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第二王女の食道楽紀行  作者: 虹色橋
1/6

01 プロローグ

「不味い! 不味いわ! こんなものを料理として出すなんてふざけているの!?」


 眼前に広がる数々の絢爛豪華な料理を前にして、私は叫んだ。


「姫様……そう仰いましても、私共めも誠心誠意お作りしておるのです」


 激昂する私を宥めるかのように、王宮に集まった数々の料理人の中の一人が丁寧な口調でそう述べた。否、あくまで丁寧そうに見えるだけで表情には私に対する不満が隠しきれていない。


「オルランドゥ。貴方はこれを自らの自慢の皿としてテーブルに並べることが出来るのかしら?」

「もちろんですとも。各地から取り寄せた最高級の食材をふんだんに使った自慢の一品です」

「そうですか。それならば、即刻この場から立ち去りなさい。貴方にはこの場所で料理を作る資格がないわ」

「なっ――」

「衛兵。彼を運び出しなさい」

「はっ!」

「離せ! この野郎!」


 みっともなく喚き散らかしながら、衛兵に取り押さえられて運ばれていくオルランドゥ。一連の事態を見て、周りにいた他の料理人がどよめき始める。

 流石に、こうなってしまった以上このまま続けるわけにもいかなくなってしまった。


「皆様、申し訳ありませんが本日の所はお帰りください。皆様のために城下町の宿を貸し切っておりますので、詳しいお話はそこのメイドから聞いてください。それじゃあフルル、後は任せたわ」

「任されました~。さあさあ皆様こちらへどうぞ~」


 メイドに事後処理を任せて、自分の部屋に戻ると同時にベッドの中へと倒れこむ。じゃらじゃらと、身に着けられた装飾品を取り外しながら、そのあたりに適当に投げ捨て深いため息をついた。


「づっがれた~……お父様もこんな仕事を私に押し付けるのは間違ってると思うんだけどなあ」


 こういう仕事はお姉様の方が適任だと思うけど、早く帰ってこないかなあ。戦争の機会が減ってからは、城内でやれ政治の話だとかやれ芸術の話だとか、つまらないことばかりだし。

 何か、こう思いきり羽を伸ばせるようなことがあればいいんだけど。


「ん~っ! ん? あぁ、開いてるわよ」


 背伸びをすると同時に部屋の扉を叩く音がする。こんなタイミングで部屋を訪れる人は他に考えられないので、確認もせずに部屋の中へと招き入れた。


「失礼しま――うわっ」

「うわっ、って何よ失礼ね」


 部屋の中へと入ってきたのは、小柄な少年だった。

 やや細身の身体つきをしているが、決して華奢なわけではない。服の上からでもわかる程についた筋肉は、芸術的な美しさを秘めているようでもある。視線を上へとやると、まだ幼さを感じさせるような童顔に、肩にかかる程度の長さの髪の毛をゆったりをしばったいでたちをしている。


「いや、これは女の子が生活していい部屋じゃないよ、ウィルベリーナ第二王女様」

「二人の時はその呼び方をやめろって言ってるでしょ。ロゼルティア」


 私の部屋を見ながら、そんなことを言ってくる幼馴染の名前を呼んだ。

 いつものように同じようなやり取りを繰り返してから、ロゼは地面に散乱している衣服やアクセサリーを拾い始める。


「別に、今日はたまたまタイミングが悪くてちょっと散らかっているだけで、普段はもっと綺麗なんだからね」

「はいはい」


 ちなみに、今の私の部屋の惨状はロゼが言う程に酷い有様ではない。多少、衣服がカーペットの上に収納されて(脱ぎ捨てられて)いるとはいえ、きちんと出入り口までの足の踏み場は確保していたし、どこに何を脱いだかも全部把握していた。その証拠にロゼも私の部屋に足を踏み入れることが出来ている。

 私が心の中で自己弁護をしているわずかな間に、散乱していた衣服は綺麗に畳まれ、テーブルの上に整頓されていた。


「それで、どうしたの? わざわざ私の部屋を掃除しにきてくれたわけじゃないんでしょう?」

「うん、ちょっと面白い話を小耳に挟んだからね」

「面白い話? なにそれ」

「おてんば王女が試験中にヒステリックを起こしたって話」

「へぇ、それで?」

「顔が怖いってばウィルベル。ほら、笑顔笑顔」

「……こう?」

「もう少し自然な笑顔に出来ないかなあ?」

「戦場にいる時なら笑えるんだけど」


 どうも笑顔を作るのが苦手なんだよね、私。自然に笑えてる時は何の問題もないんだけど、意識して笑顔を作ろうとすると、顔が怖いだとか、笑顔が気持ち悪いだとか陰で散々言われちゃってるみたいだし。まあ、気にしてないけど。


「別にヒステリックを起こしたわけじゃないんだけど」

「分かってるって。ここに来る前に厨房を見てきたけど、まあ酷い有様だったよ。まだ使えるのに捨てられた食材も沢山あったからね。それで怒ったんでしょ?」

「まあ、それもあるんだけど。せっかく良い素材を使っているのに、それぞれの良さを潰すような調理を施していたからね。料理人の腕が低ければ、いい食材の無駄遣いよ」

「それに、今回の試験だと食材の持ち込みはダメだったんだよね?」

「そうよ。試験会場には、領内で生産された様々な食材を用意していたわ。ここの厨房に運び込まれてくる食材は、基本的に領内から納められているものばかりだからね」

「領地の外から持ってきた食材で皿を創り上げた所で、定期的な食材の確保も難しいしね」


 豪華なパーティならば、各地から食材を取り寄せることも珍しいことではない。各地から集まる有力な領主をもてなすためにはそれくらいはして当然だと思う。

 けれど、今回の試験はそういうわけじゃない。私たち王族や、城の中で働く人々の普段の食事を作ることが出来る人物を探しているのだ。


「まあ、でも……多分見つからないかなあ。普段からリーゼルブルク様の料理を食べているせいで、みんな舌が肥えているはずだし」

「はは、お爺ちゃんの料理は美味しいからね。きっと、お爺ちゃんは死ぬまで厨房に立ち続けると思うよ」

「ロゼも、早くリーゼルブルク様を安心させられるような一人前の料理人にならなきゃね?」


 リーゼルブルク様は昔から、私たち一族に仕えてくれている料理人だ。私のお爺様でもある、現国王アーカシャ・ヴェーレンドルグとは幼少期からの付き合いらしく、お爺様が王を継いだタイミングで修行の旅をやめて王宮仕えの料理人として働いてくれている。

 ロゼもロゼのお父様もリーゼルブルク様の元で、日夜修行に明け暮れていた。私とお姉様も、たった一度だけ花嫁修業と称してリーゼルブルク様に料理を習う機会があったのだけれど、数日間食事が喉を通らなくなるくらいにはスパルタだった。


「僕がお爺ちゃんに追いつくためには、あと何十年修行しなくちゃいけないかなあ……」

「なぁに弱気になってんのよ。あんたの料理も美味しいんだから、自信を持っていきなさいな」

「ねぇ、ウィルベル。僕ね、旅に出ようと思うんだ」

「はぁ?」


 あまりにも前後の脈絡がなかったので、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「旅? ロゼが? 一人で?」

「うん。僕一人で、旅に」

「そりゃまた急ね」

「前々からちょっとだけ考えてたんだよ。このままお爺ちゃんの元で修行しても、お爺ちゃんに追いつくことは出来るかもしれない。でも、追い抜くことは出来ないからね」


 ふぅん、旅……旅ね……。

 このまま城の中で日々を怠惰に過ごすよりも、ロゼの旅について行ったほうが絶対面白いに決まっている。


「ねぇ、ロゼ? その旅――」

「ダメだよ」


 私がすべて言い終わる前にロゼは否定の言葉を口にした。


「まだ最後まで言ってないんだけど?」

「どうせ、私も連れていけって言うつもりなんでしょう?」

「よくわかってるじゃない」


 城から出る絶好のチャンスを逃してたまるものですか。


「ロゼ、こうなった私は絶対に譲らないの分かってるでしょう?」

「でも、アーカシャ様になんて説明するつもり? ウィルベルは仮にも一国の王女様なんだよ?」

「大丈夫大丈夫、私に何かがあってもお姉様がいればどうにかなると思うし」

「いや、そういう問題じゃないと思うんだけど」

「んー、じゃあちょっと待ってて。今からお爺様の所へ直談判に行ってくるから」

「えっ――」


 驚くロゼを部屋に置き去りにしたままお爺様の玉座へと向かう。


「お爺様? 少しお時間よろしいかしら?」

「おお、ウィルベルか。どうした?」


 玉座の間ではお爺様が優しい声で迎えてくれた。辺りを見回してみても他の人影は見えない。


「今日はお爺様にお願いを聞いて貰いたくて……」

「可愛い孫娘のためだ。出来るだけ聞いてやりたいが、一体何望む?」

「では、単刀直入に。私に旅の許可を頂きたいのです」

「ほぅ、旅とな?」


 そこまで穏やかだったお爺様の表情が、私の言葉を聞いて少しだけ曇ったように見える。切り出し方を間違えてしまったかもしれないけれど、お爺様を相手にする時は下手に策を弄するよりも素直に伝えた方がいいと経験が告げている。


「この国をより良い方向に導いていくため、様々な国の在り方を知るための旅に出たいと思っております。各々の土地の文化や歴史に触れ、またその土地に住まう人々の在り様を実際に見聞してみたいのです」

「ふむ。ウィルベルからそのような提案が出ることは儂としても非常に嬉しいが……」


 お爺様は顎に手をあて、思案するように頭を捻る。

 とりあえず、頭ごなしに否定されることは避けることが出来た。もし仮にこれがお父様だったならば、一考すらせずに頭に一発拳骨が落ちてきた挙句、わけのわからない仕事を押し付けられる羽目になっていたはず。

 このまま旅の許可をくれたらもっと楽なんだけど。


「やはり、簡単に旅の許可を出すわけにもいくまい」


 やっぱり、そんな上手く事は運びませんか。ですが、こちらも考えなしで突撃してきたわけじゃない。いざとなれば、隠れて脱出して無理やりついていけばいいし。

 お爺様から正式に認めて貰った方が、旅の途中もこそこそしなくて済むし、何よりロゼに迷惑をかけたくはないから、許可を貰えるに越したことはないけど。


「お爺様、そこをどうにかお願い致します」

「ウィルベルよ。お前はもう少し立場というものを理解するべきだ。仮にも一国の王女に対してそう簡単に旅の許可を下せるわけがなかろう」

「でも――」

「話は最後まで聞くがよい」


 私の反論を遮って、お爺様は続ける。


「今の私では、王女としてのお前に旅の許可を与えることは難しい。だが、王女としての身分を隠し、ただの護衛としてならば派遣することはそう難しいことではない」

「護衛、ですか?」

「そうだ。丁度、護衛を探している人間がいてな。お前程の強さがあれば、ドラゴン退治すらも可能じゃろう?」

「え、ええ。ドラゴンなら討伐の経験はありますが……」


 この状況はあまり良いとは言えない。誰かの護衛としてなら、合法的に旅をすることも出来る。でもそうなると、ロゼの旅に同行出来なくなる。

 やっぱり、この話はなかったことにしてこっそり抜け出した方がいいかもしれない。


「お、お爺様やっぱりこの話は――」

「ロゼルティア、そんな所に隠れてないで出てきなさい」

「はっ、はい!」

「……ロゼ?」


 この話はなかったことにしてください。と私が言い終わる前に、お爺様がこの場にいないはずの幼馴染の名前を呼んだ。振り返って背後を確認してみれば、少しだけ開いた扉の隙間からこそこそと中の様子を伺うロゼの姿が。

 ロゼは部屋の中へと入ってくると、私の数歩程後ろの位置で頭を下げる。


「も、申し訳ございません。覗き見をするつもりはなかったのですが……」

「ほほ、別に構わんよ。どうせ、お主に用事があったからの。先程までの話は聞いていたのだろう?」

「はい。でも、本当によろしいのですか?」

「リーゼルブルクからも頼まれておったからな。ウィルベルが護衛につくのならば、お主に危険が及ぶこともあるまい」

「お爺ちゃんが……ありがとうございます!」

「えっと、つまり私はロゼの護衛をすればいいのですか?」


 私を置いて勝手に話が進んでいるような気がする。


「まあ、そういうことになるの」


 それなら最初からロゼをこの場に連れてきて、旅に同行するって言った方が早かったかも知れない。なんにせよ、これで旅の許可が下りたことには変わりありません。当初の目的は達成出来たので、結果オーライとしましょう。


「ウィルベル。少しだけ待つがよい」

「な、なんでしょうかお爺様?」

「もう一人の護衛を紹介して置きたくてな」

「護衛を二人もつけるのですか? 私一人で十分だと思うのですが」

「お前はロゼルティアの護衛だろう? 今から呼ぶのはウィルベル、お前の護衛だよ。シュレリア! シュレリアはおるか?」

「はっ、ここに」


 部屋の中には私とロゼ、それにお爺様の三人しかいなかったはずなのに、お爺様の声に反応してどこからともなく一人のメイドが現れた。足首まで伸びたロングスカートに、腰にかかるくらいの白銀の髪を後ろで括っている。

 印象的だったのは、腰に掛けられた一本の長い刀。遠方の武器だというソレは、メイドが身に着けるものとしては物騒なものである。


「し、シュレリア!?」

「ごきげんよう、ウィルベリーナ様。久しぶりにお会いしましたが、おてんばっぷりは変わっていないようで何よりです」

「ど、どうしてあんたが……」


 私にとって、シュレリアという存在は苦手の塊であると言わざるを得ない。幼少期から、私とお姉様、そして妹の家庭教師として物理的に死ぬほど扱かれてきた。他二人に対して、殊更出来の悪かった私は、何かにつけてシュレリアからのお仕置きを受け続けてきたせいで、軽くトラウマになってしまっている。

 だからこそ、シュレリアが城を離れる噂を耳にした時は舞い踊る程喜んだわけなんだけど、絶対に居るはずのないシュレリアがどうして此処に。


「やるべき事はほとんど済ませたので帰ってきたまでですよ。その際にアーカシャ様から休暇の打診を頂きまして。そんな折、ロゼルティア様が旅に出るというお話を小耳に挟んだのです。お二人の間柄であれば、旅に出ることを伝えないわけがないでしょう? それに、旅の話を聞いたらウィルベリーナ様が同行すると言い出すに決まっていますし。休暇がてら、私も護衛としてお二人の旅に同行しようと考えたのです」

「旅なら一人で行けばいいでしょうが……!」

「そんな連れないことを言わないでくださいな。旅は道連れ世は情け。そんなに心配しなくても大丈夫です。あくまで私はウィルベリーナ様の護衛としてついて行くだけなので、小言も控えますし」

「もしお前がシュレリアの同行を許さないのであれば、儂も同様にお前の同行を許すことは出来ん。儂も可愛い孫娘が心配なのだ、わかってくれ」


 実際、お爺様の提案はかなりの好条件だ。私とシュレリアの実力をそれだけ信じてくれているのだろう。お爺様もこれ以上ないくらい譲歩してくれているわけだし、私もこの程度の条件は飲むべきなんだとは思う。でも、


「ロゼはそれでも良いの?」


 今回の旅は私の息抜き……も確かに大事なんだけど、本来の目的はロゼの修行。どれだけ私が行きたいと願ったところで、最終的な決定権はあくまでロゼにある。

 ここでロゼが首を横に振れば、私もシュレリアも旅に同行することは出来ない。そうなった場合、抜け出すことには変わりない。問題は、シュレリアの登場によって脱出の難易度が跳ね上がってしまったことだけ。

 ここから先の行動は、ロゼの返事次第。


「ウィルベリーナ様。それにシュレリアさん。改めて、どうか僕と一緒に旅をしてください」

「あったりまえじゃない!」

「リーゼルブルク老には、大変お世話になりましたからね。こちらこそよろしくお願い致します」


 私が無理について行くって言ったんだから、頭を下げる必要なんて全くないのに。全く、人が良いんだから。


「シュレリア。ウィルベルにアレを渡してやってくれるか?」

「アレですね。でも、本当にいいのですか? あの数はいくらウィルベリーナ様とはいっても厳しいと思うのですが」

「構わんよ。どうせ、誰かがやらねばならんのだ。それに、おそらくあの二人の修行には丁度いい具合だろう。いざという時は、頼んだぞ?」

「ええ、分かっております。それでは、失礼しますね。ウィルベリーナ様、私についてきてください」

「え、あ、うん。わかったわ。ロゼも一緒に行きましょう?」


 シュレリアに促されるままに、ロゼの手を引いて行こうとしたがお爺様に呼び止められる。


「ロゼルティア、お主には別で話があるのでな。少しだけ待っていてくれるか? なに、そう時間は取らせんよ」

「ごめんなさい、ウィルベリーナ様。僕はもう少しだけ話をしていきます」

「いや、いいのよ。お爺様から何か言われるかも知れないけど、あんまり気にしちゃだめよ?」


 ロゼに手を振ってから、急かすような目つきで睨みつけてきているシュレリアの元へ急ぐ。ロゼと話してたからあんまり聞こえなかったけど、お爺様が何かを用意してくれるって言ってたと思うから、装備か何かかな?


「少々お待ちくださいませ」


 シュレリアに連れられてきたのは彼女の部屋。特に部屋の中に招待されるわけでもなく、扉の前で待たされている。中からはガサゴソと何かを探しているような音が。

 十分程待った所で、なぜか埃まみれになったシュレリアが部屋の中から何かを持って出てきた。


「なんでそんな汚れてるわけ?」

「私のことはお気になさらず。それよりもウィルベリーナ様にはこれをお渡ししておきます」


 シュレリアから手渡されたのは、ボロボロになった一冊の手帳。ページ数はそれなりに多く、中をぱらぱらと確認してみると、一ページ毎に違う魔物の名前や絵が記されている。中には大きくバツをつけられたページもあった。


「……これ、なに?」


 魔物の図鑑にしては書いてあることが少なすぎる。手帳としては確かに少し大きめのものではあるけど、本程大きいわけではないし、何より必要最低限の事しか書いていない。昔、どこかで見た図鑑には魔物の生態などが詳しく書かれていたはずだし。


「それはビンゴブックでございます」

「ビンゴブック?」

「まあ、平たく言えば手配書ですね。領内領外を問わず、放置しておくと危険だと判断した魔物を記した手帳です」


 へぇ? シュレリアの言葉を聞いて、再度中身を確認する。確かに、巨大猪やドラゴン、クラーケンなど一般人では対処し辛いであろう魔物の生息地などが書かれている。最後の方なんて、本当に実在しているのか怪しい、それこそ御伽噺や伝説の中にしかいないような魔物まで書いてあるんだけど。


「そのビンゴブックは、私がアーカシャ様から直々に頂いたものです。迅速に処理しなければならないものだけは既に討伐しておりますが、残りはウィルベリーナ様。貴方にやって頂きます」

「もう一回言ってもらってもいいかしら?」


 え? 私が残りを討伐? 

 いやいや、そんなことはないでしょ。手帳を見るのに集中していたせいで、聞き間違えただけに決まっている。


「残りはウィルベリーナ様に討伐して頂きたいのです」


 聞き間違えじゃないじゃん!


「え、待って待って。え、嘘でしょ? 嘘だよね?」

「残念ながら事実です。アーカーシャ様からの指示ですので」

「お爺様から!?」

「旅を許可するためのもう一つの条件、と言った所でしょうか」

「そんなの聞いてないんだけど!?」


 そんな条件があるなら最初から言っておいて欲しかった!


「言ってないですからね。別に、その手帳に記載されている全魔物を倒せと言っているわけではありません」

「あ、そうなの?」


 残り、なんて言い方をするからてっきり全部倒さないといけないのかと思っちゃった。確かに、全部倒すなんてことになると帰ってこれない可能性もあるし。特に終盤とか。


「ウィルベル様。貴方には最低限、行く先々で人に仇なす魔物を討伐して頂きたいのです」

「なるほどね。ようするに旅先で人助けしろってことでしょ?」

「簡単に言えばそうですね。民を救うのは、いつ何時も王族の役目ですから」

「最低限って言い方するのは、別に被害が出てなかったら一体も倒さなくてもいいってことだよね?」


 できるなら、魔物と戦うのは避けたい。私一人だったり、シュレリアと二人ならいいんだけど、ロゼが居る時にあんまり戦闘したくないんだよね。


「ええ、そうなります。まあ、ですが、ウィルベリーナ様はほとんど終わらせてしまうと思いますよ?」

「えぇ?」


 シュレリアは私を過大評価しすぎているんじゃないだろうか。別に私はそこまで聖人というわけでもない。人との闘いは確かに好きだけど、魔物相手だと読み合いなんてあったもんじゃないし。


「その本に書かれている魔物は、かつてリーゼルブルク様が調理をしたことがある魔物ばかりらしいですよ? 元々、リーゼルブルク様の調理ノートの中を見たアーカシャ様が各地の目撃証言を照らし合わせて作り出したのがそのビンゴブックです」

「私が手帳の魔物を討伐していけば、ロゼの修行にもなる……?」

「ロゼルティア様には、リーゼルブルク様の調理メモが渡されているはずですので、おのずと二人の目的は一致するかと」


 お爺様にいいように動かされているような気がしないでもないけれど、ロゼの修行になるのなら、倒していくべきなのだろう。


「それに、今は大人しくてもいつ暴れて人に迷惑をかけるかわからないものね! 安全を考えるなら倒しておくにこしたことはないわ」

「ウィルベリーナ様の変わり身の早さには相変わらず驚きますね。お渡しするものはそれだけなので、後は旅の支度でもしておいてください。出発は明日の朝ですので、くれぐれも寝坊なのはしないように」

「わかってるわ。あ、でも悪いんだけど、後で私の部屋に来てくれない? ちょっとお願いがあるの」

「では、後でお伺いしますね」

「ん、よろしく」


 シュレリアが部屋の中に入るとき、扉の隙間から見えた中の惨状は見なかったことにしましょう。一人でなんでも出来るって思ってたけど、苦手なこともあるのね。

 旅の用意って言われても、何を持っていけばいいものか。

 流石にこのドレスは着替えるべきだよね。ひらひらしてて動きにくし。でも、持ってる動きやすい服って色々な意味で目立っちゃうからなあ。もうこの際だし、服は新調しましょう。


「護衛なんだから武器くらいは持っておかないといけないけど斧は重いしなあ」


 旅に最適な武器っていうと、やっぱり剣になるのかなあ? 一応、一通り武器は使えるけど、なーんか剣って私の性に合わないんだよね。もっとこう、斧とか棍棒とか大味な武器の方が好きなんだけど。


「武器庫で確認してから選べばいっか」


 まずは服からね。

 メイドの休憩室に立ち寄って、ドアをノックする。


「ロロア? 今、大丈夫?」

「ふぁ、ふぁい! 大丈夫ですっ! って、きゃあっ!?」


 中からは慌てたような声と、何かが崩れるような物音がした。扉を開けて中に入ると、椅子や机を巻き込んで盛大にこけているメイドの姿。


「大丈夫? 怪我はないみたいね」

「は、はい。すみません」

「もう少し注意して動いた方がいいわよ?」

「気を付けます……」


 このやり取りも一体何度交わしたことだろう。ロロアは普段からぼけっとしているせいなのか、よく何もない所で躓いたり転んだりしている。

 でも、不思議と怪我はしないのよね。なんだろう、転び慣れてるのかな。


「あ、あの、ウィルベリーナ様? 私に何か御用でしょうか」


 ロロアがおそるおそると言った様子で私の様子を伺っていた。この子、私と話すときはいっつもこうなのよね。怯えられているからと言って、遠慮するような私でもないけど。


「ちょっとお願いがあるんだけど、聞いてくれるかしら?」

「お願い……ですか?」

「うん。ちょっと、新しく服を仕立てて欲しいんだけど」

「服ですか? その程度なら私じゃなくても良いと思うんですが」

「いや、これはロロアじゃないと出来ないわ」

「え、えーっと。その、ウィルベル様がいいのであれば、承りますが……」


 よし、言質は取った。


「ありがとうロロア! お爺様に言ってお給金を上げるよう進言しておくわ!」

「あ、ありがとうございます。それで、どんな服をご所望ですか?」

「それなんだけどね? 動きやすくて耐久の高い服が欲しいの。出来ればスカートじゃないタイプの奴で。材料はロロアに任せるわ。宝物庫にあるものなら私が取ってくるから」

「耐久性の高い服、ですか。空いた時間を使ってになるので、数日程お時間を頂ければ問題なく仕立てられるかと」

「悪いけど、明日の朝までにどうにかならない?」


 出発は明日の朝だ。数日も待っていられない。


「明日!? そ、それはちょっと厳しいかと……。通常のお仕事も残っていますし……」

「大丈夫、それは他の人に代わって貰えるように私が頼むから。お爺様の許可もちゃんと取ってあるし」

「う、うーん。それなら……加工しやすい皮を使えばなんとか出来なくはないですけど」

「お願い、そこはどうにか。こんなことロロアにしか頼めないの」


 他のメイドや街の服屋にはこんなこと頼めない。何より、私たちのパーティー用ドレスを日に何着も仕立てているロロアならどうにか出来ると見込んでのことだ。


「わかりました。いくつか必要な素材を書き出すので少々お待ちください」


 真面目な顔つきになったロロアが紙に素材の名前を書き出していく。


「ウィルベリーナ様。素材の在庫を把握していないので、優先度が高い順に上から書いていますので、あればそこに書かれているものを私の部屋まで持ってきて頂けますでしょうか?」

「わかったわ。急にこんなこと頼んじゃってごめんね」

「いえ、お気になさらないでください。すみませんが、準備に取り掛かるので、これにて失礼致します」


 ロロアは丁寧に頭を下げた後、部屋を後にする。これで服は大丈夫。

 お爺様にロロアの休暇申請を伝えるついでに、渡された素材のリストを宝物庫前にいる衛兵に渡して、彼女の部屋に持っていくように頼む。

 そのまま武器庫へと向かって持ち運びのしやすそうな武器を探し始めるが、中々しっくりくる武器が見つからない。途中、シュレリアとの約束のために一度自分の部屋へと戻り、用事を済ませてから武器選びを再開する。

 結局、武器を選び終わる頃には真夜中になっていた。


こちらも更新していきます。

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