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フシノカミ  作者: 雨川水海
伝説の羽
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伝説の羽9

 都市で行われる武芸大会は、秋のお祭りのメインイベントである、らしい。

 都市に来たことのない私はもちろん初体験だが、武芸大会の噂は村にも届いており、死ぬ前に一度は見てみたい、と憧れる村人は多かった。

 私はそんな噂話に全く興味なく、貧困生活に絶望していたか、生活向上に打ちこんでいたかのどちらかで、つまりは忙しくしていた。


 そんな自分が武芸大会に参加することになるとは、人生というのはよくわからない。

 あと、なんか村から父上と母上がやって来た。息子の晴れ姿を見たいんだとか。

 秋のお祭りは、すなわち収穫祭であるため、畑仕事は一段落しているのだろうが、良くここまで来たものだ。と思ったら、クイド氏が連れて来たようだ。


 あの人は、腱動力飛行機の独占販売権を獲得してからというもの、ちょっとはしゃぎ過ぎていると思う。

 武芸大会の式典の時に、ぜひ着て欲しいと外套まで頂戴している。見るからに頑丈な刺子の外套で、なんか火の鳥の意匠が入れられていた。


 火の鳥、つまり不死鳥である。


 曰く、「アッシュ君といえば殺しても死なないことで有名ですからね! フォルケ神官もおっしゃっていましたよ、死んでも灰から蘇る鳥がいるよなって! アッシュ君にぴったりですね!」

 どうも、飛行機〝不死鳥の羽〟号の翼に遊びで入れていた意匠を、私のシンボルかなにかだと思ったようだ。

 これは、歴史の中で一度は失われた技術が蘇る、という願いで不死鳥を持ち出したのだが、そういえば私の名前はアッシュですものね。そう連想されてもおかしくない。


 でも、私は殺せば死にますからね。

 まあ、農民上がりの私は、あまり良い服も持っていなかったので、クイド氏の贈り物は非常に助かった。

 無事に戻って来た勲章もつけて、母上と父上に挨拶したところ、母上に号泣されました。父上も声が震えていたので、親孝行できたようだ。


 勲章の奪還方法? 勉強会のメンバーやリイン夫人の力を借りて、ちょっと噂話を流しただけでした。

「もしこの寮内で何か盗まれたりしたら、領主一族の威信にかけて徹底的に調べ上げて、犯人を厳罰に処す」とか、そういう噂。

 盗みがバレている。それも、内々の処分ではなく、正式に法を適用されかねないと脅えた窃盗犯達は、こっそり勲章を元あった場所に返したようだ。

 犯人は誰だったんでしょうねー。


 ちなみに、モルド君一行は、武芸大会の軍子会部門で、マイカ嬢に滅多打ちにされていました。審判もやたら試合を止めるのが遅かったため、最終的に泣かされていた。

 剣を振り回すマイカ嬢の朗らかな笑顔が、恐かったです。


 さて、そんな軍子会部門が終わった後に、いよいよ私の出番となった。


「続いて、軍子会最後の成果発表として、特別演武を行います!」


 司会の兵士さんの大声に、広場に集まった人々の喝采がかぶさる。


「先に起こった、突然の人狼の襲来! そこで活躍した二名の戦士による、実戦形式の試合となります!」


 革と布の防具をつけた状態で、ジョルジュ卿と並んで試合場に入る。防具は訓練用で、頭部までしっかり守られている。

 ただし、それぞれ装備している槍は、刃引きしてあるとはいえ本物の鉄製なので、これで防御力が十分かと言われると、やや怪しい。

 他の軍子会のメンバーは、布を巻いた棒で試合を行っていたことと比べれば、実戦形式との言葉に偽りはない。


「対戦するのは、史上最年少の銀功勲章の受勲者、アッシュ! 幼いながら人狼と一対一で戦い抜いた、手堅い守りにご注目ください!」


 紹介に応え、私のやる気に比例した控え目な手振りをすると、さらに盛り上がる。

 最前列でかじりつくように声援を送って来る女の子なんて、柵を越えてきそうだ。誰かと思ったらマイカ嬢である。


「若い挑戦者を受けて立つのは、バレアス・ジョルジュ卿です! 先の人狼戦では銅功勲章を受勲、領軍でも確かな実力者として尊敬される人物です!」


 ジョルジュ卿も手を振って応えると、若い女性の声援が多く聞こえる。今は防具で隠れているのに、ジョルジュ卿の美形っぷりは、都市内では評判のようだ。

 こちらも最前列に押しかけている熱心な応援がいる。意外でもなんでもないが、ヤエ神官である。


「才能あふれるお二人の戦いは、先程も申し上げた通り実戦形式! 禁じ手なしという恐ろしいものです! 実戦で使用する戦術を思う存分に使った戦いに期待しましょう!」


 紹介を終えた司会が下がり、ジョルジュ卿と向かい合う。

 あとは、審判が試合の開始を宣言すれば試合開始――ただし、これは実戦形式と銘打った特別演武である。

 審判が、試合場の中央、私とジョルジュ卿のところまで歩み寄って来る、その途中。

 突然、ジョルジュ卿が半歩を踏み込み、私の顔面めがけて刺突を放った。私は咄嗟に後ろ足を大きく滑らせて腰を落とし、鋭い刺突を頭上に透かす。

 槍の穂先は素早く引かれ、半呼吸も置かずに再度の刺突として襲いかかる。私は前に残した足を引き、目と鼻の先で穂先が止まる距離まで後退する。

 ジョルジュ卿がさらに攻撃を仕掛けて来ないうちに、私はさらに後退して間合いを離す。


 あれだけ盛り上がっていた会場が、いまはしわぶき一つ聞こえない。完全に静まり返っていた。

 それも当然で、頭部の防具はフルフェイスではあるが、刺突はすり抜けて来る程度の隙間がある。この防具は、鍔迫り合いの時や受け損なった刃先が、眼や鼻に滑って来ることを想定したものであって、顔面への刺突を防ぐようにはできていないのだ。

 いくら穂先が丸めてあるとはいえ、直撃すれば死亡もありうる。その事実に、会場が硬直したのだ。


 今も、少しでも油断したら襲いかかるぞ、とジョルジュ卿の槍は私をぴたりと捉えている。それは私も同じだけれど。

 冷え切った会場に、これはまずいと思ったのか、司会の解説が入る。

 本来、武芸大会の司会のお仕事は、試合前の紹介と、次の試合までの繋ぎになる試合終了後の解説である。試合中に解説を挟むのは、珍しい。


「こ、これはいきなりえげつなーい! ジョルジュ卿、審判の到着を待たずに奇襲をしかけて試合開始ー! 反則、通常の試合ならば反則です! しかし、これは実戦形式の特別演武! 禁じ手なしの言葉に偽りはありません! 不意打ち、奇襲なんでもあり、油断した方が悪い! 問題なく試合続行です!」


 ナイスフォロー。思った以上にダーティな試合になると気づいた観客が、感嘆のような呆れのような悲鳴のような声を漏らす。

 ジョルジュ卿の奇襲を非難する声も聞こえるが、問題ない。私だってえげつない物をきちんと仕込んでいる。


 武器は同じでも、リーチの差でやや間合いに勝るジョルジュ卿が、再び先手を取る。

 今度は下段の薙ぎ払いから、それを受けた私の右手首を狙う二連撃。槍から右手を放してかわすが、代償として武器のコントロールが鈍ってしまう。

 そうなると、こちらの反撃がないと踏んだジョルジュ卿が一気に猛攻を仕掛けて来る。この人、こういうところが本当に容赦ないのだ。

 必死になって防御し続けると、わずかに、ジョルジュ卿が息を切らして攻撃が鈍る。


 攻守交替だ。

 早速、腰のところの隠しポケットに手を突っ込んで、指に挟んだ小瓶を手首のスナップで投擲する。

 咄嗟に柄で防ごうとしたのは、見事な反応と言えるが、割れて中身をまき散らすことが前提の武器なので、意味はない。


「ああっと!? これは……目潰しだー! ジョルジュ卿もジョルジュ卿であれでしたが、アッシュ君もアッシュ君でえ・げ・つ・な~い!」


 失礼な。これでも慈悲と寛容に満ちた選択をしているというのに。

 あくまで試合ということもあり、中身はきちんと手加減してある。ただの砂だ。特製催涙液だと、失明の危険もあると思うんですよ。

 ジョルジュ卿の顔に砂がかかったところで、槍を下段に振り抜く。ここで転倒させて勝負を決めるつもりなので、強振だ。

 が、その計画は踏み潰された。下段に振った槍が、ジョルジュ卿の足に踏まれて止められる。

 力をこめ過ぎた強振が仇になった。手から、槍が滑っていく。


「ちいっ!」


 慌てて後ろに退くと、ジョルジュ卿が片眼を涙で潰しながらも、片眼はしっかり開けていることを確認する。あの一瞬で、片目だけは閉じて目潰しを回避したのだ。

 私の槍を奪ったジョルジュ卿は、それを私から遠ざけようと、蹴り飛ばす動きを見せた。

 そこに勝機を見出して、私は跳ね返るように突っ込む。今のジョルジュ卿は、片足を遊ばせた不十分な姿勢だ。突っ込むには悪くない隙だ。


 案の定、ジョルジュ卿が取った行動は、私を止めようと狙った突き一つ。出は速いが、腰が入っておらず、手打ちの軽い一撃だ。

 対して、私は間合いを詰めた勢いのまま一歩を踏み込み、腰を回しながらジョルジュ卿の槍を掴み、ジョルジュ卿の槍で突き返した。

 体格差はあっても、それを無視できるほど姿勢に差がある。

 ジョルジュ卿は、槍を保持することをあきらめて手放す。もし握ったままだったら、私が行った突きにこめた捻りによって、ジョルジュ卿の手首が痛んだことだろう。

 実に素早い判断だ。


 状況が逆転し、私が槍持ち、ジョルジュ卿が素手となったのも束の間、ジョルジュ卿は先程自分が蹴飛ばした私の槍に飛びついて、掴む。

 追撃の隙もなく、状況が振り出しに戻って睨み合う。


「お、恐ろしい攻防だ~! どちらも本当に試合をする気があるのか疑いたくなるガチンコっぷり! まさしく実戦、実戦の勝負! というか、この二人に特別演武を依頼して良かったのでしょうか!」


 司会のがんばりで、歓声が戻って来た。

 よしよし、上手く行った。


 ここまで全部、仕込みである。


 別の言い方では、八百長という。事前にジョルジュ卿と打ち合わせして、何回かこっそり練習もした。

 あくまで特別演武ですからね。きっちりお客様を楽しませるよう、またイツキ氏の目的に沿うよう、実戦は生半可じゃないぞとアピールできたと思う。

 ただし、打ち合わせはここまでだ。あとは時間がなくて、できなかった。

 まあ、十分お互いに見せ場は作ったと思うし、後は流れで適当な感じでお願いしますとなっている。

 そのことを私が視線で確認すると、ジョルジュ卿も小さく頷いてきた。

 ここから先は、台本なしのガチンコだ。お互い怪我をしないように、上手に頑張りましょう。

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― 新着の感想 ―
ああ、だからアッシュ(灰)という名前か。今更ですが納得。
実況は誰がやっているのか(笑)盛り上げ方が上手い。 この時代にそんな形式で魅せるやり方なんかないはずなのに、時代を先取りした才能の持ち主ですな。 さらにマイクも拡声器もなしにやっているとしたら、喉の強…
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