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フシノカミ  作者: 雨川水海
魔法の火種
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魔法の火種5

 数日後、ジョルジュ卿も領軍携行食改善についての提案書に眼を通して、問題ないことを確認。

 早速、イツキ氏へアポイントメントを取って、提案の場を整えてもらった。


 提案は、ジョルジュ卿の付き添いの下、私がすることになった。

 上官、それはあなたの仕事ではないですかね。


「以上が、領軍所属ジョルジュ隊の提案になります。何かご質問や確認が必要なことはございますか」

「相変わらず、わかりやすい説明だな」


 イツキ氏は、観劇かなにかをしているような笑顔だ。

 隣に座っている姪っ子も似たようなもので、完全に親戚の子と遊んでいるおじさんである。

 イツキ氏の執務室には、今日も今日とて統治者見習いのマイカ嬢がつめている。


「流石だね、アッシュ君! 損する部分を潰して、得することだって言い直してくるもんね!」

「それだと詐欺か何かのように聞こえません?」


 確かに、絶対にリターンがあるとは言い切れないが、上手く使えばそうした効果が見込めるとは心の底から信じている。

 成功率? どんな計算式で出すのかわかりませんね。


「マイカの言うとおり、俺も毎度ながら見事な弁舌だと思うぞ」


 イツキ氏も姪に同意してから、咳払いをして口調を変える。


「それで、確かに聞いただけでは良いことばかりの提案に聞こえる。マイカ室長、領地改革推進室としても、興味がある内容だったろう。どう思う?」


 叔父から領主代行に衣替えしたイツキ氏に、マイカ嬢も背筋を伸ばす。

 明るく活発な少女から、明瞭な口調で合理的な意見を述べる才女へと変身したマイカ嬢は、余所行きモードの、耳に心地良い言葉遣いで応えた。


「そうですね。領軍についてのメリットは十分と思われるので、私から特に付け足すことはありません。領全体の食料問題として考えた場合、流通量が増える効果が見込めます」


 倉庫の中の備蓄食料以外の食料が必要になりますからね。

 増加した財政負担分、流通量が増えている。


「どうしてだ。携行食は、まあジョルジュ隊の提案通り違法ではあるが……元々市場から買っていた。備蓄食料を市場に売っていた分、流通量は減ることになるのではないかな」


 イツキ氏なら、わかりきっているだろう問題点をわざわざ指摘して来る。

 どうやらイツキ氏は、この問題をマイカ嬢の勉強に使うらしい。


「それはありえません。むしろ、今のやり方では流通量を減らしていると言って良いでしょう」

「その理由は?」

「備蓄食料の質が悪すぎます、あれは市場に流れる物としては不良品です。例えるなら、十しか載せられない荷馬車に、三の不良品が混じっている状態です。本当なら、十の食料が運ばれるところ、七しか運べない。三の食料流通量が損なわれている計算になります」


 不良品という言葉に、イツキ氏は手厳しいと苦笑した。


「さらに、この三の損は、商人の稼ぎにも当然影を落とします。個人単位でなら、商人の食事が貧相になる程度でしょうが、領内の商人数にかければ、何十人もの商人が誕生する機会を奪っているかもしれません」

「うむ。流通量は商人の数に影響があると言うわけだな。商人の重要性についてはどうか」

「商人は、その地方にある資源を、それが不足している地方へ運ぶ役割を持っています。当然、食料もそうです。我が領が飢饉に見舞われた時、商人の数が多ければ、彼等は自発的に他領から食料を運んでくれるでしょう」

「食料を備蓄するのと同じ効果が得られると言う訳だな。同感だ」


 姪の成長を確かめてから、イツキ氏は自分でももう一度考え直す素振りを見せる。

 渡した資料を見返し、じっくりと一人で検討をしてから、再びマイカ嬢にたずねる。


「現在の備蓄食料は、廃止するべきだろうか」

「そうですね……」


 マイカ嬢はかすかに頷き、それはダメかと首を横に振り直す。


「いえ、やはり備蓄食料は必要でしょう。他領との戦争の可能性は低いにしても、魔物被害や農村の被災は無視できません。商人の活動は領政のコントロールが難しいため、領主の手元に残す最低限の備えは欠かせません」

「うむ、やはりそうか。とすると、負担は減らせないか」


 元々、非常時の備えというのは余剰で行われるものだから、そこはあきらめて欲しい。

 残念そうなイツキ氏に、マイカ嬢もなんとかしたいと眉根を寄せて、しっかり考えながら言葉を続ける。


「ただ、現在の備蓄食料の体制は、見直した方が良いかもしれません。今の備蓄食料は、少々問題が多すぎます。もう少し保存期間を短くして、大半が傷む前に処理できるようにすべきかと」

「それができれば理想的だが、また負担が増えるな。金銭だけでなく、そういった仕事ができる能吏が必要だ」

「そうですね。一度に全てはできないでしょう。これについては、領地改革推進室の方で保存食の開発を行っていますから、持ち帰って考えてみます」


 領主代行と、その補佐の見解が一致を見たところで、イツキ氏が私に頷く。


「というわけだ。正式には、審議にかけて細かな問題点を洗い出してから回答するが、私としては賛成したい。まずは、試験的な運用から始めてもらうことになるだろう」


 よし、と私は内心でガッツポーズをとる。やはり持つべきものは道理の分かる上司であるな。

 私は内心浮かれながら、深々と一礼する。


「かしこまりました。では、都合の良い遠征任務を調べて、試験運用の準備しておきましょう」


 すると、イツキ氏は素の笑い声を響かせる。


「持つべきものは、話の分かる部下だな。仕事がはかどるから、今まで手を付けられなかった問題を片づけられる」

「光栄です」

「うむ。そろそろ良い時間だな、マイカ。今日の業務はここまでとしよう。自分の部下を労ってやったらどうだ」


 上機嫌のイツキ氏は、姪の手にそっとお金を握らせる。


「いいの? ありがとう、叔父上!」


 手の中の重みに、マイカ嬢が大輪の花のような笑顔を見せる。イツキ氏が特に大好きな姪の顔らしい。気持ちはわかる。


「よし、アッシュ君! 今日はご馳走だよ! 日頃から業務に精励している部下に、室長がご馳走してあげる!」


 さらに上のお偉いさんのお金でね! などと無粋なことは口にしない。

 奢られるコツは、お金を持って来る人に気持ちよくお金を払ってもらうことだ。


「素晴らしい上司を持てて私は大変な幸せ者です。これからも末永く、よろしくお願いします」

「すえながっ」


 私の放ったワードの中に琴線に触れるものがあったのか、マイカ嬢がのぼせたように真っ赤になる。


「ままま、任せてよ! なんならずっとご飯食べさせてあげる!」


 そこまで行くと、素晴らしい上司というより、ヒモを養う女性になっちゃいますよ。

 私はこっそりと、さらに上のお偉いさんの方にも頭を下げておく。

 部下はいつでも奢りをお待ちしております。

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