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フシノカミ  作者: 雨川水海
魔法の火種
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魔法の火種14

 それから三日かけて、アジョル村での視察日程を消化した。

 そのほとんどが農業視察というより、アジョル村の食料配給計画の企画・提案、そして何より説明と引き継ぎに費やされてしまった。


 食料庫の中身を次の大きな収穫期まで持つように分配するためには、現地人による指揮が必要だ。

 その役目は、都市に帰る私達にはできない。

 では、誰がやるかと言われれば、普通はアジョル村の村長だ。

 その普通に引き受けるべき人物は病に臥せっているので、次点のスイレン嬢になる。


 アジョル村の人材不足は深刻な領域で、それ以外に頼りになる人材はいない。

 かなりの詰めこみ教育になってしまい、スイレン嬢が目を回してしまったことには遺憾の意を表明しておく。


「スイレンは大丈夫かな」


 アジョル村からの帰り道、スイレン嬢と一緒に詰めこみ教育を受けたグレン君の口癖だ。

 グレン君が巻き添えになった理由は、スイレン嬢の緊張緩和効果と、仲間がいることで起きる教育効果、それとグレン君本人のスキルアップ効果を狙った合わせ技である。


 詰めこみ教育を経て、二人は名前を呼び捨てにするくらい仲が良くなった。

 苦境は人と人を結びつけるのである。

 領都に戻り、イツキ氏に帰参の挨拶をしたら、遠征を無事やり遂げた一同に休暇が与えられる。


 ただし、管理職を除く。

 私やマイカ嬢は、今回の遠征隊の成果をまとめ、今後に向けた意見を交えて報告するお仕事がある。


「疲れたねぇ」

「疲れましたとも」

「休みたいねぇ」

「休みたいですとも」


 十代前半の男女とは思えない枯れた会話をしつつ、私達は推進室の事務部屋へと入る。


「あ、おかえりなさい」


 推進室には、レンゲ嬢が一人、残っていた。

 それも、明らかに私達を待っていましたという健気な微笑と共に。


「大変なお役目、無事に終えられて何よりでした」

「レンゲさん」


 マイカ嬢が、職務熱心な侍女に、上司として真面目な顔で頷く。


「お給金アップ」

「え? え? ど、どうしたんですか? わた、わたし、何もしてないですけど?」


 マイカ嬢の気持ちがよくわかる。私も異議はない。

 疲れて帰って来たところにこの温かな気遣いである。男でも女でも、心があればころっと行くに決まっている。


 しばらく、混乱しているレンゲ嬢を愛でてから、召使いが淹れてくれたお茶を片手に今回の遠征について軽く話す。


「そんなわけで、アデレ村はもう心配ないでしょう。マルコ村長の指導力が秀でていますから、大抵の事態に対処できます。流石、レンゲさんのお父上ですね、大変勉強になりました」

「い、いえ、そんな、もったいないお言葉で……」


 物静かなレンゲ嬢は、褒められるとしどろもどろになるはにかみ屋さんだ。

 マイカ嬢もそういう節があり、個人的にそんな顔を見るのがすごく楽しい。褒めがいがある。私が人を褒めまくる原因の一つでもある。

 アデレ村の様子を一通り話し終えると、レンゲ嬢の方から、恐る恐る話を切り出す。


「その、アジョル村は、い、いかがでしたか」

「厳しい話になりますが、よろしいですか?」


 レンゲ嬢の声音は、十分に覚悟を決めていたが、それでも重ねて尋ねてしまった。

 結論が、村を放棄した方が良い、だからどこにも安心できる要素がない。

 私の言葉から、すでに事態の悪さを察して、レンゲ嬢は眉根を寄せて頷く。


「二年前から、アジョル村が苦しい立場になることは、わかっていました」

「二年前というと……アジョル村に、マルコ村長がお話に行ったと聞きましたが」

「はい。その時、私も一緒でした」


 レンゲ嬢は、その時の後悔を今も抱いていることを、ほろ苦い笑みで伝えてくる。


「父は、祖父の方針を継がず、アジョル村との交流を取り戻そうとしていました。それは同時に、アジョル村を再建するために働かなければならないことにもなります」

「そういうことになるでしょうね。貧困に苦しむ人々と交流するためには、まずその飢えを満たさなければ話し合いになりません」


 奪い合い交流なんかは、生物史が誇る伝統的な交流方法で、意思疎通できない相手とすら可能な高度に洗練された交流と言えるが、私はより文明的な交流の方が好みだ。


「父も、ルイスおじさんと何度も話し合って、アデレ村の食料を分けたり、道具を貸したり、色々と試みてはいたのですけど」


 ルイスと言うと、遠征隊にほとんど顔を見せなかったアジョル村の村長の名前だ。

 レンゲ嬢が、役職ではなく「おじさん」と呼ぶ辺り、マルコ村長の苦労がしのばれる。

 交流を維持しようと、自らの一族から親戚扱いで付き合うなど、相当に腐心したのだろう。


「どれも上手くいかない中、二年前にアデレ村も獣害で大きな損害を受けてしまって、アジョル村へ支援を行うことが難しくなりました」

「仕方がないことです。善意や好意と言うのは、与える側が豊かでなければ成り立ちません。そして、アデレ村には、アジョル村に対して善意や好意を抱くことはあっても、それ以上の何かをする義務がなかったのです」


 アデレ村の人間が気に病むことではない。

 むしろ、義務もないのにそこまでのことをしていたと自慢して良いと思う。

 そうは言っても、優しいレンゲ嬢の気分は晴れないようだ。

 彼女は、私の言葉を拒むように瞼を伏せ、首を振る。


「ルイスおじさんの……村長の娘さんと、仲が良かったんです。父に連れられて行って、父達が話し合いをしている間、よく二人で遊んでいました」

「スイレンさんですか?」


 痩せた少女を思い出す私に、レンゲ嬢は一瞬、笑みを大きくした。


「はい、スイレンちゃんです。良かった、無事だったんですね」

「ええ、良く協力して頂きましたよ」

「ありがとうございます。あれからまともに連絡を取れていなかったので、心配していたんです」


 今世で二年間も音信不通となると、死んだかもしれない、とは自然に思い浮かぶ発想だ。

 とかく、今世は生と死を隔てる壁が薄い。

 良かった、とレンゲ嬢は何度も呟いて、寂しそうに笑う。


「スイレンちゃんの、最後の言葉が忘れられないんです。父と一緒になって、アデレ村に来るよう説得したんですけど……『自分は村と村の皆を見捨てない。自分達を見捨てる人達とは違う』って」


 本当は、もっとひどい言葉がたくさん使われたのかもしれない。

 レンゲ嬢の震える声は、今にも泣きそうになっていることを伝えてくる。


「私も父も、そんなつもりはなかったんです。アジョル村に、また戻って来られるようになるまで、力を蓄えてもらおうと思っていたんです。他の村人だって、可能な限りアデレ村で引き受けるつもりでしたし、領都で受け入れてもらえるように打診していたし」


 もちろん、そんなことはわかっている。

 マルコ村長も、レンゲ嬢も、今世では度を越して優しい人柄だ。

 お人好しと言っても良い。

 自分の村が天災で被害を受けた後、二十年前から不作が改善しない他人の村に肩入れするなんて、それ以外に表現のしようがない。


 私は、脅えたように矢継ぎ早に説明をするレンゲ嬢に、わかっていると頷く。


「村も、村の皆も、見捨てるつもりはなかったのでしょう」

「はい……ただ、このままだと大勢の人が死んでしまうと思って……。そうしたら、本当にアジョル村はなくなってしまうって」

「ええ、わかります」


 レンゲ嬢の優しさが、良くわかる。


「あなたは、見捨てなかったから、スイレンさんと喧嘩になったのですよね。あなたの父上もそうです」


 見捨てるなら、適当に励ましの言葉でも送って、アジョル村を放置すれば良いだけだ。

 自分達の村に貧しい食い扶持を増やして、ただでさえ減った食料をさらに減らす必要はない。


 私から言わせてもらえば、見捨てたのはアジョル村の人々だ。

 散々に心を砕き、物資を分け与え、なんとか支えようとしてきたマルコ村長やレンゲ嬢の優しさを見捨てた。

 これ以上物資をもらえないとわかって、アデレ村のそれまでの苦労を見捨てたのだ。

 借金の踏み倒しみたいに。


 向こうは、アデレ村が見捨てた、自分達は可哀想な立場だと思えば気持ちも慰められるだろう。

 被害者ぶっている無自覚の加害者だ。弱者という棍棒を振り回す乱暴者だ。


 その逆に、様々に支援をしたレンゲ嬢達が、こうして今も負い目を抱えている。

 知恵を振り絞り、真面目な努力の結果に得た強者の立場で、棍棒の暴力に泣かされるというのは理不尽だと思う。


「やってやりますか」


 何をだろう。


 突っ込んでおいてなんだが、やってやる発言の主は私だ。

 案の定、何をやるのか、不思議そうなレンゲ嬢とマイカ嬢の視線が痛い。

 その視線に応え、私は良く考えないまますらすらと応える。


「アデレ村の多大な善意、あるいは好意を受けたのに、見捨てられた。そう思いこんでいるアジョル村の考えは、どうかと思います」


 おい、考える前に動くんじゃありません、私。

 今回の遠征で学んだだろう。良く考えてから動かなければ、思いも寄らぬ危険に出くわすと。


「あの人達が絶対に、なにが何でも村を見捨てないと言うのならば、その通りにして頂きましょう」


 理性を通さない私の発言に、幼馴染の洞察力を発揮したマイカ嬢が気づく。


「あれ? 勢いがついた時のアッシュ君だこれ。しかも相当ヤバイ時だこれ」


 そうなんですよ、マイカ嬢。気づいたのなら私を止めてください。

 だが、マイカ嬢より、私の言葉の方が圧倒的に速かった。


「アジョル村の再建計画を、領地改革推進室で立案します。無論、その難易度は想像を絶するほど高いでしょう」


 村を放棄した方が良いくらいですからね。不可能って言わないのは優しさだよってくらい難しい。

 それをやるって言い出したんだから、言い出した奴は相当頭おかしい。

 私だけど。


「ゆえに、計画は非情なまでに努力を要求するものにします。地獄へ落ちた方がマシだと思うくらい過酷なやつです。私が誠心誠意、全身全霊を持って作りこみます」


 私の表情を見て、二人が身を引く。

 マイカ嬢もドン引きするなんて珍しい。レンゲ嬢なんて顔色が悪い。

 おかしい。表情筋の手応えからして、私は今、笑っているはずなのですが。


「あの村を見捨てないと言った、その覚悟を見せて頂きましょう」

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― 新着の感想 ―
[良い点] という事で、今回の犠牲者はアジョル村の皆さんです。おめでとう!! [気になる点] 口より先に手が出るのではなく、頭より先に口が出るアッシュくん、やばい。
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