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フシノカミ  作者: 雨川水海
魔法の火種

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魔法の火種12

 アジョル村での短い滞在期間でやるべきことを定めつつ、私達は速やかに調理へと移行した。

 村人にはお手伝いを頼まず、遠征隊だけでの調理開始である。


 下手に村人の一部に参加してもらうと、味見しただけでも、多く飯を食ったと文句がつきそうなくらい、全体的に村がぴりぴりしているのだ。

 ひとまず、今日明日くらい食料を公平に配給すれば、落ち着いてくれる――と良いなと思っている。


 例外的に、スイレン嬢が慌てて手伝いを申し出て来た。

 そりゃまあ、食糧支援を持って来てくれた人達ばかりに苦労をさせていたら、彼女の立場として大問題だろう。

 彼女には参加してもらうことにした。


 遠征隊の中にも、調理が得意な人間はいる。

 特に、巡回を担当している兵士の中には、必ず毎回の野営時に煮炊きを仕切る人物ができるので、自然とその兵士はアウトドア料理の達人になる。

 なれない者は、煮炊き担当から外されるだけだ。


 その兵士の指示の下、私やマイカ嬢も調理に参加する。

 村人への配給食も作るので、上司だからってふんぞり返っている暇はない。

 日干し大根やら干し肉やらを、とにかくザクザク細切れにしていく。

 味がひどい物はとにかく小さくして、一気に飲み干すと腹だけは膨れる。つらい野営訓練での教訓だ。


「お、お二人とも、すごい、ですね?」


 並んで調理する私とマイカ嬢に、スイレン嬢がおずおずと声をかけてくる。

 何がすごいのだろうか。


「だって、あんなに頭が良いのに、料理も手際よくできるなんてすごいじゃないですか。それも、二人ともなんて。軍子会に行くと、こんなにすごいことができるようになるんですか?」


 なるほど。確かに、私達の料理の腕は大分上がっている。

 山賊似の料理長にしごかれましたからね。


「そうですね、料理も一通りできるように教わりますからね」

「ヤック料理長っていう、領主館の厨房も任されている人がね、教えてくれるんだよ」

「はぁ、やっぱりすごいんですねぇ……軍子会って」


 うらやましそうなスイレン嬢に、具材を運んでいたグレン君が、血相を変えて駆け寄って来る。


「待ってくれ! 軍子会全員をこの二人と一緒にされるとまずい。同期全員が困るし、多分歴代の先輩方もすごく困る!」

「そ、そうなの?」


 面食らいながらスイレン嬢が首を傾げると、グレン君が重々しく頷いて、運んでいた具材からハーブを取り出す。


「俺は一応、この二人と同期の軍子会にいた。だが、見ていろ」


 グレン君のごつい手が、ハーブをまな板に置いて、包丁を構える。

 その瞬間、私とマイカ嬢が反射的に声をそろえて止めた。


「グレンさん、切り方が違います」

「そのハーブは横向きにして切らなきゃ、風味が良く出ないんだからダメ」


 数秒、グレン君は固まってから、厳粛な面持ちで包丁を置いた。


「想像以上に早くダメだしされたが……これでわかっただろ? 確かに俺は料理が苦手な方だが、同期の中で極端に下手なわけじゃない」

「切り方からこだわりがあるくらいすごいのは、よくわかりました……」


 この一手間で味が変わるんだから、こだわらないわけにはいかない。

 ヤック料理長の薫陶を受けた身として、ここは譲れないのだ。


「それに、この二人の頭が良いのはもちろんそうなんだが、それもこの二人が特別だからな」

「そうなの? ……ですか」

「そうだよ。さっき食料庫で、俺が二人に教わってたのを見ただろ? あの状況でいきなりパッとやるべきことがわかる二人がすごいんだ。俺は教わってようやく、その手伝いができる程度だよ」


 へえ~、とスイレン嬢が感動の面持ちでこちらを見てくる。

 その反応に、グレン君の方がなぜか得意げだ。


「俺達の世代は、神殿からも歴代最強の軍子会と言われたが、その原因がこの二人だ。軍子会が始まった時から、とにかくレベルが高くてな。軍子会を出た途端、新設部署を任されるくらい特別なんだよ」

「あ、若いのに責任者ってすごいって思ってたけど、やっぱり特別なの? 軍子会を出るとそうなるのかなとも思ったんだけど」

「当たり前だ、この二人しかいないぞ。後は、俺も含めて普通に見習い、良くて新人扱いだ」

「え、じゃあ、ほんとにすごくない? 何をしたらそんな特別扱いになれるの?」

「いやあ、何って言うか、ほんと色々やらかしてるからなぁ」


 声を弾ませて歓談し始めた二人に対し、私とマイカ嬢は顔を見合わせる。

 なんだかスイレン嬢の緊張も上手いこと解れているみたいだし、遠征隊とアジョル村の円滑な関係のため、ここはお若い二人に任せましょう。

 頷き合う私達のアイコンタクトは完璧である。

 私とマイカ嬢は、黙々と調理を再開した。



****



 翌朝のグレン君は、寝坊した。

 朝食時に寝坊するという新入りにあるまじき失態をして、遠征隊責任者のマイカ室長の前に引き出されたグレン君は、平謝りで事情を説明した。


 まとめると、どうやら夜も更けるまでスイレン嬢と一緒だったらしい。

 といっても、二人一緒に眠ったとか、色気のあるところまでは行っていない。

 都市と軍子会に憧れのあるスイレン嬢にせがまれ、自分の体験などを話していたそうだ。


 この言い分に対し、マイカ室長殿は、朝食をかきこむ全隊員の前で沙汰を言い渡した。


「その調子でどんどんやって。案内役が遠征隊に友好的だとすごく助かる」


 叱られなかったことにほっとしたのか、グレン君は嬉しそうだった。


 これで、グレン君は公式の任務として、村長の娘スイレン嬢と歓談することが決まる。

 この流れだとものすごく気楽なお仕事に聞こえるが、地方の有力者から協力を引き出すための社交と言い換えると、ものすごく肩がこりそうになりますね。


 報告書には、後者の装いで書いておこう。

 別に嘘ではないし、世の中の社交というのは、大体こんなものだ。

 ある程度以上に高度な話し合いになると、きちんと会議のテーブルを用意してしまうと、全く発言ができなくなってしまう。

 一挙手一投足が、公式の見解とみなされてしまうからだ。


 だから、非公式の会談として、晩餐会やダンスパーティーが開かれる。

 正式な会議の席を用意する前に、プライベートな日常会話の中で事前に意見の交換やすり合わせを行うのだ。


 優雅に表現すると、会議は踊りながら進むと言える。

 軍子会でダンスの授業があるのも、納得である。


 もちろん、今までの村でも、主にマイカ嬢、次に私がお偉いさんとお話してきたのだが、もっぱら業務話ばかりだった。

 社交デビューという字面的には、グレン君が先に行ってしまった感がある。


 ただ、そっちのお仕事に励む前に、グレン君には私と一緒に森の様子を見に行ってもらう必要がある。

 浅いところを少し様子見するだけのつもりなので、軽装で良い。

 それでも、何があるかわからないので、それぞれ武装はするし、念のため干し肉と堅焼きパンを携行する。

 徒歩十分の山菜取りのつもりが、気が付いたら遭難していることだってあるのです。


 アジョル村近郊の森に一歩踏み込んで、私はすぐにグレン君に注意を促した。


「すぐに武器を取り出せるように、心構えをしてください」

「わかった」


 グレン君は、表情を引き締めて杖代わりにしている短槍を握り直してから、尋ね返してくる。


「どんな異常だ。俺には、何の変哲もない森に見えるんだが」

「そうですね。ちょっと待って下さい」


 私も、直感的に悪寒を覚えたので警告しただけで、具体的にどこがどうおかしいかは、まだ判断できていない。

 慎重すぎるとは思うが、無口なバンさんが何度も口に出して教えてくれたことを、私は忘れていない。

 良い猟師とは、慎重すぎる猟師のことを言う、と。


「……わかりました。森が異様に暗く、また静かすぎます。この森は初めてなので、確かな異常とは言えませんが」

「アッシュが違和感があるって言うんだ、黙って警戒するさ。怪我するよりは良いからな」

「ありがとうございます。元々深入りする気はありませんでしたが、短時間で切りあげましょう」


 森のほんの浅いところだと言うのに、二人そろって一歩ずつ周囲を確かめながら探索していく。


「やはり、おかしいですね。いくら浅いところと言っても、猪や鹿の痕跡が一つもない」

「そこまで言われると、俺もおかしい気がするな。アジョル村には、猟師がここ数年いないって話だろ」

「ええ、小さい動物や鳥はいるようですが……」


 中型以上の動物の形跡が見当たらない。猿や熊もいないようだ。

 だから、森が暗いのだろう。


 本来、草食動物が食べるはずの実や新芽が食べられず、成長してしまっている。

 頭上を覆う大木以外にも、背丈ほどの木や草が鬱蒼と生い茂って、視界をふさいでいる。


 これは、色々と問題がある。

 虫や小動物が大量発生してもおかしくないし、土壌の状態も荒れるはずだ。

 むしろ、そうなっていない今が奇跡だ。生態系がまともな状態にない。


「まあ、おかげで、初夏の山菜がたくさん取れるのですが」


 少し歩いただけで、今日の食卓を豊かにしてくれるハーブや山菜がわんさか手に入る。

 大きめのカゴを持って来れば良かった。

 ついでに、リスくらいは狙えそうなので、糞が点在している辺りにツタで簡単な罠を仕掛けておく。


「アッシュ、そこまでする必要があるのか?」

「今のアジョル村には、いくら食料があっても足りないでしょう。とはいえ……」


 大量の山菜を持たされて草の精霊みたいになっているグレン君の指摘に、私は這いつくばって作っていた罠を取り止めて立ち上がる。


「ちょっと熱中していました。農村時代を思い出してしまいまして、つい、あるだけ食料を調達しなければという使命感が」

「そうか。まあ、悪いことじゃないと思うぞ?」


 グレン君の苦笑いが、絶妙な生温さで私に浴びせられる。

 そんなに熱中していたかな。まだ小動物用の罠は三十個ほどしか仕掛けていないのだが。


「まあ、今日はこれで引きあげましょう。山菜は大量に自生していることが確認できましたから、この村に滞在中は毎日調達に出ましょうか」

「その時は、別な荷物持ちも連れて来よう。こんな有様じゃ、いくら警戒してたって即応できないぞ」


 山菜まみれで、とても騎士見習いとは思えないグレン君に、私は純粋に作業効率面を考慮してから、肯定した。

 食料はもっとたくさん補充したいですからね。

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