シナモンの祭壇5
従伯父の講義は、思った以上に面白かった。
軍が扱う道具についての説明があったので、都市での技術レベルをうかがうことができたためだ。
どうも、ジョルジュ卿は備品の管理や補充、兵站業務に明るいようだ。生真面目で几帳面そうな印象もあったので、金銭を扱う業務について信頼があるのかもしれない。
そして、寮館に戻ると、夕飯の準備が待っていた。都市二日目はまだ終わらない。
「ここの生活での食事は、当番制なんだ。といっても、基本的には領主館お付きの料理人の手伝いなんだけれどね」
寮の先輩であるアーサー氏からの説明に、新人の私とマイカ嬢は、それぞれ相槌を打つ。
「理由としては、やっぱり軍事訓練でもあるから、外に遠征に出た時、最低限自分の身の回りのことは自分でできるようにする訓練だと聞かされたよ」
ごもっともな理由である。
戦場に料理人を連れて行って、護衛の手間と食料の消費量を増やすのは、贅沢な話だ。
それくらいなら、必ず戦場に必要な兵自身が、自ら料理できた方が良い。料理人を雇って連れて行ったとしても、苦境の時にまで料理人がいてくれるという保証もない。
戦場は、どういう形であれ、人がいなくなる場所であると従伯父殿もおおせであった。
「特に事情がない限り、当番は部屋ごとだ。つまり、僕とアッシュが一組、マイカと相部屋のレイナが一組……今回はこの二組が料理当番だ。二人には到着早々で悪いけど、僕達、相部屋の相手がいなかったから、最後まで当番を免れていたんだよ」
マイカ嬢と私は、互いの顔を見合わせる。
「それなら、まあ」
「仕方ありませんね」
それに、昨夜と今朝の料理を食べた限り、料理人の腕には期待がもてる。かなり美味しかった。
村にはない、都市だから手に入る様々な食材の調理方法を教えてもらおう。
都市では手に入る食材が桁違いに増えるので、前世らしき記憶にある料理も再現できるかもしれない。どうせ手間暇を取られるなら、精一杯楽しもう。
「では、早速お手伝いに参りましょう。早く作らないと、お腹が空いてしまいますしね」
「そうだね。というか、頭を使ったから、もうすでにお腹が空いてたりね」
足取り軽い私とマイカ嬢に、アーサー氏とレイナ嬢が頼もしげな眼差しを向けつつ後に続く。
「この様子だと、二人とも料理できそうだ」
「ええ、頼もしいわね。助かったわ」
この様子だと、それぞれの相棒は調理場に立ったことがないようだ。
再びマイカ嬢と顔を見合わせて頷き合う。
「まずは包丁の握り方から、ですかね」
「それは作る料理のメニューによるかも。鶏の羽むしりという可能性もない?」
「なるほど。解体はコツがいりますし、振られたら私がやりましょうか。その場合、内臓の水洗いもありえますね」
「それは初心者にはちょっとつらいかな。洗い残しがでちゃったら大変だもん。難しい部位はあたしとアッシュ君がやる?」
どんな手伝いを求められるのか。その場合どのように二人を教育するか。
簡単に二人で打ち合わせをしていると、背後の二人が黙り込んでしまった。
肉処理の内容が、少々生々しかっただろうか。胃の辺りを押さえているので、食欲が失せている気がする。
すっかり慣れてしまった私とマイカ嬢にとって、生々しさとはすなわち、完成した料理の肉肉しさの予想なので、むしろ食欲が湧いてくる。
若干二名でわいわい言いながら到着した寮館の調理場は、村の民家よりずっと立派だ。
大人数の調理を前提としているようで広く、竈も複数作ってあり、石材も多少使われているのが見受けられる。石材の骨格に、粘土を張りつけた竈のようだ。
そこまで石材を使ったなら、全てに石を使えば良さそうなものだが、やはり石材が希少なのだろうか。
「来たな、新入りども」
そして、調理場の王と言わんばかりに私達を睥睨してくる男性が一人。
恰幅も良いが体格も良く、右目が切り傷でふさがれている容貌は、調理場の王というより、山賊の頭領といった迫力に満ちている。
子供が見たら泣き出してもおかしくない。
頭領が吠えるように告げる。
「お前さんらがどこの何者だろうと、調理場では一切関係がねえ。ここでは料理の腕以外に権威になるものはねえからな。今からお前等を料理人見習いとして扱う、気に入らないなら美味い飯を作ってみせろ。わかったな」
はっきり告げられて、家柄の良いアーサー氏とレイナ嬢は、いささか面食らったようだが、素直に頷いた。実家の権力を笠に着るタイプではない、という人柄以前に、あの剣幕に抵抗できなかったのだと思う。
人見知りしないマイカ嬢でさえ、こっくりと頷くだけで声が出せなかった。
私はといえば、前世の最後で恐怖だとか脅威だとか、その類の感情に耐性をつけてきたので、落ち着いて応じることができる。
「はい、よろしくお願いいたします。アッシュと申します」
「おう、良い返事だ。俺は見ての通り、料理長のヤックだ」
「はい、ヤック料理長」
どう見ても料理人には見えないが、本人がそう言うのだから、そうなのだろう。
他の三人は名乗る機会を逸したままだが、ヤック料理長は頓着しない。最初に宣言した通り、どこの何者でも関係ないらしい。
「お前等、手を良く洗え。早速、取りかかるぞ。料理は手早く丁寧にだ」
「はい」
今度は、マイカ嬢も返事ができた。
私達が水瓶の水を使って手を洗っていると、ヤック料理長は、竈の灰の中から何やら丸い塊を掻き出している。
「ヤック料理長、それはなんでしょうか?」
「お前等の最初の仕事だ。本当は野菜の洗い方なんかの方が良いんだろうが、俺の料理の手順だと、最初がこれになんだよ」
灰を落として渡された丸い塊は、焦げた葉っぱだった。
「ほほう。なにか包んでありますね。これは、葉っぱで包んで蒸し焼きにした料理でしょうか」
しかし、冷え切っている。
竈の中に入れておいて、火を通したのは朝の調理の時のようだ。
「馬鹿言え、これは下ごしらえの途中だ。これからこの中身を切るんだよ」
ヤック料理長は、ごつい指を器用に動かして、焦げた葉っぱを解いて行く。
見様見真似で私も解いて行くと、中からは玉ねぎが丸々一個現れた。じっくり火が通されたようで、きつね色になっている。
まさか、という思いが脳髄を貫く。
「これを、切るのですか?」
「そうだ。ほら、こうやって半分に切ってだな」
玉ねぎの半月切りを始める料理長に、私はますます続く感動を予感しながら、本日の献立をうかがった。
「なんだ、せっかちな奴だな。鶏肉と野菜のミルクスープだよ。美味いのはもちろん、お前等育ちざかりの連中には大事な栄養が入ってるって話だ」
素晴らしい!
「素晴らしい!」
感動が強すぎて、内心が直球で放たれてしまった。
「お、なんだ。ミルクスープは坊主の好物か?」
「それももちろん美味しいので嬉しいのですが! ですが、それ以上に! ヤック料理長、素晴らしい調理法ですね!」
だってこれ、玉ねぎやニンジンをじっくり炒めてから煮込むのと同じ効果が期待できるじゃないか!
私も前世らしき記憶では、料理する時に、気が遠くなるほど炒めるタイプだった。その方が確実に美味しいのだから、つい時間を潰してやってしまう。
けれど、今世ではとてもできなかった。その間に燃えていく薪がもったいなさすぎたのだ。
ところが、ヤック料理長はそれを、薪の消費を抑えて実現している。
別な料理を温めている下で、玉ねぎが炒めあがっていくのだ。時短調理法であり省エネ調理法だ。
「ヤック料理長の料理は、美味しいだけでなく資源の節約についても配慮が行き届いているのですね!」
「中々わかってるみてえだな、坊主」
「ええ、素晴らしい方法を教えて頂きました! これは大変賢い調理法です! これでスープやソースにぐっと深い味わいが出せます!」
この人の料理が美味しいわけですよ。手間暇をかけるべきところに、しっかりと手間暇をかけているのだから。手間暇をかけられるように、工夫しているのだから。
くそぅ、どうして私はこれを思いつかなかったのか。電子レンジによる時短調理法や、石焼き芋やホイル焼きなど連想できそうな具体例も知っていたと言うのに。
もし思いついていれば、村でももっと美味しいご飯を作れたのに!
薪がもったいないから、春迎祭とか特別な時しか飴色の玉ねぎを作れなかった口惜しさが噴火してしまう。
若干悔しそうな顔で称賛している私に、ヤック料理長は鼻を膨らませて満足そうに頷く。
「これのすごさが一発でわかるとは、嬉しいじゃねえか。お前、農村育ちだな」
「ええ、農民の倅です。今回は特別に留学の許可を頂きまして」
「なるほどな。いいぞ、坊主。他にも色々と工夫できることはある。しっかり覚えていきな」
「よろしくお願いします、料理長!」
そのままヤック料理長の隣で、じっくり火の通った野菜を切る作業に入る。
この人がすごい技術を持っているとわかったからには、一挙手一投足も見逃さずに勉強させて頂く。
私の隣では、マイカ嬢が何やら肩を落として包丁を手に取る。
「まさか、調理場でもアッシュ君の勢いがつくなんて思わなかった。お母さん、アッシュ君は難しすぎるよ……」
私の難易度なんてどうでも良いから、マイカ嬢もこの人の料理方法を勉強して。
アーサー氏もレイナ嬢も、そこで突っ立っている場合じゃないから、これ。アーサー氏、なにか質問ですか。
「アッシュ、これはそんなに興奮するようなことなのかな」
「何を当たり前のことを言っているのですか!」
「ひっ!? ご、ごめん……!」
勢い込んで答えたら、アーサー氏から泣きそうな顔で謝罪された。マイカ嬢が、険しい表情で叱ってくる。
「ダメだよ、アッシュ君。あたしは怒ってないのわかるけど、慣れない人から見たらものすごく怒って感じるから」
そうなの?
私は自分の頬をぺたぺた触って表情を確かめる。よくわからない。
「たぶん、ものすごく真面目に話をしているだけのつもりなんだと思うけど……それで、とっても大事なの?」
「ええ、もちろんです。ご飯を食べないで生きていける人間なんてどこにもいないでしょう? だとすると、調理技術、特に火を通すことは、生きていく上でとても大事なことです」
人類がここまで繁栄できている秘訣は、ありとあらゆるものを食べられる、究極的な悪食さの結果だ。
ちょっと想像してみて欲しい。人類以上にありとあらゆるものを食べる雑食性悪食生物種が、他に思い当たるだろうか。
この悪食ぶりには、生物学的な進化も大きい。
同じ哺乳類の犬や猫が有毒で食べられないネギ類を、人類はバクバク食べたりする。器用な手先は、堅い殻に閉じこもった貝をこじあけることができる。これらも人類の強みだ。
でも、それだけではない。
生物種としての生体に備わった機能以外に、人類は食料の範囲を増やす発見や発明を重ねてきた。
例えば、穀物は本来、非常に食べづらい代物だ。そもそも、他の生物に大事な種を奪われないよう、堅い殻に覆われているから、穀物と言われるのだ。そんな穀物を、脱穀することで人類は主食にしてきた。
山菜の多くも、実は有毒だ。ところが、灰汁抜きをすると毒素が抜けて、私が農村でしていたように大量に摂取しても何ら問題にならない。
肉や魚も、食べることには本質的に危険を伴う。大抵の生物には、その種に特化した寄生生物や細菌がおり、その中には人体に感染すると致命的な存在もいる。また、狩りで得た獲物は、時間経過と共に腐敗し、毒を帯びていく。
これでは、ただの食事に危険が伴う。
ある種の中毒症状に抵抗力のない人は、その他にどれだけ優秀な才能を秘めていたとしても、ただ「生肉を食べると腹を壊しやすい」というだけで、その才能が途絶えてしまう。
そこに、火を通す、加熱処理という偉大な調理技術がもたらされた。
なんと、加熱するだけで、人体にとって有害な、目に見えない数多の脅威を無効化してくれるのだ。
これで、「生肉を食べると腹を壊しやすい」けれど「火を通せば大丈夫」な人が、その持てる才能を解放してくれる。
もちろん、より単純な効果もある。
加熱処理によって、これまで以上に肉や魚を食べる安全性が向上し、保存可能期間も延びる。今までと同じ量の食料で、より多くの人口が養えるのだ。
人口が増えれば、外敵から身を守りやすいし、知恵も集まる。
「そうして、人は、他の生物より劣った部分も多く持ちながらも、社会を大きくしてきたのだと思われます」
私の熱弁中、口を開きっぱなしにしていたアーサー氏が、ようやく口を閉じて頷いてくれる。
「確かに、狼は野菜を食べないし、鹿も肉を食べない。猪なんかは雑食だと聞くけれど、流石に僕達のようにあれもこれも食べられるとは想像できない。ましてや、調理という作業をする生き物なんて、僕達人間しかいないはずだ」
「その通りです。一つの極論として、調理とは、今身を置いている環境、その中で可能な限り、最大限の人口を養うための技術体系だと言えるのです」
おお、という歓声と共に、皆が(ヤック料理長まで)拍手してくれる。ちょっと心地いい。
「さて、以上を踏まえた上で、ヤック料理長の素晴らしい調理法についてです。本来、この良い色あいの玉ねぎを作るためには、三十分ほど弱火でじっくり炒め続けなければこうはなりません」
料理に慣れていないアーサー氏とレイナ嬢が、ようやく驚異の目を、手元の玉ねぎに向ける。
そう、あなた方が持っているそれは、実にとてつもない代物なのです。
「話を簡単にするために、今回の目的である美味しいミルクスープを作るためには、特に工夫をしなかった場合、薪を十本使うと仮に考えましょう。一方、ヤック料理長の素晴らしい調理法を使った場合は、薪が二本節約され、八本でできるとします」
アーサー氏とレイナ嬢は、都市の有力者の家系として事前に基礎教育を受けていたのか、すんなりこの説明について来てくれた。
「これと同じ調理をする人間が、あと四人いたとします。節約される薪は八本。さらにもう一つ分の美味しいミルクスープが作れるだけの薪が、確保できるでしょう? これは、食材を確保することと同様に、重要なことだと思いませんか」
今度は歓声が上がらなかった。ふぅむ、というやや薄い感心の声だ。
ちょっと残念なので、話を無駄に大きくしてみよう。
誇張に聞こえるかもしれない推定だ。
「さらに、同じ調理をする人間が、百人にまで増えたとします。節約される薪はどれくらいになるでしょう。はい、マイカさん」
指名されたマイカ嬢は、軽く首を傾げた後、元気よく手を上げる。
「はい! 二百本!」
「正解です。二百本の薪があれば、一体何ができるでしょう。もはや調理だけの問題ではなくなります。これくらい多くなれば、小さな木なら一本分になるでしょうか。その木を切らずにいられるとすると、どうなるでしょう」
木の葉を食べる虫が一本分増える。
虫を食べる鳥や小動物がその分増える。
さらにそれを食べる大型の肉食動物も増える。
さらに木は、特別問題がなければ、次の年の虫も養うのだ。
薪の代わりに、食料が永続的に手に入る循環ができる。
「たかが薪の節約と思われるかもしれませんが、資源とは限りあるものです。それを大切にすることは、小は家計の助けとなり、大は社会の助けとなるのです。小さなことでも、たくさんの人が行うのならば、それはもはや大きなことなのです」
声の調子で、話の終了を教えてみると、皆さんそろって歓声と拍手までくれた。
実に心地いい!
もちろん、実際になれば話はそこまで単純にはならない。ならないが、わかりやすく説明をするとこうなる。
誇張に聞こえるかもしれないが、先に話を簡単にするため、と前フリしておいたので問題ない。
「さあ、皆さんもこの素晴らしい調理法を覚えて、家計と社会の助けとなりましょう」
私が手を叩いて宣言すると、アーサー氏もレイナ嬢も、先程より意欲的に玉ねぎに向かってくれた。
これも軍子会の勉強の一環であるから、素晴らしいことだ。
それに、軍子会の役割を考えても、野営の時などに薪が十分にそろえられるはずがない状況を想定するべきだ。
ちょっと無駄にやる気を盛り上げすぎた気がするけれど、間違ってはいない。
そのはずだ。
あ、レイナ嬢の包丁の持ち方が違う。グーで握らない。そう、人差し指を添えて、そうそれで良い。利き手に包丁、反対の手で具材を押さえる。
アーサー氏、急がないで、見ていて怖い。ゆっくりで良いから、落ち着いて、気を付けるの。包丁の延長線上に具材以外を置かないで。手を切っちゃうから。
「おう、坊主、教えるのも中々じゃねえか。俺が教えなくて済みそうだ」
「そうですか? 二度ほど教えたことがありますので、その経験のおかげでしょうか」
後は、前世の家庭科調理実習のおかげだと思われる。
私が料理を教えた一番弟子であるところのマイカ嬢は、手早く野菜を刻んで、上達ぶりを見せてくれる。
「その節はお世話になりました」
「いえいえ、マイカさんは元からお料理もできていましたから、ちょっとした助言程度でしたよ」
もう一人の料理の弟子は、ジキル君である。
あちらも、姉と二人暮らしゆえかそれなりに料理ができた。私が教えたのは、バンさん直伝の猟師飯の作り方だ。
「ほう。まだ小さいのに教えられるほどか……嬢ちゃん、この坊主の料理は美味いのか?」
「村では、すごく人気ありますよ。たまに小麦粉とかバターとか、ちょっと良い食材が手に入ると、アッシュ君になにか料理してもらえないかって話になります」
ユイカ夫人の料理も相当美味しいのだが、流石に村長夫人に頼むのは皆気が引けるのだろう。
私が前世らしき知識で、物珍しい料理を知っていることも一因かもしれない。
「ちなみに、嬢ちゃんが一番美味いなって思った坊主の料理ってのは、どんなんだ?」
「一番、一番ですかぁ……。アッシュ君の料理は珍しいものが多いので、ちょっと迷いますけど……」
マイカ嬢は、天を仰いで考え込む。
その喉元がごくりと蠢いた後に、彼女はカッと目を見開く。
「やっぱり、ハンバーグが一番ですね!」
あれは食べ盛りの少年少女には最強の手札ですからね。そう言ってくれると自信がありましたよ。
「はんばーぐ? おい、坊主、そりゃ一体どんな料理だ?」
「そうですね。ミートボールの一種、で通じますかね?」
「つまり、ミンチ肉を固めたもんってことか。肉の種類は?」
「本当は豚と牛を混ぜ合わせるんですが、まあ、その時その場にあるお肉で作ります。なので、別物になっているかなと思う場合も多いですね」
たっぷり肥えた畜肉と違い、野生の獣肉で作ると、ハンバーグと呼ぶには脂身が少なく、個人的には小判型のミートボールだと思っている。
厳密な区別はわからない。
利点としては、玉ねぎや香草の類を混ぜ込むので、肉の臭みが抑えられることだ。
野生の獣肉は、やはり臭みが強い。特に、発情期などと関係しているらしく、季節によってはかなり食べづらくなる。
そんな時には、ひき肉にした上で肉と相性のいい野菜を混ぜることで、ずっと食べやすくなるのだ。
「あと、骨にこびりついた肉まで、余すことなく使えます。どっちみち肉を細かく刻むわけですからね、切れ端のような肉だって使い尽くせる料理です。あ、パンを砕いたものもお肉に混ぜ込むのですよ。堅くなってしまった古いパンも、有効に使えます」
ただ、ひき肉にするのがすごく大変なので、作る時はハンバーグ好きの皆さんに手伝ってもらうことにしていた。
ミンチマシーンの偉大さが身に染みたものだ。
「確かに、ミートボール系は便利な料理だよな。余ったらスープの具にすりゃいいし」
「煮込みにするとさらに汎用性が広がりますよね。味付けを工夫すれば、お肉が苦手な人でも美味しく食べて頂けます。逆に野菜嫌いの人にお野菜を食べさせることもできますし」
私とヤック料理長が手を止めないまま話し続けると、手を止めないままマイカ嬢が切ない吐息を漏らす。
「やめてよぉ、お腹が鳴っちゃうからぁ……。あぁ、アッシュ君のハンバーグ食べたくなっちゃったよぉ」
私も食べたいので、にっこり微笑んでおく。
留学生活においては、休日も設定されている。自炊も推奨されている。都市では豚や牛といった基本的な畜産物が手に入る。そして、私には定期的な現金収入がいまだにあるのだ。
結論として、私はマイカ嬢をとびっきりの笑顔にする呪文を使える。
「今度一緒に作りましょうね。都市だと豚や牛も手軽に手に入るようですし、調味料も村より豊富……せっかくですから本物のハンバーグを作りましょう」
「ほんと!? やった、なるべく早くね!」
「そうですね。一度、市場を体験しに行って、材料を見繕えれば」
「待ちな、坊主」
楽しい休暇の予定を組んでいると、山賊頭領似の料理長が割って入ってきた。
「豚や牛が必要なら、領主館の出入り業者を紹介してやる。市場にゃ海千山千だからな、下手な露店で買うと危ねえ。調味料も、物の良いとこ教えてやるよ」
「ほほう。それは非常にありがたいことです。なにせこちらは農村育ち、都市の商売については疎いもので」
神殿でもそうだったが、私は、好意には好意が返ってくるべきだと信じている。
私は今、ヤック料理長から好意を頂いたわけで、つまりは好意を返さねばならない気がする。
「お礼は、ハンバーグ一人前ですか?」
「話の早い奴は好きだぜ、坊主」
ヤック料理長は、にたりと悪党チックに笑う。
完全に蚊帳の外になってしまったアーサー氏とレイナ嬢も、仲間になりたそうにこちらを見ている。
ひき肉作りを手伝ってくれるなら、二人の分も作りますよ?