【第三章】第五部分
H前が行った御台の家はごくありふれた二階建ての民家だった。
H前は吉宗からの謀り事を反芻していた。ケアレスミス防止のためである?
『H前は御台の部屋で勉強をする。勉強の途中で、御台にジュースを要求して、吉宗にメールする。御台がいないうちに、吉宗が妹の部屋に侵入して、魔法を使って病気を治す。妹には平安貴族コスのH前が来たと思わせることで、吉宗の存在は御台家にはないというもの。』
玄関先で御台はH前に少し難しい顔で話しかけた。
「妹は寝たきりで、ボクがそばにいないと不安になる性格なんだよ。だから勉強会は妹の部屋で行うことになったよ。」
その情報は電子的に吉宗にすぐに伝わった。
「妹の部屋を探す手間が省けたわ。これはチャンス!」
テンション上がる吉宗は軽くガッツポーズをした。
妹の部屋に入る御台とH前。小さな卓袱台を置いてそこで勉強会となった。
妹の部屋はグレーのカーテンに、カーペットという寒色系でシンプルなものだった。ぬいぐるみも置いてない、まさに勉強部屋という感じである。
「お兄ちゃん、同級生の大岡さんを連れて来るって言ってたけど、本当に来たんだ。しかも女子だし。」
ベッドに伏せている妹がちょっとイラついた声を出した。
「大岡H前だよ~。可憐な女子だけど、渡心君には興味ないから、安心感で満たされていいよ~。」
「本当かしら。そういう人に限って、お兄ちゃんを虎視眈々と狙ってるんじゃないの?」
「大丈夫だよ~。そういう人もいるけど、連れて来なかったから~。」
「ますます信じられないよ。」
「心配ないさ。だからこそ、ここで勉強会をするんだから。大岡さんはまったく安全だよ。例えばこんなことをしたとする。ガバッと。」
いきなり御台はH前を後ろからハグした。オトメとしての大事な部分はしっかり回避している。
「うわあ、セクハラ反対だよお~。」
H前は大仰に逃げた。市香に視線を送っているが、逆効果っぽい。
「なんか、わざとらしいけど、ギリギリで問題なさそうね。じゃあ、お市は寝るよ。」
妹はすぐにスースーと寝息を立てた。セクハラ不存在という事実が安心感を供与した。
「渡心君、事前の打ち合わせ通りにいったね~。」
「ああ、こんなパフォーマンスをする必要はないかと思ったけど、念の為だね。」
こうして勉強会は淡々と始まった。恋する男女が通常行う勉強会の熱さとは無縁であった。




