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1_1 超高速婚約破棄

「……申し訳ないけれど、婚約はなかったことにして欲しい。レセディ・ラ=ロナ」



 花も恥じらう乙女の18歳の誕生日。

学友や各界の著名人が招待された盛大なバースデイ・パーティーのまっただ中で。

私は婚約破棄を突き付けられた。



「えぇ!? カリナン様、どういうことなのですか!?」



 周囲の視線が集中する中、悲痛な声をあげるレセディ・ラ=ロナ伯爵嬢こと『私』。



(よっしゃ―――――――――!!)



 内心で喜びの雄たけびをあげていた。

ガッツポーズをしたくなるのを必死に自制しながら、突然のことに驚く演技を続けて見せる。

いかに「悪役令嬢」といえど伯爵家の娘。

客たちの手前やってみせなければならない役割というものがある。


 侯爵家の息子にしてついさっきまで私の婚約者であったカリナンは、整った顔を悲痛そうに歪めた。



「僕は……君のことを悪く思ったことは一度もない! 信じて欲しい」

「落ち着いて、カリナン様!? 一体何がありましたの?」

 


(我ながらしらじらしいなー)

と思いつつうろたえてみせる。

カリナン本人は知らないだろうが、彼の実家である侯爵家で何が起こったのか、私はとうの昔によーく知っているのだ。



「僕も男だ、責任の取り方がある。もう一度はっきり言おう。君との婚約はなかったことにして欲しい」



 涙で両目を赤く腫らしながら、カリナンは心底申し訳なさそうに言った。



「君が世間が言うような悪人だなんて、僕には信じられない。しかし両親が『君のような娘は侯爵家の嫁としてふさわしくない』と、どうしても……」

「えぇ、そんな!」

「誰かが流した悪い噂を信じたようなんだ。例えば……」



 カリナンが言いにくそうにしている『悪い噂』とやらの詳細だが、聞くまでもなく私は良く知っていた。

そういう噂が流れるように仕向けたのは私自身だからである。

時にはコソコソと自分で噂が広まるよう吹聴して回ったりまでした、数年がかりの努力の結果だ。



「お父上の事業を利用して不正に蓄財をしているとか、法律スレスレのやり口で投資を繰り返して隠し財産を3,000万ディナールも作ったとか……」



 これは事実だ。

父親であるロナ伯爵家が経営する会社や工房に納入する品々の納入先、取引先をこまめに回って口利きしてリベートを受け取ったり。

それらの情報を活用して有望な分野にお金を投資するのをこの5年間繰り返してきた。

父親も知らない隠し口座の通帳残高を眺めてニヤニヤするのが毎晩の安眠の秘訣である。

何せこの世界では、貴族はその子女の財産までも無税ということになっている。なんてすばらしい! ……おっと話題が逸れた。



「貴族ではない身分の確かではない連中と付き合っているとか……。僕はそういう偏見は良くないと思うのだけれど、両親は保守的な人柄なんだ」



 これも本当。ここ数年ギルドやら商会やら実社会の有力者に顔を通したり、時には袖の下を渡したりを繰り返してきた。

伯爵家の娘という立場を失った後、世間の荒波に放り出されても生きていくためにはこれくらいはしておかなくては。



「その、不特定多数の男たちと何人も関係を持って、ただれたパーティをして……妊娠と堕胎を繰り返したとか!」



 そんな噂を口にするのも汚らわしい、とばかりにカリナンは吐き捨てた。



「君はそんな女性じゃない、そのことは僕が一番良く知っている!」

「ああ、確かにおっしゃる通り。それは根も葉もない単なるデマですわね」

「やっぱりそうだろう!?」

「でもまあ良いですわ。そういうことにしておいてくださいませ」

「良いのか!?」

 


 カリナンは一瞬ひるんだようだが、気を取り直して続けてきた。



「それで、その、君が知っているか知らないけれど、フランシスって娘がいるだろう?」



 そら来た、と思った。

『知っているか知らないけれど』だって?

よ――――――くご存じだとも。

実のところカリナンどころか、フランシス本人よりも私は詳しいくらいだ。


(何せこの漫画の主人公だもの、フランシスは)


 彼女こそは大人気少女漫画【ダイヤモンド・ホープ】の主人公フランシス=ホープその人である。

この世界が少女漫画を舞台としたものとそっくり同一であること。

フランシスも、カリナンも、レセディ・ラ=ロナこと私も、漫画の中のキャラクターであること。

そして私が原作では3巻で婚約を解消され、家からも追放され、落ちぶれていく敵役であること。

いわゆる『悪役令嬢』であることは、私以外誰も知らないのだ。



「彼女のことを両親がとても気に入って……結婚相手としてふさわしいと思っているようなんだ」

「ええ、そうでしょうね」

「知っているのかい?」

「何せ彼女といったら美人で気は優しくて頭は良くて社交的で誰とでも仲良くなれて明るくて料理が美味くて裁縫も得意格闘技も強くて平民で貧しい暮らしをしていたところをたまたま聖ブリギット学園の理事を助けて入学を認められた幸運なだけの娘と思いきや実は7年前の王宮の政変に巻き込まれて廃絶になったはずのコイヌール侯爵家の血と海外財産を受け継ぐ立場の立派な令嬢だったんですものあぁいけない後半はこれから起こることのネタバレでしたわ忘れてくださいませ」

「どういうこと!?」

「とにかく彼女は素晴らしい女性です、私なんかが逆立ちしてもかないっこないですわ」

「そ、そう? 彼女のことについて詳しいんだね、君は」

 


 そりゃあ原作の大ファンだったんですもの。

あといわゆる主人公補正で、何をしても彼女の都合のいいようにことが運ぶという謎の強運の持ち主であることも知っている。

流石は少女漫画の主人公だ。もはや悪役令嬢の私が逆らうだけ無駄。

この3年間、私は可能な限りフランシス=ホープと関わらない、それだけに心を砕いてきたのだ。



「本当に申し訳ない! 謝っても謝り切れない! 僕は……!」

「あー、分かりました分かりました。今回はご縁がなかったということで」

「え」

「これからも良い友達でいましょうね」

「えっ!?」

「それじゃ! 心置きなく彼女と幸せになってくださいまし! 私と関わりのないところで! 今までありがとうございました!」



 深々と一礼をする。

これにて婚約はご破算!

私はフランシスの恋敵となることもなく、破滅して落ちぶれることもなく、平和に安全にフェードアウトすることに成功した。

やったぜ!!



「あの、レセディ? 正式な謝罪や婚約破棄の違約金の話は……」

「ああ。良いの良いのそんなの気にしなくて!」

「え。 ……えぇ?」

「では失礼します! 私はこれから新しい人生を始めますので!」



 ぽかんと口を開けたままのカリナンや聴衆を放り出して、私はうきうきした気持ちでドレスの裾を持ち上げながら立ち去った。


どうしても書きたくなって始めてしまいました、よろしくお願いします。

続き『1_2 最後にものを言うのは金とコネ』は9時ごろ投稿します。

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