魔法の火種15.5
地獄行きの誉れ高き一番槍をグレン君に決めた私は、早速彼を呼んで現状を説明する。
「というわけで、アジョル村はこのままでは廃村……ざっくばらんに言うと、全滅して潰れる可能性が高いのです」
「そ、そうか。信じたくないが、スイレン達の状況が良くないのは、見てきたしな……。アッシュが言うんだったら、そうなんだろうな」
グレン君は、青い顔に浮いた汗をぬぐって、私にすがるような眼を向ける。
「それで……なにか、やるんだよな?」
「そのつもりですけど、どうしてそう思いました?」
なぜ、わかった。
「いや、アッシュなら、それでもなんとかしてくれるんじゃないかって思っただけなんだが」
グレン君の願望だったらしい。
願望通りの私の対応に、彼の顔色が見る見る良くなっていく。
「でも、やっぱりやってくれるんだな!」
「先程も言いましたが、そのつもりです。ただ、相当に難しいので、覚悟は必要ですよ」
まだ、顔は青ざめさせておいた方が良いと思う。
計画の認可が下りる下りないどころか、まだ作成前ですからね。
だが、グレン君は元気一杯の顔で笑う。
「なに、アッシュがやるって言うなら、そうなるさ。〝不死鳥〟アッシュは、今までだって、皆が驚くようなことしかしてないんだから!」
なんだか私の扱いが、マイカ嬢のそれと同じような気がする。私はグレン君から妙な信頼を勝ち得ているらしい。
あと、そのあだ名は速やかに止めてください。恥ずかしいです。
ちょっと腑に落ちないが、まあ、信頼されていないよりは良いかと思い直す。何が良いって都合が良い。
「それでご相談ですが、これから計画を作って、領政側への説明は推進室で行う予定ですが、アジョル村の方にも説明をしなければいけません」
「おう、それもそうだな。いきなりじゃ、スイレン達もびっくりするもんな」
「ですが、私やマイカさんは、これからとても忙しいのです」
そこまで言うと、グレン君もピンと来たらしい。
「それで、俺を呼んだわけだな。軍人で、アジョル村への道を知っていて、スイレン達村の人間と話ができるから」
そうですとも。
アジョル村との連絡係に適任なのです。
つまり、単身ないし少数で移動できる能力を持ちつつ、村と交流できる人材だ。
ただの移動ではなく、野盗や野獣、とびきり運が悪ければ魔物が出没するかもしれない、辺境の危険な移動だ。
そこらの領民に頼めるものではない。
今世では、こうした連絡業務は、領軍の巡回部隊のお仕事になっている。
彼らは、自分の本業のついでに、いくらかの報酬と引き換えに依頼を受ける郵便配達人なのだ。
だが、いちいち巡回隊の定期巡回を待っていたら、話がいつまで経っても進まない。私は速やかにこの話を進めたいのだ。
行商人も同じことをしているが、彼等は巡回部隊にくっついて回ることも多い。そうでなくとも、仕入れや売買取引など、都合のつきにくさは巡回部隊とどっこいどっこいだ。
ちなみに、私と親しいクイド氏は、領軍に頼らない行商人だったが、彼本人が領軍の兵士出身だったりする。
槍の腕はちょいとしたもの、とのことだ。
ともあれ、話を速やかに進め、しかも政策にかかわるような重要な交渉を任せるとなれば、副業の郵便屋さんに頼るのは難しい。
「この連絡係は、一度や二度では終わりません。領都とアジョル村を何度も往復することになります。危険はもちろんありますし、体力的にも多大な負担を要求します。どうでしょう、グレンさん」
「それでスイレン達が助かるんだろ?」
脅しを含んだ私の言葉にも、グレン君はわずかの怯みも見せなかった。
「なら、俺に任せろ。頭の良さではお前やマイカには及ばないが、腕っぷしなら中々いい勝負ができるんだ。やってみせるさ」
「ありがとうございます」
心の底で忠告させてもらうけど、その返事はとても軽率ですぞ!
浮かれた顔しているけど、アジョル村との往復仕事、私の見込みだと自分では絶対やりたくないくらいの激務になる。
なんたって地獄行きの一番槍だから、一番に地獄へ落ちるのは彼だ。
でも、グレン君なら引き受けてくれるって思っていましたよ!
なんたって、スイレン嬢の名前を連呼していたからね!
詳しい経緯はわからないが、青春しているのはすぐにわかった。
まあ、恋なんて気がついたら始まっているものだ、野暮は言うまい。
スイレン嬢を助けたいのと、アジョル村を助けたいのとでは、規模が違う。だが助けたい対象は一緒、というか一部だ。
同じ善意でくくっておいて不都合はあるまい。
私にとって都合が良ければ、なんだって良いのです。
「では、グレンさんには、アジョル村への説明をお願いしますね」
「ああ、任せろ。絶対にやりとげて――みせるが……どんな内容を伝えれば良いかは、きちんと教えてくれよ? それは、アッシュに任せて良いよな?」
「ええ、もちろんですよ」
きちんと、アジョル村の人達が反対できないような内容をお教えしますとも。
具体的には、畜糞堆肥のことは伏せておいて話を進めようと思う。
壊滅状態の畑の原因究明と復興実験みたいな、当たり障りのない表現でどんどん相手を計画に引きずりこむ。
で、後戻りできなくなってから、実験には畜糞堆肥を使いま~す、と手札を切るわけだ。
これは詐欺ではないし、嘘でも、騙しているわけでもない。
善意で村を救済しようとする私が、そんな悪逆非道の化身みたいな真似をするわけがないではないか。
単に、事実を小出しに説明した結果、騙されたように感じるかもしれないだけだ。
ほら、話の一番重要な部分はどこで切り出すかよく考えないといけないから、つい後回しになることってありますよね。
2019/6/13
この部分が抜けていることを確認しました。誠に申し訳ございません。