表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フシノカミ  作者: 雨川水海
魔法の火種

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/281

魔法の火種9

 順調に、遠征日程が消化されていく。


 目的地の三カ所目、アデレ村へと到着した。レンゲ嬢の故郷であり、一昨年に獣害がひどかった村である。


 この前に寄った二か所、水害を受けた村と不作の村の一つと比べると、ずいぶんと活気がある。

 数値上では、まだ被害から立ち直りかけている最中のはずだが、すっかり元通りと言われた方がしっくり来る明るさがある。


「ようこそおいで下さいました、皆様。アデレ村を代表して、歓迎いたします」


 遠征隊を迎えてくれたのは、優しげな面持の村長だった。

 遠征隊からは、一番地位の高いマイカ嬢が前に出る。外行きモードの明るくも上品な笑顔だ。


「お忙しい中、お出迎え恐れ入ります。当遠征隊の責任者を任されています、領地改革推進室、室長のマイカ・アマノベです」


 名乗りを聞いた村長は、礼儀以上の好意を示して微笑む。


「マイカ室長、お噂はかねがね。当村が、今こうしてにぎわっていられるのも、領地改革推進室のありがたいご提案があってのことです。復興支援の減免措置、誠に助かっております」

「それはアデレ村が、我が領に長年に渡って多大な貢献をして頂いたことを、辺境伯閣下が存じ上げておられたからです。皆さんの日々の努力の賜物です」

「嬉しいお言葉、重ね重ね、ありがたいことです」


 そのまま、マイカ嬢は村長宅に行って、今回の訪問目的などの詳細を伝えるお仕事に移る。

 マイカ嬢の付き添いのグレン君以外は、宿泊準備だ。

 税の減免措置がよほど嬉しかったのか、アデレ村の人々は非常に遠征隊に好意的で、掃除した空き家を遠征隊の寝床として用意してくれていた。


 遠征隊は、村についても軒先を借りて野営するか、家族数が少ない家に転がり込んで御厄介になるかなので、これは大変助かる。

 それと同時に、一見何事もなかったかのように平和な村でも、やはり獣害によって人命を失ったばかりだということもわかる。

 農村にある空き家とは、つまり生者が去った名残だ。


 空き家に荷を下ろして、私は早速畑へと向かう。

 前の二か所でも同じだったので、他の面々も慣れた様子で、雑務を引き受けて見送ってくれる。

 畑は、よく手入れされているのが一目でわかった。家ごとにある程度の特徴は出ているが、統一した意志の下に管理されている。


「良い畑です。今の村の力でできることと、できないことを分けて、省力化を図っていますかね。完璧ではなく最良を目指した、というところですか」


 土が整えられながらも、作物が植えられていない部分が目につくのは、恐らく蒔くべき種が足りなかったのだろう。

 畑が荒れないように、次の年には使えるよう、最低限の手入れを行ったのだと推測できる。


「なるほど。獣に次の作付に使う種の分まで食べ尽くされたのですね。とすると、別のところから種や苗を分けてもらえれば、さらに生産量が回復できそうですね」


 これは良い発見だ。都市で実験用に取り寄せた種や苗のうち、いくらか融通できないか調べてみよう。


「あ、アッシュ君、いつも通り早いね」


 畑を視察していると、村長に連れられてマイカ嬢もやって来た。

 難しい話は終わったのか、話し方にプライベートが半分入っている。


「おぉ、綺麗な畑だね! んん、こほん……アッシュ君、どう見ますか?」

「勉強になります。収穫量を保ちつつ、省力化を図っているように見受けます。なんらかの事情で苦しい時の工夫として、参考にしたいですね」


 こういうマニュアル通りではない、経験から来る対処法があるから、現場の視察は勉強になる。


「よくお分かりになりますな。農業に詳しいのですか?」


 マイカ嬢のやや後ろに控えていた村長の質問に、私より早くマイカ嬢が胸を張って答える。


「そうです。こちらのアッシュ君が、我が領地改革推進室の計画主任ですから。農業も工業も、何でも来いの大賢者ですよ」

 私のハードルがやたらと上がっているので、ハードルの下をくぐらせてもらうことにした。

「流石に何でも来られては応えきれませんよ。私は農民の倅ですから、畑は見慣れているんです」

「おお。では、あなたが!」


 急に村長さんが詰め寄って、私の両手を握りしめる。満面の笑顔が近い。


「マイカ室長から伺いました、減免措置はあなたの提案だったと。おかげさまで、アデレ村はこの通り、被害も少なく、日常を取り戻せましたよ。今回の巡回もあなたの発案だったとか!」

「ああ、今回の遠征は色々な方のご意見を参考に思いつきましたので、私の手柄ばかりとは」


 やたらとこの人の私に対する好感度が高いな。それだけ、推進室が行った施策が効果的だったのだろうか。

 家庭の事情で領都を離れてしまったアーサー氏にも、このことは伝えておこう。きっとあの人も喜ぶ。

 ひとしきり、村長は私を褒めたたえてくれた後、満面の笑みに照れくささを混ぜた。


「それに、うちの娘がお世話になっている方としても、アッシュさんのお名前は伺っておりました。父としても、あなたに感謝させてください」

「あ、娘さんとおっしゃると、やはりレンゲさんの?」

「はい。ご紹介が遅れました、レンゲの父で、村長を務めているマルコと申します」


 やっぱり。目元とか雰囲気が似ていると思ったのだ。

 そもそも、村から軍子会への留学は、村長一族の血縁者くらいしか出てこないのが普通だ。普通ではない特殊例の私が言うのだから間違いない。


「レンゲさんには、日頃大変お世話になっておりますので、こちらこそお礼を申し上げなければなりません」

「もったいないお言葉です。が、娘はお役に立てていますでしょうか」


 離れた場所で暮らす娘について、お父さんは大変気になるようだ。私は気前よく、レンゲ嬢への評価を披露する。


「もちろんです。レンゲさんは本当に優秀な方で、こちらが助けられています。真面目で根気強い方ですから、お仕事を安心して任せられます。今回の視察計画や食料配給計画も、レンゲさんが活躍されましたよ」


 コツコツ型の人なので、きちんと参考資料や筋道を用意してあげると、後は黙々と仕上げてくれる。

 私としては一番面倒な部分を一所懸命やってくれるので、楽ができて大変よろしい。

 そんなことをマルコ村長にご報告すると、そうですかそうですか、と目を細めて頷かれる。


「うちの娘は、素晴らしい部署に拾われたのですな。感謝してもしきれません」

「それはこちらの気持ちですよ。優秀なレンゲさんが来てくれてありがたくて」

「いえ、あなたやマイカ室長が、娘を優秀にしてくださっているのでしょう」


 あれだけ仕事ができるなら、どこの部署でも引っ張りだこだと思いますよ。

 マルコ村長は、私の考えとは異なるようで、やや困った様子で頭をかく。


「娘は少々、内気なところがありまして……。軍子会でもあまり友人が作れなかったようで、自分から手を挙げることも少なく、評価は悪かったのですよ」

「確かに、物静かなタイプではあるかな」


 マイカ嬢が、マルコ村長の意見に頷く。


「仕事は一人でするものではありませんから、このままでは評価されることなく終わるかもしれないと考えていたのです」

「そうなっていたらもったいなかったですね。今はうちの主力ですから、イツキ様の覚えもめでたいですよ」

「ええ、親としては、大変うれしいことです」


 だから、やたらこの人は私達に友好的なのか。あと、周りから評価されにくいとは言ったが、娘に能力がないとは一言も口にしていない。

 さり気なく親馬鹿ですな。

 これだけ愛されて育ったのなら、レンゲ嬢がやたら真面目で素直な性格になったのも頷けるというものだ。


「あ、そうそう。アッシュ君、先程、村長さんとお話したことですが」


 お仕事モードの口調に移行しつつ、マイカ嬢が報告する。


「アデレ村の備蓄食料の分も、アジョル村の配給に回して欲しいとの希望が出ました」

「ふむ? それはそれで、構いませんが……」


 私はマルコ村長の表情を伺う。この人も軍子会の野営訓練を体験しているなら、備蓄食料の問題点を知っていて、遠慮しているのだろうか。


「備蓄食料ですが、質の良い物をお持ちしましたよ? 助けになるかと思いますが」

「お気持ちはありがたく、また確かに食料はあれば助かるのですが……うちは一応、持ち直しています。それより、アジョル村はかなり厳しい状況と聞いていますので、そちらを助けて頂ければと思いまして」


 アジョル村は、最後に立ち寄る予定の、二十年前から不作が継続している村のことだ。

 確かに、アデレ村の方は最盛期と比べると貧しい、という程度だが、アジョル村の方はそろそろ限界、というくらい厳しい。

 どちらにより手助けが必要かと言われれば、後者だ。


「マイカ室長のご意見は?」

「私は、アデレ村がそれで納得するなら、それで良いと考えています。無理に渡すような物ではありませんし」

「そうですね」


 マイカ嬢の意見に頷きつつ、私の内心は違う。

 単純に、リスクとリターンを考えれば、アデレ村に投資するべきだ、と考えている。

 とはいえ、確かに無理に押しつけるのもどうかという代物だ。


「ご希望はわかりましたが……アジョル村に全て渡すとなると、中々の決断です。何か理由があるのですか?」

「隣の村が荒れると、こちらにも被害が流れて来そうだということもあるのですが……」


 盗賊化した元村人とかですね、わかります。

 が、マルコ村長の心配事は、そればかりではないようだ。


「実は、アジョル村はアデレ村から分かれた、いわば親戚関係にある村なのですよ」

「ああ、位置関係も近いですからね。なるほど」


 そうすると、互いに血の繋がった村人同士も多いのだろう。


「二十年ほど前、一度仲が悪くなったのですが、それでもやはり繋がりは強いものでして、向こうの窮状を聞いてじっとしているというのも、中々感情が許さない部分があります」

「そういうことでしたか。お話はわかりました」


 こうなると、私達に都合が良いからと、アデレ村に食料を押しつけて行くのもよろしくない。

 せっかく上がった好感度が、下がってしまう。

 ちょっと残念だが、強硬に反対するような意見でもないので、受け入れることにしよう。


「私も、マイカ室長の判断を支持します。残った備蓄食料は、全てアジョル村に回しましょう」


 その分、アジョル村の視察をしっかりして問題点を発見しよう。

 せっかく投入した食料が無駄になるともったいない。


 その後、アデレ村の滞在中は、マルコ村長から畑の管理方法や支援物資(免税措置で村の物になった食料)の配給方法など、村で実施されている施策について報告を受けた。


 感想は、「流石はレンゲ嬢の父親」ということでマイカ嬢と一致を見た。

 ものすごく地味だが、しっかり成果が上がる堅実な方法が取られている。レンゲ嬢がコツコツ型に育ったのは、父親の影響が大きかったのだろう。


 獣害でそれまでの努力が台無しにされた後も、ふて腐れず、妙な博打をせず、しっかり村人と話をし、話を聞き、弱い部分に資源を集中して、全体を支えたのだ。

 やっていることは当たり前に聞こえるが、それを弱っている時に実施し続けた精神力は生半ではない。

 誰しもがこの地味な作業にすぐに賛同できるわけではないから、反発もあったろう。人間、誰だって苦労は短い方が良いし、派手なことの方に目を惹かれる。


 大変にためになるお話を聞けたので、災害時の対応方法、その成功例として、しっかり記録を残しておこうと決めた。

 これを執政館の記録や神殿の蔵書として保管しておけば、いつか困った誰かの助けとなるだろう。

 緊急時対応法のようなコーナーを作ってもらうのも良さそうだ。

 何かあった時に最初に探す知識の救急箱みたいな。


 整理された知識の部隊は、多分、何者にも負けない力になるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ