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フシノカミ  作者: 雨川水海
魔法の火種

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魔法の火種7

 マイカ嬢を褒め殺して会話を楽しんでいると、他の推進室のメンバーが、大きなテーブルに一人、また一人と集まり出した。

 イツキ氏がこっそり握らせたお金は結構な額だったので、他の面々も呼ぼうとなったのだ。

 集合時間はちょっとバラバラだったけど。


 レイナ嬢とヘルメス君はすっかり顔馴染だが、レンゲ嬢はこの中では新参だ。

 一番年上ながら緊張気味のレンゲ嬢は、比較的一緒にいる時間の長い私の隣に座ってもらう。


「えっと、わたしも来てしまって、本当に良かったのですか?」

「それは、今回の主催者のマイカさんからご返事をどうぞ」


 私を挟んでレンゲ嬢の反対に座っているマイカ嬢が、追加の飲み物と料理を景気良く頼んで頷く。


「もちろん! 今回は叔父上が、頼もしい部下へのご褒美としてお金をくれたんだからね! 皆で美味しい物を食べて、またご褒美をもらえるように頑張って働こう!」

「そ、そうでしたか。イツキ様から褒賞が出るなんて、光栄です。……けど、イツキ様からそこまで評価を受けるくらい頑張っているのは、私達と言うか」


 レンゲ嬢が、恐縮するように首をすくめて私を見上げてくる。

 なんだろうかと首を傾げて見返すと、まずレイナ嬢が、続けてヘルメス君が頷く。


「レンゲさんの言いたいことはよくわかるわ。でも、気にしなくて良いのよ。気を遣われるべき本人が、この通り全く気にしてないんだもの」

「そうそう。それに、俺達だってちゃんと働いているだろ? ここの仕事についていくのは大変だから、労われるだけの価値はあるはずだ。隣を見ると実感わきづらいのはわかるけどな」


 隣、と言われて、レンゲ嬢は改めて私を見上げる。

 その眼差しからは、優しさに似たものを感じる。

 こういう反応にも、最近は割と慣れて来た。大丈夫、自分が色々と特殊事例なのは理解しているから。


 この前世らしき記憶のせいで、知識が一部古代文明並みの水準に達していますからね。

 私が全てを受け流す笑みを浮かべていると、マイカ嬢が私の前に身を乗り出してレンゲ嬢に笑顔を寄せる。


「なに、レンゲさん、アッシュ君にびっくりしてるの? ふふ、当然だよ、アッシュ君はうちの村の自慢から、領都の自慢になったんだから! 辺境伯領が誇る天才だからね!」

「え、ええ、とっても、び、びっくりしています」


 今のレンゲ嬢のびっくりの半分は、マイカ嬢の勢いにあると思う。

 私も、身を乗り出したマイカ嬢が倒れ込まないか、心配でドキドキする。


「でもね、アッシュ君は確かにすごいけど、一人でなんでもできるわけじゃないからね! 皆で助けて上げないと寂しがっちゃうから、レンゲさんもしっかり助けてあげてね!」

「え? そ、そうなんですか?」


 マイカ嬢の言葉を、レンゲ嬢が私にパスしてくる。


「ええ、そうですよ。当たり前じゃないですか」


 一人でなんでもできるような超人だったら、今頃私は空調の効いた部屋で、スナック菓子でも食べながら好きなだけ物語を読みふけっている。


「そ、そうでしたか。意外と……さ、寂しがり屋なんですね」


 そっちのことを聞いていたの?

 ちょっとそれは予想外だった。レンゲ嬢の見る眼が、さらに優しいものになった気がする。精神的年上としてはすごく恥ずかしい気持ちになる。


「じゃ、じゃあ、わたしでよければ、がんばってお手伝いしますね!」

「え、ええ、よろしくお願いします」


 ちょっと納得いかないけれど、人材はあればあるだけありがたいので頷いておく。

 マイカ嬢が、私の膝に手を置いて合図をしてから、私にウィンクを見せる。やってやったぜ、みたいな仕草だ。

 マイカ流の人心掌握術だったのかな。

 室長殿の策略なら、私も否定せずに黙っておこう。

 そこに、今回の招待者、最後の一人が到着した。


「俺が最後か。遅くなってすまない」


 正確には領地改革推進室のメンバーではないが、軍部における私の部下であるグレン君だ。


「ええと、ここで、良いかな?」


 グレン君は、ちょっと照れくさそうにマイカ嬢の隣の席を希望する。

 マイカ嬢は、気さくな笑みと共に椅子を引いて歓迎する。

 軍子会同期の武力ワンツーコンビである。すごい戦闘能力だ。


 揃いも揃って皆若いから、しばらくもりもりご飯を食べながら好き勝手に話題を転がす。

 十代前半の、前世的に言えば遊び放題の年頃なのに、話のタネは仕事がらみばかりだ。

 グレン君が、骨付き豚のエール煮込みをかじりつつ、マイカ嬢から今日の宴席の理由を聞かされる。


「へえ。じゃあ、領軍の携行食は、無事に備蓄食料の枷から外れられそうなわけだな」

「うん。グレン君も、提案書作りで頑張ったんでしょ? まだ軽くしか読めてないけど、よく出来てたよ」

「そ、そうか。アッシュにも褒めてもらったが、マイカにもそう言ってもらえると嬉しい」


 グレン君が可愛い感じに赤くなっている。彼にとってマイカ嬢は憧れの人だからな。嬉しそうだ。

 グレン君とマイカ嬢のやり取りに興味を持った推進室の面々には、ジョルジュ隊の提案書の中身を私からかいつまんで説明する。

 レイナ嬢などは、特に熱心に相槌を打つ。


「なるほど。すると、研究所の方で保存食の開発を進めていたのは、それも関係していたのかしら」

「そうですね。上手くタイミングが合えばと思っていました」


 缶詰が失敗したので、残念な結果になってしまいました。


「流石ね、アッシュ。こういうところも勉強になるわ」

「どういうことか、俺にはよくわからないんだが? なんで保存食の開発と倉庫の中の備蓄食料が関係するんだ?」


 ヘルメス君がエールをあおり、お代わりを注ぎながら首を傾げる。

 レイナ嬢が疑問に応える前に軽く自分のカップを示すと、ヘルメス君はそつなくお酌をする。実に自然な動作に、日頃の関係がうかがえる。


「ありがと。えっと……そう、備蓄食料に関係する問題は、今ある保存食の質が悪いからでしょう? 味もひどいし、保存期間も……一応、一年保つことになっているけれど、三か月もすれば腐っていくのもあるし」

「野営訓練で食った味は忘れられねえな……」


 ヘルメス君が、黙とうを捧げるように瞼を伏せる。


「それを改善できる新しい保存食ができれば、携行食も備蓄食料も変わらざるを得ない。備蓄食料・携行食の運用を変えようとするところに、新しい保存食の案があるなんて持って行けば、この機会にまとめて検討しようって話になりやすいでしょう?」

「誰だって面倒事は一度に片づけたいですもんね」


 レイナ嬢の意見に、レンゲ嬢も苦笑して同意する。


「ああ、つまりアッシュは、軍の提案と推進室の提案を二つまとめて通そうと企んでいたってわけか。抜け目ねえな」

「まるで、私が悪だくみしていたように聞こえません、それ?」

「悪だくみじゃねえの?」


 ヘルメス君が、真っ直ぐに私の心を打ち抜こうとしてくる。

 言葉の凶器だ。衛兵さんに訴えますよ。


「きちんと領の利益になる提案だと思っているのですから、悪くはないでしょう?」


 ただ、他に予算を回すくらいなら私が全て奪い尽くしたいと思っているだけだ。

 純粋な予算の奪い合い精神である。

 だというのに、ヘルメス君はレイナ嬢と顔を見合わせて、何やらにやにや笑っている。私の言い訳に納得した表情ではない。


「……あの、備蓄食料、なんですけど」


 それまで、黙って何事か考えていたレンゲ嬢が、かたい声と共に顔を上げる。


「その、領軍で使わない分、余りますよね?」

「余ると言いますか……まあ、消費されないまま、非常時に備え続けることになりますね」

「そ、そうですよね。非常用だから、それが正しいっていうのは、わかるんですけど……」


 震える声が、彼女の緊張を教えてくれる。何か彼女にとって大事なことを言おうとしているらしい。

 私は、姿勢を正しつつもできるだけ柔らかい表情で、真面目で内気な少女の言葉をうながす。


「そ、それを、不作地点の、支援物資として、確保、できたり、しないでしょうか」

「ふむ? しかし……」

「その、傷んで、危険なものが多いのは、わかるんですけど……大丈夫なのも、あるはず、ですよね?」

「ええ、それは当然あります。そうでないと流石に領軍で使えませんから……なるほど」


 領軍がこれから使わない分を考えれば、不作地点へのちょっとした支援程度なら捻出できる。

 備蓄食料の中から危険物を選り分けるのは少々神経を使うが、遠征用の携行食を選ぶ時だって同じだ。

 今までそうして使っていなかったのは、昔のお偉いさん方の当時の提案によるところが大きいわけで、絶対守らなければならないという法はない。

 都市用備蓄であるため、余所へ持ち出す場合の条件設定は必要だが、選り分け作業をする人員と、選別手順および調理手順をまとめれば、先達が忌避した食中毒の被害は最小化が見込める……。


「思っていたより、私達のポケットは大きかったみたいですね」


 これは驚きである。ビスケットがまだ残っていたようだ。


「というより、レンゲさんがポケットを広げてくれたんですね。これは感謝しなければ」

「い、いえ! アッシュさんが、というか、ジョルジュ隊の皆さんの提案があったからで」

「では、全員のお手柄ということですね。素晴らしい。私達はどんどんすごいことができるようになっていきますね」


 この調子で夢に近づいていきたいものだ。


「そういえば、携行食の変更について、実験用の遠征も用意しなければいけなかったところですし……」


 不作地点への備蓄食料の運搬に、新しい軍の携行食の導入実験を重ねてしまうのはどうだろうか。

 新旧の保存食を同時に持ち歩けるというのは、有意義な実験に見せかけられそうだ。


「これは一石二鳥の予感がしますね。はっ!? しかも、不作地点の農業視察もできる!? 三鳥を狙えるスーパープレイ! これはもうやるしかありませんね!」


 私のやる気という名の機関に、ニトロをぶちこむかのごとき閃きが走る。


「あ、スイッチ入っちゃった」


 その通りです、マイカ嬢。

 私にニトロ的勢いがついた以上、皆さんには大いに頑張って頂きます!


「領地改革推進室の方では、備蓄食料の復興支援利用について、提案書を作成してもらいます。こちらはレンゲさん、お願いします!」

「え? あ、は、はい!」

「グレン君! ジョルジュ隊では遠征計画を練ります。目的は領内の治安維持。特に、不作に見舞われた地域の治安への懸念を解消するために行います。隊内での検討を進めてください!」

「お、おう。……どの辺の地域の話だ?」

「その詳細は明日、推進室から届けます!」


 目標は、最も重要な収穫になる秋用の作物を植える前に、各地を視察することだ。

 上手く行けば、今年の秋の収穫前に問題点を改善できるかもしれない。この差は大きいはずだ。


「ふふふ、今年も熱い夏になりそうですね」


 夏バテなんかにならないよう、美味しい物をたくさん食べなければ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ただただ責任感で仕事をため込んで疲れ果てるのではなく、そのために充分鋭気を養っているようなので好循環してますね。現実もこうありたいものです。
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