伝説の羽24
さらに次の食事は、クイド氏からのお誘いだ。
ヤック料理長のご実家〝シナモンの灯火〟で、個室を貸し切ってご馳走して頂いた。
ここのところ、奢りで美味しいものをたくさん食べたので、太ったかもしれない。
「アッシュ君が都市に来て、もう二年になりますか。早いものです」
「ええ、あっという間でしたね」
そういえば、都市に初めて来た時は、クイド氏に案内してもらったのだ豚肉美味い。
懐かしさをインターセプトする味覚。
流石はヤック料理長のご実家である。丹念の上に丹念を重ねた下味が、脂に乗って口内に広がる。
「こちらの料理は非常に美味しいですよね。村では中々食べられないのではありませんか?」
「ええ、残念ながら、ここまで裕福な農村は、まだまだ実現できないでしょうね」
嘆息して、呼吸の代わりに野菜スープを口にふくむ。
じっくり溶けだした野菜の風味が、鼻腔から脳へと吹き抜けて行く。
これくらいの食の充実を、早く我が故郷にももたらしたいものだ。
「ところで、先日、クライン村長宅にお邪魔しまして」
「おや、何かありました?」
クイド氏は、お店持ちになっても我がノスキュラ村との商売を続けているが、流石に本人が出向くことは少なくなった。
店主自らが交渉に当たらなければならない大物が、小さな村より他の場所に多いためだ。
村へクイド氏本人が行く時は、何か大きな交渉事がある時、のはずなのだが、クイド氏は笑って否定した。
「いえいえ、ほんの時候の挨拶にうかがっただけですよ」
「そうなのですか? お忙しいのに、大変ですね」
急成長を続ける新進気鋭の商人であるのに、すでに付き合いの深い、あんな小さな村まで挨拶回りとは恐れ入る。
「これも大事なお仕事ですから。ともあれ、クライン村長やユイカ様とお話したところ、アッシュ君へお手紙をお預かりしたのですよ」
「私にですか? マイカさんではなく?」
珍しい。
お二人からメッセージを頂戴することはあるけれど、いつもマイカ嬢への手紙に書かれている。私に直接というのは、この二年間で初めてだ。
封蝋はクライン村長のものだが、字はユイカ夫人のものだ。
今世の初恋的人物からの手紙にちょっとドキドキする。
クイド氏に断って、早速開封して中身を改める。
当然というべきか、ロマンス的な何かはない。
二年間に及ぶ軍子会の活動が終了したことへのお祝いと、これまで噂で聞こえた活躍へのお褒めの言葉が書かれている。
これくらいなら、マイカ嬢への手紙に一緒に書いても良かっただろう。わざわざ村長家の封蝋まで使った理由は、その後だった。
『今後のさらなる成長と活躍を期待し、貴君が望むのであれば、都市でのさらなる活動への支援を惜しみません。ノスキュラ村の統治者として、貴君のご両親からも許可を得ています。貴君の心のままに振る舞われますよう、強く申し渡します。』
ユイカ夫人は女神。
神は三柱だけではなかったのだ。
見てよ、この神々しいお言葉。
まるで私の悩みを直接聞いたかのような気配りに満ち、優しいだけでなく、迷い人の頼りない背中を押し出す力強さを兼ね備えている。
これが女神からの託宣でなければ、一体なんだと言うのだ。
遠慮せずに一杯遊んで来なさいと我が女神は仰せであるぞ。
やったね!
ユイカ女神の言葉に胸を熱くしていると、クイド氏も神の御威光を感じたのか、柔らかい調子で笑う。
「なにか、良い報せでしたか?」
「ええ! とっても!」
「それは良かった。お世話になっているアッシュ君が喜んでくださるのであれば、急いで村へ走った甲斐がありました」
「ありがとうございます!」
未来への明るい希望に満ちた笑みで頭を下げる。
しかし、クイド氏の口振りでは、まるで私のために村へ行ったかのように聞こえるけれど、まあ、気のせいか。
そんなことより、今の私はとても幸せなのだ。
あちこちから就職のお誘いが来て、故郷の両親と恩人からの許可も出た。
そう、私は軍子会が終わってもまだ、この都市にいることができる。
ユイカ女神の期待に、渾身で応えることにしよう。
ばりばり成長して、がんがん活躍してやりますよ!