魔法の火種15
そうは言っても、事は簡単ではない。
壊滅しかけている村を一つ、生き返らせようというのだ。
一時の感情で突っ走って良い事柄ではない。
幸い、私はごめんなさいと言える人間に育ったので、よくよく考え直した結果、自分が間違っているとわかったら、素直に自分の発言を撤回することができる。
私は「やってやる」発言をした後、ぐっすり眠り、翌朝さっぱり目を覚まし、顔を洗い、朝食を食べて、気分も新たに領地改革推進室へと出勤した。
これだけ時間をもらえれば、軽率な行動を振り返り、検討し直すには十分すぎる。
そもそも、昨日の私は遠征帰りで疲れていた。
それは頭も回らないわけである。
さて、そんなリフレッシュした私が、職場で再び顔を合わせたマイカ嬢とレンゲ嬢に、熟慮の結果を述べた。
「では、今日からアジョル村再建計画を作成します。お手伝いをよろしくお願いいたします」
全力全開でやってやりますよ。
ゆっくりと時間をかけて考えた結果、余計にやる気がみなぎってきた。
昨日の感情的な意見はともかく、村が一つ、完全になくなってしまうのはやはり痛い出費なのだ。
アジョル村は、辺境の小さな農村の一つだ。
されど、その開拓に投入された資源は、決して少なくはない。ましてや、アデレ村が必死に支えようとした分も考えれば、大量と言って良い。
私が喉から手が出るほど欲しい資源だ。それが無駄と化す。
そう思うと、とても耐えられない。
わかっている。
これは危険な考えだ。ギャンブルで負けた分を取り返そうと、さらにギャンブルにのめりこむ感じだ。
だけど取り返したいじゃないですか!
それに、あの場所でなら、円滑に進められるのではないかと思いついた企みがある。
「村の再建計画の中身は、事実上、農業改善計画の試験場としてアジョル村を利用することを指します」
食う物に困っていて、畑もあれだけ荒れ放題なのだ。
いまさら畜糞堆肥を使用した農法と、それで育った農作物の実験データ収集場所にされたくらいで、拒否したりしないだろう。
というより、絶対にさせませんからね。
これを拒否するようなら、領主権限で強制移住させてやる。
強制移住に逆らうようなら、領主の命令に逆らった反逆罪で、うちの研究所に迎え入れて差し上げよう。
どっちにしろ、行きつく先は畜糞堆肥である。
当人達は山ほど文句があるかもしれないが、残った村人が全て餓死して妙な疫病でも発生したら、被害が出るのは周囲の人間達だ。
特に、アデレ村が危ない。
まあ、大量餓死の前に、残った村人達が略奪者に変わる可能性の方が高いと思うけれど。
どちらにしろ、危ないのはアデレ村である。
つまり私の考えは、死ぬ(ほど追い詰められて殺す)よりは良いだろう、これに尽きる。
大体、あの村人達一人一人は、自身が貴重な命なのだという自覚が足りない。
彼等がその気になれば、一人で四人分も五人分も食料を作り出せるのだ。
その恩恵を受けて農業に従事しなくて良い人々は、その分だけ新たな技術を覚え、新たな知識に触れることで、文明を明日に進める可能性を作れる。
農民は、文明の土台なのだ。
その土台がいかにしっかりしているかで、文明の高度が決まる。
自分達の腹さえ満たせないまま畑にしがみついているなんて、大事な土台のとんでもない無駄遣いだ。
――ああ、何やらそれらしいことを並べ立てても、気づけば私の感情は剥き出しのままで、あちこちにぶつかってひどく痛い。
もっと効率の良い進め方があるような気がする。
だが、畜糞堆肥の実験場所という建前が用意できると気づいた時、私はどうしてもこの道に行きたいと思ったのだ。
ゆるやかに破滅に向かっていた田舎の村が、ついに限界を迎えて崩れ去ろうとする、その寸前で見つけてしまったのだ。
これを救いたいと願う、心優しい人と出会ってしまったのだ。
その心優しい人が、己の力が及ばないことに傷つき、涙をこらえて笑ったのだ。
もう、そんな場面に出会ってしまったら、何とか救ってやれないかと思うだろう。
優しい人には、その分だけ幸せに笑って欲しいと思うだろう。
思ってしまったら、やってやりたくなる。
だって私は、辛い現実なんかより、嘘だとしても物語の綺麗な結末の方が好きなのだから。
「宣言します」
私は、私として生きて来て、私として生きていく以上、この道を選ぶしかない。
だから、この道に後悔しないように、ありとあらゆる手を尽くすことを決める。
「私は、アジョル村の再生計画を、必ず成功させてみせます」
その過程で、泣き崩れる人が出てくるかもしれないが、諦めて欲しい。
全ては、一つの村を救うためなのだ。
ほら、良く言うじゃないですか。
地獄への道は、善意で舗装されている、と。
私の決意も、人助けが目的なんだから立派な善意だよ。
さあ、皆で地獄へ向かって突撃しよう。