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フシノカミ  作者: 雨川水海
伝説の羽
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伝説の羽11

 冬になり、私は十二歳になった。

 今世の医療衛生を考えると、蜂蜜くらい甘く見ても、人生の四分の一は越えたと思って良い。平均寿命(未計測)と比較すると、三分の一くらいかもしれない。

 文学的な表現にすると、もう十二歳だ、となる。

 私が夢を追いかけられるのも、あと二十年や三十年そこらということだ。夢のため、健康にも気を使いつつ、効率的かつ大事に今生を酷使していきたい。


 十二歳の酷使第一弾として、私は領主代行殿の業務をお手伝いしている。

 一年前、初めて都市に来た時もイツキ氏が忙しそうにしていた、領内各地から集まる年間報告の処理業務だ。

 真面目な領主の寿命を削る、と言われるくらい過酷な業務だけあり、私に回された分だけでも後悔できる量が積まれている。

 他の文官の様子を見て来たけれど、彼等と同じ分量だった。


 私はお手伝いを申し出ただけなのですけど、正式業務量とはこれいかに。

 私が嘆息すると、お手伝いの私のお手伝いとして駆り出されたアーサー氏が、隣で苦笑する。


「アッシュが、去年の領軍の備品管理を手伝って以来、執政館では話題になっていたからね。そんなことができるなら、こっちの業務も手伝って欲しいって、何回か聞いたことがあるよ」

「侍女や執事の皆さんがですか?」

「ボクはイツキ兄上から直接聞いたよ」


 領主代行殿、犯人はあなたか。

 なお、他のプロジェクトメンバーも、それぞれ仕事に駆り出されている。

 マイカ嬢は、イツキ氏たっての希望で直属の手伝いをしている。過酷な業務ゆえに、溺愛する姪御という癒しが欲しいのだろう。

 将来この仕事を行うであろうレイナ嬢は、母親であるリイン夫人の下でお手伝いだ。レイナ嬢とペアを組んで動いていたヘルメス君も、ここにいる。

 他に、昨年私が行った軍の備品管理は、グレン君など勉強会のメンバーのうち、希望者が手伝いとして参加している。今年からは年四回に分けるという計画案が通ったので、ジョルジュ卿も快く、研修としてグレン君達を受け入れている。


「ご期待くださるのはありがたいのですが、私はこういった業務に慣れていないので、いきなりここまで任されても不安ですよ」

「アッシュも、不安なんて感じるんだ」

「アーサーさん?」


 私を無神経で空気の読めない自己中かなにかと思っていませんか。

 眉根を寄せて隣を見ると、楽しそうな笑顔が目に入る。私をからかえて嬉しいらしい。そんな顔をされたら、文句を言う気もなくなってしまう。

 多分、私を手玉にとって弄んだユイカ夫人の影響だと思う。初恋の特殊効果で、異性のこういう顔に弱くなってしまった。


「私だって、やったことのないものや苦手なことがたくさんあって、それをやろうとすると気が重くなりますよ」

「ふふ、当然だよね。アッシュだって、ボクと同じ年頃だからね」


 でも、とアーサー氏は楽しそうなまま首を傾げる。


「アッシュはそんなことを感じさせないくらい、次から次へと動いちゃうから。なにか、そういう不安とか、躊躇いとか、感じないのかもって思ってしまうよ」

「実際に動く前に、綿密な調査を行い、計画を立てていますよ?」

「あ、なるほど。そう考えれば……いや、そもそも、その調査や計画自体、普通は動く人がいないくらいのものじゃないかな」


 調査にも手間がかかりますからね。

 私だって、疲れたとか面倒だとか、そんなことを感じずにいつも動き回っているわけではない。どうして先行文献が手に入らないのだとか、こんな前世的常識を一から説明しなくてはいけないのだとか、適度に爆発しているつもりだ。

 だから、何も感じていないわけではない。


「いつも助けてくださる人がいて、とてつもなくありがたいな、と思う程度には負担も感じていますよ。もちろん、アーサーさんにも、いつも感謝しています」

「それは……どういたしまして。ボクも楽しいから、感謝なんて必要ないけど……でも、嬉しいよ、アッシュにそう言ってもらえると」


 はにかむアーサー氏の表情が、いつもよりちょっと私的に見える。演技を含んだ公人の顔の下には、やはり少女なのだなと感じさせる素顔がある。


「でも、そうすると、アッシュはどうしてそこまであれこれやれるんだろう。後学のために教えてもらっても良いかな」

「むぅ、難しい質問ですね」


 考えたこともない疑問だ。

 私だって今世に生まれた時は、あまりの絶望感に無気力だった。亡者神官といい勝負だったかもしれない。

 だから、持って生まれた意欲が、人と比べて特別に高いわけではないだろう。

 そんな私が、面倒臭さや怠け心にも負けずに、あっちこっち動けるのはなぜか。


 前世らしき記憶で、いつかはそれができることだとわかっているから。これの影響はありそうだ。少なくとも、古代文明を神話のように感じないだけ、やる気は起きやすい。

 だが、これは他人には説明しづらい。前世らしき記憶を持っている人間なんて都市でも聞いたことがない。

 別な理由を考えた方が無難だ。

 あまりに今世の状況が辛いため、夢の一つや二つ、追いかけていなければやっていられないから。こちらの方は、私の本音にしっくりくる。物語の本を読みふけるのは、私にとって変わらず大事な生活だ。

 こちらで説明しよう。


「じっとしていても辛いこと、苦しいことばかりですからね。何かしようとしても苦しくて、何もしなくても普通に苦しい。それならせめて、将来少しでも楽になるために、今動いた方が未来に希望を持てますよね?」


 それを恰好つけて言うとしたら、こうだ。


「つまり、私が生きる希望を繋ぐためには、夢追う時間が必要なのです」


 アーサー氏が、きょとんとした顔で私を見つめている。

 しまった。外した。

 猛烈な恥ずかしさが私の内心を吹き荒れる。

 どうして私は、時々似合いもしない伊達男を演じてしまうのか。いつもいつも、やっておいて後悔しているのに、ちっとも学習していない。色んな意味でお恥ずかしい。

 私が、見栄を切った姿勢からしおしおと脱力していくと、ようやくアーサー氏が反応してくれた。


「希望って? え? アッシュに希望なんて必要なのかい?」


 私には希望も与えないとおっしゃるか。この人、実は魔王かな?

 私が愕然としたことに気づいたのか、慌ててアーサー氏が言い募る。


「あ、ご、ごめん、多分アッシュが考えている意味とは何か違う。えっと、アッシュって、その、今さら希望なんか必要なのかなって……あ、これも言い方がちょっとひどいね」


 アーサー氏は、必死に言葉を選び直し、ぽんと手を打った。


「そう! アッシュって、いつも前向きだから、絶望とか感じていないんじゃないかと思っていたんだよ」


 せっかく言い直して頂いたけれど、あんまり心癒される内容ではない気がする。


「いえ、まあ、私だって普通の血と神経の通った人間ですので、絶望くらい割としょっちゅう感じていますよ」


 ようやく見つけた本の、肝心の部分が欠損していた時なんかこの世の終わりだと思いました。


「そうなんだ……」


 可愛い着ぐるみの中身がおっさんだった、みたいな驚愕の真実を知った子供のような顔をされてしまった。いや、アーサー氏は十分子供だから、良いのだけれど。


「まあ、そんなわけで、絶望を振り切るために、夢を追いかけ全力疾走しているんだと思ってください。私だって生きるために必死なんですよ」

「必死か……。今まで、あんまりアッシュから感じたことがないけど、それなら、次々と新しいことを始めるのも説明がつく、のかな?」

「つきますよ、多分」


 ていうか、説明をつけよう。

 そろそろお仕事の続き始めますよー。

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