伝説の羽13
内政のお手伝いをした冬を越え、日に日に春が深まっていく。
熱気を増していく陽射しに、あっという間に夏になりそうだと、いつもと同じことを考えさせられる。
冬の間にも、色々な物事を学んだ。
地域の生産量については、今年と去年とで変動が大きかった四カ所を抽出して十年単位の動向を調べてみた結果、うち二つは河川の氾濫と害獣の被害のために生産量が落ちただけだとわかった。
この被災二地点については、他の年は生産力が優秀だったことがわかり、復興予算を組み立てて――と言っても、実質は税の減免をして――支援することになった。
残る二地点は、ここ二十年、徐々にではあるが収穫量が減っていることがわかった。
その不作が、農村生活を維持する一定ラインを割ってしまったため、病気や離散が発生、一気に今回の収穫量が減ったものと思われた。
こちらの不作二地点については、現在原因究明のために動いている。
私としては、土地の地力が損なわれたのではないかという説を推しておいた。農法を工夫していても、人間にとって都合の良い生態系を維持させるのは生半なことではない。
豆類の生産量が少ないという情報があったため、地力を回復させる要である豆類をしっかり植えていないのではないか、と報告をまとめた。
煉瓦の方も、あれこれ試験が行われている。
現在の粘土の配合では、鍛冶炉や陶芸窯にするには耐火性に難があることが判明している。
ただ、そもそも同じ粘土を使っている(比較的低火力の)竈や炉もあり、これらについては耐火能力が変わらない、むしろ扱いやすい代替品として有望視されている。
実験として、ヘルメス君も交えて、ベルゴさん達の市壁外住居に試験炉や試験窯の設置が行われた。炉はまだ実用段階にないが、窯については、煉瓦で作って次の煉瓦を焼くために使われている。
あと、試作調理用窯もあって、一番活躍しているのはこれだ。
ピザが焼けるし、肉も焼ける。これだけ高性能な調理用窯は、領主館のような公共設備の中でも最上位にしか存在しない。
そして、目下一番大きく動いているのは、クイド氏絡みだった。
「お邪魔します、クイドさん」
「やあやあ、アッシュ君、ようこそいらっしゃいました。本当ならこちらから足を運ばなければならないところを、ありがとうございます」
深々と頭を下げるクイド氏に、整列した店員さん達も倣う。
小さな店舗とはいえ、店主以下従業員一同に出迎えられるとお大尽になった気分だ。
「いえいえ、外に出る用事のついでですから、そんなご丁寧に挨拶頂かなくても」
「いえいえ、アッシュ君から頂いた御恩を考えれば、どれだけ頭を下げても足りないところで」
「いえいえ、きちんと対価は頂いているではありませんか。私もとても助かっていますし」
いえいえ、とお互いしばらく頭を下げ合う。ちょっと楽しい。
「それで、商品用の腱動力飛行機が完成したそうですね」
「ええ、職人の皆様には大分ご負担をかけましたが、この出来ならばそれ以上の報酬をお支払できますよ」
クイド氏が取り出して見せたのは、ヘルメス君とアムさんが作った物より洗練された見た目の飛行機だ。
技術開発用の試作機と違い、商用を考えているため、木材の仕上げや木材の柄などに美しさを意識している。
そして、目立つ不死鳥のシンボルマークだ。
「結局これを正式採用してしまいましたか」
「ええ、アッシュ君にぴったりですよ」
クイド氏は嬉しそうに頷く。
製品化途中にも、何度かこのマークを使うことに反対意見を述べておいたのだが、最後まで受け入れられなかったようだ。
私に感謝を示している割に、私の要望が通らないのはどうしてだろう。
いや、別にマークを使うのは良いのだ。
模倣品が出て来た時、わかりやすく見た目で区別できることは大事だ。不死鳥のシンボルを使うことも、技術の復興という意図があるので、良い象徴だと思う。
ただ、不死鳥すなわち私、という認識の下で使うとなると、ちょっと待って欲しい。
「すでに、アッシュ君の軟膏にもこのマークを入れていますからね。これからはアッシュ君の発明品だとすぐにわかりますよ」
「ううん、私一人で作った物でもないので、私の発明品と言われると……」
あと、新たに発明したわけではなく、失われた知識の再生だ。
そういった点もふくめ、私個人と結び付けられると居心地が悪い。
「まあまあ、ヘルメス君を始め、皆様も納得していましたから。イツキ様もぜひ使おうとおっしゃっていました」
丁寧な物言いだけれど、言外に、あきらめろ、とトドメを刺された気がする。周囲からの圧力がすごい。
「私自身は、不死鳥を自分のシンボルにする気も全くなかったのですが……」
嘆息してせめてもの抵抗を試みるが、これ以上なくお似合いですよ、と苦もなく返されてしまった。
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「そうそう、アッシュ君のお耳に入れておきたいことがありまして」
せっかくなのでと倉庫に誘われて、新しく仕入れた素材や商品を見ていると、クイド氏が改まった声で切り出す。
いつもと微妙に声音が違うことに、私も意識を切り替えて顔を向ける。
「実は近頃、妙な行商人の噂があるのです」
「妙というと?」
「商売よりもよほど熱心に人を探しているようなのです」
もちろん、そういう商人もいる、とクイド氏は断る。
「各地を旅する数少ない人種ですからね。どこかで頼まれて、代わりに人を探すということはありえます。時折、人を探す旅をするために行商人になったという人もいるくらいです」
「それを踏まえても妙なのですね」
「ええ。その商人の売り物の中には、王都の高級品がいくつかあるのですが、こんな辺境ではほとんど売れません。売るとしたら、領主クラスに声をかけるべきですが、紹介しようとしても断られました」
クイド氏の語り方からすると、噂と言いながら、自身でも会ったことがあるようだ。
「人の探し方も奇妙で、具体的な特徴がないのです。会話の中で途切れ途切れに探りを入れてくるのですが、まとめると、ここ一年か二年で、目立つような人がこの都市にやって来なかったかを知りたいようですね」
「人探しをしているということも、ある程度隠そうとしているのですか?」
「私はそう思いました。知り合いの商人からも、妙な奴だという意見が上がっています」
クイド氏は言葉を選んでいるが、つまりは何らかの密偵ではないかと訝しんでいるようだ。
証拠がないので、公式ではなく非公式の打診、雑談と言う形で私に話したようだ。
「気になる噂ですね。今度、ジョルジュ卿にもお話しておきます」
多分、それを私に求めて、倉庫まで誘ったのだろう。私なら、日常の雑談として自然と衛兵にも情報を流せる。クイド氏も中々策士だ。
だが、それが本題ではなかったようで、クイド氏は困ったように眉をひそめる。
「ええ、それもお願いしたいのですが」
「なにか?」
「実は……ここ一年か二年で目立つ人という条件で、アッシュ君のお名前が挙がっているようで」
「あ、なるほど」
銀功の件で大いに目立ったものだから、そういう流れで名前を知られてもおかしくない。
クイド氏の本題は、怪しい行商人が接触する可能性があるから気を付けて、ということだったらしい。
「わかりました。それも含めて、皆さんと相談してみますね」
「ええ、何か私で手伝えることがあれば、何でもおっしゃってください」
クイド氏が、真面目な顔で……それこそ、子を守る親鳥のような顔で言い切る。
これほど真剣に心配してもらえると、気恥ずかしいやら頼もしいやらで、嬉しくなってしまう。今度、クイド氏が売りさばけるような物をさらに作れないか、少し文献を調べてみようと思う。
好意には好意を、いつも通りだ。
それはそれとして、今回の怪しい行商人に関しては、私に危険はないと予想している。
ただ、私が狙われる以上の厄介事の予感もしている。
ここ数年で都市に来た、目立つ人物――普通、王都で生まれた当代領主の末っ子が都市に来たら、目立つ人物筆頭ですよね。
これはジョルジュ卿より、イツキ氏の耳に入るように情報を流した方が良いだろう。
アーサー氏の事情は、恐らく執政館でもごく一部しか正確には知らされていないはずなので、直接イツキ氏と話ができた方が良い。
多忙を極める領主代行殿と直接の面会となると、正式な官位を持たない貧農の倅には難易度が高すぎる。
普通は無理だ。
ただし、私にはイージールートがある。マイカ嬢とお菓子を作れば、あら不思議。イツキ氏への差し入れという名目がポンとできる。
「えーと……クイドさん、小麦粉とか砂糖とか、見せて頂けます?」
「もちろん構いませんが……」
話の流れからどうして食料品を求めるのかと、クイド氏は不思議そうな顔をする。
「クイドさんだって、接待の時にお茶やお土産を用意するでしょう? それと同じことですよ。お茶菓子程度は用意しようかと思いまして」
「あ、なるほど。いや、これは失礼をしました。アッシュ君のことは、きちんと大人として扱うよう心がけているのですが、まだまだ年下だとどこかで思っていたようです」
「実際に年下ですから、お気遣いなく」
いくらか食料品を見せてもらいながら、作るお菓子を考えるが、流石に都市に来て一年も経つと、簡単なレパートリーは作ってしまっている。
どうしましょうか。
「あ、何もお菓子にこだわる必要はなかったですね」
というより、甘いお菓子というくくりを外せば何とかなるなと思ったのだ。
小麦粉に卵、出汁を混ぜた衣液を作って、葉物野菜にベーコン辺りを混ぜて焼けば、お好み焼き的な何かを作れるだろう。
お菓子というより、おやつですな。