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フシノカミ  作者: 雨川水海
シナモンの祭壇
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シナモンの祭壇2

 応接室にやって来た侍女に案内されて、私とマイカ嬢は少し離れた屋敷へとやって来た。


 先程までいた石造りの建物は執政館だそうだ。都市とその一帯の政務を司る職場で、隣接して領主の住居があり、その反対側に隣接してこの屋敷がある、という立地だ。

 こちらの屋敷も石造りで、執政館とそろいの建造物として造られているように見える。都市の未来を担う人材を預かることを重要視しているアピールか、都市でも屈指の立派な建物に違いない。

 共用区画は別として、一階が男性用で、二階が女性用の部屋に割り当てられていると、侍女が説明してくれた。女性が二階である理由は言うまでもないだろう。一階だと侵入が簡単ですもんね。


 私は一階の一番奥の部屋に割り当てになった。荷物を抱えて、今日から自分の部屋となるドアをノックする。

 いきなり開けてはならない。基本的に、この寮生活は相部屋になるからだ。


「はい、どうぞ」


 初めて聞く同居人の声は、綺麗な高音だった。きっと、線の細い少年に違いない。

 そう思ってドアを開けて、早速一礼する。


「失礼します。今日からお世話になります、アッシュと申します」

「相部屋になる人だね。待っていたよ」


 爽やかに歓迎してくれたのは、声の印象を裏切らない、線の細い……人物だった。


 さらりとした金髪に、清潔感のある服装、物静かな微笑みと、見事な貴公子っぷりだ。

 そのほっそりした顔立ちで、物憂げな表情で溜息なんかを吐いたりすれば、世のお姉様方を倒錯させかねない美形でもある。


「僕の名前はアーサー。気軽にそう呼んで欲しい」


 そう、私の相部屋の相手こそ、先程イツキ氏が仲良くしてやって欲しいと言っていた、領主代行の弟君、アーサー・アマノベ・サキュラその人である。

 外見は、全くユイカ夫人やイツキ氏とは似ていない。

 他の兄弟とは母親が違うから、とのことだ。現辺境伯が、王都で新たに娶った後妻との間にできた、唯一の子だと聞いている。


「わかりました。これからよろしくお願いします、アーサーさん」

「もっと砕けた話し方で構わないよ? 僕も、アッシュと呼ばせてもらうから」

「ええ、どうぞどうぞ。私の話し方は気にしないで頂けると助かります。あれこれ本を読んでいたら、こういう話し方が身についてしまって。子供っぽくてお恥ずかしいのですが、物語に影響されやすいようで」


 この話し方は前世の影響だが、全て本の影響ということにしている。やはり本は偉大だ。

 両親に対してもこの話し方なので、とても変な目で見られたものだ。その後、言葉遣いに見合うだけの奇行を見せた結果、気にされることはなくなった。


 良いことなのだと思いたい。


「本当かい? 確か、アッシュは農民の出だと聞いていたけど」

「ええ、イツキ様から聞かれました? 教会の本を読み漁っていたのですよ。内心では、とっても砕けているので、こちらこそ気さくにお話して下さると嬉しいです」

「神殿の教会制度だね。きちんと機能している村もあるんだ」


 ノスキュラ村も機能していたわけではないが、現在では機能させている。

 私とマイカ嬢が去った今も、ターニャ嬢やジキル君が勉学に励んでいるはずだ。今度こそフォルケ神官も働いているだろう。


 我が村について感心しているアーサー……氏を見ると、少しだけ自慢に思う。


「教会が機能している村は珍しいと聞いている。イツキ様……兄様はすごいことだと言っていた。アッシュは、そのすごい村の首席と言うわけだね」

「教会の本を読んだ数なら、胸を張って一番だと言えますね」


 これだけはフォルケ神官にも負けていない。

 まあ、村の教会以外の本もふくめたら負けているとは思うけど、それはもう、環境からして仕方がない。今後挽回して行こう。


「そうか。うん、思っていた以上にアッシュは面白い人だ。これからが楽しみだよ」

「光栄ですね。私もこれからがとても楽しみです」


 差し出されたアーサー氏の手を、がっちり握りしめて微笑む。

 武器を振るう練習をしているのか、多少堅い手だ。しかし、それ以上に小さい手だ。


 困ったなー。


 私は、笑顔の裏で困ったなーと何度も繰り返す。

 いや、だってですよ? サキュラ辺境伯家の末弟殿は、三人称で呼ぶとすれば彼女なんだもの。


 彼ではない。彼女だ。


 この年頃なら、アーサー氏のような中性的な外見というのはありえなくはない。ただ、男性と女性では、どうしても骨格が異なる。具体的には腰と肩の骨格が異なる。

 アーサー氏は、あまり体のラインが露わになる服を着ているわけではないが、動作もふくめると、私からすれば見てわかってしまう。


 つまり、彼女は、彼に見えるように、男装しているのだ。


 うん。とても厄介事の予感がするのですよ。

 性同一症ならそれで良い。そういうものなのだとわかれば、ただの外見と内面のギャップだ。


 ただ、アーサー氏の場合、生まれが有力者の一族なのだ。

 それも、イツキ氏やユイカ夫人を見た限り、外見がものすごく違う。

 もちろん、それには異母兄弟だから、という理由付けはされている。それで納得できるほど素直な性格だったら、気苦労はない。


 絶対に、秘密にしなければならない事情があるに違いない。

 どうして、私とアーサー氏を同室にしたのか、イツキ氏にぜひ聞いてみたい。後が怖いから絶対に聞けないけれど。


 今後、アーサー氏がどんな出目をだしても良いように、注意して接しよう。

 私が気づいたことに気づかれた時、悪い印象を与えないようにするのだ。下手に隠しきろうとしてはいけない。絶対どこかでぼろが出る。

 アーサー氏が気づいた時に、「騙された」と思われるのは最悪だ。

 「ああ、気を使ってくれていたんだね」と感謝の念を抱くように立ち回るのが理想である。


 ようは、同居人が、訳あって突然同じ屋根の下で暮らすことになった異性だと思えば良いのだ。


 ……どんなラブコメシチュエーションだ。


 物語が始まりそうでわくわくしてくるじゃないか。

 厄介事の香りに面倒臭いと思い始めていた内心が、読書家的興奮によってがぜん燃え上がっていく。

 こんな面白そうな人物と距離を取るなんてとんでもない!


「そうです、アーサーさん。私と一緒の村から出て来たマイカさんについてなのですが」

「あ、聞いているよ。僕の……姪に当たるんだよね」

「ええ、そうです。良ければ、マイカさんともお話ししません? 初めて会うことになるとは思いますが、ご家族なんですから」

「うん、そうだね」


 家族なのだから、という呼びかけに、少しだけ躊躇いがあったように見えたのは、私の考え過ぎだろうか。

 アーサー氏は、爽やかに微笑んで頷く。


「じゃあ、紹介をお願いしても、良いかな」

「もちろんです。友達同士、皆で仲良くしましょう」

「友達……」


 びっくりした顔をするアーサー氏を、私は離すまいとぐいぐい押しこむ。

 気軽に砕けて接して良いと言ったのは相手の方だ。存分に気軽に砕けさせていただこう。


「私とマイカさんは友達です。私とアーサーさんも、もう友達です。友達の友達は皆友達です」


 皆に拡げよう友達の輪。

 悲しいことも辛いことも面倒なことも厄介なことも遠大なことも無謀なことも、皆で分かち合えば何とかなるので、なんとかするために巻き込む友達をどんどん増やしましょうね。

 計画は数ですよ。


 ひょっとしたら邪悪に聞こえるかもしれない私の内面を知るよしもなく、アーサー氏がぽつりと呟く。


「そっか、友達か……」

「お嫌でした?」


 嫌だって言っても逃がす気はあんまりないです。


「ううん、嬉しい、と思う」


 アーサー氏は、先程までの爽やかな微笑みではなく、躊躇いがちにはにかんだ笑みを見せた。


「それは良かった」


 なんやかんやと面倒な説得が必要なかったことは、実に喜ばしい。


「では、少々お待ちください。荷物を置いたら、ロビーのところで待ち合わせの約束をしているのです」

「うん、わかった」


 とりあえず、これで一段落になるだろう。

 流石は都市である。初日からイベントてんこ盛りだ。

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