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2_6 「インドぞうって何だ!?」

「アンタが来てから仲間が何人死んだと思ってんだよ、えぇ!?」

「ひっ……!」



 ツルツルの頭にした目つきの悪い男が、肩を揺らしながら近づいてきた。

よほど興奮しているようだ。

その目は血走り、分厚い唇を突き出している。



(うわぁ、来ちゃったよ……)



 なんというかいかにもヤクザの三下というか、半グレというか、アウトローな世界のお方だ。



「俺の昔のツレも、アンタのせいで調子悪くなって死んじまったんだぞ!」

「わ、私は何もしていません!」

「口じゃあなんとでも言えるな!」



 スキンヘッドの男は神父の抗弁を聞く気などないようで、乱暴にその肩を突き飛ばした。

後で看守に懲罰問題にされるかどうかのギリギリのラインを心得ている慣れた動きだ。

細身のアメシス神父はひとたまりもなく尻餅をついてしまう。



「今日はなんだ、俺たちが何人死んだのかの確認に来たのか! ビビってる顔が見たくて来たんだろ、えぇ!」



 いかにもやくざ者らしい、相手に有無を言わせないスラッシュトークが始まる。

『あちゃー……』と思っていると、なんと周りの囚人たちにも同調する空気が流れ始めた。



「あいつの言う通りだよ……」

「本当に何もしてねえんだろうな……」

「俺らが教会に行けねーと思って、やばいもの隠してるんじゃないか……」


 

 まずい空気だ。

私が思っていたよりずっと緊迫した、一触即発の空気である。



「ええ、オラ。釈明してみろよ」

「どんな気分で殺した奴らの仲間のところに顔出せたんだ?」

「俺らはここから出られねーんだぞ! 死ぬ順番まで待ってろってことかよ!」



 最初のスキンヘッドに同調して、囚人たちの中から仲間らしい二人が更に前に出てきた。

一人は口回りにヒゲを伸ばし、長く絡まり合った髪を房にして後ろに垂らしていた。

もう一人は小太りで、両生類のようにぶよぶよと皮膚がたるんでいる。

みんな一様に怒っているようだ。



(こりゃまた分かりやすいのが出てきたわね……)



 私は心の中で順番に『ハゲ』・『ヒゲ』・『デブ』ととりあえずの標定呼称をつけた。

分かりやすい特徴からつけただけで別に他意はない。



「お、落ち着いてください!」


 

 よろよろと立ち上がったアメシス神父は、両手を広げてなんとか平和的に説得しようとした。



「神に誓って私は何もしていません、私も原因が知りたいんです!」



 言い切った神父は私に話を向けてきた。



「だからこうして王都で医学の専門知識を身につけられた、レセディ・ラ=ロナ嬢をお連れして解決していただこうと思っているんです!」



 げっ! こっちに振らないでよ!

と、慌てたところでもう遅い。

男たちは胡散臭げな眼で、およそ医者らしくない着飾った格好の私を注視しだした。



「ちょ! 待って! そんなこと誰から聞いたの!?」

「えっ、だって領主様からうかがいましたよ? 王都でご活躍だったんでしょう」



 神父に小声で耳打ちする。

タヌタヌに入れ知恵されただけで、私に医学の専門知識なんかありはしないのだ。

下手をすればメッキが剝がれるどころか、囚人たちの怒りの火に油を注ぐことになりかねない。



「活躍って言えるほどのものでもないけれど……」

「熱病で領主様の命の危機を救ったり。役者の仮病を一目見ただけで見破ったり。ああ、それから死んだ伯爵夫人を蘇生させたとか!」

「話が盛られてる! 盛られてるってば!」



 マダマさまめ、困ったことをしてくれた!



「はあ? 女じゃねーか!」

「女に何ができるってんだよ!」

「どう見ても医者には見えねーぞ!」



 男たちは憎まれ口を叩きだした。

さすがに私もムッとしたが、女性の地位が極端に低いこの世界ではごく一般的な認識と言えなくもない。



「変なペットまで連れて……。本当に変だな、なんだその生き物!」



 初めて見るタヌキの姿に、遅まきながら男たちが驚きの声を上げた。

ちょうどいい。ちょっと痛い目を見せてやろう。



「タヌキよ」

「タヌキ?」



 名前の響きに男たちは唇を剥いてせせら笑う。



「バカにしない方がいいわよ。この子が怒ったら大変なんだから」

「は? どう大変なんだよ?」

「口の中に吹き矢みたいな管を持っててね。獲物や敵を見つけるとそこから毒のある歯を何本も発射するの」

「……マジか?」

「ええ。超強力な神経毒でね。インドぞうでも10秒で口から泡を吹いて死んじゃう代物よ」



 もちろん混じりけなしの口から出まかせである。



<<俺はイモガイか何かかい……グルルル!>>



 呆れたようにつぶやいたタヌキだが、話を合わせてわざとらしく歯を剥いて唸りだした。

事情を知らない男たちには主人と自分を守るために威嚇姿勢に入ったように見えたことだろう。



「はっ、まさかそんな……。――――――本当かよ!?」

「ちょ、こっち向いてんぞ!」

「インドぞうって何だ!? なんか強そうだぞ!」



 『ハゲ』『ヒゲ』『デブ』の三人が一歩たじろぐ。

どうやら普段オラオラと威圧しているやつほど中身は小心者らしい。



 タヌキを前に出した私たちと、半グレ三人組が膠着状態でにらみ合うこと数秒。



「はい、ちょっとどいて。 通して、ごめんね!」



 明るい声が囚人たちの後ろの方から聞こえてきた。

ガタイの良い男たちをかき分けるようにして、声の主が姿を現した。


 

「なに、ケンカしてんの?」



 出てきたのは、囚人と同じ作業服を着た大柄な男だった。

アメシス神父が助かったとばかりに明るい声を上げる。



「ベニさん! 良かった!」

<<でかっ……>>



 男の体格は周りの囚人たちと比べても抜きんでていた。

一目見たタヌタヌが思わずうめいたくらいだ。



「背高っ……」



 身近で高身長の人間といえばベリルを思い出すが、女性らしく引き締まった体つきの彼女とは全く違った。

とにかくタテもヨコもでかい。

高さも肩幅も体の厚みも、どれもマダマさまの倍くらいはありそうだった。

そのオーバーサイズの体の上に、少年のように丸い顔が乗っかっているのはちょっとアンバランスに感じられた。



「べ、ベニさん……!」



 ハゲ・ヒゲ・デブの半グレ三人組が分かりやすくたじろぐ。

明るい声を出す男との力関係は、傍目にもその一瞬で分かった。



「さっきちょっと聞こえたけど、神父様が何だって?」

「あの、その、ちょっとした言葉のアヤで……」



 ベニさんと呼ばれた男は、一番攻撃的だった『ハゲ』の前に進み出るとニッっと笑った。

丸太のように太い両腕を差し出す。



「……ひっ!」



 制裁の恐怖にハゲがうめき声をもらす。

が、ベニさんはハゲの両脇腹に手を当てると。

なんと一息に自分の頭の上まで持ち上げて見せた。

その場の皆が驚嘆の声を上げる。



「オレらがここにいるのは完全に自分がやったことのせいです!」



 まるで相撲の釣り出し。

というより子供にする『高い高い』だ。

並外れた腕力だけではない。

よほど体幹と背筋が強くなくてはこんなことはできない。



「分かった!?」

「分かった、わかりましたってば!」



 人前で高い高いされるハゲの顔が真っ赤になった。

彼も恰幅は良い方なのだが、まるで子供扱いである。



「キミだって昔の彼女に復縁持ちかけて、しつこ過ぎて新しい彼氏と喧嘩になってさ。勢い余って刺しちゃったせいで捕まったんじゃん!」

「い、言わないでくれよベニさん!」



 おう。思ったよりも女々しい理由だった。

周りの囚人たちからも失笑が聞こえてきた。



「因果応報! ねっ!?」

「わ、分かったよ。アンタがそう言うんなら……」



 ぶんぶんうなずいてようやく、スキンヘッドは地面に下ろしてもらえた。

もはや毒気を抜かれてしまった。

こうなれば喧嘩をする気力もあるはずない。



「他に言いたいことある人がいたら聞くけど?」



 誰も名乗り出てくるはずもない。



「ほらほら、みんな仕事に戻ろう! サボってたら看守にまた嫌味言われるよ!」



 ぱんぱんと分厚い手のひらを打ち合わせて、ベニさんは囚人たちを促した。

囚人たちは文句をつけるどころか嫌な顔ひとつせずに、彼の言葉通り大人しく作業に戻り始める。

見事なリーダーシップだ。



「た、助かりました……。ありがとうベニさん」

「もー、不用心ッスよ。神父様!」



 すがるような目つきを送る神父様に、ベニさんはたしなめるように眉をしかめた。



「用があるならオレを先に呼んでくださいよ。ほら、独房の方でまた亡くなった人が出たでしょ。みんな気が立ってるんスよ」

「すみません、私が軽率でした」



 神父様に対してもまるで友達のように振る舞っている。

こんな囚人がいたのか。



「で、今日は何の用?」

「そう、その突然死の原因を調べに……。ああ、こちらがレセディ・ラ=ロナ嬢です。領主様のお側で働いておられる方です」

「へえ、新しい領主様の」



 ベニさんの童顔が、再びニッと笑みを作った。



「ども! みんなはベニって呼びます」

「ど、どうも……」



 ついついたじろいでしまう。

私がこの世界で初めて見るタイプの男性だった。

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