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2_1 セルフプロデュース大規模婚活パーティー

 我が家に奇妙な同居人(?)がやって来てから、一週間が経った。



<<誕生日パーティ?>>



 寝床にしているバスケットから、タヌキは不精にも頭だけをのぞかせてきた。

鏡台にかけて自分の髪にクシを入れながら説明してやる。



「ええ、前からうちで開催するのが決まってたの。私も今日で二十歳よ」

<<それはおめでとう>>

「あー、めでたくないけど気持ちは受け取っておくわ。ありがとう」



 おざなりな祝辞に、私はひきつった表情で返した。



<<めでたくない?>>

「だって私、もう二十歳よ。このままじゃあと一年で修道院に入れられちゃうわ」

<<なんとかやりようがあるさ>>

「いっそ今から国外に逃げるか……? いや、何とか修道院に入れられてもまだ終わりじゃないわ。今から修道院長の弱みを握って買収して……。いいえ、弱点を探すなんて生ぬるいわ。娼婦を金で買収して送り込んでハニートラップを……」

<<そういうことばかりよく思いつくな>>



 タヌキは呆れたのか感心したのか分からない声を上げた。



<<まあ焦ってもしかたないだろう。今日はパーティーを楽しむと良い>>

「そういう訳にはいかないのよ?」

<<なんで? あとさっきから不思議なんだが、どうしてパーティーなのにさっきから出かける支度をしているんだ?>>



 タヌキが疑問に思うのも無理はない。



「実はこの誕生日パーティーって、親父の考えた一発逆転の秘策なのよ」

<<どういうこと?>>

「誕生日を口実に王都中の独身の貴族の子弟を招待して、盛大に娘の婚活パーティーをしようっていうわけよ」

<<そりゃまたずいぶん思い切ったやり口だな>>


 

 いかにもあの父親らしい派手かつ粗忽なやり口である。



「我がことながら女側は一人のセルフプロデュース婚活パーティーって嫌なイベントよね」

<<ジャ●アンリサイタルみたいだ>>

「ついでに親父の命令で、私は王都中の貴族宅を挨拶に回って一軒一軒パーティーへの参加を改めてお願いしてこなきゃならなくなったの」

<<まるで選挙戦だな>>



 外出の支度を整えながら、

 


(いよいよ父親も追い詰められてきたなあ)



と私は半ば他人事のように思った。

最近因業親父は白髪も増えたようだし、小ジワも目立ってきた気がする。

私が浮気の証拠を握ったのではないかと気が気ではない様子なのは正直良い薬だとは思うが、こと結婚に関しては譲歩するつもりはないらしい。



<<俺も行こうか?>>

「いいわよ、寝てて。どうせ招待状渡して頭下げるだけなんだし、あなたの出番はないわよ」

<<じゃあそうさせてもらうよ>>


 

 そう言ってもぞもぞとタヌキは寝床に戻った。

もともとが夜行性の生き物のせいか、朝からあまり活動的に動くのは気が進まないらしい。



「ときどきあなたがうらやましくなる時があるわよ」

<<高貴は義務って言うぜ。いってらっしゃい>>



 いよいよ丸くなったタヌキを見るとため息がでてきたが、やくたいもない。

諦めてあいさつ回りに出向くことにした。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



 自家用の馬車に揺られること3時間。

その間に30軒ほど貴族の邸宅を作り笑いで訪問したものの、歓迎してくれる家は一軒もなかった。


 どこもよそよそしい対応か、内心乗り気でないのをおためごかしで取りつくろうかのどちらかだった。あからさまに居留守を使う家まであった。



「あー、しんど……。流石にこうも連続して塩対応されると気持ち的にへこむわ」

「お嬢様。それは淑女にふさわしい言葉使いではありません」


 

 馬車の客室で向かいに座ったお供の侍女、トパースから叱責が飛んでくる。

私より一つか二つ年上の、真面目が取柄な黒髪の平民出身の娘だ。

今日は両親こそ同伴していないものの、お目付役は当たり前のようにくっついてくる。

全く貴族の娘というのは不便なものだ。

 


「それにしても今日は人が多いわね」



 話を逸らそうと窓の外をちらりと見る。

何かイベントでもあったのだろうか。

車道まで残らず人だかりだらけで、馬車もなかなか思うように進めない有様だった。



「今日は聖ブリギットの祝祭ですから」

「ああ、そう。そうだったわね」



 【ダイヤモンド・ホープ】劇中の舞台となるファセット王国で一番人気のある聖人の祝祭だった。



(誕生日がお祭りだなんて得なのか損なのか良く分からない話だわ)



などと思いながら馬車の外の祭りの風景をぼんやり眺めた。



 道行く人は皆笑顔だった。

思い思いに露店を回ったり、食べ歩きをしたり、飾り付きの大きな山車を追いかけたり。

そこには何一つ悪意はなく、みんな心から今という時間を楽しんでいるように見えた。



(――――――私、何やっているんだろう)



 胸の中に急に空しさが押し寄せてきた。

日本に産まれた前の人生では親に言われるまま高校大学へと進み、『上場企業だから』なんて理由で労働環境もよく調べずに採用された企業に入って、そこで過労死するまで使いつぶされて。


 人生でほぼ唯一心から好きといえたのは漫画【ダイヤモンド・ホープ】くらい。

その世界で二度目の人生が始められたというのに、今度は悪役令嬢としての運命に翻弄されっぱなし。

花の10代を婚約破棄とその後始末で使いつぶしてしまった。

これでは厳しい両親に言われるまま趣味も恋愛もろくに楽しめなかった前世と変わらないではないか。



「申し訳ありませんお嬢様、この道も混んでいるようです」

「そうね」



 御者席から聞こえてきた声にうなずいてから、意を決して低い声で命じる。



「ごめん、ちょっと馬車止めて」

「?」



 御者は怪訝そうにしていたようだが、ゆるゆると馬の脚を止めてくれた。



「お嬢様。どうかなさいましたか?」

「もう残りの家の挨拶は良いわ。サボっちゃいましょ。二人はこのまま馬車で帰って」

「えっ」

「私はちょっと歩いて行くから。パーティーの準備までには間に合うようにするから心配しないで」



 言い切るが早いか、私は席から立って馬車のドアに手をかけた。



「お待ちを! お嬢様をお一人にするわけには参りません!」

「ついてこないで、一人でたそがれたいの!」

「私が旦那様に叱られます!」

「ごめんトパース! でもね、もう耐えらんない! 少し羽伸ばすくらいいいでしょ!?」



 言うが早いか私は手早くドアを開くと、ドレスの裾を振り乱して雑踏の中へと飛び降りる。

背後でトパースが慌てて呼び止める声が聞こえた。

が、振り返りもせずに人混みの中へ分け入っていった。

次回は明日朝8時ごろ追加します。

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