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フシノカミ  作者: 雨川水海
伝説の羽
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伝説の羽8

「やはり、人狼を討伐したほどの人物が、舐められているのはよろしくないな」


 イツキ氏が、ワインをあおった後に、そう一般論を述べた。


「人狼にトドメを刺したのは私ではありませんが」


 ナイフとフォークを手に、私が事実を返す。

 場所は、領主館の食堂だ。

 本日は恐れ多くもイツキ氏からお招きを頂戴し、ヤック料理長の絶品料理を頂戴している。


 実に美味しい。

 ヤック料理長は、こと料理において手を抜くことなどありえないが、大量に、それも軍子会のメンバーに料理を教えるために作っている料理は、味を落として作っているようだ。

 領主一家とその賓客に供される料理は、一味違う。

 しかも、今日は私が来ることを知っていたらしく、私が提供したハンバーグレシピをアレンジしたものを出して来た。チーズ入りハンバーグである。

 育ち盛りにこのカロリーはたまらない。至福だ。


「食事をしている時は、普通に年頃の少年だな」


 私の表情を見て、イツキ氏が微笑ましそうに頷く。

 私の隣では、マイカ嬢がにこにこしている。


「アッシュ君は、昔からこうなんです。御飯の時は可愛くって」


 そうなのか、とイツキ氏がたずねるので、私は正直者として苦笑する。


「食べている時は子供っぽいと、よく言われます。お恥ずかしいことですが、美味しい食事は何より好きでして」


 豊かな生活というのは、結局のところ美味しい食事をお腹一杯食べることにあると思う。

 前世らしき記憶で、何が一番取り戻したいって、美味しい食事で満腹になることだ。最近は海のお魚が食べたい。


「そうか、そうか。この後は、クレープが待っているぞ。ヤックが、ぜひアッシュに食べさせたいと言っていた。お前が教えた料理だそうだな?」

「ほほう! それは楽しみです。ヤック料理長のアレンジが加わって、さぞ美味しくなっているでしょうね!」

「うむ、ヤックも自信がありそうだったぞ。アッシュを唸らせてみせる、と」


 ヤック料理長の自信作というのなら、ますます楽しみだ。

 心なしか、同席しているマイカ嬢もアーサー氏もそわそわしている。


「イツキ様、お話がずれております」


 すまし顔で注意を促したのは、リイン夫人だ。

 流石は仕事ができる女性。その隣のレイナ嬢は、クレープという単語に若干の動揺を見せ、今も口元を緩めているというのに、そんな気配は微塵も見せていない。

 内心では、リイン夫人もクレープを楽しみにしていると思うんですよね。以前、遠回しにクレープを作ってくれないかとお願いされたことがある。

 もちろん、たくさん作った。


「ああ、すまない。ええと、そう、アッシュが舐められているのはよろしくない、という話だ」

「そうは申されましても、十一歳の子供ですから、やはり年相応に低く見られるのは致し方ないのではありませんか?」


 私は、見た目に貫録があるわけでもない。腕力もないので、門の警護についている衛兵の皆さんからは、顔を合わせる度に気を付けるよう注意される。

 そんな私の見解に、イツキ氏は、その通りなのだが、と眉をしかめる。


「だが、魔物と戦って功を上げた人物が舐められるというのは、ひいては魔物の脅威を侮ることに繋がる。現に、子供でどうにかなったのなら、魔物なんて大したことがないという認識が流布し始めていてな」


 リイン夫人が、認識が流布している例を具体的に補足する。


「イツキ様の仰る通りです。軍子会の面々は、アッシュさんと実際に試合をして勝った人物も多いので、自分でも難なく相手できると、いささか増長しております」


 それはありえる、と私は渋い顔をする。

 私の実力は、軍子会で中の下程度なので、そういう発想になるのも頷ける。だが、実際に対峙してみた感触では、人狼はそこまで生易しい相手ではない。


 今期の軍子会屈指の実力者、グレン君やマイカ嬢でも、一対一では時間稼ぎができるかどうかといったところだろう。

 私が、曲がりなりにも相手ができたのは、防御に専心したことと、切り札の催涙投擲瓶があったこと、そして何より、命のやり取りに慣れていたことによる。

 マイカ嬢と私が試合をすれば、十回やって十回ともマイカ嬢が勝つほど実力差がある。だが、殺し合いとなれば、十回やれば八回は私が勝てると見込んでいる。残り二回は相打ちだ。

 極端な話ではなく、何でもありの殺し合いなら、私は絶対に毒槍や毒矢を使う。かすり傷でもつければ、相手は死ぬ。そして、かすり傷一つなく勝負が決するほどの実力差はない。最悪でも相打ちにできるというわけだ。


 基本的に、私は戦士や兵士、ましてや騎士ではないのだ。農家であり、狩人にすぎない。

 正々堂々の決闘的な殺し合いは期待しないで頂きたい。あらゆる手段を持って殺しにいきますよ。

 獲物を仕留める罠や毒に考えが飛んでいたところ、イツキ氏が話を続ける。


「軍子会でもそんな考えがはびこるというのはー、看過できんなー。とかくー、新兵は自分の実力を把握できずに無謀なことを行うものだがー、指揮官候補である若者がそうなっては悲劇が起こるー、なー」


 おっしゃることはごもっともですが、なんだかイツキ氏が棒読みだ。

 さては、あれか。すでになにか決まっているな。決まった上で、晩餐会に招いて、打診しようというわけか。

 まあ、そうでなければ、マイカ嬢やアーサー氏はともかく、私なんか晩餐に呼ばないですよねー。


「ということは、だなー。アッシュ、君の実力がー、軽んじて良いものではないとー、知らしめねばならないというわけだなー」


 そう来ますかー。

 にっこり笑顔でハイともイイエとも決して口にしない。


「このままではー、将来有望な若者がー、儚くも命を散らしてしまう可能性が高いなー。それにー、領民もー、最年少の銀功受勲者の武勇を見たがっているのだよなー。その期待に応えてやらねばー、なー」


 面倒事ですねー。そんなことする暇があるなら、一冊でも多く本を読みます。

 主に私のために、なにか他の手段を考えましょうよ。

 にこにこ笑顔に、そんな意志をこめて無言を守る。そんな全く後ろ向きな私の隣で、マイカ嬢が身を乗り出す。


「叔父上、具体的には、どんなことを考えているのでしょう」


 そんなこと聞いちゃダメです。どんどん泥沼にはまってしまうから。


「それなんだよ。知らない奴から見れば、人狼を一対一で仕留めた奴が、軍子会の同期を相手に勝ち抜けても当然って話で終わりだ」

「いえ、それ無理ですよ」


 早々に私が両手を上げて降参を主張すると、イツキ氏が片眼を閉じて私を見定める。


「そうか? バレアスが言うところによると、お前さんが本気になったら、軍子会の誰も敵わないだろうと言っていたぞ。あのバカ真面目の言うことを、俺がどれだけ信じているか、わかるよな、アッシュ」

「皆さんの朝食にご馳走をご用意差し上げて、一回戦から決勝まで不戦勝にしても良いというルールなら、ありえなくはないですね」


 つまり、実質不可能ということだ。だというのに、イツキ氏は手を叩いて喜ぶ。


「はっはっは! バレアスの言う通りだ。間違いなく、今期の軍子会、いや、歴代軍子会でお前が最強だろうな!」


 褒めて欲しいところはそこではない。


「そんな歴代最強を、軍子会の小さな枠内で挑ませるわけにはいかないだろう。同じく、今回の人狼戦で大功のあった、バレアス……ジョルジュ卿が相手をしようと名乗りを上げているぞ」


 今期の教官じゃないですか。そんなの相手にしてどうしろってんですか。

 あの人、生真面目さに見合った相当の実力者ですよ。実技の教導を見ていれば、なんであれで備品の管理人やっているんだってくらい強い。

 私が驚いているうちに、マイカ嬢が険しい顔で席を立つ。


「叔父上、それは反対です!」


 流石は私が最も信頼する仲間である。私よりも先に抗議してくれるなんて。


「今回悪いのはモルド達ですよ! お仕置きするならあっちです! 痛い目見せるならあっちです! 神様に会わせるならあっちです!」


 抗議の矛先が、ちょっとずれている気がする。


「ああ、勲章を盗んだと思われる奴等か。確かにそちらも問題だが……そうやってアッシュの実力を見せたり、今回のように俺が目をかけているとアピールしてもダメか?」


 ああ、今回の晩餐会の招待は、領主代行殿と親しい人物ですよ、と知らせる意味もあるのか。そのことには全く気付いていなかった。マイカ嬢のオマケで呼ばれたのかと思っていましたよ。

 イツキ氏の問いかけに応えたのは、リイン夫人とレイナ嬢だ。


「それは難しいかと。それがわかるようであれば、アーサー様やマイカ様がこれほど親しく接する人物という時点で、彼等の攻撃は止んでいるはずです」

「母の言う通りかと。残念ながら、そういった想像力に欠けたところがあると思われます」


 二人の進言に、イツキ氏は背もたれに体を預けて嘆息する。


「残念だ。今期は非常に優秀と聞いていたが、やはり影は存在するものか」

「影というより、当然の心理でしょう。負けず嫌いと嫉妬は紙一重です」


 私がモルド君一行をフォローすると、周囲から視線が集まった。

 そんなびっくりした顔で見ないでください。私だって腹が立っていますとも。

 ただ、これ以上、事を大きくして私の夢見る時間を奪わないで欲しいなと、そう思っているだけです。


「大したものだ。竜は小鳥に咆えない、ということか」

「アッシュ君は優しすぎるよ」


 満足そうなイツキ氏と、不満そうなマイカ嬢である。心の中では、小鳥に咆えまくりですけどね。


「ともあれ、アッシュが乗り気ではないのだ。彼自身に直接手を下せというのは、俺は取りたくない」

「でも、叔父上、このまま何も罰がないのは、モルド達にとってもよろしくないかと」

「それもそうだが、正直そちらは後日の人事評価に影響させれば問題ないなと……」


 イツキ氏は流しかけたが、可愛い姪の眼差しに失望が混じったことを感じて、慌てて意見を変えたようだった。


「いや! それは良くないな! そうだ、武芸大会でマイカが直接お仕置きしてはどうだ? 義兄上直伝の剣さばきで、思う存分、痛い目を見せてやるというのは! マイカが良いなら、対戦順をいじって場は整えられるぞ!」


 運営によるインチキ宣言が、堂々と飛び出した。

 そんなことを言って、お怒りのマイカ嬢が納得するわけが――


「う~ん、それなら……まあ、良いかな」


 納得なされた。

 審判の試合終了判定も甘くして欲しい、などと具体的な意見が飛び出す始末。アーサー氏も、今から応援に力が入っている。自分の分も思い切りやって欲しい、とのことだ。

 この流れは、私がジョルジュ卿と戦うことに障害がなくなっていっている気がする。

 予感は、間もなく証明された。唯一反対らしき意見を述べていたマイカ嬢が、満面の笑顔で私の手を握る。


「アッシュ君! ジョルジュさんとの戦いがんばって、本当の実力見せつけちゃおうね!」

「ふふふ、ぜひともご遠慮したいところですね」


 マイカ嬢の天真爛漫な笑みには、私の笑みも盛大に引きつりますよ。

 さて、どうやってここから逃げるかな、と動き出すより早く、イツキ氏がわざとらしく手を打った。


「あー、そうだった、そうだった。言い忘れていたことがあったー。今回、アッシュが特別に戦ってくれるなら、その健闘を称えて金一封を追加で送ることができるんだったー」

「イツキ様のご心配はごもっともです。ここは私が一肌脱いで、ご懸念を払しょくいたしましょう」


 欲望充填百パーセントですよ。お金はいくらあっても良いですからね。


「おお、やってくれるか」

「お任せください。私自身、人狼殿と戦って死線を潜った身です。その手強さは骨身に染みています。油断して対峙すれば、無駄な損害が増えてしまうことを知りながら、黙っているなどできません」


 さっきまでは除く。

 話がまとまってイツキ氏は嬉しい。お金がもらえて私も嬉しい。誰も損をしない結果で、素晴らしい。


「あの、お話がまとまって大変喜ばしいのですが」


 リイン夫人が、肝心要のことについて手を上げて意見を述べる。


「アッシュさんの勲章が、いまだ盗まれたままなのですが、そちらはいかがなさいますか」


 忘れていた、という顔をしたのは、私とイツキ氏だけだった。

 レイナ嬢は、どうしようか、という表情をしていたし、アーサー氏とマイカ嬢は、どうとでもなる、と考えている顔だった。


「取り返すだけなら、簡単だと思うよ。ね、アーサー君」

「マイカの言う通りだね。上手くいけば、無くなったことにも誰も気づかないかもしれない」


 なんだか上手くやってくれそうだし、その辺はお二人にお任せします。

 ジョルジュ卿との試合をどんな風に盛り上げるか、段取りを考えておかないといけない。上手くやれば金一封の厚みが増すかもしれないから、力も入る。

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― 新着の感想 ―
なんだか妙にゆるい雰囲気ですなあ。 金につられて武芸大会に出るつもりになっているアッシュ君ですが、ルールに縛られた試合でどう勝つつもりなんだか。 あと勲章を取り返す算段に関しては全くわかりません。マイ…
[一言] うーんこの腐敗しきった上層部
[気になる点] よく日本人の書く中世に法治国家を当てはめる方が多いのですが、封建国家で王や領主であればその人が法律です。 疑わしいから殺す、が法律として成り立ちます。 別に殺さなくても「証拠はないがお…
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