徹底的で禁じ手なしのマイカちゃん
【伝説の羽 マイカの断章】
お父さんは言いました。暴力を振るうために剣を教えるわけではない。
お母さんは言いました。剣を習っても人を傷つけてはいけません。
お父さんは言いました。敵は徹底的に叩きのめしなさい。
お母さんは言いました。恋に禁じ手はありません。
つまり、アッシュ君の敵は暴力で傷つけてよし! 徹底的に叩きのめすべくなにしてもよし!
「というわけで、モルド達の徹底的な叩き方を考えたいと思います!」
ぎゅっと握った拳を突き上げてあたしが宣言すると、アーサー君が真面目な顔でうなる。
「う~ん、徹底的な叩き方か。ボクも協力したいけど、あんまり叩いたことないから、ちゃんとした意見が出せるかな?」
「実はあたしもないんだよね。村にいた頃、叩き潰してやる! って思ったことはあったけど、やる前にアッシュ君が……えへへ」
「え、思い出してにやけちゃうようなこと、アッシュがしたの? 気になるんだけど……」
そこ聞きたい? そこを聞きたいよね!
しょうがないなぁ、アーサー君には特別に教えてあげる!
あたしがアッシュ君の素敵なお話(大人っぽいところ編)を語り出そうとしたら、もう一人の参加者が声を上げた。
「ちょっと、ちょっと待ちなさい、二人とも」
眉間にしわを寄せたレイナちゃんである。
「やりたいことはわかるし、やる必要もあるのでしょうけど、やりすぎないように気をつけるのよ?」
「やりすぎ……? ふむぅ?」
それは……。
それは、どの辺からやりすぎになるのか、とっても難しいね。
「命は、残すよ?」
「マイカ? もっと、もっと手加減が必要よ。命さえあればいい、というのはやりすぎだから」
「でも、アッシュ君にしたことを考えると、生きているだけよくない?」
「武芸大会で人死になんて出たら問題になるから。特に軍子会の部門で出たら、大問題になるから。アーサーも、そう思うでしょう?」
そうなのか、とアーサー君の方を見ると、難しい顔で俯き、考えこんでいる。
「問題、問題にさせずに消す方法……。ある、よね? いくつか見たからできると思うんだけど……やっちゃったら、まずい、かな?」
「さあ、マイカ! モルド達を生かす方向で決まりよ! 怪我は打撲が精々、骨を折るとかまでいったらやりすぎ。はい、決定、これでいきましょう!」
アーサー君が結論を出す前に、レイナちゃんが決めてしまった。
すごく残念だと、ほっぺを膨らませて不満を伝える。ぶぅ。
「勘弁してよ、二人とも……。怒っているのはわかるけど、普通の人にとってはただのお祭りなんだから、たくさんの人達の楽しみに水を差すような真似はしないであげて頂戴……」
む。そう言われると、あたしもこれ以上わがまま言えない。
アーサー君も顔を上げて苦笑する。
「そうだね。レイナの言う通り、やりすぎるのはよくない。イツキ兄様にもこれ以上は迷惑をかけられないし……。マイカも、大会が中止になったりしたら、マイカに勝つんだって張り切っているグレンががっかりするよ」
「う~……。そうだね、ここは我慢して……やりすぎじゃない中で、徹底的に叩きのめそう!」
「うん、徹底的にね! 怪我さえさせなければいいんだよね? 大丈夫、王都の方ではそういう嫌がらせがたくさんあったから、やりようはあるはずだよ!」
「おお、アーサー君、とっても頼もしい!」
照れ臭そうに笑うアーサー君の手を握って、ぶんぶん振る。
その横で、レイナちゃんが眉間のしわを人差し指で擦っていた。
「可愛い顔をして物騒なマイカもひどいけれど、大人しそうな顔をして恐いことを言うアーサーもひどいわね……」
そうかな? これくらい普通だと思うけど。
アーサー君と見つめ合って、首を傾げる。
「自分のことはよくわかんないけど……。でも、厳しそうな顔して甘いレイナちゃんは、可愛いと思うかな?」
「あ、それはボクも思う。レイナってすごく可愛いよね」
二人でくすくす笑うと、レイナちゃんが真っ赤になった。
ほらね、可愛い!
「い、いいから。わたしのことはいいから、そっちの話を進めて……」
顔を手で押さえながら、レイナちゃんがお願いしてくるので、アーサー君と笑い合ってからお願いを聞いてあげる。
「とりあえず、たんこぶだらけにするのは当然なんだけど、ただ剣で叩き続けるのもねぇ」
「あんまり一方的だと、審判も早めに止めないといけないんじゃないかな」
「う~ん、そうかも!」
一応、叔父上には審判の判定は甘めにしてってお願いしたけど、どうしても限界はあるもんね。
「ねえ、マイカ。ボクだと、モルド達とマイカの腕前の差ってよくわからないんだけど、結構、余裕はあるよね?」
「あるよ。あるある。百回やって一回も負けないよ」
グレン君だと五回やって一回くらい負けちゃうけど、モルド達なら絶対に負けないね。
アッシュ君みたいに罠とか使い出したらわかんないけど、それは反則だから今は心配しなくても大丈夫。
「そっか。それなら、こういうのはどうかな?」
アーサー君の提案は、とっても素晴らしいものだった。
レイナちゃんも心配そうな顔をしながら、ちゃんと認めてくれた。
※※※※
待ちに待った武芸大会。
叔父上にお願いした通り、あたしの最初の試合が、モルドとの対戦だ。
やっぱりね、一番元気なうちが一番お仕置きできるからね。
試合が進んじゃうと疲れてあともう一発ができないかもしれないから、全力を出せるよう、最初にしてもらったんだ。
うふふ、楽しみだな~。
期待しながら剣を一振り二振り。うん、木剣に安全のため布を巻いているから、剣っていうより棒だね。
刃が丸いから上手く風を切ることができない。仕方ないことなんだけど、微妙に剣筋が乱れちゃう。
感触を確かめていると、試合の順番がやって来た。
レイナちゃんに見送られて、ばっちり決めてくるよって宣言したら、心配そうな顔をされた。
大丈夫、大丈夫。あたしは怪我しないから。
試合場に立つと、モルドが笑顔で声をかけてきた。
「マイカ様、お相手を務められて光栄です。どうかお手柔らかに」
三点、表情の繕いが甘い。目元に脅えが、口元に嘲笑がある。
あたしがアッシュ君と畑仕事していること、散々陰口叩いてるもんね。泥つきの手だとバカにしている。
でも、剣の腕では勝てないことも授業で思い知っている。
この試合の目標は、軽く打ち合って、適当なところで負けるつもりかな。
腰が引けているよ。
「うん、今日はよろしく。日頃の訓練の成果を見せられるよう、全力を尽くそうね。お互いに、ね」
いきなり瞬殺なんてしないから、大丈夫。
たっぷりと努力の跡を見せられるようにしてあげる。
にっこりと笑顔を見せて、剣を中段に構える。
なんか顔を赤くしているけど、好意があって笑ったわけじゃないからね。気を抜かないでよ。
あんまり弱いと、ついうっかり、一撃でその首を狩り取ってしまいそうだ。
試合開始の合図と同時に、刺突を走らせる。
わざと相手の構えた剣に擦らせて、ぎりぎり、モルドの頬をかすめて通りすぎた、ように見せる。
「ほら、ぼさっとしないで」
ほとんど唇を動かさずに呟くと、モルドが反射的に、あたしの剣を弾こうとする。
うん、顔のすぐ脇を突きがかすめたんだから、びっくりして体が勝手に動くよね。そうなるとわかってた。
だから、モルドの剣の動きに合わせてこっちの剣も引き、絡め合うように巻きこんで、鍔迫り合い。
「う~ん……ちゃんとご飯食べてきた?」
力で押して、押し返されて、そのあまりの力の弱さに眉根が寄る。
いやぁ、流石に鍔迫り合いは男の子の方に有利だと思ったんだけど、普通に勝っちゃいそう。
これがグレン君だと当然押し切られちゃうし、アッシュ君だって最近は力だけじゃ負けちゃうんだけどな。
まあ、いいや。力が弱いならその方が簡単だし。
力での押し合いを嫌ったように、剣を上にかち上げながら後退り、間合いを作る。剣で撃ち合えるだけの間合いだ。
「上段、下段、中段。三本連続でいくよ」
小声で言ってから、上段に振り下ろし。モルドも反射的に撃ち返して来たのを見て、よくできましたと歯を見せて笑う。
後は宣言通り、下段に払い、中段はこっちの攻撃が一手遅れたふりで、モルドから撃たせて受ける。また鍔迫り合いだ。
「できてる、できてる。いつもより上手に剣を振れてるよ。どう、楽しくない?」
目を細めて囁くと、モルドは青い顔で目を見開いている。
気味が悪そうだね? あたしに操られながら剣を振るの、アーサー君やレイナちゃんは楽しんでたよ?
自分で考えて振るより、上手な動きができるって、面白がってた。
はたで見ていても、こっちの方が綺麗に見えるみたいだよ。演劇みたいで、見応えがあるんだって。
まあ、自分で止めたい時に止められないから、体力的にすごくきついとも言っていた。あの二人には、いいところで休憩も挟ませてあげたけど、モルドにはいらないよねぇ?
「さあ、全力を尽くそう? 息が上がっても、喉が干上がっても、力尽きるまで付き合ってもらうからね」
モルドがなにか言いかけたところで、鍔迫り合いを中断して切り合いに入る。
アーサー君の提案は、これだ。
延々と試合をさせる。実力差をはっきりと思い知らせ、それでも降参できず、決着もつかず、体力を搾りつくすように戦わせ続ける。
無力感を味わわせる、とかなんとか。
無意味なことをやらされるのは本当につらいんだって。中央の貴族はそういう嫌がらせをよくするらしい。
なんていうか、すごく性格悪いね? でも参考になった。
もちろん、相手が動けなくなって試合が止められる前に、普通に攻撃も当てていくよ。
ちゃんと防具の上から当てて、「いてっ」で済むくらいの攻撃から初めて、ちょっとずつ強くしていくからね。
最終的には全身に一杯青あざ作ってあげるんだぁ……。
いいように操られて剣を振るわされる無力感と、いつでも仕留められるっていう恐怖感。
たっぷりと時間をかけて、その頭の奥まで刻みつけてあげる。
だから……。
だからね?
「アッシュ君に手を出したこと、死ぬほど後悔してよ」
唇に笑みを飾りながら、徹底的に叩きのめしてやった。




