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フシノカミ  作者: 雨川水海
伝説の羽
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伝説の羽12

 各地からの年間報告の中身は、主に生産量の報告になっている。

 今世の文明レベルからいって、それも農業生産量がほとんどだ。一部、畜産や加工品の報告が混じっているが、それは例外に入る。

 この報告量に応じて、各村や都市の税額が決まり、領の予算が組まれることになる。

 非常に面倒な作業ではあるが、領の予算ということは、私の計画への予算にも関わってくるため、やる気を出さないわけにはいかない。


「しかし……前年度と比べて増えた減っただけでは、問題が起きそうですが」


 報告書から読み取れるのは、今年度の収穫量だけだ。そして、私が指示された処理方法は、昨年の報告書と比較して、増減幅を求めることである。

 どうやら、納税額は慣例によって決まっているらしい。昨年の収穫量は百で納税は百だった、今年は収穫量が八十なので納税も八十。そんな感じだ。

 私の指摘に、アーサー氏は訝しげだ。


「そう? 問題は……思いつかないけど。どこも、やり方はこんなものだと聞いているよ?」

「比較するのが一年前だけだと、大きな問題が見えない……あ、そうですね。問題が起きそう、ではなく、問題を見つけにくいと言うべきですね」


 昨年と比べると収穫量がちょっと増えていたけど、十年単位で見ると実は年々減少していた、五十年前の半分だ、なんて良くある話だ。漁獲量とか。


「十年単位……そういうことって、ありえる?」

「あるはずですよ。畑の土は、毎年使っていたら作物が育つための力がなくなっていきますから。そのために、違う作物を順々に植えて行く農法で、それを緩やかにしています」


 ありとあらゆる資源は有限なのだ。無尽蔵に見えたところで、一歩離れた視点で数えれば限界が見つかる。太陽だっていつかは死ぬ。


「長期の単位で物事を見ておくと、そういった問題に気づきやすいです。逆に、年々収穫量が増えて行っているなら、何か順調に発展する理由があるかもしれません。それはそれでぜひ調べたいですね」

「言っていることは何となくわかるけれど……そんなことできるかな?」


 前世らしき記憶では、普通に行われていたので、できるのだ。

 こういった情報をまとめるとすれば、折れ線グラフが良い。

 過去の資料は、近年のものは執政館の中にあるはずだ。古くなったものは神殿に保管されている。一年間、都市で活動した経験が、私の中でしっかりと生きている。


「とりあえず、今年と昨年の変動が大きな地域だけでもやりましょう。三つくらい、ですかね。それ以上は難しいでしょう」

「良かった。全部に手を付けるって言いださないか、ドキドキしちゃったよ」


 アーサー氏が、胸に手を当てて息を大きく吐きだす。

 流石に、この修羅場にさらなる修羅場を突っ込もうとは思えない。今はまだね。


「できれば全部やりたいのですが……。その方が、税金の効率化ができて、結果的に収入が増えるでしょうからね」


 結果的に税金が増えれば、予算が増える。

 予算が増えれば、私達の計画に優遇をお願いしたり、神殿図書館へ増額をお願いしたりできる。

 だから、できるだけ丁寧に仕事をしたいところだが、あらゆる資源は有限だ。労働力と時間と言う資源だって、もちろん有限だ。

 悔しいが、今回の予算計画には間に合わないだろう。


「もう少し早くこの辺りにも根回しできていれば……」

「いやいや、この一年、これだけあちこち動き回って、さらに他に手を出されたら、誰もアッシュについていけないよ」

「ううむ……それもそうですね。やろうにも私も手一杯でできなかったでしょうし、ここは素直に力不足だったと諦めるしかありませんね」


 これは来年の課題だ。でも、来年もそこまでできる時間があるかどうか。


「煉瓦造りが、思いのほか順調なのですよねぇ。そちらに時間を割きたいのですが、こういった領の財政関係にも手を出そうとすると、やはり体がもう一つ欲しいです」

「アッシュがもう一人か。確かにすごいことに……」


 アーサー氏は、私の言葉に笑おうとして、途中で表情が引きつる。

 なぜか声を低めて、私の冗談に冗談を重ねてくる。


「その場合は、マイカももう一人必要だね」

「あ、それは良いですね。マイカさんももう一人いたら最強です」

「うん。そうじゃないとバランスが崩れる……ボクだとまだまだ力不足だよ」


 ちょっと悔しい、とアーサー氏は口元を押さえて呟く。

 アーサー氏も、とても頼りにしていることを伝えると、苦笑された。


「力不足を感じているのは、多分アッシュが考えていることとちょっと違うんだ。……それはともかく、煉瓦の方、思ったより順調なんだ?」

「ええ。石工職人の皆さんが、これほど協力的だとは思わなかったもので」

「あ、なるほど。そういうことか」


 煉瓦職人が断絶している今世では、もっとも近い技術を持っている集団として、石工職人へ相談することになった。

 この時、憂慮されたのは、職人さんが煉瓦という今までにない新規素材に、拒否反応を起こさないかであった。

 というのも、石工職人は、今世ではかなりの高給取りだ。

 なにしろ、石材自体が貴重な高級品で、王家が管理している。そして、石工は領主から依頼を受けて、市壁や領主館などの建築修理を行う。上流社会と密接に関わっているのだ。

 自然と、石工職人は礼儀作法にも気を配り、エリート意識が芽生えている。そんな誇り高い職人に、珍奇なネタを持ちこんでも、良い顔をされないのではないかと心配していた。


 ところが、いざ「こんなんありますけど」と試作煉瓦を見せたところ、ものすごい勢いで食いついてきた。

 本に書いてあった積み方や、消石灰から作った接着用セメントを見せると、雄叫びが上がったほどだった。

 現在、試作煉瓦をどんな設備に利用できるか、石工職人の皆さんは嬉々として、あるいは鬼気として検討している。


「もうちょっとこう、こんな訳のわからないモノを扱うために石工の修行はあるんじゃない、みたいな反発があるかと思っていたのですが……」


 高級品を扱う頑固な職人というのは、そういうものだとイメージしていた。

 なんたって、その技術で名誉や誇りを重んじる上流階級に認められているのだ。守るべき伝統や生き方というものも、彼等の商品だ。

 今世だと違うのかな、と首を傾げていると、アーサー氏が教えてくれた。


「アッシュの言うとおり、王都だったら、きっとそういう反発があったと思うよ」

「そうなのですか?」

「王都で見かけた職人は、そういう人が多かったと思う。なんというか、名のある工房の作る物が良い物だ、という決まりきった雰囲気があったんだよ。だから、新しい工房ができても、見向きもされないところがあって」


 高級ブランド化されていた、ということだろう。安定した高級品を製造している、ということで、それが悪いこととは言えない。

 ただ、新しい技術が生まれにくい土壌となってしまうと、問題だ。アーサー氏の憂いを帯びた眼差しを見ると、王都の技術現場は、その悪弊に冒されているのかもしれない。


「ボクも、王都にいた頃はそれが当たり前なんだと受け取っていた。だけど、ここに来て、アッシュに色々教えてもらって、あの王都の風潮はどうなんだろうって疑問に思うようになったよ」


 王都だったら、畜糞堆肥の実験も、腱動力飛行機の展覧飛行も許可されなかっただろうと、アーサー氏は実家の不満を述べるように唇を尖らせる。

 アーサー氏の整った顔立ちは、怒っていても綺麗だが、笑っていた方が魅力的だ。冗談で和ませようと、合いの手を入れる。


「トマトも食べられなかったですかね?」

「もちろん!」


 食用実験の第一期が終わったトマトは、まだ正式に食用宣言は出ていない。が、アーサー氏は好奇心に負けてこっそり食べている。

 その感想はと言えば、目の前の満面の笑顔だ。年相応の弾ける笑顔に、微笑ましさを感じて笑い返す。

 そんな私の対応は、どうやらアーサー氏の恥じらいを引き出してしまったようだ。


「あ、いや……そ、その、と、とにかく、王都はそういう、新しいものを受け入れないところがあるから……アッシュの心配も間違っていないよ」


 咳払いをする仕草も、照れ隠しが露骨だと可愛いものだ。


「きっと、ここが辺境だから、上手くいっているんだと思う。こういってはなんだけれど、王都や中央で安穏と生活できる人は危険な辺境には来ない。言うなれば、訳ありや地位の低い人達がここにいて、その人達は新たな生活を求めて、未知へ踏み出す気概を失っていない」

「なるほど。冒険者の一族というわけですね」


 好奇心旺盛で新し物好きな人が多いのだろう。

 そういう土地柄なら、アーサー氏にとっても居心地が良さそうだ。この人、我慢強いのでかなり抑えているけれど、本質的には好奇心旺盛でやんちゃな一面がある。そうでなければ、禁止されているトマトにはまったりはしない。


「そうすると、アーサーさんも、ここへ来られて良かったですね」

「うん、そう思っているよ。ここに来て気づいたんだけど、ボクは、王都のあの、内側だけの狭い世界しか見ていない人達が、気持ち悪く感じていたんだ」


 アーサー氏が、性別を偽ってまで抱えている事情は、どうやら王都絡みのようだ。この国の首都を語る口調には、明るい色が一切ない。

 よほど嫌なことがあったと見える。

 話題を変えた方が良いようだ。紳士を目指す私としては、会話術も欠かせない努力項目だ。


「アーサーさんは、冒険者気質ですからね。囲いの外側が気になるタイプですよね」

「そうかな? そう見える?」


 私の人物評に、アーサー氏は表情を変えて、嬉しそうに問い返してくる。


「ええ、とっても。例えば、今日のお昼なのですが、市壁の外でピザが焼かれる予定なのですよ」


 アーサー氏は、まだ囚人との接触を禁止されているのだが、囲いの外の宝物情報に、真剣な表情になる。


「ボクの分、ある?」


 もちろんご用意してありますとも。しかし、即座に参加の意思を示すとは。


「それでこそ冒険者です」

「ふふ、こういうのも、王都では絶対に無理だったよ。ここに来られて、本当に良かった」


 辺境だからといって、損をするばかりではないようだ。今まで意識したことのない故郷の良さに、神に感謝する気持ちが湧いてくる。

 今度、神殿に行った時にお祈りでもしよう。本を借りに行くついでですけど。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >>今世の文明レベルからいって、それも農業生産量がほとんどだ。一部、畜産や加工品の報告が混じっているが、それは例外に入る。 畜産は農業だと思うの
[一言] アーサーがやっぱり下克上の王族かな?
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