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フシノカミ  作者: 雨川水海
伝説の羽
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伝説の羽6

 先の人狼戦の勲章授与式は、都市の広場で行われることとなった。

 ちょっとしたお祭りだ。


 魔物一匹だけとはいえ、戦闘を被害なし(私除く)で終わらせたことは、宣伝に値するそうだ。

 魔物が近隣をうろついている、という情報のせいで、落ち込んでいた都市の経済活動を活性化する目的もある。

 都市防衛の英雄を讃えるという名目のお祭り騒ぎは、活気を取り戻す格好の口実というわけだ。


 広場には、五十人ほどの領軍兵士が整列している。当日功を立てた兵士以外に、式典を盛り上げるサクラとして駆り出された兵士も多い。

 この兵士達の脇に、ちょこんと立たされているのが、軍子会の面々だ。

 私が勲章を受けることになったために、巻き添えになってしまった。真に申し訳ない。

 私だったらいい迷惑だと顔をしかめそうなので、真摯に謝罪する。

 用事がある人や体調不良の人は、遠慮なく参列を免除されていることが、いくらか気持ちが軽くなる点だ。

 アーサー氏や、レイナ嬢、ヘルメス君が、列にいない。


 式典は、結構長かった。

 広場にこしらえられた檀上のイツキ氏から、今回の魔物の襲来と、戦闘過程の説明、対応した兵士達への賞賛が語られる。

 偉い人の長話は、どこの世界でも嫌われるだろう、なんて思っていたら、聴衆の皆さんの反応が良い。

 特に、魔物を足止めしたとか、騎馬を駆って救援に駆けつけたとか、弩砲の正確な一撃で仕留めたとか、戦闘の説明で逐一歓声が上がる。

 おかげで、整列させられている人達も、立たされているのもまんざらではない、という顔になっている。


 ひょっとすると、早く終わらないかな、なんて思っているのは私だけかもしれない。

 いや、きっとそんなことはない。

 なんだかんだで皆さん大人だから、誤魔化すのが上手なんですよ。私だって表面上は、なんてことない顔しているはずだ。そうですよね?


「それでは、勲章を授与する。名を呼ばれた者は、前へ」


 授与は、勲功順に、白功勲章から始まり、鉄、銅と来て、最後に銀だ。

 ジョルジュ卿は銅功だった。トドメの一撃を放った弩砲の砲手と、門の指揮官も、銅功だ。

 私が一番高い銀功を頂いても良いのだろうか。


「最後に、軍子会所属、アッシュ!」


 返事をして壇に向かって歩き出すと、喝采が沸き起こった。

 やめてください、恥ずかしいです。

 褒められるのは好きだけど、目立つのは苦手だ。寒村生まれの農民には、その辺の耐性が全くない。

 とはいえ、顔を隠して逃げ出すわけにもいかず、無愛想に無表情というのもイツキ氏に悪いので、曖昧な微笑を浮かべて、壇上に上がる。

 微笑といっても限りなく苦笑です。

 そんな私を、イツキ氏は限りなく好意的に解釈してくれた。


「うむ、流石に落ち着いている。若いのに大した度胸だ。人狼を相手取り、一人でしのぎきる大立ち回りも納得だ」

「光栄なお言葉、ありがたくあります」


 早く勲章をください。

 そして、すぐにこの目立つ場所から降りさせて。


「いまだ正式に任官していない身でありながら、都市防衛のために奮戦するその高邁な志、成功させる抜群の技量を称え、サキュラ辺境伯の名において、戦闘一種銀功勲章を授ける」

「ありがたく頂戴いたします」


 もう良いですよね。これでお役御免ですよね。


「なお、十一歳での銀功勲章の授与は、王国中の歴史を探しても空前のことだろう。それが、我が領の人材であることを頼もしく思う」


 まだでした。イツキ氏、さっさと次に行きませんか、次。

 次の予定があること、あなたにご相談してありましたよね。笑って了承をしてくださった御恩、私は忘れませんよ。

 だから、早く次。


「また、軍子会の活動で見せた君の真摯な探究心と、そこから見出す深遠な学識、それを惜しげもなく友人達と分かち合う度量の広さは、刮目に値する」


 絶賛の嵐のようだが、表面の薄皮一枚の下に農業改善計画の騒動があるので、いよいよもって気まずい。

 その節は大変ご迷惑をおかけいたしました。

 今後もさらに大変なご迷惑をおかけする所存ですので、先行特典の謝罪(思念)を送ります。


 届け、私の想い。


「サキュラ辺境伯家は、君が成人し、正式な官位を与える時を待ちわびている。今後も、その才気を思う存分発揮して欲しい」

「ご期待に添えられるよう、全力を尽くします」


 謝罪の念が届いたのか、にこやかな笑顔で差し出された手を握り返す。

 あらかじめ段取りを把握している司会のリイン夫人が拍手すると、広場中から拍手が起こる。

 距離が縮まった隙に、イツキ氏が小声で囁く。


「この後、やるんだな」

「はい、準備万端です――多分」


 イツキ氏が、おいおい、と言いたげに苦笑するが、仕方ないではないか。

 式に参加している私には、広場内で出番を待っている二人の様子を知れないのだから。


「まあ、なんとかなるか」

「ええ、なんとかします」


 最終打ち合わせを終えて、イツキ氏が頷いて私の降壇を認めてくれる。

 やれやれ、これで後もう一仕事だ。


 私達にとっては、このもう一仕事が本番だ。

 壇を降りる途中、私はふと立ち止まって、視線を広場の端に向ける。

 私に注目していた視線が、釣られて同じ方向へと集中する。


 そこは観客の最前列で、本日大事な用で参列を免除されたヘルメス君がいた。


 彼の手には、ゴム動力飛行機――動物の腸や腱を使っているので、腱動力と言うべきか――が、すでに動力を巻き終えた状態で、歴史に蘇る時を待っている。


「飛べ、不死鳥」


 ヘルメス君が、大勢の人々が見つめる中、子の背を押す親のような優しさで飛行機を空に放った。

 軽やかにプロペラが回りだす。

 ヘルメス君が飛行機を放った仕草は、投げるというより、押し出すという表現に近い。

 その力の柔らかさに、それを飛行機と知らない誰もが、すぐに落下すると信じていたに違いない。


 だが、その信仰は、三秒で打ち砕かれた。


 試行錯誤を繰り返し、導き出した渾身の形状の翼が風を掴む。

 その風を、プロペラが力強く手繰り寄せる。

 飛行機は、空を走るように前へ、前へと、広場を横断していく。


 石のように落ちるのではない。

 木の葉のように風に乗っているのでもない。

 ブーメランのように投げられた力で滑空しているのでもない。

 それは、自分の身に備えた力で、前へ、前へと空を進んで行くのだ。


 鳥のように、飛んでいる。


 その光景を見つめ、目の前で何が起こっているのか理解した人の口から、一瞬の声が漏れる。

 ある人は驚きの声、ある人は憧れの声、喜び、笑い、感動。

 だが、それらはほんの一瞬の音だけ発すると、静まり返る。


 飛行機――ほとんどの人は、十歳になる頃にはその言葉を聞いたことがある。


 鳥を見て、あんな風に飛んでみたいと、子供は願う。

 どうして鳥は空を飛べるのかと、子供は問う。


 すると、周りの誰かが教える。


 大昔には、飛行機という人が飛ぶための道具があったらしい。

 まあ、物語の中の話、ただの伝説だ。

 鳥が飛べるのは鳥だから、人は決して飛べないよ。


 連綿と続いてきた、夢見る動物で、現実に生きる動物の営みだ。

 歴史は人が飛べることを知っているのに、人々はその歴史を虚構の水面に沈めてしまった。

 誰かがその歴史を指摘しても、水面に写った幻影だと、人々は嘲笑い、確かめようとはさせなかった。


 そして、空飛ぶ機械、飛行機は、歴史の空から墜落し、古代文明の夢のような生活にまつわる伝説の一つになった。


 だが、それは、つい先程まで、ほんの数秒前までのことだ。

 人々は、眼にした。

 広場の端から端まで、飛んで行く飛行機を。


 常識と良識を兼ね備えた都市の住民達だ。

 規律に従い、教育を受けた兵士達だ。

 教養を重ね、政に携わる領主一族だ。

 彼等の眼は、歴史書の最先端そのものだ。


 その彼等が、見たのだ。

 飛行機(でんせつ)が、空を飛ぶさまを。


 今日の陽が落ちる前には、いくつもの手紙、いくつもの日記、いくつもの報告書に、「私は空飛ぶ機械を見た」と書き記されるだろう。

 虚構の水面から伝説が飛び立ち、歴史の空に、再び飛行機が舞い上がった瞬間だ。


 歴史的に大きな、距離にしてほんの百メートルの飛行を堂々と行った〝不死鳥の羽〟号は、ヘルメス君の向かいで待ち構えていたレイナ嬢が優しく受け止める。


 その場にいた全ての人々から、感嘆の叫びがあがったのは、飛行終了後、数秒経ってからだ。

 熱狂の歓声の中、ヘルメス君とレイナ嬢は、降壇した私の下へと駆け寄ってくる。

 予告にない段取り(ただし、イツキ氏は了承済み)を実施した、説明をしなければならない。


 でも、本当に私がしていいの? すごく目立つよ? これまで飛行機を作ろうとがんばってきた、ヘルメス君がやるべきじゃない?

 代わって欲しいなぁ、と思いながらヘルメス君を見ると、早く言ってやってくれ、とばかりに力強く頷かれた。

 仕方がない。

 私は、大きく息を吸いこんだ。


「ただいまの機械は、軍子会の成果物として、本日発表させて頂きました! ご覧頂いた通り、飛行機の小型模型です!」


 また大きな歓声が上がる。

 絶対聞こえていない人も、ノリだけで叫んでいると思う。


「人を乗せて飛んだという、前期古代文明の物と比べれば、ほんの小さい飛行機です。人を乗せて飛ぶためには、まだまだ足りない技術がたくさんあります! ですが、人が空を飛ぶことを、不可能と言わせないだけの大きな飛行機でもあります!」


 隣のヘルメス君が、ものすごく嬉しそうだ。

 誇らしげで、楽しげで、そして泣きそうな顔をしている。


「人を乗せる飛行機を一羽の鳥だとするならば、今の私達の飛行機は、その羽の一枚に過ぎません。ですが、一羽の完全なる鳥も、この一枚の羽なしに飛ぶことはできません。最初にこの一枚の羽を作ろうと目指したのは、私達の友、ヘルメスさんです! どうか、彼に惜しみない拍手を!」


 レイナ嬢が、ヘルメス君の手へと飛行機を返すと、少年の手を取って掲げさせる。

 その瞬間、大喝采が、飛行機を夢見、追い続けた少年へと与えられた。


 実に、物語になるではないか。

 私も胸が熱くなる。

 やはり、生きるためにはこういった感動が必要不可欠なのだ。

 人はパンのみで生きるに非ずとは、良く言ったものだ。


 この後、あまりに皆さんが熱くなりすぎて、興奮がやまず、勲章授与式の閉会の宣言は取り止めになった。

 ぐだぐだである。

 ちょっと派手に飛行デモンストレーションをやらかして、工業力向上計画の認可と予算が下りやすいようにしたいなーと目論んだのは私です。

 だから、その効果が行き過ぎて混乱を招いたのは、私の責任のような気はする。

 言い訳をさせて頂けるなら、この演出はイツキ氏も同意してのことだったので、私だけが悪いわけではない。


 アーサー氏やリイン夫人からは、「もう少し演出は抑えた方が」と言われていたけど、私だけのせいではないのだ。

 責任は、決定権を持っている上司が取るべきですよね。

 そして、それは私ではない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 再読してます。 「飛行機の模型が空を水平に移動したくらいで感動するもんかね。まぁ初めて見る動きだから、もの珍しいというだけでも効果バツグンか」 と思い返してたんですが、 “不死鳥の羽”号が…
[良い点] 不死鳥の飛翔で涙ちょちょぎれました! 感動しました!
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