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回天ロック 中  作者: 朝日ローズ
1/1

こいが新しか九州の夜明けたい

【ニッポン国 北関東水戸】


「ちょっとぉ、今日はやけに客入りが悪すぎるんじゃないの?あんた達プロモちゃんとやってんのっ!」


ニッポン国北関東の県庁所在地水戸にある水戸黄門ドームの楽屋で、浜崎聖子はマネージャーとイベンターを床に正座させ叱り飛ばしていた。

「次もこんな事だったらアンタ達クビよ」

今や徳川レーベルを支える3本柱の一人である浜崎聖子は、4年前たまたま九州に里帰りしていた徳川レーベルのスカウトマンにスカウトされ、翌年ニッポン国の「素人のど自慢グランプリ」で優勝するや、その歌唱力と美貌で瞬く間に東洋の歌姫へと駆け上がった大物歌手である。

この日、キャパ3万人の黄門ドームに集まった観客は2万人、浜崎聖子の人気実力からすればデビュー以来の散々と言える動員数であった。

「みなさ~ん、今日は来てくれてありがと~」

激しいギターのイントロでは始まった最初の曲は、浜崎聖子がコンサートで必ずオープニングに選ぶ数ある自身のミリオンセラーの中の1曲であった。

軽快にステップを踏みながらいつもの様に歌い始めた聖子だったが、曲の中盤あたりから何となくだが違和感を感じ始めていた。

観客の3分の2はいつも通りにショッパナから立ち上がると聖子の振りに合わせ体を揺らし、ライトペンを振り、ファンクラブで決めた掛け声をサビのフレーズの谷間にかけて来る。

いつもと同じような光景だが、まだ違和感が払拭できない。

「違う、何が違うの?・・・・えっウソ」

そう、毎回少数派ではあるが、じっと椅子に座って『浜崎聖子』の歌う『曲』を真剣に聞きに来ている残り3分の1の客がいないのだ!

「どういう事なの?」訳が分からないままステージを終え、大工町で予定していた打ち上げにも参加せず、一人ホテルの部屋に帰った浜崎聖子は冷蔵庫から取り出した缶ビールを一気に飲み干す

「なんか疲れちゃった・・九州に帰りたい・・・原団地のお婆ちゃん元気かな~」と言ってベッドに突っ伏した。



【ニッポン国 中部尾張 鯱軍ドーム】


同時刻、同じニッポン国尾張の鯱軍ドームでの藤井剛コンサートはもっと悲惨だった。


「ノッテるかぁ~ニッポン!」いつものようにギターをかき鳴らし観客を煽っていた藤井剛が目にしたのは、今ではファンクラブ枠でも入手困難であるアリーナ最前列席に座っていた数名の観客が途中退場しようとする、藤井剛のコンサートにおいて到底信じられない光景だった。

更に、よく目を凝らして見回すと満席だったはずの客席の中程や後部席にも空席が増えていて、なんとドーム出口には途中退場者のちょっとした列が出来ていた。

もともと沸点の低い元ヤンの藤井剛は、演奏を中断しステージから飛び降り、今まさに最前列席を立とうとしている客に掴み掛った。

「きさんら~こん藤井剛のコンサートでなんばフザケたマネばしよっとか!」と言って殴りかかろうとした藤井剛の手を、先に席を立って帰ろうとしていた女の手が横から掴んだ。

「これから今池のライブハウスで本当の音楽が聴けるけん、剛も1回聴いてみたらよか」そう言って藤井剛を悲しげな顔で見たのは、なんと彼が売れない時代からずっと応援してくれていた九州は天神のライブハウス『唱和』のママ小松政子だった。

何年かぶりに会った懐かしい政子ママの顔を見ながら、こんな形での再会ではその喜びも消え失せている藤井剛が驚きながら聞いた

「ホントの音楽て、ホントの音楽て・・・・オイのはもう、ホントの音楽じゃなかて言うこつね?政子ママ・・・」

いつのまにか政子ママの前では元ヤンだが本来の弱気な男に戻り半泣きで尋ねる藤井剛に政子ママは残念そうに頷いた。

そして剛の肩に優しく手を乗せると

「あんた、もう一回博多から出直してみんね、ほんでホントの剛ばやり直してみんね」と優しい母親の様な言葉を投げかけた。



【九州早良区の京料理店】


早良街道は原の交差点近くに、ひっそりとたたずむ京料理の店。

ここは京料理界で「王将」と呼ばれた「加藤朝雄」が京都山科区で創業した店の「原分店」である。ちなみに本店から暖簾分けしたもう一つの流派は大阪に渡り、大阪料理の名店となっている。


今夜坂本と桂子はこの京料理店で西郷と密かに会っていた。

「こちらが薩摩の西郷さん、そして長州の桂子さんです。」

坂本が二人を紹介し取りあえず酒を飲みながら話し合おうという事になった。

「こん店は京都出張中によく利用する店の分店で餃子がたいそう旨うごわす。ほれ皆さんもどんどんつまみなっせ」

そう言って何時までたっても餃子をビールで流し込む作業を嬉しそうに繰り返す西郷に痺れを切らした桂子が先に切り出した。


「昨夜、水戸と尾張で行われた徳川レーベルの大物歌手のコンサートに対し、うちの事務所松下音塾の弟子達が同時多発テロを仕掛けたのは知ってる?」

「ほう、とうとう吉田社長も動きもしたか。結果はどげん感じやったとですかの?」西郷が今度は春巻きを頬張りながら驚いた。

「前々から現地のアンダーグランドでファン数を増やしてきた吉田の弟子のバンド達が、徳川レーベル大物歌手のコンサート会場を囲むように周辺の小さなライブハウスで同時にライブを行って大物歌手の客を食ったってわけ。

ひとつひとつは小さなハコだけど水戸では8か所計800人、尾張では12か所2000人の集客。これに会場周辺や最寄り駅前の路上ゲリラライブを合わせると5000人以上の観客がこの日徳川から離れた計算になるの。

そしてこれからも全国各地で更に新しい火の手が上がる。この九州でも早急に行動を起こさなければハリスや他の列強レーベルから食い物にされるわ」

西郷は桂子の情報に大きく頷いた。

「流石、吉田社長と言う素晴らしかリーダーのもとニッポン国ば憂う多くの若人ミュージシャンが手を合わせて戦っておるから出来た事でごわすな。

ご両人も知っての通り、残念ながらこん九州では豊後でチリメンマキ&吉四六ナポレオンが『異拍子準備集合罪』、長崎のCASТ ТAILERが最も重罪である『異拍子布教罪』で官憲に捕縛され投獄されとりもす。

要はバンド単独のレジスタンスでは徳川側との力の差がありすぎて戦いにもならんのでごわす。そいけん是非ともこん薩摩に長州の力ば借して欲しか、そいが叶えば打倒徳川も夢ん話じゃなか!」そう言うと桂子に向かい深く頭を深く下げた。

「西郷さん!」「桂子さん!」

桂子と西郷は互いの手を握りしめ、顔を見合わせながら大きく頷き合った。

突然の西郷の咆哮に店内の客が迷惑顔で一斉に振り向いたが、手を握り合って見つめ合う二人を見ると「おお、あの中年男の一世一代のプロポーズが成功したのか!」と勘違いをして拍手を贈った。

そして、まだ互いの手を握り合ったまま桂子が西郷に聞いた。

「さっそくだけど、ジョイントバンドとして西郷さんはどんなジャンルの楽曲で徳川に立ち向かうつもりなの?」

「そうそう、おいんとこは琉球国が近かせいもあって、実は昔から薩摩のアンダーグランドではアメリカんロックばベース(基地)から取り入れた琉球ロックが主流でごわす。うちんバンドのメンバーもヤンチャな頃から陰では琉球ロックば演りよりもした。そいけんフェスでは琉球ロックで勝負したかて思うとります。」

「ベース(基地)ロックですって」桂子の顔が一瞬陰ったかと思うと西郷と握り合っていた手を乱暴に振りほどくと

「わるい、ちょっとそれじゃ無理かも・・」

そう言うと、桂子は金も払わずに店を出て行った。


「桂子さんは、突然どしたんやろか?割り勘代も払わんと」

「そこんとこの問題じゃなかろうが~!」

坂本がツッコんだ。



【ニッポン国 西新宿】


「遅れまして大変申し訳ございません、尾行を撒くのに手間取りまして。」

「いやいや、俺もさっき来たところだよ。まぁ座んな。」

新宿西口のしょんべん横丁の小汚いモツ煮込み屋の2階で松下音塾の吉田社長を待っていたのは徳川財閥の取締役の一人、勝であった。

「勝先輩とお会いするのは、馬喰バクライ音楽院卒業以来ですかね」


若かりし頃、勝と吉田は国鉄総武線馬喰町駅近くにある馬喰バクライ音楽院の同窓で共にサックスプレイヤーとしてプロを目指していた。今は音楽業界に身を置き名プロデューサーと呼ばれる吉田だが、プロとしての素質は当時の勝の方が上であった。

しかし勝はその飽きっぽい性格ゆえか卒業後の勝はプロミュージシャンの夢を簡単に捨てたのであった。


「ああ、プロのミュージシャンになって世界中を回るつもりだったのが、今はしがない宮仕えのサラリーマンさ。それに比べてお前さんは今や新進レーベルの社長さんだ。」そう言って自嘲気味に笑いながら吉田の方に、苦手なモツ煮込みをずらす勝。

「それはそうとHAGYJOKERのフェス参戦の件お骨折りありがとうございました。薩摩の西郷ともすでに接触しているようです」吉田はそう言ってこの店で一番清潔な食品であろうビールが注がれたコップのフチの汚れを気にしながら一口飲んだ。

「そいつぁ良かった。なんせ九州の件についてはハッキリ言って時間が無ぇんだ。ハリスの件はもちろん、そのハリスと裏で組もうてぇ輩が居るもんでな。まあそのうちシッポを捕まえてお灸をすえてやるつもりさ」

「そうですか、大きいところもそれはそれで大変ですね。ああ、あと水戸と尾張の件は徳川側としてどうお捉えですか?」と吉田が勝の目を覗き込みながら聞いた。

「まさにぬるま湯に浸かり切った独占企業病さ、今回の件は、お偉いさんから現場までが、大衆の気まぐれか一過性のもんとしか思っちゃいねえよ。そしていつか動員や売り上げの落ち込み原因が大衆の徳川レーベル離れと気付いた時には、徳川の屋台骨が軋んでいるどころか崩れ落ちる寸前てぇわけさ。徳川財閥に飯を食わせて貰ってる俺としちゃあ忍びねえが、これも世の流れさね。こうなっちまったら徳川なんて、さっさとぶっ潰しちまって外国に対抗出来る新しいミュージックシーンをこのニッポンに作ってしまわねえといけねえ」

目の前に二つ置かれてしまったモツ煮込みを見ていた吉田も勝の言葉に頷いた。

「それとお前さん、まだ飯食ってねえだろ?俺のモツ煮込みもおあがんな。悪いがちょっとこのあと会議でな」

勝は吉田にそう言うと席を立った。勝が先に帰ったあと、給食を食べ終わるまで昼休みはありませんよと言われた小学生の様に吉田も苦手な二つのモツ煮込みを目の前にして悩んでいると、ちょっと大柄な店のオバちゃんが一階から上がって来ると「あら~煮込みを残して~、しょうがないわね。あとこれ伝票ね、下のレジでお願いしま~す」と言って二人分の伝票をテーブルに置いていった。

「先輩~昔と全然変わってないじゃないですかぁ~」吉田は煮込みを前にして嘆いた。



【ニッポン国東京千代田区 徳川財閥本社】


ここ東京千代田区千代田1の1の2にあるニッポン国最大の財閥でありニッポン国を実質支配している徳川財閥本社80階会議室では月例取締役会が行われていた。

出席者は徳川財閥の創始者で絶対権力者の家康総裁とその息子達13人である。勘当同然で九州にトバされている末のバカ息子の慶喜は当然ここにいるはずもない。


「それでは、最後にお手元に各事業部の中間業績表をお配りしていますのでご覧下さい。」副総裁の一人である吉宗の進行で最後の議題に移った。たとえ兄弟であろうと隙あらば寝首をかいてやろうという素晴らしい社内環境である、みな自分の担当以外の事業部の数字のアラ探しにしばらくヤッキになっていたが、業績を落としているのは九州徳川レーベルのみと言う毎回毎回の同じ結果に全役員があきれて肩を落とした。

「まったく慶喜のところは仕方ないのぉ」救いようのないバカで勘当までしていても末っ子は可愛いのか、他の役員に対しては鬼のように厳しい家康も慶喜には甘かった。

しかし総裁として他の兄弟に示しをつけなければいけない為か

「九州徳川レーベルの今期の業績次第では取り潰しの上、家禄没収とするように」と一応付け加えて会議を終えた。


家康には14人の息子がいる。家康が成功してから生まれた2代目達は苦労を知らないせいか、まともなのは吉宗くらいで、あとは親の贔屓目でみても甘ちゃんのバカばかりであった。

特に末っ子の慶喜は家康にとって孫のような存在で、小さい時から異常なほど甘やかされて育ったため、他の兄弟に輪にかけたバカだった。その根性とバカを叩き直すため、断腸の思いで勘当という目に合わせて九州に飛ばしたのに、慶喜は奮起するどころか不貞腐れている。そこで家康はこれで駄目なら諦めようと、慶喜を再度千尋の谷底に突き落とすよう創業以来の腹心である常務の勝に命じていた。



【ニッポン国東京千代田区徳川財閥 勝の役員室】


この時期の勝は多忙だった。

家康は当初財閥の直接運営は14人の息子達に任せその報告を元に経営判断を行っていたが、組織の肥大化についていけないバカ息子の何人かは、その業務を傘下の副社長や部長クラスの人間に丸投げして自分では目も通してもいない報告書を家康に上げていた。

ある決算期に大掛かりな一斉監査を行ったところカラ発注や、帳簿の改竄、使途不明金が多数見つかった。特に財務部門においては、財閥が急成長を遂げている時に闇雲に投資や株の買い付けを行った「負の遺産」を代々の担当役員が後任へ後任へとつけ回ししていため発覚が遅れ、その財務立て直しが今急務とされていた。

家康はこれ以上息子達だけに財閥の中枢を任せ続けるのは無理と判断し、腹心の勝を勘定方に召し上げ財閥本体と傘下企業すべての財務担当役員を兼務させた。

財閥の財務全般を請け負わされた勝は、手始めに前担当役員の田沼専務の部屋に赴き現状の説明を受けようとしたが、すべて自分の手を離れた以上は知らぬ存ぜぬという態度で門前払いを食った。      

仕方なく自分で大量の金の流れを時系列で調べ始めた勝は、財閥の台所は今や火の車だという事実を知る。

ここまで酷いと役員交代や人事刷新程度でこの難局を乗り越える事は不可能と判断した勝は、家康から依頼された『もう一度慶喜を千尋の谷に落とす事』と同じ意味のカンフル剤を徳川財閥が生き残るため財閥本体にも仕掛けようと決心したのであった。



【九州博多区『島津酒造』福岡支店】


「西郷さん、フェスまであと2週間もなかとよ、早よ桂子さんと打ち合わせばせんと間に合わんばい!」

島津酒造の応接室で坂本は重い西郷の尻を叩いていた。

坂本が知る限り早良区の京料理店の一件以来、西郷も桂子もお互いに一切連絡を取り合ってる様子はなかった。

「こん前の怒り方じゃと、あんおなごしは薩摩んこつばどうも好かんごとある。でん、なんち思われてん薩摩は薩摩じゃ。うちは琉球ロックで徳川ば倒す、こいが薩摩の考えじゃっど~。今更おなごに頭ば下げてまで一緒にやってくれとは尻が裂けてもいえん」ぼそぼそとすねる様な声で西郷が言った。

《口が裂けてもだろうがっ!》そうツッコみたいのを堪え坂本は椅子を蹴って立ち上がると西郷ににじり寄り、いまや告った女子にフラれた中学生のような顔に向かって吠えた。

「西郷さん、あん人達はな、自分らの音楽ば捨ててまで縁も所縁もなか九州ば助けようとしよるとよ!あんたもミュージシャンとして自分達の音楽ば捨てるんがどげん大変な事かわかろうが!そいば分かった上で薩摩が長州がて言うとるんか!そいが薩摩の西郷か!そいで薩摩の西郷てい言えるとか!」

髪を振り乱し、血の涙を浮かべて訴える坂本の火のような言葉に打たれた西郷は「わかりもした。明日桂子さんと会いもす」と答えるのが精一杯だった。



【九州長浜 新撰ゼミ福岡校】


親不孝通りのドンツキにある予備校『新撰ゼミ福岡校』の大教室では、『アンダーザ葵タマネギフェス』の警備関係最終打ち合わせが行われていた。

「以上で会場内、会場外における人員配置の説明を終える。何か気付いた点があれば申し出よ」コンドーがゼミ生を見回しながら促すと、入口近くの椅子に浅く腰かけたソージが「コンドーさん」とアブラ汗を顔に滲ませながら手を上げた。

リーダーであるコンドーに対し着席のまま発言するのは新撰ゼミではご法度とされるが、イボ痔という『本人がそう勝手にそう思い込んでいる不治の病』に冒されているため、ソージはこの責を免除されていた。

「先日の西郷と坂本の密談の件ですが、イテテ・・、坂本はあれだけ痛めつけても、イテテテ・・・、いまだ薩摩と長州の間を走り回っているようです。先ほど大名の鳥皮屋から今夜坂本他2名の予約が入っているとの密告がありました。それで少しゼミ生を私に回していただければと思います。イテテテ・・・」そう言いながら椅子の上で尻を交互に半分ずつ浮かせ痛みを堪えているソージ。

「わかった、だが西郷には皆も知っての通り手出しは出来ぬ。又長州も徳川レーベルが呼んだバンドである以上こちらも手出しが出来かねる。しかれば薩摩長州に気付かれぬよう店外にて坂本を打て」コンドーは静かに命じた。

ソージは、額のあぶら汗を手の甲で拭いながら頷くと、ゆっくりと席を立ちあがり、数人のゼミ生に目配せをしたのち摺り足でトイレへと向かった。



【九州中央区の鳥皮屋】


「こりゃあ旨かぁ」大名にある鳥皮の店でグーの指の間に3本の串を差し一気に歯でコソギ取りながら西郷がうなった。

もう西郷一人で軽く100本は越えているだろうか、見ているだけで軽い胸焼けを覚えながら桂子は中々プロポーズの言葉を切り出せない弱気な男の様な西郷に業を煮やして話始めた。


「ねぇ、長州の岩国って街知ってる?」

「ほい、メリケンの基地がある街じゃと聞いとりもすが」

「そう、その基地の街であたしと久坂ちゃんは生まれ育ってバンドを始めたの。そして岩国界隈のライブハウスではそこそこ有名になったわ」

徳川財閥が流通配信を支配しているニッポン国でも、米軍基地がある街では外国の音楽が簡単に手に入る。

桂子達のバンドはクリームやツェッペリン、パープルのコピバンだったが、パワフルな演奏と露出度の高いコスチュームのガールズバンドと言うことも手伝って、その夜も桂子達のファンと酔ったネイビーやネイビー目当ての日本の女達でライブハウスは満員だった。

ライブも中盤に差し掛かった頃、曲間MC中に一人のネイビーが人混みを掻き分けて前に進み出ると、ステージ上の桂子達に向かって「お前たちのはロックじゃない。イエローのサル真似だ!」と文句をつけてきた。

地元のファンの前で自分達の演奏を突然けなされた形の桂子は、取りあえず余裕の表情を作ってから「じゃあ、そこの黒いお兄ちゃん、アンタの言うロックってやつはどんなやつなの?答えようによっては、こいつらがアンタをこの店から叩きだすわよ!」と桂子は自分らのファンを指さしながらネイビーをからかう様に煽った。

するとそのネイビーは、ツカツカとステージに上がり置いてあった久坂ちゃんのサブのストラトをサウスポーに持ち200wのマーシャルに直結すると、全てのコントロールノブをフルテンにして突然ソロを弾き始めた。

大型爆撃機の様な轟音とフィードバック、それでも繊細でメロディアスなフレーズ、折れんばかりのアーミング・・・・・

「それはまさしくロックだった」

遠くを見つめるカピバラのような目をした桂子はジョッキに残ったビールを一気にあおると

「だから徳川バンドに勝つためだけのモノマネロックじゃ駄目なの、九州のミュージックシーンをずっと守り続けるためには、その先の世界と対等に渡り合え続ける力を持った九州オリジナルの音楽でなければ本当に九州を守る事にはならないの!」と言って涙を流しながら西郷達に訴えた。

店内の客が「おおっ!三角関係のモツレからの痴話喧嘩勃発か?」と聞き耳を立てながら今後の展開をワクワクしながら待っていると、《このオバハンはそんな先まで見据えていたのか!》と桂子の言葉に猛烈に感動した坂本が突然立ち上がると西郷と桂子に向かい

「うちらのバンドは、今ここで解散ば宣言する。そしてローディーとなって薩長連合バンドば陰から支える黒子となる。それは徳川バンドの世を倒すため、九州のミュージックシーンを夷敵から守るためたい!」と涙ながらに血の叫びを上げた。

「さかもっちゃん!」「坂本さん!」

そう叫びながら坂本とガッシリと手を握り合う西郷と桂子を見た店内の客は「おお、あの若い方の男が自ら身を引く事で三角関係のモツレが解消したかぁ~めでたしめでたし」と拍手を贈った。そうして今ここに回天のための薩長連合が生まれた

《マーシャル》ハードなロックを演るギタリスト御用達アンプ

《直結》ギターとアンプの間にエフェクター等挟まないセッ

ティング

《フィードバック》ギターで弾いた音をアンプで増幅し、出て来たその音を今度はギターのマイクで拾い長く続く音を出すハウリング一歩手前の奏法。ヘンドリックス兄さんやカルロスおじさんの得意技


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