2_2 「だめ? どうしても?」
<<なんだと! 俺を売る!?>>
「ダメよそんなの!」
ほとんど反射的に三姉妹に向かって叫んでいた。
背中の毛を逆立てて驚いている足元のタヌタヌを腕の中に抱える。
「タヌキは良いペットになると思う」
一番小さなクォーツがのんびり言うが、聞き捨てならなかった。
「タヌタヌはペットなんかじゃないわ!」
<<そうだそうだ!>>
「人生のパートナーよ!」
<<……なんかその言い方ちょっと犬っぽくない?>>
タヌタヌはただのタヌキではない。
誰も知らないが本当の彼は人間の男性だった記憶を持っていて、今まで色んな知識で私をサポートしてきてくれた。
私としては日本にいたことの記憶を共有である唯一の仲間であり、これまで色んな困難を乗り越えてきた相棒だ。
手放すことなど考えられない。
「確かにこの世界では他に見られない珍獣だけれど!」
<<そうだ!>>
「一見間抜けそうな顔だけれど、よく見ると可愛いところだってあるし、ペットの需要だってあると思うわ!」
<<そうかな……そうかも!>>
「いくら出しても欲しいっていう好事家の大金持ちだって…………いるかもしれないわね」
<<おい、ちょっと待て。目が怖いぞ!>>
私がきっぱりと決意表明をしたのに、一番下の子はまだ食い下がってきた。
「だめ?」
とろんとした上目使いは可愛いが、そんなことでほだされる私ではない。
「当たり前よ、売らないわよ!」
<<お、おう。そうだよな。俺たちパートナーだよな!>>
「……でもレンタルっていう選択肢はあったりしない?」
<<ダメに決まってるだろ!>>
腕の中でタヌキがキバを剥いたので、思わずぎょっと後じさってしまった。
「ああ、違うんです。タヌタヌ本人をどうこうするんじゃくて……」
「ふやせばいいと思う!」
「タヌタヌの赤ちゃん見たーい」
三姉妹は思わぬことを口にしだした。
「……なんですって?」
「つまりですね、タヌタヌに子供をたくさん産ませて、その子たちを大事に飼ってくれる相手に売るんです」
代表して、ポニーテールのお姉ちゃんのクォーツが説明を始めた。
「毎年猟犬に赤ちゃん産ませて、売ってる人がお父さんの昔の知り合いにいたそうなんです」
「な、なるほど。ブリーディングか……」
猟犬なんかは血統も重視されるだろうから、優秀な血筋を組み合わせて繁殖する専門家がこの世界にもいるらしい。
「タヌタヌはとっても珍しいから、この村でしか買えないすごく貴重なペットになるんじゃないかと思って」
「ああ、そういうこと……。すごいこと考えるわね、あなたたち」
荒唐無稽だろうか。
いや、そうとも言い切れないぞ。
小型犬だって毎年5、6頭産めるのだ。タヌキだってそれくらい子供は作れるだろう。
そうして子供を産ませて、何頭か残しておいてその子たちが大人になったら更にパートナーをあてがって、また子供が生まれて……。
ネズミ算ならぬタヌキ算的に数は増え続けるわけだ。
たくさんのタヌキが生産できるではないか!
しかも独占販売だ!
いけるぞこれは!
「ひょっとして良いアイディアじゃないの!?」
<<大事なこと忘れてない?>>
タヌタヌが呆れたような目でこっちを見ていた。
(……ところでタヌキって一匹で増えるのかしら?)
<<んなわけねーだろ>>
(どこかでメスのタヌキの心当たりない? 実は付き合ってる彼女とかいないの?)
<<見たことねーよ! それにタヌキと子供なんか作れるか!>>
語気を荒げて、タヌキが聞き捨てならないことを言う。
(ええ? あなたタヌキでしょう?)
<<俺は人間だよ! ちょっと足に肉球がついてて目の周りの模様がチャーミングなだけだ!>>
「……タヌキってイヌ科よね。犬と子供作れないのかしら?」
<<聞けよ人の話!>>
「ねえ、この辺で犬飼ってる人知ってる?」
私の質問に、三人のクォーツはコクコクとうなずいた。
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「というわけで、村人が飼ってる犬を連れてきてもらったわ」
<<本当に連れてきやがった!>>
領主館前の広場に出た。
クォーツ姉妹がリードを引っ張って連れてきたのは、毛足の長い牧羊犬だった。
細面のしなやかな体格の持ち主で、全長はタヌタヌよりずっと大きい。
いざという時は噛みついててでも羊を従わせたり、オオカミを追い払ったりするのが仕事だから当然といえば当然だが。
「さあ、頑張ってみて!」
<<おい、冗談じゃないぞ!>>
地面に下ろしたタヌキが血相を変える。
「だめ? どうしても?」
<<……例え話の話な。 地球が滅亡する瞬間、アンタがUFOでたまたま通りかかった宇宙人に連れていかれて助かったとするぜ!?>>
「またすごい例えが来たわね」
<<『似たようなもんだろ』って、同じように保護されたゴリラと子作りしろって言われたらどう思う!?>>
「ごめん悪かったわよ」
なるほど彼の言うことももっともだ。
「あ、仲良くなりたいって!」
「でもほら、相性は良いみたいよ」
<<コラ! 尻の臭いを嗅ぐな!>>
牧羊犬はしきりに尻尾を振っては、タヌタヌの後ろに周りこんで鼻を鳴らしている。
犬流のあいさつなのかもしれないが、タヌタヌは嫌がって小走りに離れようとした。
犬も諦めず追いかけるので追いかけっこになった。
<<……やべっ! おいレセディ、こいつをどうにかしてくれよ!>>
短い脚をちょこちょこ動かして走るとタヌタヌと、全身を躍動させて走る牧羊犬では勝負にならない。
犬はタヌキにすぐに追い付くと、好意を示すかのように長い鼻をこすり付けだした。
異種族間のほほえましい光景である。
「かわいいじゃない。仲良く遊びなさいよ」
<<―――違う、こいつオス犬だ!>>
「えっ?」
タヌタヌの声の危機感が跳ね上がった。
いつのまにか彼の背中から犬がのしかかっている。
マウンティングだ。
犬は目を血走らせ、舌を出しながら、安定しない姿勢でカクカクと腰を振り始めていた。
<<おまえホモか!? やめ、やめて―――ッ!>>>
「ちょ、待ちなさいよ。子供の前よ!」
<<レセディ、助け……アッ――――――!!>>
悲痛なタヌキの叫び声が、昼下がりの領主館に響き渡った。