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フシノカミ  作者: 雨川水海
灰の底
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灰の底9

 それからしばらく勉強して、日が暮れ始めたので勉強会はお開きとなった。

 フォルケ神官が、もう大分暗いのだからマイカ嬢を送って行け、と命令したので、今は二人で村長家へ歩いている。

 私は紳士だと自称したいので、女性を送ることに文句はないが、フォルケ神官のあのにやついた顔はなんだったのだろう。


「アッシュ君は……何の本を読んでるの?」


 マイカ嬢が、私が抱えている本について尋ねてくる。

 ちなみに、マイカ嬢は例の写本を同じように抱えている。今日覚えたところを、暇がある時に見たり、書いたりしてもらうのだ。


「私が今読んでいるのは、色々な草や木について書かれた本ですよ」

「そんな本もあるの?」

「ええ、本には何でもあるのです。この世界にあるものなら何でもあって、この世界にないものまであるのですから」

「ないものまで、あるって? どういうこと?」


 マイカ嬢は不思議そうだが、今あなたが持っている本に書いてある神様も、この世にはいないものですよ。

 いない、ですよね?

 ……多分、いない、と思う。


 考えてみると、今世では前世以上に神を否定しづらい。

 もう少し信仰とやらを大事にしてみよう。万が一ということもある。祈るだけならタダなんだし。

 私の思考が神の証明問題にぶち当たっている間に、マイカ嬢の興味の対象が変わってしまう。


「それで、その本を読んで、面白いの?」

「え、ええ、そうですね。役に立ちそう、という意味もふくめると、とても面白いですね」

「役立つ? 草や木が?」


 これが驚くほど役に立つ。

 この植物図鑑、あるだけ全ての植物を載せているのではなく、食用や薬用といった、人にとって都合の良い植物の図鑑であるらしい。

 この地方にはありそうにないものが多いが、いくつか似たものを見た記憶があった。

 上手く行けば、貧しい農村の食卓がもうちょっとマシになるかもしれない。あるいは、クイド氏が持ってくる薬を買わなくて済むようになるかもしれない。

 どちらもかなり嬉しい。

 食料は言うまでもないが、薬用に使える植物もかなり切実だ。

 お金の問題というより、クイド氏から購入する薬は、怪しげな上に効き目が薄い。少なくとも、私は効果を実感したことがない。父や母は効果を実感しているというので、プラシーボ効果はあるのだろう。

 というようなことを、マイカ嬢に説明すると、彼女もその有用性がわかったらしく、目をきらきらと輝かせる。


「すごい! すごいね、アッシュ君!」

「ええ、本とはとてもすごいものでしょう?」


 無邪気な少女からこうも期待されると、私も嬉しくなってくる。

 そろそろ、村の近くの森で、山菜の採取が始まる季節だ。その時に早速探してみよう。

 今まで見向きもされなかった無名の雑草に、名前を見つける探検の始まりだ。



***



 やって参りました、山菜取り当日です。

 森の浅いところに子供の集団で入り、皆で食材探しだ。

 主に狙うのは、ワラビ・ゼンマイ・セリ・フキノトウといったところだ。

 ちなみに、前世と同じものかどうかはわからない。前世らしき記憶では、あまり山菜とたわむれた経験がないのだ。似ている(ような気がする)ので、前世語に訳すとそうなる。


 比較的年長の子供の呼びかけで、今日山菜取りに行く子供達が集まる。

 パッと見ると楽しいピクニックのようだが、全員の眼差しは出勤中のサラリーマンじみている。義務感と、面倒臭さが拮抗した、諦念の眼つきである。

 一季節でも山菜取りを経験すれば、ほとんどの人間がこうなると思う。

 非常に疲れるし、危険なのだ。一年に一度は誰かが遭難し、二年に一度は死人がでる。

 なので、その日、森に入るメンバー数人でグループを作り、山菜取りに夢中になって森の奥へと入っていかないよう、互いに監視するのだ。


 ちなみに、私は今回グループリーダーに指名された。

 森に入る人員としては、私は年少寄りなのだが、去年グループからはぐれそうになる人間を良く発見したので、抜擢されたようだ。

 他の子供と比べると自制が利きますからね、中身が中身だけに。


 しかし、好都合だ。

 グループリーダーは採取地点を決める権利を持っている。フォルケ神官から借りた本を思いきり活用させてもらおう。

 本は、予備の上着に包んでショルダーバッグ風に身につけている。

 我が母は、上着が一度に二着汚れることを心配していた。誠に申し訳ないと思う。が、本を汚すことは可能な限り避けたいのだ。

 そのうち、布の切れ端なんかを集めて、携帯用ブックホルダー的ななにかを自作してみよう。


「では、ひとまず、あちらの方に行ってみましょうか。確か、去年はワラビが群生していましたよね」


 グループになった、私より一つ二つ年上の男子二人に声をかける。一、二歳とはいえ、年下に率いられることが不満なのだろう、二人は渋い表情で頷く。

 精神年齢的には年上なので、我慢して欲しい。

 私が出発しようとすると、別な(女子のみ)グループから、お声がかかる。


「アッシュ君、がんばってね!」


 緊張していない時のマイカ嬢だ。やはり彼女の元気な挨拶は気持ちいい。


「はい。マイカさんも、お気をつけて」


 手を振り返して歩き出すと、男子二人は余計に渋い顔になっていた。

 早く行かないと他のグループに良い場所を取られてしまいますからね。急ぐからそんなにカリカリしないで欲しい。

 私が誘導した地点は、今年も山菜が群生していた。ただし、ワラビ(的な何か)ではなく、ゼンマイ(的な何か)だった。いや、ワラビもゼンマイもあんまり見分けがつかないんですけどね。

 私はグループの二人に気を配りつつ、さっさと収穫してカゴに放り込む。


 家族には悪いが、ほどほどで切り上げさせてもらい、植物図鑑に掲載されていた植物を探し始める。

 図鑑で見かけて、ぜひ活用したいと思った植物を、この辺りで見かけた記憶があったのだ。植物に対する記憶力が良い方ではないのだが、前世で見知った何かに似ていたので、印象に残っている。

 ちょうど良い倒木がある。岩に倒れこんだので、先端に向かって高くなっているのだ。

 早速、倒木に登って周囲を見渡せば、狙い通り、視界をふさぐのは立派に育った木だけだ。


 そして、見つけた。

 縦に伸びる木とは異なり、どちらかというと横向きに広がって見える樹木がそれだ。横に広く見えるのは、幹が途中からやたらと枝分かれしているからだろう。

 なにより特徴的なのは、その葉である。

 硬そうで、ぎざぎざしていて、とてつもなく肉厚。

 前からどこかで見たことがあるなーと思っていたのだ。植物図鑑に書いてあった、簡単な使い方を見て納得した。

 あれ、前世で言うところのアロエの一種だ。

 切り傷によし、火傷によし、虫刺されによし、整腸によし、美肌によし、食べてよし。と、万能か、というくらい重宝する有用植物である。

 前世で普通に見かけたのは、ほとんど葉っぱだけの品種なので、立派な樹木である今世のアロエ(仮)を見ても共通点に気づくのが遅れた。

 一度気づくと、そういえば、アロエはやたらと種類があって、樹木の如きアロエもあると聞いたことがあった気がする。


 アロエの扱い方をほとんど知らないが、それは追々実験していくとしよう。

 とりあえず、あの葉を切って溢れ出てくる粘液そのままでも、クイド氏から手に入れる傷薬より効果的だと思う。

 初回にしていきなりの大発見だ。

 フォルケ神官のところに、アロエ(仮)の使い方についての本もないだろうか。あればとても幸せになれる。


 私はもうちょっとで獲れる狸の皮算用をしていて――そこで、記憶が途切れた。


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