魔法の火種18
さて、いよいよ副将の確保まで辿りついた。
長く、険しい道だったが、まだ先がある。
すでに倒れ(る予定が決まっ)た無数の献身の上に、さらに多くのものを要求するとは、善意とは時に欲深いものであるな。
副将を担うのは、パワーである。
荒れ果てた畑を耕し直そうとすれば、どうしたって力がいる。
どんな効率の良い農業器具を開発したところで、それを動かす力がなければガラクタだ。
つまり、この場合のパワーとは動力である。
今のところ耕作機に利用できる動力は、人力と畜力のみ。筋肉頼みだ。
電力や蒸気力、火力といった便利なパワーが恋しい。三年後くらいなら蒸気力も用意できそうなんですけどね。
化学的パワーがない今、人力と畜力、どちらの筋肉で耕作機を引くかと言われれば、もちろん畜力になる。
四足歩行と二足歩行では牽引力に圧倒的な差が出る。多分、人間だと神に選ばれし筋肉しか無理だ。
さて、畜力の候補は二つ、牛と馬だ。
どちらにするべきだろうか。
農耕の友としては、牛の方が優れている。重たい物を牽引する力は、馬より牛が優れているのだ。
だが、今回は、あえて馬で行こうと思う。
何故かと言うと、計画の予算節約ができるからだ。
今回の計画では、多くの食料をアジョル村へと持ちこまなければならず、これに馬車が必要とされる。
馬車は、当然馬が引いている。馬車馬は、重い物を引っ張ることにも慣れているから、農耕に向いている。
この馬車の馬を、食料輸送のついでに一時レンタルし、農耕馬として転用できれば、農耕用牛馬を買い上げるよりはるかに安く済む。
もちろん、あくまで馬車用であり、長々と村に置いておくわけにはいかない。
耕作は、食料を運びこんだ際、ごく短時間で行うことになる。
全ては一度にできないだろうから、食料輸送の度、何度かに分けて行わねばならないのは不満だが、安上がりだ。
安上がり。重大な言葉だ。少なくとも金と同じくらいには重い。
さて、頭の中では、ナイスアイデアと大勢の私から喝采を浴びてハッピーエンドできたが、実際にそんな馬をレンタルしてくれる人物がいるかどうかだ。
「というわけでして、いかがでしょう、クイドさん」
「その程度でしたら、私にお任せください」
ニコニコ一発快諾である。
普通の商人なら絶対に難色を示す提案に対して、この即答である。持つべき者は古くからの馴染だ。
クイド氏は、すっかり立派になった彼の執務室で、お茶を私に勧めながら笑顔で話してくれる。
「それ相応の費用は頂戴しますし、馬が死傷した場合の補償について、条件を詰めさせて頂きますが、それらも失礼にならない程度に勉強させてください」
値切り交渉する前からすでに値切られている。
驚愕のイージーモードっぷり。地獄行きの計画の中で、ここだけ難易度がおかしい。
「それは嬉しいのですが、程々でよろしいですよ?」
クイド氏とその商会は、今や私どころか辺境伯領にとって中々に信頼のおける存在になった。
値切りがすぎてこけたら、皆がものすごく困る。
クイド氏には、ずっと昔からこんな心配をしている気がする。
「ご心配ありがとうございます。変な赤字は出さないようにしますので、そこはご安心ください」
「なら、こちらとしてはありがたい申し出ですし、ぜひともお願いしたいところですが……」
本当に大丈夫かな。
心配する私に、クイド氏はなんだか嬉しそうに頷く。
「本当に大丈夫ですよ。最近は辺境伯家との取引も安定していますし、辺境伯家のご紹介で始めた近隣領地の上流階級とのお付き合いも安定しています。もし、馬車に被害が出て赤字になったとしても、これまでの利益で十分に埋め合わせできますから」
「それは聞いていましたが、思った以上に順調でしたか」
「アッシュ君とのお付き合いの賜物ですね。他では用意できない商品を扱わせて頂いていますから、そう簡単には損は出しませんよ」
どうやら、クイド氏は研究所の成果を上手に売りさばいているようだ。
安心と信頼のクイド商会である。
「ただ、私どもの商会は、やはり急成長した新参者ですからね。近頃は少々、伝統的な商会の方々からご忠告を頂くようになりまして」
「お付き合いも大きくなって来たのですね」
出る杭を打とうとする輩がいるらしい。
クイド氏は、あくまで穏やかな調子で困って見せる。
「先輩方のご忠告を私なりに考えていたところに、今回のアッシュ君からのお話がありまして、私どもにとっても、これは丁度良い機会だなと思ったのですよ」
「領地経営に関わる事業だからでしょうか」
うちの商会は領主一族とこんなに親しいんだぞ、というアピールができますからね。
お偉いさんと仲の良い相手には、中々文句も言えないものだ。
クイド氏は、私の言葉に軽く頷く。
「ええ。それに、お話を聞いた限り、今回の事業は人助けのようですから。やはり、商会として大きくなった以上、頂戴した利益のいくらかは世のため人のために使いませんと」
「ほほう」
どうやら、クイド氏は多少の損すらしたいらしい。それによって、善意の商人として、領民の評判を上げるつもりだ。
世間の評判も良く、統治者の覚えもめでたいとくれば、伝統ある商会と言えど強くは出られない。もし強く出るところがあったとしたら、落ち目はそちらの方だろう。
すっかり大店の旦那様の思考である。クイド氏も立派になったな、などと偉そうな感慨が浮かぶ。
「そういうわけですから、ぜひとも今回のお話を受けさせてください」
「ええ、お互いの事情がかみ合うようですし、こちらこそ、ぜひ」
利害が一致した我々は、にっこりとした笑顔で、がっちりと握手を交わす。
これからも末永くよろしくして頂こう。
「馬車が必要な数や時期が決まりましたら、お知らせください。うちの商会だけで足りないようでしたら、他の商会にもお話を通せると思いますから」
「それはありがたいですね。逐一ご報告をさせて頂きます」
この機会に、他の商会に貸しまで作ろうとしている。
この人、十年もしたら、サキュラ辺境伯領で商人の頂点を極めているんじゃなかろうか。
クイド氏の辣腕っぷりが頼もしすぎる。