皆でお祭り騒ぎ
【伝説の羽 レイナの断章】
これは他の辺境もそうなのだけれど、サキュラ辺境伯領は、尚武の気風が強い地域だ。
明日、市壁の向こうに魔物が迫って来てもおかしくない土地で暮らしているせいだろう。強い戦士に向けられる眼差しには、色濃い尊敬の念が宿る。
そんな土地で、強さを競う武芸大会が行われれば、それはもう参加者も観客も熱が入る。
「よっしゃ、行って来なさいサイアス! 根性を見せてよねー!」
軍子会の女子から、参加者である軍子会の男子に大きな声援が飛ぶ。
「なんでケイが俺の応援してんだよ!? 気味が悪いんだけど!?」
「いやぁ、皆とこの後の屋台巡りで奢りを賭けててさぁ。サイアスに賭けたんだから、そりゃ応援するでしょ? だから、根性見せて! あたしのために!」
「なんだそりゃ、ふざっけんな! つうか、根性だけでグレン相手に勝てるかぁ!」
「誰も勝てなんて言ってないでしょー! 粘んのよ! グレン相手に十合以上打ち合えたら、あたしの一人勝ち!」
「テメエのためになんで俺が根性見せなきゃいけねえんだ!?」
「根性見せないとモテないぞー! 婚約者を探してるんでしょー!」
「ぐぎぎっ! その通りなんだがケイの儲けになんのはすげえ嫌なんだがー!?」
本当に、熱が入っているわよねぇ……。
軍子会の一員としては、風紀の乱れを心配するべきなのだけれど、武芸大会は誰もが楽しみにしているお祭りでもある。
お母様……リイン寮監殿もお目こぼししているようなので、わたしも、今日ばかりは小言をやめておこう。
ちなみに、こういう賭けはあちこちでやっている。
大がかりなものでは、執政館で取り仕切っている正規の賭博もあるし、スラム街の方で取り仕切っている非正規の賭博もある。
あとは家族や仲間うちで、食事を賭けたりお酒を賭けたり、これくらいは、よく聞く話だ。
我が家ではやったことないけれど……。
「レイナちゃんは、誰か応援しないの~?」
隣にくっついていたダーナの問いかけに、しているわよ、と答える。
「軍子会の同期だもの。全員、怪我なく、実力を発揮できますようにって応援しているわ」
「わあ、流石はレイナちゃんだね~。いい子えらい子すてきな子!」
パチパチと手を叩かれても、褒められている気がしない。
眉根を寄せると、嬉しそうに寄ったシワを右手の人差し指でなぞってくる。わたしの眉間のシワを触るのが、ダーナの趣味らしい……。
「でもほら、やっぱり特別に熱を入れて応援したい人とか、いないの? 優勝して欲しい人とか、怪我しないで欲しい人とか~」
「特別って言われても……」
優勝は、多分マイカで決まりでしょう。
ひょっとしたらグレンが勝てるかも、とは思うけれど、いずれにせよ、あの二人のどちらかで間違いない。
「マイカのことは、同室だっていうこともあるし、応援してもいいのだけれど……。マイカは今回、優勝なんか頭にないと思うし……」
「あ~、マイカ様は、うん、勝負してないわね。あれは処刑かな。ま~、素人さんが見る分には、いい勝負してるように見えなくもないかも?」
さっきのマイカとモルドの試合は、ものすごく長引いた。
多分、大会史上でも屈指の長時間対戦だったと思う。実力も、なんかそこそこ競り合っているように――マイカの攻めをモルドがなんとかしのぎ続けているように、見えた。
ただ、ダーナが言う通り、見る者が見れば、マイカは勝負をしていたのではなく、モルドを処刑していたことがわかっただろう。
わざと試合を長引かせ、疲労困憊にさせながら、ちょっとずつ痛撃を与えていって、丁寧に丁寧にギリギリ生かし続けた。
多分、途中からモルドは、いっそ殺して欲しいなんて、思っていたのではないかしら?
「あれ、すごいわ~。あそこまで試合相手を操れるの、すごい実力差と特殊な才能がないとできないもの」
「わたしもびっくりしたわ。あれの練習相手をしたのだけれど、自分で動くよりもそれっぽく動かされちゃうのよ。型稽古でも、わたしはあんなに動けないのに」
モルド達を丁寧に処刑するため、マイカの事前練習にはわたしとアーサーが付き合わされた。
いつも武芸の稽古は散々だから、わたしはむしろマイカに操られて打ち合う方が楽しかった。
「レイナちゃんの感想、絶対にモルドの感想とは真逆よね~」
「でしょうね。わたしとアーサーは、疲れたら休ませてくれたし、痛みを感じる攻撃は一度も当てられなかったもの」
だから楽しいで済んだのだ。試合終了後のモルドなんて、自分一人で立てないくらいに追いこまれて、泣きべそかきながら見守り役の騎士達に引きずられていった。
そんなになるまでよく粘ったと健闘を称える拍手が送られていたけど、へし折られた心に塩を塗りこまれたようなものだと思う。
マイカはすごく満足そうだった。
「あー! こらー! サイアスなにやってんの、立てー! 避けろー! あーっ!?」
グレンとサイアスの試合が盛り上がっている。
ケイの声援……悲鳴からすると、やはりグレンが優勢で、十合も打ち合えずに決着がつきそうだ。
「ま~、サイアス君がグレン君相手に十合は、ちょっと大穴すぎるものね~」
ダーナがケイの悲鳴を聞いて、楽しそうに口元を緩める。
「……まさか、あなたも賭けてるの?」
「ケイさんが強気で賭けていたので、痛い目を見せたくて、つい~」
「いつの間にかあなた達、仲良くなったわよね。いえ、軍子会の同期だから、いいことだけれど」
ダーナは人をからかって遊ぶところがある。
ケイは、なんていうか、ちょっと突っついただけで飛びあがって騒ぐところがあるから、からかうのが楽しいのでしょうね。
かわいそうなケイ。
わたしがケイを憐れんでいると、ダーナがにまにまと口元を緩めながら覗きこんでくる。
「大丈夫だからね~。あたしにとって、レイナちゃんが一番特別だからね~?」
「それは一体なんの宣言なのよ」
「え~? 未来の派閥長が、大事なわたしのダーナが盗られた~って泣いちゃわないように、気配りしてるんだけど~?」
「そんなこと思わないわよ!? まあ、大事なのは、その通りね。本当に大事だから――」
変なことはしないようにと、小言を口にしようとして、ダーナの表情が変わったことに気づく。
「……お姉様」
「え? なに、いきなり昔みたいな呼び方して……」
「い、いえ~、大事にされているのは知っていたんだけれど、いざお姉様から言われると、胸がキュンとしちゃって……」
「当たり前のことで、なにを今さら……。小さい頃からも、軍子会に入ってからも、ダーナには助けられているもの。その分だけ、わたしだってあなたを大事にするわ」
あなたはマイカ以上に、わたしの弱いところも苦手なものも知っていて、守ってくれるもの。
「だから、そうね。もし、ダーナが大会に出ていたら、特別に応援したかもしれないわ。優勝するように、怪我をしないように。特別熱を入れてね」
我ながらありありと予想できる姿に、思わず笑う。
すると、ダーナが一瞬固まり、それから真っ赤になった。
「~~~っ! で、でれば、よかった~! お姉様に、特別に、応援されたかった~!」
「勧められたのに断ったのはダーナでしょ。素手専門だから不利だとか、護衛としては強さを警戒されたくないとか」
「だって実際に素手派だから不利だし、護衛役としても警戒されたくない流派だし~!」
「それなら仕方ないでしょう。ああ、もう、時々ダーナはこうなるわね。今度一緒にシナモンの灯火に行ってあげるから」
一緒に甘いお菓子を食べる。できるだけ二人きりで。
たまに、なにかが爆発してわがまま放題になるダーナの、お約束のなだめ方だ。
「フルーツジャムパイ、一緒に食べてくれるぅ……?」
はいはい、いつものフルーツジャムパイね、一緒に食べてあげるから、普段通りのちょっと生意気でとっても頼りになるダーナに戻って頂戴な。
ダーナをなだめているうちに、試合を終えたサイアスが試合場から下がって来た。
早速、ケイが食ってかかっている。
「サイアスのアホー! 根性なしー! あとちょっと、あともうちょっとだけ打ち合えば、今日のあたしは屋台で食べ放題だったのにー!」
「お前のために戦ってんじゃねえよ! つうか、グレン相手にあそこまで食い下がっただけで十分な根性見せてんだよ! あいつの一発、防具越しでめちゃくちゃ痛いんだぞ!」
「サイアスが痛がっても、あたしの食べ放題のためならどうだっていい!」
「いいわけ、あるかー!」
二人のやり取りを聞いて、ダーナの顔に、いつもの彼女が戻って来た。
つまり、可愛いふわふわした見た目に似合わない、にまりとした笑みだ。
「サイアスさ~ん、試合、お疲れ様で~」
「え? あ、ダーナさん! 俺、負けはしましたけど、結構がんばって……見ててくれました!?」
「いえ~? 途中からレイナちゃんとお話しちゃってて、最後はあんまり?」
「そ、そうっすか……。あの、めっちゃがんばったんですけどね……?」
「それはわかってるわよ~。五合以上も持つ~って賭けた人、ほとんどいなかったから~」
ダーナがにこやかに、ケイに笑いかける。
「十合以上の大穴に賭けたのはケイさんだけだものね~。わたしは五合から九合だったわ~」
「女性陣の俺への評価が辛い……辛いよね? ていうか、ダーナさんも賭けてたんすね……」
「はい、ばっちり、当たりました~。だから、ケイさん、ご馳走様で~す」
「うわぁん! 食べ放題いけると思ったのにー! サイアスのアホー!」
「ひどくねえ!? 誰かさぁ、戦った俺のことをちょっとくらい慰めてくれねえかなぁ!?」
ダーナがサイアスの反応も、ケイの反応も楽しんでにまにましている。
二人とも、元気がいいからダーナもからかいがいがあるんでしょうね。とはいえ、流石にサイアスがかわいそうだわ。
軍子会の同期として、ちゃんと健闘を称えるべく、わたしがサイアスに声をかける。
「サイアス、グレンを相手によくがんばったと思うわ。日頃の訓練の成果を出せたわね。騎士家の家系でもないのに武芸大会に参加して戦いきった。その勇敢さはきちんと評価されるはずよ」
「レイナさん……! ありがとうございます! 流石は皆のお姉さん、優しい!」
……? 今、なんか変な呼び方されたの、わたし?
わたしが目を瞬かせていると、サイアスの肩をダーナが掴んだ。
「サイアスさ~ん? 今だ~れのことを皆のお姉さんって言ったかしら~? レイナちゃんは、バティアール派閥の、わ・た・しの、お姉様なのだけれど~?」
「え? ちょっ、ダーナさっ、いっ!? ちからっ、つっよ!?」
悲鳴が上がった。
ダーナ、見た目がふわふわだけれど、力がすごく強いのよね。
「ダーナさんやっちゃえやっちゃえー! いつものバカ力でサイアスの根性を叩き直しちゃえー!」
「ケイさ~ん? 今だ~れのことをバカ力って言ったかしら~?」
悲鳴が増えた。
ダーナ? 流石に試合外で暴れても、わたしは応援しないわよ?
というか、普通に喧嘩沙汰に見えるから止めないといけないわよね。どうやって止めようかしら。
さっきフルーツパイは使ったばかりなんだけど、もう一回だしても通用するかしら……。
悩んでいたら、さっきサイアスに勝利を収めたグレンがやって来た。
「ああっと……さっきの試合の礼を言いに来たんだが、レイナ、これはどういう状況だ?」
「丁度いいところに! グレン、ダーナを止めてくれない? こんなところで騒ぎを起こしたら、周りの人に迷惑がかかるわ」
わたしの要請に、武芸大会(軍子会武門)優勝候補の一角は、はっきりと顔をしかめた。
「ダーナを素手でか……。いや、周りに迷惑をかけるわけにもいくまい。努力しよう」
「微力ながら、わたしも手伝うわ。ダーナも、わたし相手には手荒なことはしづらいと思うし……」
グレンと二人で、悲鳴をあげて暴れる二人と、悲鳴をあげさせて暴れるダーナを止めに入る。
栄光あるサキュラ辺境伯家軍子会の一員ともあろう者が、どうしてこんなことを……。
そう思いはしたものの、暴れた三人を叱りつけ、抑えてくれたグレンとそろって溜息を吐き合い、集まって来た勉強会の皆で屋台のあれこれを食べたりして……。
全てが終わった後、ベッドに横になった時に湧き上がったのは、「今日も楽しかった」という気持ちだった。
ちょっと、恥ずかしい。
あんなに周りがはしゃぐことを諫めておいて、周りがはしゃいでいることを楽しんでいたのだ、わたしは。
「……お祭り、だったものね」
わたしだって、はしゃぎたくなってしまうわ。




