表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フシノカミ  作者: 雨川水海
伝説の羽

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/285

伝説の羽25

 そして、最後に食事に誘ってきたのは、イツキ氏だった。


 マイカ嬢経由で、領主代行殿の私的な晩餐に招待された。

 丁度良いので、領軍か執政館に就職したい旨を相談しよう。


 ……衛兵のあのノリと、侍女のあの笑み。

 きちんとイツキ氏に話を通しておかないと、流血沙汰になってもおかしくない。冗談のようだが、背筋を走る悪寒は本物だ。


 まあ、それは食後でも良いだろう。

 なんたって領主館の晩餐だ。ヤック料理長も量より質を重視した逸品を作ってくれる。

 これを気もそぞろに味わっては失礼ですよ。


 ヤック料理長特製のハンバーグ、今回はどうやらすり下ろしたリンゴをソースに使ったらしい。絶妙な甘酸っぱさだ。ソースに合わせて、豚と牛の比率も変えている気がする。

 実にさっぱりとした後味で、いくらでも食べられそうだ。


「素晴らしい。実に美味しいです。ヤック料理長は、すっかりハンバーグをご自分の料理にしてしまわれましたね。素晴らしい腕と努力です」


 私が何度も頷きながら、できるだけ上品に食べていると、隣のマイカ嬢がやたら静かなことに気づいた。

 いつもなら、私と一緒にヤック料理長とハンバーグの素晴らしさを称賛しているのに、今日は静々と食べ進めている。

 まるでこの素晴らしい味を感じていないかのようだ。絶対におかしい。


「マイカさん?」

「なに、アッシュ君?」


 声が固い。これは緊張している時のマイカ嬢の声だ。

 伊達に十三年も仲良く幼馴染をしていない、声を聞けば一発でわかる。

 体調不良ではないようなので、私はほっとしながら小声で伝えておく。


「どんなご心配事があるか知りませんが、あまり悩みこむ前にご相談くださいね。せっかくの美味しい御飯が、もったいないですよ」

「う……わ、わかっちゃう?」

「わかりますとも。ですが、表情に出さないのは上手になりましたね」


 絶品ハンバーグにはしゃがない不自然さがなければ、気づかなかったかもしれない。ハンバーグが強い。

 マイカ嬢も腹芸が板についてきたようだ。お礼の手紙を書く時に、ユイカ女神にご報告しておこう。


「アッシュ君には、敵わないなぁ」


 すまし顔だったマイカ嬢が、肩を落として唇を尖らせる。

 力みが抜けたようで、ハンバーグを一口ふくんで、美味しい、と笑いかけて来る。


「ええ、この調子で、ヤック料理長には料理文化の発展にご尽力いただきましょう。農業改善計画にも力が入りますね」


 豊富な食料があって初めて、人は質にこだわれるのだ。

 今夜の食事に困る人間は、次の収穫に向けた品種改良などできない。生きるために食べるのは易いが、食べるために生きるのは難い。


 だからこそ、食料の土台を支える農業改善計画を推進せねばならない。だって、美味しい御飯をお腹一杯食べたいもんね。

 そのためにも、平和的に都市に残留しよう。


 イツキ氏をちらりと見ると、丁度目があった。

 向こうも、何かの話を切り出す機会をうかがっていたようだ。


「あ~、そのことなのだがな、アッシュ」

「はい、なんでしょう、イツキ様」


 食事の手を止めて、お話どうぞ、と頷いて見せる。

 イツキ氏も、ワインで唇を湿らせて、話す体勢を整えた。


「その計画を進めるためには、都市にいた方が都合が良いだろう?」

「そうですね。そう思います」


 というより、村では絶対に無理だと思う。


「うむ。我が領としても、非常に注目している計画で、一度手を付けた以上、今さら中止にはしたくない。そこで、どうだろう。今後も都市に残り、計画を進めてくれないだろうか」


 そこで、イツキ氏は一つ呼吸を溜め、身を乗り出す。


「具体的には、正式に、我が領に仕官してくれないか」


 渡りに船とはこのことだ。

 ようやく誘ってもらえて、思わずにっこりしてしまう。が、すぐに表情を引き締める。

 真面目な話の最中だ、あまりだらしない顔はできない。


 だが、私の表情の変化は、イツキ氏を不安にさせたらしい。

 彼は、表情を引き締めて言い募る。


「アッシュも、村に残して来た家族の心配もあるだろうが、出来る限りの支援をさせてもらおう」

「支援と言いますと?」


 すぐに内定を承諾しても良いのだが、条件が気になったのでたずねる。

 別に、つり上げようなんて思ってはイマセンヨー。


「住まいはこちらで用意するし、給金も十分な額を約束する。なに、アッシュの実績を考えれば、なんらおかしなことではない。勤め先についても、アッシュの希望に沿うよう配慮したい」


 農民の倅に対して、ずいぶんと至れり尽くせりですな。

 文句なんてあるわけない。強いて言えば、好待遇すぎて怖い。


「ずいぶんと素敵な条件ですが、よろしいのですか? 私なんかに、そんな大盤振る舞いを」

「いや、元からアッシュを勧誘しようとは考えていたのだ。……というか、アッシュが都市を離れるとは考えてもいなかったんだが」


 イツキ氏は、視線を私の隣、マイカ嬢に一瞬スライドさせる。


「なにせ、ほら、お前は楽しそうにここで暮らしていたし、お前が始めた計画もこれだけ走り出していたわけで、まさかその途中で村へ帰るという選択肢があるとは思いもよらず」


 まあ、実際のところ、その選択をする気はさらさらなかったのだから、ご意見は間違っていない。

 私の生活態度から読み取れるのは、都市にいる気だけだ。

 何も悪くないイツキ氏なのだが、彼は申し訳なさそうに私、の隣をうかがっている。


「考えてみれば、こちらの配慮が足りなかったのだ。そのことを詫びるとともに、辺境伯領のため、あとできれば俺のためにも、もう少し都市で力を振るってはくれないだろうか」


 なんかものすごく低姿勢なイツキ氏の姿に、思い当たる節がある。


 私の隣の席あたりに、思い当たる節がいる。


 ここ数日で繰り広げられた、どこまでも私に都合の良い展開。

 考えてみれば、私の隣の思い当たる節の人と話してから始まってない?


「すでに、軍関係者と、政務関係者から、打診があったと思うのだが……領軍、執政館ともに、君という人材を欲している。多少アッシュを好待遇で迎えたところで、彼等は喜びこそすれ、文句は言わないだろう」


 彼等の熱烈すぎた勧誘について知っているとなると、彼等の熱烈すぎる想いは、領主代行殿にも届けられたらしい。


「ひょっとして、イツキ様も、あの人達とお話をされました?」

「うん、直談判された。ものすごい剣幕だった」


 戦場に立っても動じなさそうなイツキ氏が、遠い眼をしている。そこらの戦場より怖い状況になったのだろう。

 どっちも、直談判というより殴り込みに近かったのは予想できる。

 さんざん脅されたのか、イツキ氏は率直だった。


「そんなわけで、文武の部下達の意見と、あと元から俺がそのつもりだった結果、アッシュにはぜひ軍子会解散後もこの都市に残って欲しい――とお願いしたくて、今日は晩餐に招いたのだが……どうだろうか」

「大変光栄なことです」


 話が早くて助かる。面倒な説得作業が必要ないので、私もにっこり笑顔で了承だ。


「おお、そうか! 引き受けてくれるか!」

「ええ、喜んで。先日、クイドさんが届けてくださった手紙で、ユイカさんが両親から許可を取ってくださったそうで、唯一の懸念も払しょくされましたから」


 まあ、両親については、あんまり大したことのない懸念でしたけどね。


「そうかそうか! 良いんだ良いんだ、アッシュが引き受けてくれたら、俺はそれで良いのだ!」


 イツキ氏は、嬉しそうにうんうん頷いた後、私の隣に向けて両手の握り拳を掲げる。


「叔父上はやったぞ、マイカ!」

「ふふ、叔父上ってば、そんなにはしゃいじゃって。アッシュ君が変に思っちゃう」


 私にはわかる。マイカ嬢のこの声は焦りを隠している時の声だ。

 うん。この一連の流れ、マイカ嬢の仕込みだったんじゃないかな。


 多分、私が都市にいたいと思っていることを知って、あれこれ策謀を巡らせてくれたのだろう。

 流石はユイカ女神の愛娘、順調に強くなっている。実に頼もしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
火の鳥が周囲の脳を灼き過ぎて正常な判断を奪ってしまったのだろう。 有能で語られるユイカ女神様だってマイカ嬢からの連絡があってから一筆したためてそうだし(覚えてたら前もってクイドさんに声掛けて届けていそ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ