2_5 「まあ。お気の毒ですこと!」
「今から監獄に行くんですか?」
「そうよ、善は急げって言うでしょ!」
アメシス神父の腕を引いて、半ば無理に馬車に乗せた。
「何か問題でも?」
「今は労役の時間で、受刑者たちも農場にたくさんいますよ!」
「いいじゃない、直接話が聞けるわ」
「ご婦人を連れて行くのはちょっとまずいんじゃ……」
「気にしないで。別に取って食われるわけじゃないわ」
と言いつつ正直不安は隠せなかった。
何せ刑期中とはいえ犯罪者の群れの中に飛び込むようなものだ。
(さ、流石に領主館の人間に手を出したらタダじゃ済まないことくらい囚人だって分かってるわよね……)
などと小賢しい考えを働かせながら、馬車を監獄へと走らせた。
<<なあなあ>>
(なに?)
いつものようにシートの上に寝そべるようなスタイルで、タヌキがこっちを見上げてきていた。
<<例の死んだ囚人の死体って今どこにあると思う?>>
(? そりゃまだ刑務所の中なんじゃないの、教会にないんだから)
流石にアメシス神父が背負って教会に持ち帰るわけにもいかないし。
荷馬車か何かに乗せて葬儀の前に運ぶのだろう。
<<解剖できないかな?>>
(かいぼ……えっ?)
しれっと何やらとんでもないことを言い出しやがったぞ。
この生きている敷物は。
<<解剖だよ。死んだ原因が知りたいんなら死体に聞くのが一番だ>>
(えーとお腹やら頭やらかっさいばいて、異常がないか見たいってこと?)
<<そうそう。検死の基本だろ>>
(まあそうよね。それで誰がノコギリやらナイフやらで死体をバラバラにするのかしら?)
一応確認してみる。
タヌタヌはわざとらしく、ぽよぽよした肉球を見せるように前足を持ち上げて見せた。
<<悪いけれど、二度とメスは持てない体になっちまったんだ>>
(まあ。お気の毒ですこと!)
<<だからよろしくね>>
「できるわけないでしょ!?」
我を忘れて、思わず声に出してしまった。
向かいのシートに座った神父がぎょっと身を引く。
「な、何がです!?」
「あ、ああ。ごめんなさい、神父様に言ったんじゃないです!」
「誰に言ったんですか?」
「あの、その、最近頭の中で変な声が聞こえることがあって……。おそらくは悪質な電波の一種じゃないかと」
「は、はあ。 ……お疲れなんですね」
かわいそうな人を見る目で見られてしまった。
<<そうだ、神父に聞いてみてよ>>
(はあ?)
<<葬式の前に死体を教会に運びこむだろ? そこでやっちまえば誰にも見られずに済む>>
(あなたとんでもないことを考えるわね……)
とは言うものの、手がかりは今のところゼロだ。
もし囚人を狙って犯罪が行われていたり、深刻な健康被害を受けているのなら、直ちに原因を突き止める必要があるのは事実だ。
そしてこの地に医学知識を備えているであろう者は、残念ながらこの遠慮のないタヌキ以外いないのである。
ええい、ままよ。
「あの、神父様?」
「何です?」
「私、囚人が変死した理由を調べる方法について心当たりがあるんですけれど」
「ど、どんな方法ですか? 私に協力できることがおっしゃってください。刑務所の方にも口添え致しますが」
おっ。意外と好反応だ。
身を乗り出してアメシス神父は食いついてきた。
思えば一番真相を究明したいのは、囚人を呪詛しているという疑いの目で見られている彼ではないか。
(……これはいけるかもしれないわ)
話がうまくいくと私が死体を解剖する羽目になるのだが、うまく行きそうなのでついつい口の滑りが良くなってしまった。
「死体を調べるんです」
「なるほど、もしかして病気の痕跡か何かが残っているかもしれませんね」
「それで、ちょっと特殊な方法なのですが……」
「どんな方法です?」
「解剖するのってありでしょうか?」
あっ、と思った。
見る見るうちに神父の表情筋が硬直した。
空気が一瞬で変わったのが分かってしまう。
「か、解剖ってもしかして、あの、死体を切り刻もうと?」
「は、はい。やっぱりその……悪いところを目で見て確かめるのが一番の方法ではないかと!」
可能性にかけて明るい声を出してみた。
「……!」
だめだこりゃ。神父は顔を引きつらせている。
予想してたより更にドン引きされている。
「……死者の尊厳という言葉をご存知ですか?」
「はい、知ってます」
検死解剖なんて言葉もないこの世界では神父の言い分は百パーセント正しいのだ。
私は諦めることにした。
「今のは聞かなかったことにします」
「そうして頂けると助かりますわ、ハイ」
<<えーっ>>
話はそれでおしまいになった。
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「どうも。レセディ嬢をお連れしました。囚人たちからお話をうかがいたいそうです」
農場の入り口の詰め所で、アメシス神父が声をかけた。
出てきた看守の一人が意外そうな顔をする。
「通してくれとおっしゃるなら許可を出しますが……。よろしいので?」
「は、はあ。やっぱりまずいですか?」
「まずくはないですが、囚人どもの中には気が立っている者もいるようです」
アメシス神父がますます不安そうに肩を落とす。
「あの、囚人の前に出るのが嫌なら神父様は待っててもらっても良いんですよ?」
「い、いえ! そんな無責任な! 最初にお願いしたのは私なのですから、ご案内するのが義務です!」
なけなしの勇気を奮い起こすようにしてアメシス神父は言い切った。
が、言葉ほど覚悟は決まっていないようでその顔は青ざめている。
「囚人どもは全員、今は露地の畑に出ています」
「分かりました、どうも。レセディ嬢。参りましょう」
神父と悪役令嬢とタヌキという奇妙なパーティーで、赤土の畑の中を進んだ。
(うわ……。やっぱりどこかしら迫力あるわね)
作業着を着た受刑者たちが何人も黙々と作業している。
別に顔に大きな向こうキズがあるとか、体の見える場所にどぎつい入れ墨があるとか、アウトローのサインを発している訳ではないのだが。
なんとなく雰囲気や表情に、私の生きてきた世界とは異なる裏の場所のもの特有のすごみが感じられた。
「こ、ここの囚人たちのまとめ役の人がいます。その人に協力をお願いしましょう」
おそるおそる様子をうかがいながら進む。
作業中はろくに看守も見張ってはいないらしい。衆人環視とはいえ、リンチを受けたら一たまりもないなと思いながらそっと靴で柔らかい土を踏んでいると。
「……おうおう、どの面下げて来たんだよクソ神父が!」
トラブルは向こうからやってきた。