05 アルキタニア
「うわぁ、凄い活気ね。まるでお祭り騒ぎみたい」
「市場の賑わい方が大違いだね。あっ、あれはもしかしてルビーシュリンプ? ごめん、ちょっと行ってくる!」
「はいはい、行ってらっしゃいな」
私たちは、ロゼの希望もあって、様々な国の食材が集まるというアルキタニアを訪れていた。レーヴァ港から特急飛竜便で一時間半。多少運賃は嵩んでしまうが、クラーケンの報酬をたんまりと貰ったので、少しくらい贅沢をしても罰は当たらないだろう。
ちなみに、報酬は私とロゼとシュレリアできっちり三等分。何もしていないから、とロゼは受け取ろうとしなかったが、ひと悶着あった結果、しぶしぶ受け取ることになった。
「それにしても、本当に色々な食材が置いてあるのね」
ああなったロゼはしばらく動くことはないので、私たちも適当に品物を見て回る。シュレリアは街に到着すると同時に情報収集をしてくると言って、颯爽と消え去ってしまった。
賑やかな街の中を一人で適当にふらついてみる。料理として出てくることはあっても、調理される前の食材を見ることはほとんどないので、目に入ってくるもの全てが新鮮なものばかりだ。
エメラルドのように輝く蟹や、七色に光る果物。黄金の鯨肉にどんな酒豪でも一杯飲めば泥酔するという月下酒など、料理をすることがない私でも眺めているだけでわくわくしてくるような品物が並んでいる。
「これはロゼが目をきらきらさせるのも仕方がないわ」
料理をする人たちからしてみれば、この場は宝物庫に近いのかもしれない。普段目にすることの出来ない食材もあるだろうし。残念ながら私には区別がつかないけど。
「すみません、月下酒を一つ、いや……二つくださる?」
「毎度ありぃ!」
可愛らしい瓶に入った月下酒を二つ購入。一つは自分に。もう一つはシュレリアにだ。普段から澄ましたようなシュレリアが泥酔したらどうなるのか興味がある。後はどうやってこれを飲ませるかだけど、夕食の時に混ぜていれば飲んでくれるかな。
「後はちょっと小腹も空いてきたし、確かあっちは料理も売ってるんだっけ」
アルキタニアの市場は通常の食材を売っている場所と、調理済みのものを売っている場所で分けられている。
「ロゼ、ちょっと食べ歩きしてくるわね」
食材と睨めっこをしているロゼの背後から声をかけるが、集中しているのか返事がない。あんまり邪魔しても悪いし、聞こえていると信じてその場を後にする。
「ふわぁ、いい匂い」
一本道を逸れただけで、どこかしこから食欲をそそる匂いが漂っていた。歩いているだけで、色んなお店の人たちから声を掛けられるが、流石に全部食べるわけにも行かないので、丁重に断りながら食べる料理を吟味していく。
散々迷った挙句、区画を通り過ぎってしまったので、来た道を引き返しながら目星をつけていたお店で料理を買って、近くの休憩スペースに腰を下ろした。
「結構な量になっちゃったわ……」
これでも大分絞った方なんだけど、テーブルの上には包装された料理が山盛りになっている。せっかくここまで来たんだし、やっぱり食べないのは損だしね。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」
どれも美味しそうたけど、やっぱり最初に選んだこれかな。山積みになっている数々の料理の中から、一つを手に取り包装を開けて中身を取りだす。
うわぁ、やっぱり美味しそう。出てきたのはシンデレラ牛の串焼き。美容と健康にいいらしく、何よりお肉を食べて綺麗になれるっていう点がいいと思うわ。
細長い赤身肉に入れられた切込みに、濃厚な香りのタレが染み込んでいる。ただ見てるだけなのに、涎が止まらなくなってしまう。
「いただきます」
手を合わせてから、豪快にかぶりつく。はち切れそうなほどに詰まった身を噛みちぎると、口の中で溶けるようになくなり、代わりに濃厚な肉汁が口内に溢れかえる。火傷してしまいそうな程に熱々の肉汁を飲み干して、串に残っている肉を頬張る。
串焼きを食べ終えてから、アルラウネの雫という甘めのお酒で口直しをする。入っている小瓶も蕾を表していて、なんだか可愛らしい。
味はちょっと蜂蜜の甘さが主張しすぎている感じもするけど、後味自体はさっぱりとしていて飲みやすい。これでもう少し度数が高ければ完璧なんだけど。
「さてさて、どんどん行こうかしら」
まだまだ目の前には美味しそうな料理が山積みになっている。少しでも間を空けて、お腹が一杯になっちゃったら勿体ないし。
二品目は、宝石肉の盛り合わせ。名前の通り、見た目は完全に宝石にしか見えない。ルビーのように深紅の輝きを放っている肉を口の中へと放り込む。
「んん?」
さっきのシンデレラ牛と違い、コリコリとした歯応えのある食感が。次は蒼玉の塊を食べてみる。これは、柔らかすぎて口の中ですぐに溶けて無くなってしまった。なるほど、宝石の種類によって味も食感も違うのね。これは食べていて楽しいかも。
肉、肉と続けてしまうと、お腹が一杯になりそうだから、一旦これは置いておいて。
三品目はルビーシュリンプの酒蒸し。目の前でまるごと蒸していたのを発見して見つけてしまった。
「ルビーなんて名前なのに、見た目は青いのね」
人によっては食欲を失いかねない発色をしているが、私はそんなの気にしない。美味しければいいのよ美味しければ。ゲテモノの方が美味しいっていうしね。
「うわ、すごっ!?」
背中の殻を勢いよく剥ぎ取ると、中から深紅の身が現れた。綺麗に取り出すと、手の中で身がぷるぷると震えている。日の光に当たると、身が透き通って一層輝いて見える。
あんまりお行儀が良くないけど、大きく口を開いて一気に半分程口に含む。口の中で弾け飛ぶ濃縮された海鮮の旨味と、鼻を抜けていくエールの風味が絶妙に噛み合っている。
「これは……」
アルラウネの雫は合わないわね。一緒に進められたコレの出番かしら。小さな樽のカップに注がれたエールビーと呼ばれる深紅のエールを取り出して、流し込んでいく。
あ、これは止まらなくなる組み合わせだわ。もう一匹、と行きたい所だけど、ここは我慢しないと。
はしたないけど、味噌もちゃんと吸ってから次の料理へと手を伸ばす。重いのが続いていたから、少し軽めのものが欲しい処だけど……。
山積みになった料理から宝探しのように漁り始める。
「あ、これがいいかも?」
見つけたのは毒リンゴ飴。『安心して食べられる毒リンゴ!』 という売り文句に釣られて買っちゃったんだよね。
「見た目は普通のリンゴ飴、と」
どこからどう見ても、これが毒リンゴには見えない。売り物として出している以上、危険はないと思うけど、やっぱり少しだけ躊躇してしまう。
噛り付く前に、少しだけ表面を舐めてみる。うん、ただの飴ね。
深呼吸をしてから、覚悟を決めて勢いよく齧りついた。ぱりぱり、と表面にコーティングされた飴を砕きながらリンゴに到達。リンゴの酸味と飴の甘さ、それにぴりっと舌が痺れるような感覚が広がっていく。
「あー……うーん、不味くはないけど」
最初の頃はちょっと痺れるくらいだったけど、食べ進めていくうちにどんどん強くなっていく。丸ごと一つ食べ終わる頃には口の中の感覚が無くなってしまっていた。
残念だけど、これはハズレね。それでも行列が出来ているみたいだし、好きな人は好きなのかもしれない。単純に普通のリンゴ飴と間違えている可能性がないとは言い切れないけど。
んー、どうしたものかしら。一息入れようと思ったのに、食べ終わってみれば口の感覚を奪われてしまった。試しに、アルラウネの雫を一口飲んでみたけど、直接胃の中に流し込まれているような感覚に襲われる。
「これ以上はちょっと無理かも。順番間違えちゃったなあ」
テーブルの上にはまだ料理が残っているけど、今のままじゃ流石に食べられそうにない。これは後で食べるしかないかな。
あの様子だとロゼが動くまで最低でも一時間はかかりそうだし、シュレリアは何処にいるのかわからないし。
「あ、そうだ」
暇つぶしも兼ねて、ビンゴブックを取り出してページを捲っていく。この賑わいようだから、そこまで危険な魔物は生息していないと思いたい。
移動中に確認出来れば良かったんだけど、通常の飛竜便でさえ風が強いのに、特急飛竜便になると口を開いただけで舌を噛みかねない速度が出てるから何かをするのは無理だ。
というか、本気でしがみついてないと振り落とされそうになるからね。そうならないように固定はしっかりされてるけど。
「んー、やっぱりこの辺りは比較的平和――はぁ!?」
ぱらぱらとページを捲って魔物の名前を探していると、目を疑うような名前を見つけて思わず叫び声をあげてしまった。周りにいた人たちの視線がこちらへと突き刺さる。
「あ、す、すみません」
軽く頭を下げてから、ビンゴブックに視線を戻す。突然変異で巨大化した猪や気性の荒くなった猿など、比較的普通の魔物たちの名前が並んでいる中で一際存在感を放っているドラゴンという文字。
通常、こんな場所に生息することはないはずなのだが、どうやらいくつかの目撃談も上がっているようだ。
シュレリアが討伐に動いていない以上、急を要する問題じゃないのは確かなんだけど。これだけ人が多い場所でドラゴンが暴れると被害は尋常じゃないことになる。
「でも、よっぽど気性が荒い竜でもない限り、人の街を襲うことなんてない、か」
「なー! 俺、森ですっげえでけえ卵を拾ってきたんだぜ!」
「あ、それってこの前言ってた奴?」
「おう、俺の家にあるから後で見に来いよな!」
子供たちが話しながら、大通りを駆け抜けていく。それに、下手に危険を伝えると混乱して大惨事になる可能性もある。子供たちが元気に街中を走り回ってる以上、ある程度は非常時の備えもある、と思いたいし。一応、外を見回ってから危なそうなら処理をしておく、くらいの意気込みでいいかもしれない。
「ん?」
ビンゴブックを閉じようとして、ドラゴンの情報が書かれたページの下の方に、小さい文字があるのに気付いた。
「えーと、なになに? 産卵期以外は大人しいので危険性はない……?」
書かれている情報によると、産卵期は丁度今の時期と被っている。
「あれ、ちょっと待って。これってもしかして?」
さっき走っていった子供たちの会話を思い出す。いやいや、流石にただの偶然よね。確認しようにも、既に子供たちの姿は見えなくなっていて、追いかけることも出来ない。
「一応、警戒はしておくべきよね」
慌てて席を立ちあがり、ロゼの姿を探す。幸いなことに、最後にみた場所から動いてなかったので、すぐに見つけることが出来た。
「ロゼ、お楽しみの所ちょっと悪いんだけど」
「ウィルベル? そんなに急いでどうしたの?」
「本当に悪いんだけど、シュレリアを探してくれない? もしかしたら、ドラゴンが暴れだすかもしれないから、ちょっと周辺を見てくるわ」
「ドラゴもごがっ」
驚いて大声を上げようとしていたロゼの口を慌てて押さえる。
「しーっ! 出来るだけ大事にしたくないから、もし本当に暴れだしたら住民の避難をお願い。シュレリアには出来るだけ街に被害が出ないようにって伝えておいて」
「了解、気を付けてね」