肝の小さい。

所詮は悪役令嬢の親か、と胸の内でうんざりした。

 


「何をそんなに怒ってるの?」

「まさか誰を呼んだのか知らないのか!?」

「あー、そういえばどこの家の子か聞くの忘れてました」



 私が答えたちょうどその時、正門から招待客の列をかき分けるようにして四頭立ての馬車が入ってきた。

黒塗りの馬車は玄関前まで乗り付けてくる。

装飾も足回りもいかにも高級そうだ。どこかの大貴族の持ち物だろうか。



「ちょうどいい。馬車に塗られているあの紋章を見ろ!」

「えーと、あれはどこの貴族の家の紋章でしたっけ。見覚えはあるんだけど」

「見覚えがある? そりゃそうだろう!」



 怒りを通り越して呆れたと言わんばかりに、父親は大げさに肩をすくめた。



「あれは王室の紋章だ!」

「へ?」



 私が間抜けな声を上げたのと、馬車のドアが開き軍服姿の背の高い女がさっと下りてくるのとはほとんど同時だった。



「皆様! ご起立くださいませ! マダマ=ラトナラジュ親王殿下のご来臨です!」



 良く通る声で、まだ若いその女軍人は周囲に宣告した。

玄関前に居並ぶ男どもが慌てて背筋を伸ばす中。

おどおどしながら背の低い人影が馬車から下りてくる。

先に降りた大女に介添えされながら、タラップから車止めの前に降り立ったのは――――――。



「うっそぉ……!」



 ぽかんと口を大きく開けてしまった。

昼間とは違って正装に身を包んではいるが見間違えようもない。

あの綿菓子の男の子だった。

とっさにそばのタヌキに向き直る。



「どういうこと!?」

<<いや、俺に聞かれても>>


続きは夜八時ごろ追加します。

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