伝説の羽15
商品用腱動力飛行機の発表は、叙勲式に負けないくらい大盛況なお祭りになった。
今度は前もって何を行うか通達されていたので、前回空飛ぶ玩具を見損なった人々が押し寄せたためだ。近隣の村落や都市から飛行機目当てに駆けつけた人もいて、都市中が飛行機の話題で満たされた。
こんな状況下では、それ以外の話題は通りにくくなってしまっただろう。
この都市で特定の情報を確かめたかった人がいたとしたら、とんだ災難だ。
可哀想にな、とは気の毒さの欠片も見せずに笑っていたイツキ氏の言である。
良心を知る私としては、そんなイツキ氏に対して力強く同意することしかできなかった。こみ上げる笑顔を抑えられなかったのは、未熟と言うより他ない。
隠したい情報を、別な情報で押し流すのも、情報戦の基本的な戦術であるな。
そんなこんなで、怪しい行商人さんは情報収集が行き詰ったのだろう。とうとう、私と接触をはかってきた。
軍子会では、怪しい人物との接触を控えるようにとのお触れが出ていたので、寮館ではなく、神殿からの帰り道で声をかけられた。
「そこの坊ちゃん、あの飛行機を作ったって人じゃないか?」
「はい? 私ですか?」
声に振り返ると、地味な顔立ちの男が、愛想の良い笑みを浮かべて近寄ってくる。
男は特徴のない外見をしており、なるほど密偵の類としては都合の良い人物だ。
「おお、やっぱりそうだ。この前の広場での見世物、面白かったよ。その若さですごいもんだ」
「いえいえ、私の手柄ばかりではありませんよ。手伝ってくださった方も大勢います」
「それは良い友達を持っているんだな。どんな人達だい?」
すかさず人物について情報を集めようとしてくる辺り、クイド氏の言うとおり怪しいと思う。
「軍子会の友人や、職人さんですよ。でも、一番仲が良いのは、村長様の娘さんですかね。あ、私、村育ちなんですよ」
「へえ、村長さんのお子さんね。いくつくらい?」
「私と同い年くらいですよ。なんでも、領主様のご一族だって聞いていますけど」
「そいつはお嬢様ってやつだね、へえ」
私と同い年くらいで上流階級の女性、という条件で、男の雰囲気が少し変わる。
やはりと言うべきか、アーサー氏を探している可能性が高いことがわかった。
このままだとマイカ嬢に危険が向かいそうなので、ここら辺ではぐらかしておこう。
「彼女とは、教会でよく一緒にお勉強させて頂きましたよ」
ちょっと遠い目をして、さも懐かしそうな表情を装う。
いや、実際に懐かしいのですよ。教会で勉強した日々が、もうずっと昔に感じる。最初はフォルケ神官に押しつけられた教師役だったけれど、今となってはあの采配に感謝したい。
フォルケ神官は、王都に行った今でも元気に研究バカをしているだろう。
「今も、一人で引きこもっているのでしょうか。体を壊していなければ良いのですが」
「教会から、滅多に出てこないのかい?」
「ええ、三日に一回くらいでしょうか、教会の外にあの人が出て来たのは」
さっきと話が変わったので、私と同い年くらいの上流階級の女性ではなく、良い年をした中年男性のお話ですけどね。
これくらいのすれ違い、会話をしていれば良くありますよね。
「ふうん、変わり者なんだな」
男は、新たに入手した情報に熱心に頷いている。
「それに、坊ちゃんと一緒に、軍子会に来ていないのかい?」
「ええ、来ていませんよ」
私は事実を端的に認める。
はっはっは、十代前半の子供の集まりの軍子会に、おっさんが来るわけないじゃないですか。そんなこと言わなくてもわかりますよね。
男は、まるで世間の目を忍んでいるような人物――に聞こえたかもしれない情報に、見事に食いついたようだった。眼光に、隠しきれなかった喜びが浮かんだのだ。
王都からはるばるこんな辺境まで来たと思われる密偵さん、ご苦労様です。
王都の話題が懐かしいかもしれないので、軽くこちらからお話を振って差し上げよう。私は、フォルケ神官の王都話が懐かしいという気持ちを取り出す。
「以前にお会いしてから随分経ちますが、また王都のお話でも聞きたいものです」
「へえ、王都のことを知っていたんだ」
中年のおっさん神官がね。
それからいくつか会話をして、推定密偵さんは私の出身地がノスキュラ村だということを聞き出して、満足げに去って行った。
上手く誤魔化せただろうか。
時間をかけて調べれば、必ずアーサー氏にたどり着くだろう。
だが、時間はいつも有限だ。調べるべき地点が他にもあるだろう密偵達に、一つの地点にかけられる労力は限られている。
その有限な資源を浪費させてお帰り頂こうというのが、私とイツキ氏の戦略である。
ぼろが出るのが先か、密偵の時間切れが先か。長期戦になりそうだ。
とりあえず、イツキ氏に報告に行こうと執政館に足を向けると、モルド君一行とすれ違う。
絡まれるのも時間がもったいないので、私は脇道へと避けることにした。