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2_3 「それだけはダメです!」

<<怖かった、怖かったよ!>>

「危ないところだったわね……」



 危機一髪のところでタヌキを拾い上げた。

恋人を奪われて悲しそうな目をする牧羊犬をなだめながら木につないで、ようやく一安心だ。



<<でかくて熱くてとがっててコブがついてたんだぞ!>>

「やめて。想像したくないわ」

<<あんな思いは二度とゴメンだ。お、俺はもうアンタのそばから離れないぞ!>>

「何それ。プロポーズ?」



 よほどショックだったのか、タヌタヌは耳を伏せてぶるぶると震えている。



「あ、先生」

「こんにちはー!」



 トラウマを負ったタヌキをなだめていると、マダマさまが領主館の表まで出てきた。



「はい、こんにちは。……レセディ、タヌタヌどうしたんです?」

「それが貞操の危機だったの」

「?」

「マダマさまは知らなくても良いわ」



 強引に話を打ち切られて少年は不思議そうな顔をした。



「そ、それより何かご用かしら?」

「ああ、クォーツたちが来ているんなら、一緒にお茶なんてどうかと思って」

「それは良いわね」

「いい機会ですからマナー教室です!」



 マダマさまは得意げに鼻を鳴らした。



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「はい、取っ手をつまむんですよ。カップを持つと熱いですから気をつけて。 こら、指を入れようとしない!」



 リビングのテーブルに座ったクォーツ三姉妹を相手に、マダマ先生のテーブルマナー教室が始まった。

おそらくは初めて見るティーセットとそれぞれの前に置かれたティーカップを前に、三姉妹は不思議そうな顔をしている。



「ダメです、音を立てて飲んではいけません」

「先生、これ苦いよ!」

「一口はそのままで飲みます。その後はミルクか砂糖か、両方を入れても良いです」

「お砂糖好きなだけ使って良いんですか?」

「ああ、そんなに入れたらお茶が台無しです!」



 お茶を上品に飲ませようと先生が四苦八苦していると、トパースが人数分のフォークとナイフを運んで来た。



「右手にナイフ、左手にフォークを持ちます。 そっちは左です。違います、あなたから見て左!」

「?」



 どうにか左右の手で食器を持ったクォーツ三姉妹は、銀のフォークを不思議そうな目で見ていた。



「ナイフは分かるけれど」

「何これ?」

「はじめて見た」



 どうやら食事にフォークを使う習慣がないらしい。

金属製品を買い揃えられないほど貧しいのか、手づかみで食べるのが当たり前なのか。

多分両方だ。



「これはフォークという道具です」



 仕方なくマダマさまが説明すると、三姉妹は驚きの声を上げた。



「知らなかった!」

「先生すごい!」

「物知り!」

「…………」



 苦虫を噛み潰したような顔で、マダマさまが初めての称賛を受けていると。



「お待たせしました」



 トパースが再びリビングに入ってきた。

切り分けられたばかりでまだ湯気を上げているアップルパイを皿に乗せている。

香ばしい甘い匂いと、綺麗な焼き目のついた菓子を前にして、三姉妹の目の色が変わる。



「何これ!?」

「アップルパイです」

「オレたちも食べて良いの!?」

「もちろん。あと真ん中のクォーツ、レディは自分のことを『オレ』だなんて言ったりしませんよ」



 マダマさまがたしなめるが、ごちそうを前にした姉妹たちはそれどころではない。

椅子から立ち上がるようにして歓声を上げ始めた。

トパースがほほ笑みながら一人部分ずつに切り分けて小皿に乗せていく。



「パイの食べ方の説明をします」


 

 マダマさまが真面目くさって、自分の前に置かれたアップルパイと向き合った。



「まず食べやすい方向にナイフで切って……」

「「「いただきまーす!」」」



 三姉妹にはもうマナーなんて何の意味も持たなかった。

食欲のおもむくまま両手でわしづかみにしてガツガツむさぼり出した。



「ああ……そんな食べ方で!」

「すぐには無理よ」



 悲痛な声を上げるマダマさまをなぐさめてやる。



「こんな甘いの初めて!」

「美味しい!」

「先生ありがとう」

「……まあ一番美味しい食べ方で食べれば良いです」



 まんざらではなかったようで、マダマさまも切り分けたアップルパイを口にした。



「タヌタヌ。おいでおいで」



 アップルパイの切れ端を手にした一番下のクォーツちゃんがタヌキを呼んだ。

椅子の横を向いて菓子のかけらを差し出している。

食べさせようということらしい。 



<<へっ、ガキの食べ残しなんてゴメンだね>>

(とか言いつつ食べてるんじゃない)

<<サクサクしててうまい!>>



 まったく意地汚いタヌキめ。



「あはは……。良いわよ、私の分もあげて」



 現代日本の品種改良されたリンゴの味を知っている私にとっては、この世界のリンゴは酸味が強いし硬いしお世辞にも美味しいとは言いがたいのだが。

姉妹たちにとっては滅多に味わえないごちそうのようだ。


 大皿に残った分をお代わりに取り分けられて、日焼けした真ん中の子と下の子は夢中でかじりついた。

が、上のお姉ちゃんは皿の上のパイに手をつけようとしない。



「どうしたの? もうお腹いっぱい?」

「いえ、そうではないんですけど」



 クォーツC(仮称)ちゃんはちょっとバツが悪そうにした。

 


「おねえちゃんたちに持って帰ろうと思って」



 自分たちだけ良い思いをするのは申し訳ないと思ったらしい。

……なんていい子だろう!



「家族のお土産用に何か包んであげるから、それはあなたが食べちゃいなさい」

「えっ、良いんですか?」

「焼きたてじゃないと美味しくないわよ」



 控えていたトパースに目で指示する。

彼女も同意見だったようで、微笑んでこくりとうなずいた。



(いやー、でもみんなかわいいわねぇ……)



 思い思いに菓子を頬張る三人をニヨニヨしながら見てしまう。

その時、あることに思い至った。



「ところであなたたちってみんな同じ名前で困らないの?」

「べつに?」



 真ん中のクォーツちゃんが不思議そうな顔をした。



「どうやって互いを呼んでるの」

「てきとうにあだ名で」

「例えば、一番下の子はなんて呼ぶの?」



 ちょっと前を置いて、視線を交錯させた三姉妹は一斉に普段使っているあだ名をくちにした。



「チビ」

「みそっかす」

「あまりもの!」



 最後はクォーツE(仮称)自身の申告である。

全く悲壮感も危機感もない声だった。



「ちょっと教育上良くないんじゃない?」

「……ボクが何か良いセカンドネームを考えてあげます」



『どうにかしてあげなさいよ』という私の視線を受けて、マダマさまが頭を抱えた。



「なに、どういうこと?」

「新しく名前つけてくれるって!」



 姉妹たちの間に黄色い声が沸く。



「私、かわいいのが良いです!」

「オレは強そうなのが良い!」

「せんせーい」



 ちょっと苦労して椅子を降りて、一番下のクォーツちゃんがとことことマダマさまのそばに近づいた。

テーブルにあごを乗せるようにしておねだりを始める。



「何です?」

「あたし欲しいなまえがあるの」

「あはは……分かりました。どんな名前が希望ですか?」

「『マダマ』ってなまえがいい!」

「それだけはダメです!」



『あまりもの』ちゃんの第一希望は却下された。

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