伝説の羽4
炉・窯用の煉瓦計画チームと別れ、私達、飛行計画チームは、クイド氏の元をたずねた。
行商人だったクイド氏も、いまや店舗を構える一国一城の主となっている。
商売が嘘のように上手く行って、他領の都市まで手を広げて活動していると、開店の際に律儀に報告に来てくれた。
なんだかんだとお付き合いが長いので、私は何か入用になると、クイド氏にお願いすることにしている。
「アッシュ君! よく来てくださいました、今日はどんなご用です? わたしにできることでしたら、なんでも!」
前々から愛想の良い人ではあったが、お店を持ってからますます気持ち良い接客をするようになった。
私のような小さな子供を相手にも、お客はお客、満面の笑みで心から歓迎しているようにしか見えない。
自分の城を守るに相応しい職業意識といえる。
村人から小銭をちょろまかしていた行商人は、もはやいない。
位が人を作る、とはこういうことなのかもしれない。
「実は、ちょっと作りたい物がありまして、その素材を探しに来ました」
私が目的を告げると、クイド氏の眼が鋭く閃く。
「それはそれは、アッシュ君の物作りは久しぶり……あ、いえ、市壁の外で色々やっていましたね。ともあれ、私にご相談くださるのは久々ですね。何を作られるのです?」
眼つきとは裏腹に、相変わらず丁寧な接客態度で対応してくれる。
なんで眼だけが、獲物を見つけたようなのだろう。いつも買い物するくらいでは、こんな眼をしないのに。
「ちょっと空飛ぶ玩具を作ろうかと」
「玩具、ですか? 空を飛ぶ? ……ブーメランのような?」
航空機技術の最初の一歩とはいえ、前世では知育玩具の一種だ。
「系統は同じでしょうか。その上位発展型と言いますか」
「なるほど、やはりアッシュ君のやることは一味違う。簡単にはわかりませんね」
興味をそそられたのか、クイド氏は詳細を知りたいようだ。
好奇心旺盛なのは、行商人時代の名残だろうか。
いや、クイド氏は今でも、他領に自ら赴いて商品をやり取りする交易商なので、現役の行商人と言っても良いのだけれど。
どちらにせよ、新しい物、珍しい物は確かめずにはいられないのだろう。私としても、色々な人に空を飛ぶ可能性を見て頂き、多方面からの関心と、できれば協力を得たい。
「完成したら、クイドさんもぜひご覧になってください。お披露目にお呼びします」
「おお、ありがとうございます! では、期待をこめて、お値段は勉強させていただきます。いやあ、楽しみだ!」
クイド氏が、ほくほく顔で色々な素材を保管している倉庫に案内してくれる。
値引きが期待できるということで、私もほくほく顔である。
「とりあえず、質の良い紙か、布。柔軟で軽い木材。あとは接着剤になる漆なんかが必要でしょうか」
「ふむふむ、それならひとまずこちらへどうぞ。いやいや、一体どんなものができるやら、楽しみです」
ゴム動力紙飛行機は、骨格を木材で作り、紙か布で肉付けするつもりだ。
形を作るだけなら、そう苦労はない。重さとバランス、翼の長さの調整は必要だが、全体が軽く作れるなら、いくらかは無視できる。
一番問題なのは、ゴムがないことだ。
ゴム動力紙飛行機なので、プロペラを回すエンジン部分がないことになる。本物の航空機を作ることと比較すると、エンジンがないという同じ問題にぶち当たったことになる。
代替案は考えてある。一つは、プロペラなし、滑空のみのグライダーとしてお茶を濁す。
そしてもう一つは、あくまでプロペラを回す。そのために、
「いくつか、動物の腱や腸で作った、弦を見せて頂きたいのですが」
弓や弦楽器に使われている、ゴムの代わりになりそうな動物素材を使う。
「それなら、アッシュ君の村から仕入れたものがいくつか」
「バンさんの獲物ですか」
「そういうことですね。あ、ひょっとすると、ジキル君のものも混じっているのかも」
そうだった。ジキル君も、いまや立派な猟師となったことだろう。
できることなら、我が故郷、我が師、我が友に縁ある素材で完成させたいものだ。
試作用の素材を選び終えると、ヘルメス君が一通り見回して、唇を尖らせる。
「鉄どころか金属がひとっつもないんだな」
「ええ、金属は重すぎますから」
小型模型とはいえ、かなり性能の良い電気モーターでも開発しない限り、金属製で飛ばすことは考えられない。アルミ製でも無理だと思う。
「けど、本物は鉄でできていたんじゃないのか? 少なくとも、金属だと思った」
「私の知る限り、全体が鉄製というのはなかったと思います。もっと軽量なアルミ合金が長いこと主流だったらしいですよ」
人狼殿と戦った時の走馬灯で、この辺りの知識は思い出した。
世界の名を冠した大戦争において、アルミニウムが戦略資源になったのは、当時の航空機の主力素材が、アルミ合金だったためだ。
ボーキサイトからアルミニウムが精錬されるが、そのためには大電力が必要だ。
発電所もない今世で、白貨という形でアルミが安く流通しているのは、人狼というファンタジーのおかげだろう。
一度精錬されてしまえば、アルミは加工しやすい便利な金属だ。今世ではいまひとつ活かしきれていないことがもったいない。
「アルミか。確かに、あれは軽いが、そこまで頑丈じゃないぞ?」
「ええ、あれで空を飛ぶことを考えると、ちょっと恐いですよね。でも、アルミ合金の前は、木と布だったらしいですよ」
ヘルメス君が、絶句して手元の木材と布を見る。
そう、それで空を飛んでいたのです。
「昔の人ってのは、すげえな」
「最初に何かを成した方というのは、それはもう尊敬されるべきだと思います」
きっと、ヘルメス君と同じように夢を見て、できるはずがないと馬鹿にされ、それでも空は飛べると信じて、ついにはやってのけたのだ。
やってのけたことが実に偉大で、正しく尊敬されたために、彼等の業績は本に残されている。
文明が滅んだ後も、同じように夢を見る誰かに、その夢は叶えることができると声をかけるために。
「最初にやってのけた人か……」
ヘルメス君が、ぐっと顎に力を入れる。
それは、気合を入れた表情であり、時の中に埋もれた人への憧憬の眼差しであり、史上初の名誉への嫉妬の笑みであった。
「うらやましいな、畜生」
「ええ、うらやましいものです。だから、ヘルメスさんも、うらやましがられるために頑張りましょう」
史上初の有人飛行成功という記述は、古代文明の誰かさんに譲るしかない。
だが、一度は途絶えた技術を甦らせた偉人の記述は、今世ではまだ誰の手にも渡っていない。
「素晴らしいではありませんか。時の暴君に奪われた、夢物語の技術。それを見事に甦らせた最初の一人。後世、空を見上げてうらやむ人がどれほどいることか」
「それ、いいな」
ヘルメス君が、にんまりと口元を緩める。
「しょうがない。俺はそっちで我慢しとくか!」
やる気に満ちたヘルメス君に我慢してもらうためにも、私も精一杯お手伝いをしよう。