伝説の羽1
村で一月ほどの療養を終えて都市に戻って来ると、勲章を授与されることが決まっていた。
サキュラ戦闘一種銀功勲章という物らしい。
どういうものなんです、と上官であるジョルジュ卿に尋ねたところ、機嫌良さそうに教えてくれた。
「言葉の順番に説明すると、功績を証明し讃える者が誰かという〝サキュラ〟、どんな分野での功績かというのが〝戦闘〟で、この場合は魔物と戦ったことを意味する〝一種〟、〝銀功〟というのはどの程度の功績なのかを示す区分だな」
「つまり、サキュラ辺境伯が、魔物との戦闘において、銀くらいの功績を挙げたことを褒めてくださる勲章だと」
「わかりやすいだろう」
とっても、と素直に頷く。
ちなみに、戦闘二種は対人戦闘、戦闘三種はその他の特殊な戦闘に当てはめられるそうだ。
ジョルジュ卿の話では、他領でも、勲章の区分自体は同じだと言う。
ただ、同じ勲章でも、日付や意匠によって、「何の事件の時の活躍を証明するものか」が分けられているらしい。どの戦争へ参加したのかを示す従軍勲章のような感じだ。
また、その領主の嗜好や、領地の歴史によって変り種の勲章があるそうで、関係者の間で定期的に話題の種になるのだとか。
似ていても一つ一つ違うとか、レア物があるとか、コレクター魂をくすぐるものがあるのだろう。
温泉地では、お風呂に関係した湯煙勲章とかあるらしいですよ。
「銀功というと、どれくらい褒めてくださっていると思えば良いのでしょう?」
「今回贈られる中では、最も名誉ある勲章が銀功で、しかもアッシュのみの受勲だ。それくらいは胸を張って受け取ると良い」
「おや、今回の一等賞ですか」
てっきり上に金があり、他の誰かがもらうのだと思ったが、ずいぶんと過分な評価を頂いている。
最終的に人狼を倒したのは、市壁の弩砲部隊であり、私はジョルジュ卿が助けに来てくれなかったら死んでいたはずなのに。
「それだけの価値がある。アッシュの足止めがなければ、どれほど被害が出ていたか」
「前にも言いましたが、成り行きでしたけどね」
熊殿の時も心から思ったけれど、もう二度とやりたくない。
だって、村に帰ったら母上にしこたま叱られたのだ。
それも、今回はユイカ夫人もタッグを組んでお説教を繰り出してきた。怪我が治ってからは、クライン村長直々に稽古をつけられたので、あの人はあの人で多分怒っていたと思う。
バンさん一家は呆れていたし、フォルケ神官は咽るほど笑っていたよ。素直に褒めてくれたのは父上くらいだ。
なんて割に合わない名誉の負傷だったのだろう。
「ちなみに、最年少受勲記録だと思うぞ。戦闘銀功では間違いないし、ひょっとすると受勲全体で考えても最年少かもしれない」
「私の年頃で戦いの場で活躍するなんて、色んな意味で良い傾向ではありませんからね」
溜息を吐きながら応えると、ジョルジュ卿は苦笑を漏らした。
「いや、まったくその通りなのだが、もう少し喜んでも良いのではないか?」
「褒めて頂いた時間の数倍のお説教を頂戴すれば、浮かれる気持ちも湧きませんよ……」
「ああ、うむ……その、大変だったようだな」
村を出る時は、念押しに念押しを重ねられて無茶をしないようにと言われたし、都市に着いてからもマイカ嬢とアーサー氏の視線が痛い。
「まあ、そんな中で、勲章という形で名誉を讃えてくださるのは、いくらか心が和みます」
「大いに和まされて欲しい。いや、本当に、それくらいの手柄を立てているから、そう気落ちせずに……。そうだ、報奨金も出るのだ。何か欲しい物でもあれば――」
「なんだそれを先に言ってくださいお金はいくらあっても使い道に困りませんからね!」
筆記用具といった小物から、実験用資源まで、欲しい物も(金額的に)大小そろっているのでハウマッチでもどんと来いだ。
「アッシュは……和むを飛ばして走り出すんだな……」
ジョルジュ卿は、損をしたような表情でそう呟いた。
そうですね、和ませようと生真面目にがんばってくれてましたものね。
でもほら、子供は元気が一番って言うでしょ。和むのは年を取ってからたっぷりするから。
それまでは、ほら、あれですよ……貯蓄。そう、和みの貯蓄をしておきますから。決して無駄にはしませんから。
そんなことをジョルジュ卿と話しているうちに、鍛冶場の準備が整ったようだ。
近づいてきた職人さんが、軽く頭を下げる。
「じゃ、そろそろ製錬を始めます」
「はい、よろしくお願いします」
今日は、この製錬作業の見学に来たのだ。
製錬されるのは、一月前に私を殺しかけた人狼殿、という意味不明の素材を聞いて、どういうことか確かめずにはいられなかった。
鍛冶場の気温が、一気に上がる。
お弟子さんが、足踏みふいごで炉の火力を一気に上げたせいだ。地下に埋没している炉――正確には、地下に造った炉から、煌々と赤光が溢れて肌を射抜いてくる。
こんな小さな規模で製錬作業を行うのは効率が悪いのだろうが、これが今世の標準らしい。
何故かというと、大きな製錬炉を必要とするほど大量の鉱石が手に入らないからだ。
領主業務を手伝って、領内都市の資源や交易品を把握した結果、今世の地下資源全般が枯渇状態にあるものと推測された。
石材も、鉱物も、ほとんど流通していない。化石燃料にいたっては記録上に一言も見当たらない。
建築用石材はとてつもなく高額で、市壁の修理などに使うため、都市予算で勘定する桁であり、個人の道楽でどうこうできるものではない。石材の流通には国王の認可がいるようで、実質お値段はついていない、と言って良いだろう。
道理で、石造りの建物どころか、石造りの設備すらも希少なわけだ。
尽きることのない強欲をいさめる教会の古い教えがあることから、前期・後期古代文明が、その辺りの資源を使い果たしたのではないかと見ている。
この考えに行きついた時には、目の前が真っ暗になった。
石炭も石油もなしで近代化・工業化を起こそうなんて、ハードモードにも程がある。
とにかく火力が足りない。薪と木炭だけに頼っていては、すぐに森林資源が消えてしまう。
一方、文明の現状について、納得もした。
古代文明の持ち越し分があるにしては、今世の文明は発展速度が異常に遅い。
ガラスがほとんど見当たらないし、煉瓦もない。この辺りは、もっと発展・普及していてもおかしくないはずだ。
なんたって、ガラスや煉瓦は中世どころか古代初期まで遡ってもおかしくない発明品だ。原始的な手段で技術の保持が可能……であるのにも関わらず、ここまで途絶えた。
多分、化石燃料が手に入らなくなった古代文明滅亡前後に、代替として森林の伐採が進んだに違いない。
それこそ、根こそぎ切り倒したかもしれない。
そして、ガラスを作ろうにも、煉瓦を焼こうにも、薪・木炭が手に入らない時代が訪れ、知識も技術も地表から一掃されたのだろう。ひょっとしたら、手掛かりになる基礎的な素材も吹き飛んでいるかも。
案外、オーパーツというのは、こうして生まれるのかもしれない。
今、鍛冶場で高熱を発している炉だって、原始的なものだ。見ていて不安になるほど、熱効率が悪い。
化石燃料を当てにできない以上、森林資源は大事に永く使いたいのに。
「まず、これがアルミです」
真剣な表情で大飯喰らいの炉を睨んでいると、職人さんが教えてくれた。
今吐き出されている溶けた金属が、アルミニウムなのだろう。
今世の一番安い貨幣、白貨に使われている。
「次に、銅が出てきます」
融点の順に抽出していくのだな、と頷く。
「一番多いのは鉄ですが、勲章に使う銀も、結構な量が取れます」
さらに三十キロほどの製錬屑が出る、と。ずいぶんと雑多な金属で構成されているものだ、人狼の肉体というものは。
今、炉にかけられているのは、人狼の毛皮を中心に、乾燥させた肉や骨だ。
金属の鎧をまとっているような生き物なので、金属が抽出できるのも自然な――いやいや、どう考えても、ファンタジー理論だ。
前世的常識のせいで納得はしづらいが、鉱物産出が絶望的な以上、こうした形で新たに確保できるのは喜ばしいことには違いない。
金属類が一定量供給され、貨幣という形で循環しているのも、魔物から取れるためなのだろう。
人類に不利すぎるファンタジーも、いくらかは優しさを知っているらしい。最小限だけは人道的なファンタジーだ。もう少し甘やかすということを知っても良いのに。
私が熱心に頷いていると、ジョルジュ卿が興味深そうにうかがってきた。
「鍛冶場で見たかったものは見れたか?」
「ええ、よくわかりました」
次にやるべきことは、炉・窯の改良・改善だ。
長く険しい工業力向上計画、その端緒といったところか。計画書作って予算取ろう。
「神殿で本を探さなければなりません」
「うむ、わかっていたことだが」
ジョルジュ卿は、笑いを誤魔化すように咳ばらいをした。
「私にはよくわからない結論だ」
それもう、わかっているのか、わかっていないのか良くわからないですね。
あと、ネガティブな言葉の割に楽しそうなのは何でですか。
この話から、更新頻度に変更があります。
毎日更新から、「月・水・金」の週三回にさせて頂きます。
詳しくは活動報告にて、ご報告させて頂きます。




