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2_1 「売るものの提案に来ました!」

 村人たちが会社で売れるようなものを持ってくるのを、私は指折り数えて待った。



「良いアイディアでしょう? この村の特産品は村人自身に持ってきてもらえば良いのよ」

<<そううまく行くかなぁ>>

「どうしてあなたはそうネガティブなのよ」



 タヌキは疑い深そうに耳をぴくぴくとさせているが、私の方はうきうきした気分だった。

村民を奮起させたという達成感に高揚したままだ。

リビングあらためオフィスのテーブルに陣取って朗報を待つ。



「さーて、どんな商品が来るのかしら?」


 

 などとつぶやいていると。



「お嬢様。村民が面会を申し出てきています」



 おっ、さっそく来た来た。

トパースが取次に顔を出した。



「幸先良いわね、すぐ通して!」



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 やってきたのは、浅黒く日に焼けた若い男だった。

どうやら農夫らしい。

黒い髪に褐色の肌の中で、唇の隙間からのぞく不思議なくらい白く生えそろった歯が印象的だった。


 

「カイシャで売れば良いと思うものをお持ちしました!」

「なになに、見せてちょうだい!」

「この野菜、ダイオウです」



 男は持参した麻袋から、どこかで見たことのある野菜を取り出した。

太くて赤い茎から大きながさがさした葉のついた、特徴のある見た目をしている。



「あ、もしかして刑務所で育ててるやつ?」

「ご存じで? うちにも神父様が教えてくださったんですがね、とても体に良いらしいんです。健康食品として売れませんか!」



 なるほど。素人みたいな囚人に育てられる野菜なら、農夫たちの手にかかれば訳はないだろう。

硫黄に似たようなちょっと癖のある香気の、紅い茎を手に取った。



「温かい時期なら何回も収穫できるし、株分けでいくらでも増えるし、土を選ばないからどこでも作れますよ!」

「ほほう。確かに珍しい野菜だし、希少価値はあるかも……」



 村の名物野菜として売れるかもしれないぞ。

……と、いけないいけない。

大事なことを確かめるのを忘れていた。



「これってどうやって食べるの?」



 と、若い農夫の笑顔が途端にかげった。



「……生でサラダに入れて食べますね。スープに入れたり炒めたりすると溶けちまうんです」

「美味しいの?」

「酸っぱくて、うちの家族には人気はないですね……」



 ダメではないか。



「生野菜じゃちょっと出荷するのは難しいかもね……。痛んじゃいそうだわ。保存食にできたりしない?」

「ジャムにしてるところもあるみたいですが、砂糖を入れないと美味くないみたいです」

「たくさんジャムを作るために砂糖を買ってたら、その方が高くつきそうね……」



 若い農夫は、残念そうに目をぱちぱちとさせた。



「……あの、ダメですかね」

「いやいや、貴重な提案よ。ありがとう。他にも何か思いついたらすぐに教えてね」



 今はアイディア出しの段階だ。広く意見を募るのが何より大事である。

気休めかもしれないが明るい声で青年を送り出した。



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「我が家の宝をお見せしますわ!」



 次にやってきたのは元気のいいおばさんだった。

自身満々に丸い頬を持ち上げている。



「宝?」

「ご覧になって!」



 おばさんが取り出したのは大きなキルトだった。

いわゆるパッチワーク・キルトというやつだ。

布の端切れや着られなくなった衣類を崩した繊維を針刺しして、一枚の布に仕立てたものである。

おばさんが掲げたそれはテーブルクロスくらいの大きさで、規則正しい幾何学模様のモチーフを作っていた。



「ほほう……。これは芸術品だわ!」



 思わず感心してしまう。

とても余った布や古い服の再利用だとは思えなかった。

デザインも色の選び方もなかなか洗練されていて、見ていて目を楽しませてくれる逸品である。



「王都でも売れるわよ、これは!」

「でしょう! 我が家の女衆が総出で作りましたのよ!」

「……ってことは、村の女の人たちは誰でも作れる?」

「もちろん。針仕事はできて当たり前ですもの」



 良いではないか!

訓練も道具の調達も必要なく、ご婦人たちが即職人に早変わりだ。

よそで古着を安く買って来れば彼女たちが加工して芸術品に仕上げてくれる。

期待を込めてキルトを手に取った。



「制作時間はどれくらい!?」

「これ1枚で1年くらいですね」



 おばさんは平然と答えた。



「……えーと、親戚の女性陣が総出で? テーブルクロス1枚作るのに1年?」

「ええ。うちの家系は手先が器用な女が多いんですの」



 質問の意図を勘違いしたのか、胸を張っておばさんは答えた。

どうやら生産性アップは望めそうにないようだ。



「……申し訳ないけれど。もうちょっとたくさん作れるものが商品としては望ましいかしら」

「あら残念。お分かりいただけると思ったのに」



 少し不機嫌そうに目に角を立てて、おばさんはキルトをしまいこんで帰っていった。



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「「「こんにちはー!!」」」



 次に顔を見せたのは意外なことに、例の姉妹全員が同じ名前のクォーツたちだった。

その中でいつも学校に来ては、マダマさまの手を焼かせているクォーツC・D・E(仮称)の3人だ。



「あら、いらっしゃい」

「売るものの提案に来ました!」



 妹たちを引率している、結った髪を垂らしたお姉ちゃんがハキハキと言う。



「あら、何かしら? もしかして花輪とか?」

「タヌタヌ!」



 一番下のクォーツE(仮称)が叫ぶ。

その声を聞いて、そわそわと私の足元で落ち着かなくしていたタヌキがビクッと身をすくめた。



<<ヒッ!?>>

「あはは……。 ごめんなさいね。今はお仕事しているから、タヌキと遊びたいならまた今度にしてくれる?」

「違うよ!」



 小麦色の肌をした、真ん中のクォーツD(仮称)が唇をとがらせる。



「「「タヌキを売ればいいと思います!」」」

<<なにぃ!?>>



 タヌタヌは床から飛び上がって驚いた。

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