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フシノカミ  作者: 雨川水海
魔法の火種

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魔法の火種1

 都市に来て三年目の春を迎えた。

 都市に来た時は十一歳だった私も、今では十三歳だ。


 最近では、自分自身の成長をはっきりと感じられる。主に肉体面、それも背の高さで。

 どうやら成長期に入ったものと思われる。この二年で、食生活が改善したことも関係あるかもしれない。

 たんぱく質は偉大だ。


 私は執政館に与えられた仕事部屋で、せっせと書類をさばいていく。

 現在こなしている仕事は、領内各地からの生産量報告のうち、昨年からの変動が大きかった地域の分析である。

 つまり、前の冬にアーサー氏と行ったものの続きだ。


 軍子会が解散し、辺境伯領の文官として任官した私だが、領内全地点の過去数十年分を洗い出してまとめるなど、時間がどれだけあっても足りない。

 なので、とりあえず目立つものから手を付けていこうということになった。


 これを年々増やしていって、最終的には全地点の年間別生産量をまとめる。

 一度作ってしまえば、後は毎年付け足していくだけになるので、最初の一回を苦労すれば後は何とかなるだろう。仕方ないので、その苦労を私が背負っている。

 見返りを期待していますよ、上司。


 今回の新規追加は三地点となった。少ないと思うだろうが、前回の四地点の経過観察も業務に含まれているので、あまり増やせなかったのだ。

 前回四地点のうち、二十年単位で不作になっていた二地点については、今年もやはり収穫量が低い。

 一応、豆類の作付を増やすよう、領主代行の名前で指示が出ているはずだが、どのように実行されているかの監察がなされていないので、現状は不明だ。

 当然、原因解明にも至っていない。


 このままでは、二つの不作地点は廃村になってしまうかもしれない。開拓に費やした資源を考えると、眉が吊り上がってしまう。

 一方、水害と獣害に見舞われて収穫量が落ちていた被災地点については、昨年よりずっと回復した報告が届いた。


「うん、これは良い傾向ですね」


 まだまだ災害前の数値には届かないが、復興を期待するには十分なデータだ。思い切った税の減免処置がなければ、こうはいかなかっただろう。

 私は、昨年の自分の仕事に満足して、鼻歌なぞを奏でながら回復中の二地点の資料を読み進める。


「~~♪」


 この曲は、一体、何の曲だったろう。どこで聞いた曲だったか思い出せない。

 村で聞いた曲ではないはずだ。

 都市で、流しの吟遊詩人が歌っていただろうか。ひょっとしたら、前世らしき記憶にあったものだろうか。


 まあ、どちらでも良いか。とにかく今は気分が良いのだ。

 そんなご機嫌で仕事をやっつける私のところに、侍女の一人がやって来る。弾んだ音色のノック音の後から、静々と入って来たのはレンゲ嬢だった。

 冬の侍女団代表お礼の時とは違い、今は春らしい軽めのケープをしっかり羽織っている。

 元々、どちらかというと大人しめな子なのである。胸以外、と付け加えると、ちょっと下品であるな。


「失礼します。アッシュさん、イツキ様への報告書の提出が完了しました。今後の参考になると大変お喜びでした」

「それは何よりです。がんばったかいがありましたね」

「は、はいっ!」


 私が同僚に笑いかけると、同僚の方も嬉しそうに破顔した。今回の報告書は、二人の共作なのだ。

 レンゲ嬢には前の冬も手伝ってもらっており、アーサー氏がいない分、仕事に慣れた彼女に補助して欲しいとお願いしたところ、勢いよく頷いてもらった。

 人事を相談した上司の方も、年が近いからやりやすかろうと快諾してくれた。

 レンゲ嬢は、冬の地獄期からずいぶんと力を入れていたので、達成感もひとしおだろう。


「では、レンゲさん。早速なのですが、次のお仕事としまして、昨年に引き続き税の減免措置をお願いする意見書の作成をしたいと思います」

「わ、わかりました! でも、えっと、税の減免ですか?」

「ええ、建前上は復興支援ですね。ほら、昨年もトラデ村とアデレ村に、復興支援として実質納税を免除したではありませんか。あれを今年も行ってはどうか、という提案ですね」


 トラデ村が水害を受けたところで、アデレ村は獣害が頻発したところだ。

 私の説明に、レンゲ嬢はパッと表情を明るくして、それから不安そうに眉を寄せる。


「よ、よろしいのでしょうか、その、二年も連続で……。さ、昨年、無税にして頂いただけでも、過分なご配慮を頂戴したと、ありがたい限りなのですが」


 確認したところ、無税まで思い切った対処は珍しいらしい。

 その辺りを決定した昨年の予算会議でも、ちょっと揉めたと聞いた。

 それを押し通したイツキ氏は、本当に良い男だ。快男児とはああいう人物かもしれない。


「それでも、私はこうした対処を行うべきだと考えています。今年は回復したようですし、完全に免除とはいきませんが、それでももう少し支援した方が、長期的には良い結果となるでしょう」


 この辺りは、一緒に業務に励む同僚として、できれば理解して欲しいので、詳しく私の考えを説明しておく。


「昨年調べたところ、二つの被災地点は昨年こそ不運でしたが、過去二十年、かなり優秀な生産量を維持していました。したがって、納税量も多い。おかげで、サキュラ辺境伯は発展のために予算を使えたと言えるでしょう」


 これを前提として、復興支援をもう少し続けるべき理由は、統治者として配下の貢献に対する礼を示すメリットがあるからだ。


 個人の配下に対し、活躍したのだからと勲章を授与するのと一緒だ。村全体が優秀な成果を上げていることを認め、成果に応じた褒美を与える。この場合は、褒美ではなく、苦境になった時の支援だと考えれば良い。

 大抵の場合、配下の側は、自分の仕事ぶりが評価されれば嬉しいし、苦しい時に手を差しのべられれば感謝する。どちらも、歯を食い縛ってまで働こうとする意欲に繋がる。

 やる気を出して早く生産量を取り戻してくれれば、これほどありがたいことはない。やる気のある人材と、ない人材の間には、優秀な指導者がいない限り雲泥の差がある。いや、部下のやる気を引き出すから、優秀な指導者と言われるのかもしれない。


 それに、これを上手く領内各地に宣伝すれば、「うちの領主様はきちんと成果を把握していて、それに報いる態度を取っている」と知らしめることができる。

 どこの村や街でも、天災は起こりうる。頑張って成果を出していれば、いざという時に領主の支援を受けられて、路頭に迷わず済むかもしれない。

 これは、統治者の庇護を受ける領民にとっては、重要なことだ。

 なんたって彼等は、日頃の生活の保障の代わりに、税を納めているのだ。一領民がそこまで考えているかはともかく、各村の経営者はそのことを考えているだろう。

 そして今回、サキュラ辺境伯(の領主代行)は、庇護すべき領民の窮状を察知し、きちんと(十分かどうかは様々意見があろうが)生活の保障を与えるべく動いた。「うちの領主様は頑張って仕えるだけの価値があるぞ」と思ってもらえれば、領地全体のやる気を引き出すことが可能だ。


「以上が、私が考える支援を継続すべき理由です。そうですね、ざっくりと言えば、領主の度量を示すことで、領民に領地への帰属意識を持たせる。そう表現できるでしょうか」


 人間、自分の物ではないと思えば、何事も大切にしないものだ。

 小は小銭から、大は土地や国まで。帰属意識とは、土地を自分の物だと思う意識だ。


「な、なるほど。目には見えないですけれど、大きな効果が出るのですね」

「ええ、上手くことが運べば、ですけれど」

「何か問題があるのですか?」

「もちろん、懸念もあります」


 困ったことがない集落など存在しないので、下手をすると、どうしてあそこばかり特別扱いなんだと不平があちこちで噴出する。これでは逆効果だ。

 そこで、情報の流し方に一工夫が必要だろう。

 第一、単に業務上の復興支援をしただけでは、その話は広がらない。


「一部の吟遊詩人や行商人に声をかけ、それぞれの生業のついでに、我々の指定する情報を各地に伝えて頂きましょう。それ相応の手間賃をお支払することが望ましいですね」


 政府主導の宣伝活動である。

 まだ腹案の段階だが、個人的に信頼できるクイド氏を中心に、意見書を作成するつもりだ。


「まあ、上手くいくかどうかは、試してみないことにはわかりませんが……。トラデ村にしろアデレ村にしろ、生産量が回復するだけで十分なメリットなのですから、宣伝活動はオマケといったところですね」


 元から良い成績を上げていたから、手厚く報いる。

 これが復興支援の第一義だ。


「そ、そうでしたか。そういった理由があったのですね」


 レンゲ嬢は、納得したというより、ほっとしたような顔で頷く。なんだか失敗を叱られなかった子供のような表情だ。

 不思議がる私の視線に気づいたのか、レンゲ嬢は首をすくめて、すみません、と謝罪した。


「実は、わた、わたし、アデレ村の、出身なんです……」

「そうだったのですか? では、今回のことは心配だったでしょう」


 それで彼女は力を入れて、私の提案に付き合ってくれていたのだろう。

 私は納得しただけだが、彼女はおびえた様子だ。


「お、怒らないの、ですか?」

「はて? 怒られるようなことが、何かあったのですか?」

「だ、だって、自分の故郷だからと、その、立場を利用したような……」

「あ、なるほど。それを心配なさっておいででしたか」


 職務意識の高い侍女に、私情だらけの私は感心しつつ、今回の件を振り返る。

 答えはすぐに出た。何も問題ない。


「今回の件は、きちんと上司、最終的には領主代行であるイツキ様の許可を取って、あなたに任せられたお仕事です。それは、イツキ様が、この業務に当たってあなたこそ適任だと判断なさったからです」


 レンゲ嬢が、自分で無理矢理この仕事を引き受けたと言うなら問題であるが、きちんと筋を通して、上から任された仕事だ。


「その仕事ぶりについても、同僚である私の眼から見て、何ら落ち度はありません。あなたの業務態度は非常に熱心で、好ましいほどに真面目なものです。それがあなたの個人的事情から発したものだとするなら、それは極めて適切な発露であったと断言できます」


 この辺は太鼓判を押せる。今の今まで、レンゲ嬢がアデレ村の関係者だと気づかなかったくらいだ。

 ただひたすら、被災地の窮状を憂えて執務に励む、優しい人物だと思っていた。


「あ、そ、その、あの、あ、ありがとう、ございます……ア、アッシュさんに、そんな、褒められるなんて……」

「真面目に仕事をなさったのですから、いくらでも褒められますよ」


 事実を綺麗に飾って表現すれば良いだけなので、すらすらいけます。

 とはいえ、レンゲ嬢のような真面目で優しい人物が気に病むのもわかる。


 被災二地点については、確かに被害は受けたが、領民が村を捨てるほどのものではない。しかし、不作二地点については、村が破棄されかねないほど追いつめられている。

 自分の生まれ故郷に手厚い保障をするなら、その分も不作二地点に回した方が良いのではないか。そう考えてしまうのだろう。


「レンゲさんは、素晴らしい人ですね」

「はい!? そ、そんな、わたしなんか全然! そそ、それなら、アッシュさんの方がすごくて!」

「いえいえ、自らも辛い時に、他人の窮状に同情し、優しさを向けられる人は尊敬されるべきです」


 そういうのは嫌いではない。むしろ大好きだ。

 人類皆、そうであれば良いと祈らずにはいられない。


「もし、私のポケットが、叩けば叩くだけビスケットが出て来る魔法のポケットだったなら、全ての人にビスケットを分け与えられるのですが……」


 残念ながら、今世にそんな素敵なファンタジーは存在しなかった。


「この世の誰もそんなポケットを持っていない以上、小さなポケットの中身で最大限の人数を養わなければなりません。そして、その数字は同情や優しさではなく、現実と理性から弾き出されます」


 今回で言えば、二十年かけて生産量が減っていた二つの村と、一時の天災で生産量が減った二つの村の場合、前者よりも後者の方に村民が多い。

 また、復興にかかる資源も少なく、かけた分の見返りもより期待できる。

 どちらか片方しか助けられないとしたら、私は後者を助ける。


「まあ、大きな声で言えることではありませんね、つまりは力不足なのですから。助けられるものなら、世界中の人を助けられた方が気分が良いに決まっています」


 自分のやりたいことのために生きている私だ。必要だと判断すれば、切り捨てる覚悟はできている。

 ただ、切り捨てないで済むのなら、その方が良い。

 切り捨ててしまったものは、二度と戻って来ないということもある。私の無謀な大きさの夢を透かして見るこの世界は、切り捨てるにはもったいないものばかりだ。


「後ろめたい気持ちもあるでしょうが、それならば次は同じ気持ちを抱かずに済むよう、ポケットを大きくする努力をしましょう」

「ポケットを……そんなことが?」

「できますとも」


 そのための農業改善計画と、工業力向上計画なのだから。

 私の夢は無謀なくらい大きいだけあり、実現に向かえばポケットがどんどん拡張されるのだ。

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