【第三章】第一部分
「あれ、ここはどこ?」
吉宗がいたのは、家康の兜のあった部屋。吉宗は黒い正装の衣冠束帯姿である。
「そ、そうだわ。将軍宣下を受けた時、粗相をして父上の怒りを買って、そこから逃げ出したところだったわ!」
「なんだか、すごく時間が経ったような気がするけど、頭でも打って倒れてたのかしら。父上たちはいないみたいね。うまく逃れられたのかな。」
吉宗は城の五階の広間を睥睨するが、将軍宣下の伝奏式はすでに終わっているようである。
「「「「「「「「「「「ツカツカツカツカ。」」」」」」」」」」」」
複数の武士らしき足音が聞こえてきた。かなりゆっくりした歩みである。殿中であり、脇差しの揺れる音はないようだ。
「公方様のおなり~。」
先頭の武士が大きな声を出すと、あまりひと気がないように思えた廊下で、人々がひれ伏す様が見えた。
「あれれ?アタシが将軍になったんしゃなかったっけ?いや、あの騒動で、将軍宣下は取り消しされたのね。あ~よかった。でもだったら、いったい誰が将軍に就任したのかな?
「まあ、いいや。とにかく家に帰ろっと。」
城の近くの大きな塀に囲まれた屋敷に着いた吉宗。警備をする郎党たちが見当たらない。
「あれ?誰もいないの?おかしいわね。」
母屋に入って中を調べてみるが、両親や姉もいない。家財道具は吉宗の記憶のままである。特に埃が溜まっているわけでもなく、つい最近まで人が住んでいた気配が残っている。
「なんだか、向こうから変な臭いがするわ。腐った魚でも捨ててるのかしら。」
吉宗は屋敷の裏の方に回ってみた。そこで吉宗の視線と思考と感情が完全に停止した。
二本の柱で立てられた獄門台。そこから血が滴り落ちていた。
生首が3つ並んでいた。当然、見覚えのある顔である。
「父上、母上、お姉ちゃん!い、い、いやああああ~!」
膝から崩れ、血走った目で頭を抱えて、絶叫する吉宗。
近くに歩いてきた通行人がボソッと呟いた。
「次期将軍はこの屋敷から出る予定だったのに、理由はしらないけど、尾張宗春様、いや今は徳川宗春様か、その宗春様が将軍になって、この紀伊徳川家を取り潰したんだよな。将軍になる予定だった吉宗様は逐電したらしいけど。政の世界は怖いねえ。」
吉宗のいた元の世界は宗春が支配して、吉宗の家は全員が処刑されていたのである。
「アタシがちゃんと将軍を引き受けなかったから、こんなことになったの~?記憶が少し飛んだうちに、何が起こったのよ~!うわあああ~!」
次の瞬間、吉宗は再びブラックアウトした。記憶が飛ぶというのは脳細胞には痛烈な打撃を与えるので要注意である。




