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フシノカミ  作者: 雨川水海
伝説の羽
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伝説の羽7

 勲章授与式から一週間ほど経ち、私は自室にやって来たマイカ嬢から、煉瓦計画チームの報告を受けている。

 私のベッドに、二人で腰かけながらである。

 さらにいえば、ちょっとマイカ嬢の密着度が高い。


 今世常識的に言えば、結婚適齢期とは言わないものの、婚約者を決めていてもおかしくない年頃の男女である。

 幼馴染ゆえの気安さといえばそれまでだが、誰かに見られると外聞がよろしくない。


「マイカさん、報告は良くできていると思いますが、ちょっと近くありません?」

「大丈夫だよ」


 マイカ嬢は力強い頷きで、私の発言を押し潰す。


「確かに、何か問題があるとは言いませんが……アーサーさんがいつ帰って来るかわかりませんので」

「大丈夫だから」


 真っ直ぐ見つめてくるマイカ嬢の顔は、やっぱり近い。

 お年頃なのだから、もうちょっと男女の距離感を覚えた方が良いと思う。


「あんまり、男の人と距離を縮めてはいけませんよ?」

「大丈夫、アッシュ君だけだから」

「なら、良いのですが」


 私もどこまで紳士でいられるかわからないお年頃だけど、まあ、あと数年は大丈夫だろう。

 マイカ嬢の顔に残るあどけなさを見て、三年より後は危ないかな、と推測する。

 じっと見つめていたせいか、マイカ嬢の顔がみるみる赤くなる。女性の顔を凝視するなんて、ちょっと紳士的ではなかった。


「そ、そんなに、心配してくれるんだ?」

「当然です。マイカさんは魅力的な女性なのですから、気を付けてくださいね」


 好かれやすい人柄で、文武両道、顔立ちも良いし、家柄もある。

 改めて考えるとすごいスペックだ。



「みりょっ、みりょくてきっ……だだ、大丈夫だから! こ、こんなこと、アッシュ君だけだから!」

「ええ、そうしてくださいね」

「もちろんだよ! えへへ……そっかそっか、他の男の人にしちゃダメか~」


 頬を押さえて、マイカ嬢がくねくねしている。

 可愛いけど、褒めた部分より注意事項を意識して欲しい。可愛いけど。

 心配しつつも、煉瓦計画チームの報告書を見直す。


 煉瓦は、基本的な技術と資源で作成可能であり、応用範囲も広いことから、都市の蔵書に相応しいと考えられていたようだ。

 資料が十分あったらしく、一月も経たないうちに、試作に取りかかるところまでまとめられている。

 ここから先の問題は、専門用語が現在では使われていない場合が多いことだ。

 一度途絶えた技術の復興は、かくも難しい。


「では、これを元に、モディさんに相談してみましょう」


 囚人職人衆の一人モディさんは、元は陶芸職人の弟子だったというので、今回は適任だ。

 使える粘土を見分けられる、というだけで大きな助けになる。

 高温の炉に使える耐火煉瓦の製作までは遠いだろうが、調理用の竈の性能にはすぐに効果が出るだろう。


「しばらくは、私も煉瓦計画に参加しますね」

「ほんと!?」


 私の台詞に、マイカ嬢が前のめりになって確認して来る。額がぶつかって、ごつんといったよ。

 私はすごく痛いんだけど、マイカ嬢はきらきらした眼で痛みなんて感じていないようだ。


「いいの? 飛行計画の方は、アッシュ君いなくて平気?」

「ええ、とりあえず、すぐにできる目標は達成しましたし、これ以上となると他の技術の発達が必要です」


 木材と布で有人飛行機を作るにしても、それを飛ばす力を持った動力が必要だ。

 流石に、ゴムや動物の腱では賄いきれない。内燃機関が必要だ。

 超高効率の蒸気機関を研究し、スチームパンクの可能性を模索するのもロマンだが、どちらにせよ基本的な金属技術が足りない。

 今回の飛行機の作成は、遠い目標をわかりやすく示し、士気を高めることが目的だ。

 ここからは、高めた士気の下、地獄のように地味な行軍が始まる。


「それに、クイドさんがあの飛行機にものすごく食いついてきまして」


 試験飛行の直後、クイド氏から腱動力飛行機の量産と販売について猛烈アピールしてきた。

 私が最初に玩具と言ったせいで、技術研究用の試験機ではなく、販売可能な嗜好品として見ているらしい。

 確かに、技術以外は極端に希少な物は使っていないので、販売できるかできないかで言えば、できる。

 ただ、技術だけは伝説級の代物なので、リイン夫人が待ったをかけた。

 現在は、執政館に務める商工政策の担当者や、商工ギルドの責任者なども一緒になって話し合いをしている。


 ええ、とんでもなく面倒……もとい、大事になってまいりました。

 私達チームからは、開発責任者としてヘルメス君に話し合いに参加してもらっている。彼のサポートとして、レイナ嬢も付けた。

 私も参加を求められたのだが、控え目な意見だったので、そこまで必要ではなかったのだろう。

 だから断った。


 クイド氏のことは村で色々あって信頼しているし、イツキ氏一派の官僚達も腐敗がひどいということはない。

 ヘルメス君はともあれ、レイナ嬢がこういった方面の経験を積む練習には丁度良いだろう。

 自分がやるのは面倒だなという以外に、これほど立派な理由があるのだ。

 私が断るのも当然である。


「そんなわけで、私の手が空いているのですよ」


 私の手を空けたとも言えますけどね。


「じゃあ、久しぶりにアッシュ君と一緒だね! あたしがんばるよ!」

「はい、一緒にがんばりましょう」


 それに異存はないけれど、ずいぶんと嬉しそうだ。


「当然だよ! アッシュ君と一緒なんて久しぶりだもん!」

「昔は、何をするにもほとんど一緒だったんですけどね」

「そうだよ、だからちょっと寂しかったんだから!」


 一年や二年前だというのに、もう懐かしく感じる。

 畑をいじるのも、ハチの巣をいじるのも、勉強するのも二人だった。

 都市に来てからは協力者も増え、やれることも増えたので、マイカ嬢には別動隊の指揮を任せることが増えた。

 その分、負担をかけてしまっていたようだ。


「マイカさんは、一番信頼しているので、ついつい甘えてしまっていたようです。すみません。それ以上に、ありがとうございます」


 誠心誠意、お礼を述べると、マイカ嬢は頬が落ちるのではないかというほど表情を緩めた。


「あたし、頼りになってる?」

「それはもう」

「一番?」

「ぶっちぎりですね」


 マイカ嬢ほど私のやりたいことについて来てくれる人はいない。

 基本的に賛成してくれるし、私の手の届かないところを支えてくれる。能力も最も信頼している。

 後はお説教の方を、もうちょっと手加減して頂ければ。


「えへへ、アッシュ君にそう言ってもらえるなんて、あたしも成長したね!」

「私なんかの賞賛で良ければ、マイカさんにはいくらでも言えますよ」

「アッシュ君なんかじゃないよ。アッシュ君だから嬉しいんだよ」


 そうかな? まだまだ子供の十一歳ですよ。


「だって、アッシュ君は史上最年少で銀功取ったもん。ノスキュラ村の英雄だよ、他に村で持っているの、お父さんくらいだもん!」

「そういえば、お祭りの挨拶の時なんか、クライン村長もつけてましたね」


 自分でもらうまで、あの勲章がなんなのかさっぱりわからなかった。

 ちなみにあの人、金功も持っているんですよ。銀でも相当にすごいと周囲から言われるのに、その上の金なんてなにやらかしたんだ。


「そうなの。勲章は結婚式とかにもつけて、やっぱり持っていると立派な人なんだって皆がわかってくれるの。位の高い勲章持ちとの結婚は、すごい自慢できるんだって!」

「ほう、そうなのですか。正装に使うアクセサリにもなるのですね」

「あ、あたしも! 結婚するなら、そ、そういう人が良いなって!」


 今世女子の理想の結婚相手の要件なのだろうか。

 高収入とか、高学歴とか、ステータスの一種というか。その辺り大らかそうなマイカ嬢も、やはり気になるか。


 あ、いや、それ以上に、マイカ嬢の立場的には、結婚相手の最低条件にも必要なのかもしれない。

 大変気さくに接してくれるが、都市有力者の血を色濃く引いているのだ。

 その上、才色兼備とくれば、辺境伯家としても放ってはおけないだろう。

 そんなマイカ嬢の結婚相手には、周囲を納得させられるだけの格が必要にもなる。

 マイカ嬢の伴侶探しも大変そうだ。


「マイカさんの結婚相手は、立派な人物ということですね」

「も、もちろんだよ! 特にあたし、頭が良い人が……!」


 恋話は世界を問わず女子の関心事か。

 マイカ嬢が、手ぶりを交えて一所懸命に語りだす。言葉の津波にさらわれて、ちょっと何を言われているのか理解しきれない。

 こういう女子の力を味わうのは久しぶりだ。


「そ、それで、だからそういうの考えると、アッシュ君は銀功勲章を取ったし……ちょ、ちょうど良いし……」


 急に小声になったマイカ嬢が、視線を室内にさまよわせる。視線がある一点を通り過ぎ、すぐにまた戻る。

 何か気づいたのか、ころっと表情が変わった。


「……あれ? ねえ、アッシュ君、勲章、どこかにしまった?」

「いえ? 机の上にありますよね?」


 特に飾る場所もないので、机の上に置きっ放しにしてある……はずだったのだが。


「ない、よ?」

「ありませんね……」


 おかしいな。

 持ち歩く物でもないし、今日は机を使っていないので、どこかに行くはずもない。


「何かの弾みで落ちましたかね」


 机の周りを探してみるが、見つからない。

 念のため、部屋中を探してみるが、見つからない。


 途中、アーサー氏が戻って来たので行方をたずねてみるが、やはり知らない。

 アーサー氏が部屋を出た時はあったはずとのことだ。

 その後、私とマイカ嬢が来るまで、この部屋は無人。

 もちろん、物が勝手に消えるはずはない。流石にそこまで人類に不利なファンタジーは、今世にもない。恐らく。

 とすると、考えられるのは一つだ。


「盗んだ人がいる」


 マイカ嬢が、月のない夜の死の谷の底みたいな暗い眼で断言した。

 なんだか私より怒っている。

 アーサー氏も、珍しく不機嫌な顔で同意する。こちらも、眼が地獄の溶けない氷のように冷たい。


「状況的にそれしか考えられないね。というより、アッシュの物が無くなると、失くした可能性より、盗まれたって可能性の方が高いよね」


 そうなの?

 私、そんなに恨まれているのだろうか。

 まあ、盗まれたとしたら誰が犯人かというのは、私も思い当たる節がある。

 この寮館に部外者が入るのは難しいし、内部の人間となると事あるごとに嫌がらせをしてくる人が最有力だ。


 つまり、モルド君ご一行だ。


「モルド達さ」


 マイカ嬢が人を呼び捨てにするのを、初めて聞いた。


「神様の御許に送ろ?」


 ぶっ殺すの婉曲表現が投入されました。

 物騒な物言いに、アーサー氏が迷わず首肯する。


「狼神様に? それとも猿神様に?」

「竜神様に決まってるよ」


 お待ちなさい、お二人とも。あんまり物騒なことを言うものではありません。

 落ち着いて、深呼吸をして。


「アッシュ君は、優しすぎるよ」

「そうだよ。やる時はきっちりやらないと」


 だって、所詮は子供の嫌がらせ程度だから、死刑執行まで目くじら立てる気になれないというか。


「そんなことないよ! 勲章を盗むなんてとんでもないことだよ! あれは持ち主の栄誉の証なんだから! 持ち主のやったすごいことを世間から隠してやるって喧嘩売ってるのと一緒だよ!」


 私はあんまり気にしないけれども。金一封は別途保管してあるからね。


「そうだよ! 贈り主にとっても、勲章をぞんざいに扱われると侮辱されたってことになるんだから! 失くしただけでも、面子を潰したって罰せられることもあるんだよ!」


 それは怖い。

 でも、イツキ氏もあんまりその辺は気にしない人物だと思う。きちんと事情を話して謝罪すれば、むしろ正直者だと笑って褒めてくれるタイプの人だ。

 私が、イツキ氏は良い人ですよね、なんて笑っていると、二人は互いの顔を見合わせる。


「アーサー君。そんなわけで、勲章を取り返すのはもちろん、モルドをこらしめる必要があるよね」

「そうだね。これは、アッシュの友人としても、軍子会の一員としても、政に携わる人間としても捨ててはおけないよ」


 自然な感じで、当事者の私が省かれてしまった。


「特に、秋の武芸大会、あれの前に勲章は取り返さないと」

「そうだね、確実に勲章をつけて登場しないといけないから」

「うん、最年少の銀功ということで、注目されてるもんね」

「注目の的だよ、すごいことをしたんだから当たり前だね」


 二人が盛り上がっていく、やや関係ない方向へ。

 とりあえず、二人だけに対策を任せると過激な結末になりそうなので、レイナ嬢やヘルメス君も巻き込んでおこう。

 濃すぎる液体は、とりあえず薄めるのが吉だ。


 それから、きちんとリイン夫人を通して、イツキ氏へも今回の件を報告しておかねばなるまい。

 失態はきちんと報告するのが、社会のマナーだ。

 ただし、上司が生産的な対応をしてくれる場合に限る。


 報告の結果、私の管理能力にマイナスがつくのは致し方ない。

 すぐに盗める場所に置いておいたのは私だ。きちんと評価は受け入れよう。

 もちろん、窃盗犯の方にはより厳重な評価が下るだろうが、それは私の関知するところではない。

 私は私の失態を報告するだけだ。別に、ちょっとくらいはイラッとしたから、痛い目見たら良いですよ、なんて考えていない。


 この手の悪事って、被害者が泣き寝入りしないと仕掛けた側が終わるんですよ。

 悪いことはできませんね、って話です。

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