【第二章】第五部分
「将軍にならないなら、転入は認めんぞ。さらに重大な命令を果たせなかった時点でソッコーで退学となる。それでも良ければ好きにせい。でもきっと、この幕附高校にいたくなるはずじゃからのう。ワハハハ。」
ふたりは将軍棟から隣の校舎へ移動した。そこは校門から見て4番目の校舎の20階に繋がっている。かなりの高さがあり、吉宗の脳裏に不安がよぎった。
「これからどうするのよ。」
「まずはあたしたちの校舎に行くよ~。」
「渡り廊下で繋がっているのね。ずいぶん高いところにかかっているわね。手すりが胸のあたりまでの高さだから落ちることはなさそうだけど。」
「これは隣の校舎の15階に繋がってるよ。そしてそのお城はその隣の校舎の10階に、さらにその隣の5階にということだよ~。」
「ここから見下ろすとちょっと、こわ」
「あっ、コワいんだ~?」
「ち、違うわよ。こ、壊したくなるだけよ。」
「止めてよ~、危ないから~。でもふたりだと楽しいね~。」
H前はルンルン気分で、吉宗は手すりを持って、息を切らしながら渡っていた。
心の奥底に沈めようとしていた不安が勢力を増して立ちのぼってくるのが、吉宗にははっきりと認識できた。
『にゃあ。』
ふたりの前にいきなり子ネコが現れた。
「ちょ、ちょっとこんな場所にどうしてネコがいるのよ!ハ、ハ、ハクション!」
手すりに持たれかかっていた吉宗はそのまま、転落してしまった。
「きゃああ。」
「上様~!」
吉宗は激しい重力加速度を受けて、真っ逆さまに空気を切り裂いていく。
「将軍の、任期満了、超短命。」
落ちながら吉宗が辞世の句を詠んだ時、『ズドン』という大きな衝突音がした。
「アタシ、スプラッター状態ね。体のすべてが千切れスライム化したわ。・・・。
あれれ?まだ意識があるわ。そうか、スライムって、レベル1でも思考能力があるんだわ。それに体があったかいわ。季節がまだ秋だからかな。」
「おい、君。大丈夫か。頭は打ってないはずだけど。でもあの高さからだったから、ボクも地面に腰を打ちつけちゃったよ。ちょっと痛かったかな。」
首と袖のえり部分が赤く縁取りされた純白の学ランは、筋肉質の上半身を覆い尽くす。赤い靴下が垣間見える足元からは、強靭な脚力を感じさせる。短く整えられた黒い髪は清潔感に溢れている。知性と優しさを裏打ちする漆黒の瞳。文字通りのイケメンである。
「ほわわわ~ん。」
吉宗は記憶喪失レベルで言葉を忘れた。
「おいおい、どこか痛いのかい?保健室に連れて行こうか?」