【第二章】第三十二部分
「ハクション、ハクション、ハクション。」
二年のクラスの中で、ひたすらこれみよがしにくしゃみをする吉宗。チラリと御台に微妙に卑し気な視線を送る。
「徳田さん、風邪ひいたのかい?」
「そうじゃないわ。アタシ、ネコアレルギーなのよ。教室のどこかにネコがいるんじゃないかしら。とっても困るわ。ガンガン。」
吉宗は教室の入口横の先頭に座る綱吉をチラ見ではなく、ガン飛ばし、かつ声の矢を背中にぶつけるという荒技を行使した。
吉宗の露骨なネコアレルギーアピールを受けて、御台は心配そうに吉宗の方に顔を向けた。
「それは大変だね。ネコアレルギーって、なかなか治らないらしいよね。」
御台の言葉に、吉宗の口元が思わずほころんだ。
「そうよね。昨日まではこんなことなかったんだから、急に生じた変化の元を教室から排除しないといけないわ。この前と少し様子が変わったような気もするけど、同一人物だわね。」
「ギクッ。」
綱吉の背中が、吉宗の席からでも見えるぐらい震えた。
「ネコアレルギーはキツいだろうけど、まずはマスクするとか、クスリで治療するとか、自助努力が先かもしれないよ。ひとりのために、全体の環境を変えるというのは、難しいからね。」
「それはそうだわね。でも・・。」
沈黙してしまった吉宗を見て、御台はわずかに眉間にシワを寄せた。
「うん。徳田さんの体調がよくないなら、ボクに何でもできることは、何でも協力するから心配しないで。」
今度はわずかに微笑んだ御台。満面の笑みは周囲を明るくするものではあるが、苦しむ心には、慈愛ある柔らかな微笑の方が、気持ちが通じるものである。
「ああ、やっぱり布切れ王子、ステキだわ。アタシの彼氏に、じゃない、将軍の側用人に取り立てしたいわ。」
しかし、御台はキッと、目に力を込めた。発する言葉も強い調子である。
「でも将軍に復帰したからと言って、前と同じことをやるとは限らないよ。前の施策を大いに反省してるかもれないからね。」
「そ、そうかしら。それならいいけどね。」
ほどなく、綱吉は、ネコ将軍としてお触れを発布した。生徒たちは相手が将軍である以上、吉宗と綱吉から出されたどちらの校則も有効であり、自分の都合のいい方を選択できた。つまり、どちらの陣営からの校則を選ぶことが、事実上の人気投票となった。
『女子生徒はネコミミを付けるようにするにゃ。但し、ネコミミは好きな者だけが付ければよいにゃ。』と言うのが校則の内容だった。
生徒たちは大いに驚き、それはすぐに歓喜の嵐へ変わった。




