【第三章】第六部分
H前は御台が席を外すのを待っていたが、なかなか動かない。
「仕方ない、ベタな作戦を実行する~。」
心の中で実行宣言をしたH前。
「喉が乾いた。ジュースおくれ~。」
「そうだね。これは気が利かずに失礼したよ。」
御台はそう言って部屋を出た。わりと事務的な態度に、微妙に落胆するH前であった。
少し首をまわして、変な気持ちを振ってから、H前は吉宗にラインでメッセージを送った。
「つ、ついに来たわ。超速で、この家に入るわよ。」
御台家の真ん前に十二単で待っている吉宗。携帯用の椅子に座っている。
「ママ、あれ何?」
「見ちゃダメよ、あんな人に付いて行っちゃ危ないからね。」
一般民家の前で十二単が堂々と座っていれば、不審者認定は極めて容易であり、この母子を始め、近所の人たちが集まって、吉宗を指差していた。
「なんだか、回りが騒がしいわ。将軍が上洛すると下賤な者は跪いて注目するのね?」
注目はされていたが、跪く人は当然不在である。
「上様、何やってるの~。渡心君が戻って来ちゃうよ~。」
「すぐ行くわ!」
玄関のドアノブに手をかけて、ドアを開いた瞬間、吉宗の目に、御台の背中画像が刺さった。御台が妹の部屋に戻る瞬間だった。
「ヤバいわ!」
慌ててドアをクローズした吉宗。
「あれ?今玄関先に誰かいたような気がしたけど。」
御台は数秒間ドアの方に視線をフォーカスしていた。
「何でもないな。外で人の声がしてたけど、勘違いしたようだな。」
御台はすぐに妹の部屋に戻った。
「はあはあはあ。失敗を寸止めできたわ。さすが、アタシ。」
失敗したが、自画自賛の吉宗。ポジティブな解釈である。
「困ったわ。作戦失敗よ。これで布切れ王子が次に部屋を出るまで時間がかかりそうだわ。でも次の作戦、ゲ剤よ。これをジュースに混ぜて、布切れ王子に飲ませるのよ。」
「上様、ゲ剤って、ゲスの発言っぽいよ~。要は毒を盛れというのか~?そういう悪だくみって、結果的にあたしが飲むことになるというのが、オチだよ~。第一、正義の味方の大岡H前が犯罪者というのはNGだよ~。」
「それもそうねえ。失敗確率、高いかもねえ。」
そんなやり取りをしている最中に、家の外が騒がしくなった。




